第十三章 戦乱の町パナット その3
「カーラ様はいかがされている?」
廊下をゆっくりと歩いている時、前から二人の兵士が歩いてきた。互いに砕けた雰囲気で会話している。
「もう寝室に入られたみたいだ。スオウ様もご一緒だ」
「そうか……な、俺の言った通りだろ? あのお二人ができているんじゃないかって」
「馬鹿、声がでかいよ。誰かに聞かれたらどうするんだ」
笑いながらすれ違う二人を横目に、俺とチュリルは互いに頷いた。
最大の心配事はカーラだった。あいつがプラートの力を受け継いでいるなら、プラートを通じて神から授かったチュリルの能力は、カーラには看破されてしまう可能性があるからだ。
「そう言えば、あの女はどうだ?」
兵士の一人が相方に尋ねたのを、俺たちは聞き洩らさなかった。耳を傾け、慎重に後をつける。
「ああ、すっかりおとなしくしているよ。狂犬みたいに暴れるからいっそのこと返したいくらいだったのに、ラジロー様が大事な方だから丁重に扱えと」
「あいつのせいで何人も黒焦げにされちゃってるからなあ。押さえ込めるのはスオウ様とヤドリガ様くらいのもんだよ」
ヤドリガ? 新しい名前だな。
ちらっとチュリルの顔を見る。だがチュリルは首を横に振った。この娘も初めて聞く名のようだ。
「お前たち、私語は慎め!」
突然注意され、びくっと震えあがる兵士二人。薄暗い廊下の向こう側から年配の兵士が歩いてきたのだ。
「兵長、お疲れ様です!」
「白々しいな。私はこれから預言者の監視に行く。お前たちはもう休め、いつ戦いが始まるかわからないからな」
「はい、ありがとうございます!」
そそくさと帰っていく二人とは反対の方向へ向かう兵長。預言者とか言っていたが、この男についていけばおそらくはリーフのいる場所に行けるだろう。
俺たちは兵長を追跡した。物音も息を吸う音も立てず、慎重に、距離を保って。
途中、兵長はらせん階段を昇り始めた。おそらく見張り塔にでも通じているのだろう。高所という隔絶性から誰かを監禁するにはちょうど良い場所だ。
「交代だ、鍵をくれ」
らせん階段を昇り切ったところで、鉄製の随分と頑丈な扉が打ち付けられていた。その前には兵士が三人、机を囲みながら談笑していた。
「もうそんな時間ですか。ではお願いします」
兵士の一人が兵長に鍵を渡し、階段を降りる。空いた席に座った兵長は、他の兵士に話しかけた。
「ふう、今日も砲撃は収まらなかったな。一体いつまでこんな持久戦を続ければ良いものか」
「ここには飛んでこないとわかっていても、きついですね。民を生かすとなると食糧もバカになりませんし、このままでは飢え死にです。カーラ様も早く降伏すればいいのに」
「でもあの人、これでいいとか仰ってるんだろ? 何考えているのか本当にわからないよ」
他愛もない会話をする三人。こんな内容、上に聞かれたら即刻首ちょんぱだろうな。
ゆっくりと歩き、鉄の扉の格子窓から中を覗く。窓以外ろくなものの無い、石造りの部屋だ。
その端っこ、毛布にくるまっている影がごろごろと動いている。
見覚えのあるあの動き、チュリルを掴む俺の腕にも力がこもった。
「あの寝相……間違いない、リーフだ!」
「寝相で分かるって、どんなんだよ」
冷静にツッコミを入れるチュリル。
俺たちは兵士たちの背後に静かに近付き、ふたりとも腰に差した短い鉄の棒を抜いた。
「援軍が来るのはいつだろう、じゃないと俺たち、ふげ!」
背後から棍棒を頭に叩き込む。この兵士には悪いが、これも作戦の内だ。
「お、おい!」
突然仲間が倒れ、慌てて立ち上がる兵士たち。その時チュリルと俺の手が離れ、俺たちの姿が相手にも見えるようになった。
「な、何……うんが!」
咄嗟のことに対応できず、俺たちの攻撃を受身もできず兵士は喰らった。気を失って床に伏せるかわいそうな兵士から鍵を奪い、急いで扉に突き刺す。
ガチャンという音の後、扉はゆっくり、重く開いた。
「リーフ、助けに来たよ!」
チュリルが部屋に飛び込んだ。部屋の隅に転がる人物の毛布をつかむ。
だがその時、チュリルの身体が閃光に包まれ、壁まで弾き飛ばされた!
「な、何だ?」
俺が飛び込んだ時にはチュリルは壁に背中をもたれて気を失っていた。そして毛布を払い現れたのは見慣れた金髪くせ毛のリーフ本人だった。
だがその表情は虚ろで、目の焦点は合っていない。
彼女は既にカーラの術にはまり、操られていた。リタ修道院を襲撃した時のシルヴァンズと同じだ。
「そんな、おい、正気に戻れ!」
俺は叫んだ。そしてしまったと口に手を当てた。
すぐに「何事だ!」と階下の兵士たちが駆けつける声が聞こえた。
思えばこんな簡単な罠、すぐに気づいたはずだ。リーフをおとなしくさせておくにも攻め込まれた時にも、カーラの術を使えば便利なのに。
リーフはどこを見ているのかわからない瞳をこちらに向け、ずんずんと近づいてくる。こいつに触れれば例の雷の力でやられる。
仲間なら頼りになるが、敵に回すとこれほど厄介とは。
「ううん……」
チュリルが目を覚ました。毛布を通じて触ったために雷の威力が弱まったのだろう、大事にはならなかったようだ。
「旦那、急いであたいに触れるんだ……」
そう力無く話すチュリル。急いで駆け寄った俺はその肩を掴んだ。
すぐさま俺とチュリルの姿が掻き消え、リーフの足は止まった。
だらんと垂れたチュリルの腕を俺の首に回し、ゆっくりと立ち上がる。そして音を立てないように慎重に進んだ。
リーフはと言うとじっと立ち尽くしたまま指先ひとつ動かしていない。
階段を駆け上がる兵士たちの足音がどんどん近付いている。だがこちらは手負いのチュリルを連れている。
俺は壁際に寄り、ふらふらのチュリルを座らせた。この能力を発動している間はチュリルの体力はどんどん奪われているはずだ。少しでも楽にさせるため、今俺ができる最善の策だった。
「おい、見張りが倒れているぞ!」
「扉も開いてる、誰か来たな!」
らせん階段を昇ってきた兵士たちは口々に叫ぶ。その一人が部屋の中でぼーっと立っているリーフを見て、笑った。
「ははは、侵入者め、この女が操られていると知って驚いただろうな。お、毛布が焦げているぞ、侵入者は雷を受けたみたいだな」
「なるほど、まだ近くにいるはずだ。徹底的に探せ!」
兵士たちは各々思い思いの場所へと移った。窓から外へ身を乗り出す者、毛布をめくって隠し通路を探す者、らせん階段を降りていった者。
俺たちはじっと壁に座り込んで機会を窺った。今下手に立ち上がってもすぐに見つかる。
だがチュリルがこんな状況、ずっとこのままではまずい。
「侵入者は見つかったか?」
らせん階段をゆっくりと昇る男が兵士たちに尋ねた。整えられた白髪の、白いローブを着た初老の男だ
「ヤドリガ様、まだ見つかっておりません」
この男が例のヤドリガか。リーフを止められる者となれば何かしら奇跡の力を備えているはずだが、見た目は戦士と言うより僧か学者のようだ。
「そうか、慎重に探せよ。特にオーカスとかいう男のしぶとさは筋金入りだと聞く。侵入するとしたらそいつのはずだ、髪の毛一本でも足跡を探せ」
大当たりだな、俺も有名になって嬉しいよ。
そんな冗談も叩けないほどに俺は追い込まれていた。狭い空間に多くの兵士、未知数の能力の男に操られたリーフ。仲間は攻撃を受けて動けない。
このピンチ、如何にして乗り越えようか。




