第十二章 天空の公国フォグランド その9
エダリスの火球が暴発した。その威力はすさまじく、俺も傷だらけの男も後ろへ吹き飛ばされた。
強烈な熱風が巻き起こり黒色の煙が空へと立ち昇ると、やがて静かになる。さっきまでエダリスがいた場所を中心に半径2メートルほどが真っ黒に焦げた大穴が開き、土がめくれ表土が赤く融けていた。
これにて敵兵の厄介な連中は皆倒せた。だが、安心するのは早い。
城壁を守る公国兵も最初の勢いはすっかり失い、今は数で勝る教団兵に圧され気味だった。
この状況を打開しないと、公国に勝利は無い!
俺と傷だらけの男は立ち上がったが、すぐにまた地面に倒れた。激戦で俺たちも満身創痍なのだ。鞭打てども、身体が言うことを聞かない。
せっかくテッソとエダリスを倒したのに、このまま負けて堪るものか。両手剣を地面に突き刺し、杖代わりにして立ち上がったその時だった。
城壁の向こう側から新たな騎馬隊が現れたのだ。
誰だ? もう公国の騎馬兵は使い切ったはず。あとろくに戦えるような民はいたか?
そんな疑問が起こるも、すぐにその謎は吹き飛んだ。先頭の兵士が掲げた赤地の旗には、向かい合う二頭の獅子の紋章が描かれていたのだ。
「あれは……テリヌ国王家の紋章だ!」
彼らは北東の隣国からの援軍だった。その数も1000どころではない。銀白色の鎧に身を包んだ屈強な騎兵たちが続々と駆けつけ、公国兵に助太刀した。
指揮官を失い、さらに突如現れた援軍にも翻弄され、教団兵は次々と戦場から逃げ始めた。一人が逃げれば軍勢は次から次へと瓦解し、やがて山は駆け下りる敵兵で埋め尽くされた。
「なんてことだ、奇跡だ!」
「奇跡なんかじゃないよ」
感慨深く呟いたとき、どこかで聞いた女の子の声が耳に届いた。
振り返ると、屈強な騎兵の背中に見覚えのある三つ編みと派手な民族衣装の女の子が乗っていた。
チュリルだ。あのセリム商会の娘チュリルが、小柄な体で騎兵の背中にちょこんと捕まっていたのだ。
「チュリル! なんでここに?」
「それはあたいのセリフだよ。まさか旦那がこんな所に来ているとは思ってもいなかったさ」
ちっちっちと指を振るチュリル。騎兵の表情も緩んでいる。
「チュリルさんが我々の領主に真正ゾア神教が攻め込んできていると知らせてくださいました。教団の狙いに祝福を受けた者の情報まで。我々は初め不審に思っていましたが、後に公国から援軍の要請が届いたので、すぐさま準備して駆けつけることができました」
彼らは王家直属ではなく、テリヌ王国内の一領主の臣下のようだ。それでも王家の代わりとして、公国の危機に駆けつけてくれた。
敗走する敵兵の背中を遠くに望みながら、公国兵のひとりが雄叫びを歓声を上げた。その歓声は周囲に広がり、やがて生き残った兵士は皆武器を掲げて勝利を祝った。
「大いなる山の民よ、ありがとう! 我々は勝利したのだ!」
再び城壁に上った公子が声を上げると、兵は皆「フォグランド公国万歳! エリーカ様万歳!」と未来の公爵を讃えた。
援軍の騎馬兵の助力を得て、公国民総出の復旧作業が始まった。急ピッチでの城壁の修復と破壊された山道の整備は当然ながら、再び敵が攻めてきた時のための新たな砦の建設計画も持ち上がった。
「そなたたちは私の臣下でもないのによくぞ戦ってくださいました」
謁見の間にて、俺と傷だらけの男は公爵の前に跪いていた。何十もの貴族や高官に囲まれて緊張はしたが、以前は張りつめたような空気だったのが今回はえらく和やかだ。歓迎されていると感じる。
母親のすぐ傍らで公子もきりりと立っていた。この数日ですっかり大人らしくなられたと思う。
「そなたたちはこの国の恩人です。この国を代表して、私から礼を申し上げましょう」
公爵は頭を下げた。恐れ多いのでやめてください、とは思ったがとても口にはできないので俺たちは余計に深く跪いて直接その姿を見ないようにした。
「そなたらにはこの勲章を贈りましょう。これを見せれば近隣の領主なら城に通してくださるでしょう」
公爵の脇から従者の女が前に出た。両手で紫色の布を持ち、その上には金色に輝く太陽を象ったバッジ状の勲章が載せられていた。
公爵によって認められた者だけが着用を許される名誉の証だ。同時に信頼と後ろ盾の証明にもなり得る。
「顔をお上げください」
従者の女が俺の胸に勲章を取りつけた。誇らしい気分だ。不思議と凛とした面持ちになる。
傷だらけの男も同様、貰う以前からしゃんと伸びていた背中が、余計にまっすぐになった気がする。
「そなたたちのおかげです。今後も我々は真正ゾア神教との戦いに尽力しましょう」
公爵が微笑み、部屋にいた者が拍手を贈った。
昼間の激戦を終えてしばし休むと陽が沈んでいた。夜の山は完全なる闇で足元もおぼつかない。
だがそんな時間でも俺は馬を一頭借り、武器と最低限の荷物を持って城下を歩いていた。
「まさかリーフがさらわれるなんてねえ」
俺の隣で傷だらけの男が引く馬に乗って、チュリルは腕を組んでいた。
戦場から城に戻って聞いた話だが、この娘も俺たちがカルナボラスを発った直後、カーラの出現に巻き込まれたらしい。持ち前の能力で隠れたため西方遠征に召集されることは無かったが、密かにマホニアと出会いその命でテリヌ王国まで単身乗り込み、領主に危機を知らせていたそうだ。
今回のこともそうだが、この娘はひとりでシシカからカルナボラスへ誰にも気づかれず逃げ通したりと底知れぬガッツと抜け目の無さを持っている。どんな天災や戦乱が起こっても生き抜いていけるのではなかろうか。
「それにしてもそのラジローていう神学者は何を知ってしまったんだろうね。あたいにもよくわからないよ」
「奴はカーラに忠誠を誓っている」
チュリルが何気なく言うと、傷だらけの男は間髪入れず答えた。
「表向きはな。だが禁断の書の話など一切出さず、さっさと殺せば良いものをリーフも生かしているのだ。奴は何かを隠している。カーラにも伝えていない何かを」
いつの間にやら俺たちは山道に出ていた。だがこれは目立つ城門ではない、いわば隠し門だ。この道は狭く目立たないが、正規のルートを使うよりかなり早く山を下ることができる。
「さあ行くぞ!」
馬に飛び乗り、一発目から強く鞭を入れた。松明だけを頼りに山を全速力で駆け下りる。
目指すは港町パナット。目的はさらわれたリーフの奪還だ!
ここまで読んでくださりありがとうございます。次からは第十三章です。
さて第三部に入って舞台が移りましたが、今回もモデルとしている場所はあります。
エリア連合国はスペインで、港町パナットはガウディで有名なバルセロナをイメージしています。
フォグランド公国はピレネー山脈の小国アンドラ公国をモデルとしています。
また第八章その5に名前だけ登場したポルトアーダはポルトガルのことです。




