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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第三部 はるかなる故郷へ
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第十二章 天空の公国フォグランド その6

「行くぞ!」


 俺と傷だらけの男は馬で山を駆け下りた。蹂躙される火砲部隊の助太刀のために。


 高山なので木などの障害物は無いが、この急こう配を駆け下りるのはいささか勇気が要った。だが今は目の前の敵を倒さねばならない。この間にも大隊に突撃した騎兵が次々と敵にやられているのだ。


 一気に駆け下りて勢いに乗った俺は両手剣を振り上げた。相手も俺に気付いたが、突っ込んでくる騎兵とやり合ったところで結果は見えている。火砲部隊にもまだ生き残りがいるにも関わらず、さっさと撤退してしまった。


「すまない、ありがとう!」


 火砲部隊の兵士はぼろぼろになりながらも俺たちに声をかけた。


「いいってことよ。それより大隊に早く砲弾を!」


 火砲部隊の動ける者はすぐに大砲に駆け寄り、砲撃を再開した。再び敵大隊の中で爆風が起こり、騎兵も勢いづく。


 だがやはり戦力差は埋めがたいものだった。手負いの火砲部隊に半減した騎兵ではとてもこの大軍の進撃を止められない。時間が経つにつれ、公国は劣勢に立たされていった。


「ここはもう持たない。あとは俺たちが足止めするから、あんたたちは城門まで後退してくれ!」


 火砲部隊の兵士が俺たちを見て叫んだ。


 その言葉に頷いて、俺たちはさっき下った斜面を今度は駆け上がった。それに気づいた敵兵から弓矢が飛んできたが、幸いにも命中はしなかった。


 彼らは決死の覚悟で俺たちの時間を稼いだのだ。その心意気に報いるのが、今の俺たちにできる最善の手なのだ。


 城門前にも騎兵が待ち構えている。彼らは敵をもっと惹きつけてから出撃する部隊だが、正直敵の視界にこの城門が入った時には俺たちの勝率はガクンと下がる。


 敵はエダリスを温存する限り、火炎でこの城門を吹き飛ばしてしまえるのだ。そうなれば城壁を失ったも同然の公国は、圧倒的不利に立たされる。


 俺たちが駆けつけるのを目にして、騎兵たちは出撃した。火砲部隊も他に複数隠れているので、敵が射程に入ったところで一気に殲滅するつもりのようだ。


 第一陣を撃破し、行軍を続ける敵大軍。そこに城門前から駆け下りた騎兵隊が正面から襲い掛かる。


 敵は狭い山道に合わせて縦に細長く隊列を形成した。突破力に優れた陣形だ。


 だが正面から来る騎兵の一人がラッパを吹くと、山道の死角となっている丘や窪地から別の騎兵が次々に飛び出す。後方の敵も弓矢で牽制するが、素早い騎兵に翻弄され、あっという間に敵は前方、後方を挟まれてしまった。


 さらにもう一度、ラッパを鳴らす。別に隠れた火砲部隊が大砲を撃ち、敵陣中心部を吹き飛ばした。


「よっしゃ、ここまでくればもう終わりだろう!」


 高台からガッツポーズを取る俺。だが傷だらけの男の顔つきは難しいものだった。


「どうしたんだ?」


「こんな簡単に終わるだろうか。奇跡の能力者がエダリス一人とはとても思えん」


 その時、敵陣の先頭が一際輝いたかと思うと、爆音とともにまたしてもあの火球が放たれたのだ。


 目の前の騎兵を巻き込んだ炎は山の斜面にぶつかり、大地をえぐった。


「な、何だまたか?」


 小さな地震が起こり馬が怯える。俺たちは手綱を引っ張って馬を落ち着かせた。


 爆発によってまき散らされた炎と岩石が騎兵たちに降り注ぐ。猛烈な熱を帯びているのか、斜面に沿って流れ出た黒煙が植物を次々と発火させ、直撃を免れた騎兵たちをも呑み込んでいく。


 地獄のようだ。先ほど城門から飛び出した騎兵は立った一発の火球を前に壊滅してしまった。


「おいおい、回復にはもっと時間がかかるんじゃなかったのか?」


「そんな、こんなに早くは……まさか!」


 傷だらけの男はエダリスをじっと見た。火球の放出でへろへろと地面に崩れるエダリスを、横から支える小さな影。長い髪の女のようだ。


「まさか、あいつが来ていたのか!」


「あいつ?」


 傷だらけの男が歯ぎしりをしている。予想外の人物が来ているようだ。


「あの女も祝福を受けている。その力は……自らの命を分け与えること!」


 女がエダリスをそっと後ろから抱きしめていると、あんなに疲れ切っていた様子のエダリスがぬっと立ち上がった。そして軽い足取りでズンズンと進み始めたのだ。


 逆に女の方はへなへなと倒れ、別の兵士に支えられている。


「あの女はつい先日までいなかったはずだが、援軍で来たようだ……まずい、ここから離れるぞ!」


 慌てて男が馬を走らせたので、俺も後を追った。


 その時ちらっと振り向くと、遠く離れた山道でエダリスが深く呼吸をしていた。あそこからは城門が見えているのだ。


「まずい、城門近くの兵は早く逃げろ!」


 俺が叫んだ直後だった。先ほど俺たちが立っていた高台を巨大な炎の球がかすめ、まっすぐ山の斜面を駆け上がるように飛来していったのだ。


 火球は城門に直撃した。隠していた火薬に引火したのか、大爆発に包まれた城門から、炎の塊が火山弾のように散らばる。美しい高山植物に覆われた斜面にも火の手が上がり、山のあちこちから黒い煙が立ち上っていた。


「な、なんてことだ」


 俺たちは言葉を失った。あれだけ優勢だったのに、城門が破壊されてしまった。


 騎兵を退け城門まで破壊した敵は勢い付き、側方から放たれる大砲も何のその、全速力で山道を駆け上がった。一方、後方の騎兵は完全に怖気づいてしまい、あたふたしている間に次々と敵兵の弓矢に射られて倒れていった。


「弓兵、敵を撃て!」


 城壁の上から弓兵が顔を出し、破竹の勢いで前進する敵大隊に矢の雨を浴びせる。しかし誰かに指示されるまでも無く敵兵たちが大きめの盾を隙間無く構えて守りを固めると、矢は盾に突き刺さるだけで敵兵に傷すら与えられない。


 このままだと城門が突破される。そうなるともう打つ手が無い。俺は決心した。


「俺たちでエダリスを倒そう!」


 傷だらけの男をじっと見ながら俺は言った。男はしばし黙っていたが、口角を上げると腰に差していたナイフを一本抜いた。


「いいだろう。だが、俺も負けねえぞ」


 かくして俺たちは再び斜面を駆け下りた。風になったつもりで、敵陣の一点を狙って。


「む、何者?」


 エダリス達は突如向かってくる2騎に、さぞや驚いただろう。味方の矢を背に突撃する俺たちは、戦場の常識で言えばあまりにも場違いだった。


 俺は両手剣を抜き、振り回した。エダリスを守ろうと五人の兵が割り込み、そして槍を構える。そして俺は勢いそのままで兵に突っ込んだ。


 と見せかけて。俺は懐に隠した火薬瓶を取り出すと、ぽいっと軽く放り投げて馬をキキッと方向転換させる。


 ナズナリアからもらった特製火薬瓶の威力は絶大だった。五人の槍兵は高く吹き飛び、その後ろにいたエダリスも爆風に呑まれ地面に倒れた。


「それそれ、まだまだあるぞ!」


 俺に続いて傷だらけの男も火薬瓶を放り投げる。壁の無くなったエダリスめがけてきれいな弧を描いた。


 このままだとエダリスに直撃だ。そう確信した時、放り投げられた火薬瓶はピタッと空中で静止し、そのまま爆発した。


「な、何故だ?」


 馬の上で俺も男も互いに顔を見合わせた。今のは一体何事だ?


「エダリス様、ご無事ですか?」


 敵大隊の中から一人の兵士が現れ、エダリスを起き上がらせた。その男を見て俺は驚愕した。


 そいつはラルドポリスのテッソだった。

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