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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第二部 ふたりの預言者
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第九章 絶海の聖堂 その4

「ついにこの日がやって来てしまいましたか」


 最上階の鐘楼にて、サルベリウス様はじっと海を睨んでいた。


「はい、あの船はおそらくキャラベル船、乗員は一隻当たり30人ほどかと思われます」


 俺は老僧の横顔を見つめながら告げた。


 サルベリウス様は眉間にさらにしわを寄せ、脇に控える修道士たちに振り返った。


「修道士の皆さん、ゾア神の加護の下真摯に生きてきた我々にも、来るべき時が訪れたようです。この修道院も、あの神聖な礼拝堂も、そして我々の守り通してきた秘密の資料も、すべて破壊されるでしょう」


 修道士たちは黙っていた。男も女も若者も老人も、皆じっとサルベリウス様に顔を向けている。


「ですが皆さん、私たちは神を心より信じています。神の遺産を守るため、私たちは今まで計画をどれほど練ってきましたか? 今こそ神への信仰を実行するときです、さあ、私たちも戦いましょう!」


 修道士たちの「はっ!」という掛け声が揃った。


 戦うだと? 抵抗くらいは協力してくれるかもと思ってサルベリウス様に相談してみれば、皆随分乗り気ではないか。


 修道士たちは階下へと急いだ。自分が何をすべきか、既に把握しているようだった。


 予想と違って面食らっている俺の肩に、サルベリウス様は優しく手を置いた。


「私たちはいつ真正ゾア神教が攻めてきてもいいように、今まで策を練ってきたのだよ。それが今日になるとは驚きだが、皆覚悟していたことだ」


「それでは、火薬の研究もこのために?」


 サルベリウス様は無言のまま首を縦に振った。


「第一部隊は林道へ、武器も忘れるな。陽動部隊は弓を持って桟橋へ急げ」


 てきぱきと指示を出す壮年の修道士。それに従い若手の修道士たちが固まって建物から続々と外へ出る。その手に握られているのは小さな陶器の容器だ。


「あれが武器か?」


 俺は近くで弓の準備をしていた修道士に声をかけると、その男はふふっと笑った。


「あれには特製の火薬が詰まっています。火を点けて放り投げれば瓶が割れた瞬間に大爆発です。昼間の爆発何て目じゃない威力で地面に穴が開きますよ」


 そう言い残して部隊に合流し、外の闇に消えていったのだった。ここにいるのは修道士であり、勇敢な戦士たちだった。


 修道女たちは総出で火薬を容器に詰め、急ピッチで武器を量産している。その中には大きな火薬袋から少量ずつ黒い粉を容器に計り取っているナズナリアの姿もあった。


「俺たちもできることを探そう!」


 俺に爆薬を扱う技術は無い。頼れるのはこの背中の両手剣だ。


「俺たちも戦おう、どこにいればいい?」


 ちょうど部下たちに指示を終えた壮年の修道士に詰め寄る。だが修道士は顔を背けるのだった。


「オーカス様を巻き込むわけにはいきません。安全な場所にてお待ちください」


 少しムッとした。


 ここに敵が攻め入る原因を作ったのは俺たちが持ち込んだようなものなのに、何もすることは無いと言われて不甲斐ないやら腹立たしいやら。


 それに俺は戦士としての訓練を受けてきたのだ。少なくとも戦場で役に立つだけの技能には自信がある。


「おい、俺にも手伝わせてくれ。じゃないと申し訳ない」


「いえ、リーフ様は預言者です。敵の目的は預言者の抹殺でしょう。もし我々がいなくなれば、誰がリーフ様をお守りしましょう」


「そ、それは……でも相手は奇跡の力を使う真正ゾア神教だ。常識通りの戦い方で通用はしないぞ」


「それでもあいにくですが―—」


「オーカスを戦わせてくれ!」


 押し問答を打ち破ったのはリーフだった。俺と修道士は二人とも、息を切らしたリーフをぽかんと見ていた。


「私とて雷の力を宿している。教団兵のひとりやふたり、相手にしたところで勝負にならない。それにオーカスは何度も死線を潜り抜けている。この戦いでも必ず相手を打ち倒せるだろう」


 リーフの言葉には力が宿っていた。その迫力に圧倒されながらも修道士は「ですが……」と反論しようとする。


 だがリーフは強かった。


「私のことは気にするな、私より守るべきものはこの修道院そのものだ。ここには聖人像を含めゾア神教の叡智が結集している。ここを奪還されたら1500年に渡って築き上げてきたゾア神教の歴史が途絶える。私のような預言は私がいなくなっても別の誰かに与えられるが、ここは失われればもう終わりなのだ。サルベリウス様が仰ったように神への信仰を実行するのが目的なら、オーカスも連れて行ってほしい!」


 修道士はついに折れた。


「そこまで言われれば仕方ありません。すぐ準備して、陽動部隊と合流してください」


「わかった、ありがとう!」


 俺は修道士に礼をすると、弓を取りに倉庫に向かった。


 だが気がかりがもう一つ。これだけ騒がしくても部屋から一歩も出てこないラジローのことだ。


 倉庫に行く途中、ラジローの個室の前を通ったので中を覗いてみると、相も変わらず机に向かって作業を続けている。


「ラジロー、どうだ?」


 俺の問いかけに神学者は何らアクションを起こさない。だが作業は順調に進んでいるようだ、積まれていた羊皮紙の山が無くなり、いずれも紐で結ばれ丸められている。


 あとは最後の仕上げだろう。この部屋は最期まで守り抜かねばなるまい。




 桟橋にて陽動部隊と合流した時、俺たちの使った船は既に島の裏まで移動させられていた。聞けば船乗りを叩き起こして急いで動かしたそうだ。もしもの時にこの島から逃れる手段はあれしか無いのだから、あの船が襲われたらそれこそ詰みだ。


「敵の船が近付けば私たちは弓で牽制します。ですが敵はそれでも停泊してくるでしょう。その時には我々は山道まで退きます」


 陽動部隊の頭である修道士が説明する。陽動部隊は俺含め8人、全員男。比較的屈強な修道士を集めたのも、陽動という名の通り敵と一番対峙する危険があるからだ。


 やがて敵の船が近付き、世闇の中でも帆船の姿がくっきりと浮かぶ。


 俺たちは横一列に並び、地面に身を屈めて待った。そしてようやく頭が手を上げると、俺たちは矢を装填し、弦を力いっぱい引いた。


「今です!」


 俺たちは一斉に弓を射出する。甲板に飛び込んだ矢は次々と木材や帆に突き刺さる。「ぎゃっ」だの「ひい」だのと声も聞こえることから、船員にも命中しているようだ。


 しかしこの程度で帆船が止まることは無い。水を掻き分けさらに近付いてきた帆船から敵兵も顔を出し、弓で応戦してきたのだ。


 だが明かりの灯った帆船から、せいぜい月明りだけで照らされた俺たちを弓で狙うのは至難の業のようで、相手の矢はまったく離れた場所にパラパラと落ちていくのだった。


「さあすぐ矢を装填してもう一度!」


 頭の声に鼓舞されて皆次の矢を構える。しかしその時、一本の矢がまっすぐに飛んできて、頭の横面を突き刺したのだった。


 鏃は頭蓋を貫通し、頭は絶命寸前の表情のまま倒れてしまった。


「そんな、何で?」


 相手に俺たちは見えていないはず。それなのにこうもうまく狙ってくるなんて。


「まさか!」


 俺は目を凝らした。甲板に立って弓を構えている奴がいるはずだ。


 そいつは確かにいた。船首に立って弓を構えているのは女だった。赤い炎で染められているものの、白い服に長い黒髪をなびかせる女。


 遠くからでも蛇のような眼つきで相手を震えさせ、まるで心の奥まで見透かされているような気分になる。


「あいつだ! あの女、俺たちの姿が見えているぞ!」


 女は次の矢を構え、さらに放つ。音よりも速く飛んできた矢は、俺の隣で伏せていた修道士の目玉を貫いた。


 直後に放たれた俺たちの矢は完全に先ほどの勢いを失っていた。船の甲板にすら届かず、唯一届いた俺の矢も敵兵には当たらなかったようだ。


「まずい、ここは一旦退こう!」


 俺の提案に他の修道士たちも賛成し、全員で山道へと逃れた。ここなら木々が邪魔であの女からも見えないはずだ。


 そしてついに敵は錨を降ろした。帆船から教団兵を満載にした小型の手漕ぎボートを降ろし、着水と同時にまっすぐ桟橋へと向かう。


 俺たちは山道の木々に隠れて相手の様子を窺っていた。ここで飛び出して弓を撃ち込みたい欲求に駆られるも、俺たちはあくまで陽動と牽制が役割。ぐっと堪えて拳に力を入れる。


 三隻の船から降ろされた手漕ぎ船が計六艘、次々と桟橋に着き、兵士たちが飛び降りる。敵兵の総数はやはり100人前後だろうか。


「気を付けろ、敵が隠れているかもしれないから慎重に進め!」


 敵兵の隊長と思しきやたら重厚な鎧を着こんだ男が言うと、兵士たちは隊列を組み直した。


 細い山道を想定してだろう、横に2、3人で並んだ細長い列を作り、歩調をそろえて前進を始める。


「よし、弓を何発か放ったらすぐに逃げるぞ!」


 俺と修道士たちは目を合わせ、すぐさま弓を放った。


 哀れ先頭を歩く兵士に矢が刺さり、地面に崩れた。しかし後ろの兵士たちはそんなこと意にも返さず、倒れた仲間を踏みつけて歩き続けるのだった。


「くそ、なんて統率された部隊だ。おい、逃げよう!」


 俺たちは暗い山道を走って上った。後ろの兵士からは俺たちの姿がわずかに見えていただろうが、誰も足を速めることは無く整然と進み続けている。

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