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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第二部 ふたりの預言者
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第十章 新たなる船出

 朝日がようやく海の向こうから頭を出して、紫色の海面に光の道が現れる。


 しかしそんな美しい光景さえも、今の俺たちにはゆっくり見ている余裕は無かった。


 敵兵の乗ってきた帆船にアコーンと荷物を載せ終えると、桟橋に並んだ修道士たちは心配そうな目を俺に向けていた。つい昨日まで100人いた修道士も、たった一夜の戦いで半分近くまで減ってしまった。特に若い男はほぼ全員戦死し、残されたのは老人と女たちだけだった。


「オーカス君、気を付けてくれ。神は必ずや君の味方となってくれよう」


 サルベリウス様は皺だらけの手で俺の手をぎゅっと握った。心安らぐぬくもりがあった。


「わかっています、私は決して死にはしません。リーフを奴らの手から奪い返し、必ずや真正ゾア神教の侵攻を阻止しましょう」


 今にも泣き出しそうなサルベリウス様の目をじっと見つめ返した。この老僧の期待を裏切らないためにも、俺は行かねばなるまい。


 昨夜、エリア国と聞いてサルベリウス様は一枚の書状を書き上げた。ラジローの攻撃で震える手で仕上げたそれは、エリア国内の一領主に宛てたものだった。


 昔サルベリウス様が各地を旅して回っていた頃、しばらくの間その領主の家庭教師として召し抱えられたそうだ。真正ゾア神教に捕まるまでは手紙のやりとりもしていたそうで、自分の名を出せば話を聞いてもらえるかもしれないと俺に書状を託したのだ。


「本当に、気を付けるのだぞ」


 サルベリウス様が俺の胸に顔を埋めた。俺はそっと抱き返した。昔は父親に抱き着いていたものだが、いつの間にやら俺は抱き着かれる方になっていたようだ。


「お待たせしました、さあ行きましょう!」


 湿っぽい雰囲気をぶち壊したのはナズナリアだった。修道女のヴェールを脱いで黒く長い髪をさらけ出し、貫頭衣も男の着そうなズボンとベストに様変わりしている。唯一首に巻いた黄色のスカーフだけが女らしさを放っていた。


「やっぱり行くの?」


 年配の修道女が不安げに尋ねた。だが、ナズナリアは元気いっぱいに「はい!」と答え、軽い足取りでサルベリウス様に駆け寄ったのだった。


「サルベリウス様申し訳ありません、私はこの修道院を出ます。私の力が何の役に立つかはわかりませんが、必ず真正ゾア神教を追い返してみせます」


 ナズナリアは自信満々だった。昨夜の活躍以降、何かが吹っ切れたようで活発さが前面に出てしまっている。俺の旅についてくるのも自分から言い出したのだ。


 年上の修道女たちは答えに渋ったものの、サルベリウス様の「好きなように生きなさい、昔の私も旅をして回ったのだから」の一声で皆賛同せざるを得なくなったのだ。


「もうお別れは済んだかい?」


 帆船から兵士たちが顔を出した。指揮官を失った今でも、彼らはシルヴァンズに心酔している。死の間際に残した言葉に従い、俺たちをエリア国まで送り届けてくれるそうだ。それが終わったらラルドポリスへ帰るという。


 なお俺をここまで連れてきた例の船乗りも船室で休んでいる。あいつもいずれ故郷のカルナボラスに送り返すらしい。




「さあ、錨を上げろ!」


 兵士が声を張り上げると、別の兵士が二人がかりで鎖を巻き上げた。海底の束縛から逃れた船は、風を帆に受けて速度を増す。


 手を振って見送る修道士たちに、俺とナズナリアも体いっぱいに両手を振って答えた。おそらくここに帰ってくることは無いだろう、俺もナズナリアもなんとなくそんな予感がして、今生の別れを惜しんだ。


「絶対に、絶対に役に立ってみせるんだから」


 島が徐々に小さくなり、皆の姿が見えなくなってもなおナズナリアは手を振っていた。顔は涙でくしゃくしゃになって、とても見れたものではなかった。


「おい、いいのか? 別れるのが辛いなら戻ってもいいんだぞ?」


「辛いです。でもそれより、真正ゾア神教の進軍を止めるのが大事です」


 気丈な娘だ。溢れ出す涙をぬぐうその横顔に、俺はある種安心感を覚えた。


 船はまっすぐ、白波を立てて内海を進む。向かうは西の国エリア、その港町パナットだ。

 これにて第二部『ふたりの預言者』はおしまいです。

 ここまで読んでくださった皆様、改めてありがとうございます!


 さて、パスタリア王国は名前の通りイタリアがモデルですが、1500年当時のイタリアはヴェネチア共和国やナポリ王国といった国々が鎬を削る状態にありました。

 この作品では簡略化のため現代の地図に近い状態をイメージしています。

 モデルとなっている都市も

 カルナボラス→ローマ

 アンチャレ村→アペニン山脈中の村

 ラルドポリス→ナポリ

 リタ修道院→シチリア島

 を意識していますが、ぶっちゃけイタリア行ったこと無いんで現状と大きく違うかもしれないです。

 おいおい、ローマは西海岸だろ? 何で半島横断してんだよ? とかいうツッコミもスルーでお願いします。


 では、第三部『遥かなる故郷へ』もご期待ください。


追伸

 読者の皆様がこの作品をどう思っているのか、作者の私としても非常に気になります。もしよろしければ感想などでメッセージをいただければ大変嬉しいです。

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