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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第三部 はるかなる故郷へ
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第十三章 戦乱の町パナット その5

 多くの兵士が剣をこちらに構える中、俺は両手剣を拾い上げた。いつの間にか姿を消していたチュリルも術を解いて壁際に座り込んでいる。息も上がって辛そうだが、その顔は勝ち誇ったように笑っていた。


 俺は剣を振って威嚇した。兵士たちは完全にすくみ上がっている。ピンチであることに変わりは無いのだが、精神的には随分と余裕ができた気がする。


 だが、そんなのはこちらの思い上がりだったようだ。


「まさかヤドリガを倒すとは、さすがオーカス様です」


 聞き覚えのある声が近付いていることに、俺はきっと表情を険しくした。


 階段を昇って来たのは分厚い眼鏡にローブの男、神学者のラジローだ。リタ修道院で禁断の書を解読した途端、不思議な力を得てリーフを連れ去った張本人。


「あなたならここに来るのではと一縷の望みを持って待っておりました。その期待通り、よくぞいらっしゃいました」


「ラジロー!」


 俺は不敵に笑う神学者に剣を向けた。


「お前が何を考えているのか俺は知らん。だが、リーフは返してもらおう!」


「それは無理な相談です。何せリーフさんは私にとってこの世の謎を解き明かす最大の鍵なのです。ありとあらゆる言語を読む大いなる知恵を授かったリーフさんは、この世で唯一ゾア神に認められた人間ですから」


「ゾア神に認められた?」


 兵士たちがざわついた。


「ラジロー様、それではカーラ様は一体?」


 兵士のひとりが尋ねた。当り前だ、ゾア神より預言を授かったという名分で真正ゾア神教を率いているのがカーラなのだ。そのカーラをまるで否定するような物言いに、兵士たちは戸惑いを隠せなかった。


「おっと、口が滑ってしまいました……ここにいるのはあなたたちだけですね。申し訳ありませんが、死んでもらいましょう」


 ラジローがぱちんと指を鳴らした。突如、俺とチュリル、ラジロー以外の全員がうずくまった。


「うう、体が熱い……」


 兵士の一人が口にした。と、その口から黒い煙がもくもくと立ち昇る。


「な、何だこれ?」


「ぎゃあああああ!」


 なんということだろう。次々と兵士たちの身体から黒い煙が噴き出し、やがて真っ赤な炎となって全身を包み始めたのだ。この兵士たちは身体の内側から焼かれていた。


「な、なんなのさこの力は?」


 チュリルも怯え俺の袖をつかんでいる。


「あなたたちの尊い犠牲は無駄にはしません。死後、安寧の地で大いなる休息をお楽しみください」


 狂っている。俺はつばを飲み込み、震える身体を抑え込んだ。


「さて、以前からずっと不思議に思っていたのです。なぜ神はゾアと言う名を持っているのか、と。唯一絶対の神であるなら他と識別するための名など持つ必要は無いはずです」


 言っていることの半分しか頭に入らないような恐怖に苛まれながらも、俺はなんとか耳を立てていた。


「そして禁断の書を読んで納得しました。あの書が封印された理由はすぐにわかりました、我々の信仰を根本から覆しかねない記述がなされていたからです。神は唯一無二の存在ではなかったのです」


「……アラミア神のことか?」


「いえいえ、禁断の書が書かれたのはアラミア教成立以前です。アラミア神については『ゾア神の独白』が正解でしょう、同一の神と見て間違いありません。この世を創造したのはゾア神だけではなかったのです」


 俺も、そしてチュリルも時が止まったようにただラジローを見ていた。


 ふふふと笑い続けるこの男は今しがた神学者として、いや、ゾア神を信奉するすべての人類にとってあるまじき言葉を口にした。


 俺も思考が追いついていない。今生きているこの世界の有り様すべてを否定されたのだ、まともな感性を持っていればこの男がいかに狂言を振りまいているのかわかるはずだ。


「……仮にそれが真実だとしよう。そのことはカーラも知っているのか?」


「いいえ、おめでたいことにあの方はゾア神より預言と力を授かったのだと考えております。本物のセラタを継ぐ預言者はほら、今あそこに」


 ラジローは隣の部屋を指差した。その中ではリーフが無言で突っ立っている。


「禁断の書には何が書かれていたんだ? お前のその力も神から授かったのではないのか?」


「なかなか鋭いところを突きますね。禁断の書に関してはお答えできませんが、私のこの力はゾア神以外から授かったとでも言っておきましょうか」


 ここでふっとラジローが手をかざした。突如、俺の身体が凄まじい熱を帯び、俺は剣を落とした。


 身体の内側に炎を宿したように、胸が破裂しそうなほど熱い。息を吸い込むと身体の奥まで炎が駆け巡ったようで、ろくに呼吸もできない。


「ぐあ、ぐあああ!」


「旦那、しっかり!」


「名残惜しいですが、お別れです。私を禁断の書にめぐり合わせてくださった感謝を込めて、安寧の地へとご案内しましょう」


 俺は床に倒れ、のたうち回った。だが痛みはまったく引かず、むしろ激しくなるばかり。チュリルが駆け寄って抱き着いても、払いのけてしまう。


 もうおしまいか、リーフを奪還できなかったことが悔やまれる。そう思って開け放たれた鉄の扉の中を見てやると、立ったまま虚ろな眼をしたリーフがびくびくと痙攣していた。背を向けたラジローはその変化に気付いていない。


 おかしい、カーラの術にはまったいつかのシルヴァンズも、あのような動きはしなかった。


 苦しみに耐えながらも目をそちらに向けていると、リーフは突如頭を抱え、なんと大きな音とともに光を発したのだった。自らに雷の力を放ったのだ。


 部屋が揺れ、さすがにラジローも気が付いた。振り返ったその先には、だらんと項垂れ、しゅうしゅうと煙を上げるリーフ。


「何事です?」


 ラジローの手が止まり、俺の熱も一気に収まった。あれほど苦しかったのに、今は全く痛みも無い。俺は空気を何度も吸い込み、全快した身体に再び活力を取り戻していた。


「うう、うう……」


 一方のリーフは変な声を上げ、ゆっくりとラジローに近付いた。一歩一歩、ふらふらしているもののしっかりと石の床を踏みしめている。


 そしてラジローのすぐ前に来て、その手をすっと握りしめた。


「オーカス……オーカスに手を出すな!」


 直後、ふたりは強い光に包まれた。

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