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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第三部 はるかなる故郷へ
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第十三章 戦乱の町パナット その6

「リーフ!」


 凄まじい発光と爆音に、近くに置かれていた机が炎に包まれた。


 俺とチュリルは光と衝撃に伏せてやり過ごすしかなかった。


 音が止み、俺は顔を上げた。そこには丸焼けで真っ黒になったラジローと、息を切らして座り込むリーフの姿があった。


「リーフ……リーフ! 気が付いたのか!」


 俺は立ち上がり、汗だくの彼女に駆け寄った。


「ああ、オーカスの声が聞こえてからずっとな。ぎりぎりでなんとか思った通りに身体が動くようになったよ」


 そうか、この娘は自分でカーラの術を打ち破ったのか。どういった原理かはわからないが、とにもかくにも精神の昂ぶりで神の奇跡を凌駕したのだ。


 リーフは俺の伸ばした手をがっしと掴み、おぼつかない足取りでゆっくりと立ち上がる。


 そしてじっと俺と目を見合わせた。ラジローを倒したという喜び、そして脱出できるという期待感でか、リーフの顔は緩んで満面の笑みだった。


 だが、本当にそれだけだろうか。その顔は紅潮し、瞳は潤み今にも泣き出しそうだった。


 こういう時に何と言えばよいのか、とっさに思い浮かばない。俺は言葉に詰まり、ただ瞳を見つめ返した。


 随分長いように感じたが、実際はほんのわずかな時間だったのかもしれない。それでもしばらくの間、俺たちは無言で言葉を交わさずただ目と目を合わせていた。


 そして俺はそっとリーフの細い肩に手を回し、抱きしめたのだった。


「生きててよかった、本当に」


「ああ、私もだ」


 ようやく会えたという達成感と安堵があった。そしてリーフを奪われてからずっと心の底にぽっかりと開いていた穴が、ようやく塞がった気がした。


 今まで出会う人とも一期一会の関係ばかりで流れ者のような生活を送っていた俺に、こういった感情は不可解なものでしかなかった。だが、悪くない。


 俺はリーフの身体から伝わる温もりと、心臓の鼓動を感じていた。


「あのー、お二方?」


 そんな俺たちに向かってチュリルは言葉を挟んだ。苦しそうに壁にもたれかかっていても、にやついた顔はどことなく楽しそうだった。


「仲睦まじいのは結構だけど、ここは敵の本陣だよ。さっさと脱出した方が良いんじゃないかな?」


「そ、そうだな!」


 リーフが慌てて俺の手を振り払った。まるで今の今までチュリルの存在をすっかり忘れていたかのようだ。


「もうあたいもなんとか動けるよ。あたいの身体をどこかつかんでくれたら来た道を戻ろう」


「あ、ああ、すぐに逃げよう。おいオーカス、ぐずぐずするな!」


 そう言ってチュリルの手を握り、肩を貸した。


 俺もチュリルの身体を支え、三人で横に並んで歩きだした。丸焦げになったラジローは床に横たわったまま黒い煙を上げていた。




 領主の館を抜け市街地を歩き、隙をついて扉をくぐってを繰り返し、ようやく俺たちは元来た城壁の上までたどり着いた。あとは雨樋を伝って降りれば完璧だ。


 チュリルはどこにしまっていたのだろう、ロープを取り出すと石造りの雨樋に縛り付け、外側の地面へと垂らした。それに捕まって俺たちは次々に滑り降りた。


「急げ急げ、ここで見つかったら終いだよ」


 最初に滑り降りたのはチュリル、それにリーフ、俺と続く。15メートルの壁面も修羅場を乗り越えてきた俺たちには大したものではなく、全員が順調に下降した。


 城壁を降りた後は全員で手をつないでチュリルの能力を発動し、見張りからも見えなくなって速足でエリア連合軍宿営地へと戻る。


 草のまばらに生える平原を駆け足で抜けて城壁も大分小さくなる。そろそろ敵の弓も届かないだろうと手を離した時だった。


 突如、城壁の一角で巨大な爆発が起こった。


 エダリスの能力にも匹敵するような大爆発。突風が吹いて俺たち全員が前のめりに倒された後、遅れて割れるような音が届いたのだった。


 空から石材や瓦が降り注ぎ、俺はリーフとチュリルを脇に抱えて庇った。幸いにも大きな破片の直撃は受けなかったが、すぐ近くに大人の男ほどの石材が突き刺さった時には血の気が引いた。


「な、何事だい?」


 瓦礫の雨が止み、チュリルが俺を押しのけて立ち上がった。そしてあんぐりと口を開けて固まった。


 城壁の一部がぽっかりと穴を開け、周囲の家やすぐ近くの見張り塔ごと吹き飛ばされていた。瓦礫は遠くまで飛び、何も無かった平原には小さくなった破片が散らばっている。


「こんな能力のヤツ、聞いてないぞ?」 


「私も知らない。操られていても意識はあったが、その間もこんな力を持っている者に心当たりは無い!」


 俺たちは全員でアイコンタクトを取り、頷いた。全員意見が一致したようだ。


「逃げろ!」


 疲れも完全に忘れ去って、俺たちは全速力で駆け出した。 

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