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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第三部 はるかなる故郷へ
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第十四章 はるかなる故郷クーヘンシュタット その3

 翌朝、太陽が昇るとすぐに俺はアコーンに乗って村を出た。


 リーフを連れたマグノリアたちの道案内をするためだ。この森には入り組んだ狭い道が何本も網の目のように張り巡らされており、その中には街道への近道も存在する。


「すまないねえ旦那、来るときも迷いそうになって困っていたんだ」


 マグノリアの背中からチュリルがひょいと顔を出し、先頭を歩く俺に声をかけた。


「ここらはよそ者の伐採を防ぐためにわざと複雑に道を整備しているからな。地元の奴らでも迷うことがあるくらいさ。案内も無くたどり着けたあんたらの方がすごいよ」


 村の連中はこの森の木々を一本一本、苗木の頃から枝を落としたり間引いたりして世話をしている。大切に育てた材木が盗まれないよう、その防備も徹底していた。


 俺は振り返れなかった。馬車の中にいるとはいえ、もしリーフの顔を見てしまったら決心が揺らいでしまいそうだったからだ。


「マグノリアさんよ、これからどこに行くつもりだい? リーフを連れているとわかれば、あいつらの標的はあんたらに移るぜ?」


「むしろそれなら好都合だ、争いに巻き込まれる者の数が減る。テリヌ国内に良い廃城を見つけたので、そこを根城にして敵を迎え討とうと思う」


 この男たちに逃走という選択肢は無い。すべてが終わるまで戦いを続けるつもりだ。


「テリヌ国が落とされたとはいえ、カーラがいなくなれば敵は崩壊するさ。近いうちにテリヌの王城に忍び込んで、カーラにナイフ突き刺してやる」


 チュリルが血気盛んに意気込んでいる。


「頼りになるなあ。でも気を付けろ……よ?」


 俺がぷいと振り返ったその時、目に妙なものが飛び込んだ。


 煙だ。森の向こうから黒々とした煙が立ち昇っている。


 あの方向は確か……。


「村だ! 村で火事だ!」


 俺は急いでアコーンを方向転換させた。マグノリアや兵士たちも馬や馬車を急いで反転させ、天へと昇る煙を見た。


 かなり太い煙が途切れること無く上がり続けている。それも何本も。単なる火事ではない。


「まさか、真正ゾア神教か?」


 マグノリアが口走り、俺は兵士たちの間隙を縫ってアコーンを走らせた。


 この木々の迷路の近道を利用したせいで、攻め込んできた奴らと入れ違いになってしまったんだ!


 慣れない雪道でもまったく平然と走るアコーンに続き、兵士たちも馬を駆らせた。つい先ほどまで穏やかに綻んでいた兵士たちの顔は、一変して武人の顔になっていた。




「男たちは剣を取れ、女は子供を連れて森に逃げろ!」


 村に近付くにつれ、何百もの叫びが俺の耳に届いた。同時に煙が目に沁み込み、何度も目をこすったが、俺はさらに足を速め村に急いだ。


 村を囲む木製の壁はなぎ倒され、家々はことごとく火を放たれていた。小さな家屋に至っては原型を残さず崩壊している。


 そして入口すぐの広場には何人もの死体が転がって血だまりができあがっていた。つい昨日まで一緒に木を切り倒していた村人の男たちに、長い放浪生活ですっかり山賊のようにみすぼらしくなった真正ゾア神教の兵士たち。そんな男たちの骸が、そこら中に積み重なっている。


「うおおおおおおおおおおお!」


 俺は叫び、背中の剣を抜いた。怒り、悲しみ、憎しみ、ありとあらゆる感情が押し寄せ、自分でも表現はできない。ただ敵兵を殺し尽くせ。その意思だけに俺は支配されていた。


 どうやら俺は衝撃的なことが起こると、悲しみに暮れるより先に闘争本能に火が点くタイプらしい。アコーンを止めることも無く、燃える村を突き抜けた。


 突然の敵襲にも大剣を振り回して立ち向かう村人たちを援護するため、俺はがむしゃらに走り回った。


 一人の男が敵兵に囲まれてじりじりと距離を詰められているのを見ると、駆けつけて敵の首を落とした。周りの敵兵にも驚き慌てる暇さえ与えず、次々と斬り倒す。


 一対一で剣をぶつけ、鍔迫り合いをしているところを目にすれば、敵の背中を切り裂いた。


 逃げ遅れた女子供を追いかける敵兵を見つければ、その間に割り込んで敵兵の頭を真っ二つにしてやった。


 もはや俺の勢いを止める者は誰もいない。いつの間にか敵兵に取り囲まれていても、弱そうな奴を見つけてそこにアコーンで突っ込んで包囲を突破した。


 そんな俺の危なっかしい戦いを見ていた者がいたのだろう。村人の一人が駆け寄って鋭い声をかけた。


「オーカス、少し落ち着け!」


 俺の兄のキリフだった。俺の剣よりさらに一回りでかい両手剣を血まみれにしながらも、自身は無傷だった。


 兄の剣には刀身に波打つ木目のような模様が入っている。はるか昔、東方の旅人が村に立ち寄った際に残した名剣で、今なお錆びることは無い。この奇妙な鋼の製法は現在ではすっかり失伝しているという。


 そしてこの剣は村一番の剣士にのみ代々伝えられている。歴代何十もの剣豪たちに所有が移されてきたこの剣は、男たちの憧れであり強さの象徴。その所有を認められた兄は名実ともに村一番の剣士なのだ。


「お前が発った後敵が攻めて来たんだ。リーフを渡せと言っているが、何のことだ?」


 俺は言葉に詰まった。兄にはリーフが預言者であることを伝えていない。真正ゾア神教のごたごたに巻き込まれた際に出会ったとは教えているが、詳しくはずっとはぐらかしたままだった。


 そんな俺の意図を汲み取ったのか、兄はふうとため息をつくと再び剣を構え、目の前に現れた敵兵に刃を向けた。


「まあお前が言いたくないなら今はそれでいい。とにかくこいつらを始末しなくてはな」


 重厚な剣を抱えているというのに、疾風のような速さで飛び出すキリフ。敵兵は武器をちゃんと構える暇すら無く、鎧ごと両断されてしまった。


 続々と駆け付ける敵兵に、村人も次々と集まって互いにぶつかり合った。俺はアコーンに乗ったまま敵をなぎ倒して行ったが、そんな中でも兄の強さは別格だった。


 一度剣を振れば敵二人を同時に斬り落とし、フルプレートの堅牢な守りの敵は力で鎧ごと砕いた。


「どけ、あの男は俺が殺す!」


 敵兵の中から一際ガタイの良い男が飛び出し、キリフの前に堂々と立ち塞がる。その体は至る所から刃物が飛び出し、全身ハリネズミのような奇妙な風貌だった。


「俺はカーラ様から祝福を授かってこの肉体をいただいた。凡人のお前にこの鉄壁の身体が破れるか!」


 男は身体を丸め、まるで針付きの鉄球のようになるとそのままキリフに突進した。このままではキリフが穴だらけになってしまう!


 だがキリフは避けず、ただ剣を構えてその場にとどまった。そして目の前まで敵が突っ込んできたところで、高く掲げた剣を振り下ろした。


 その神速とも言うべき剣に、周りの者は何が起こったのかわからなかった。直後、全身針だらけの男は頭から真っ二つに分かれ、二つに切られたチーズのようにべりべりと両断されて地面に倒れたのだった。


 その圧倒的な強さに、敵は完全に怯えていた。さらに遅れていたマグノリアたちも村に駆けつけて敵兵たちを挟み撃ちできる格好になり村人たちの戦意はさらに高揚した。


「オーカス、無事か?」


 マグノリアの声が届き、俺は「ああ、なんとかな!」と叫んで返事をした。


「どこかにカーラがいるはずだ、急いで見つけろ!」


 マグノリアの指示に俺は頷くと、アコーンに乗って戦線を離れる。これだけの激しい戦闘だ、どこか安全な場所でカーラは見守っているに違いない。

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