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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第二部 ふたりの預言者
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第八章 太陽の都ラルドポリス その7

「なあオーカス、私は何か間違ったか?」


「いや、間違いは無い。サンタラムもお前を認めていたし。でも、タイミングがまずかった」


 外の光の一切届かぬ石積みの壁を露が覆い滴る。ここは聖堂の図書館よりもさらに下層の地下牢だ。


 結局俺たちは牢に放り込まれることになったのだった。リーフに至っては二回目だ。


 あの後激怒したシルヴァンズは俺たちを牢につなぐよう兵に指示した。そしてカーラの前に跪くと神の代弁者として認め、司教として忠誠を尽くすよう誓ったのだった。


「預言は本物だ。私は確信している」


 リーフはじっとうずくまってしまった。


 確かに、このリーフが嘘をつくとは思えない。何かしらの預言が下されたのは事実だ。


 だが、それが本当にゾア神の預言だったのか?


 あのカーラという娘もゾア神からの預言によってプラートと同じ力を手に入れたのだ。つまり少なくとも一方はゾア神以外の何かから預言を授かったことになる。


 そして圧倒的に不利なのはリーフの方だ。


 ゾア神の預言者としてのし上がったプラートの後継者というバックグラウンドを持つ以上、カーラを正当な預言者と見る向きは強い。ぽっと出のこちらはただあらゆる文字が読めるだけとなれば、神のもたらす奇跡としてはどうしてもインパクトに欠けるきらいもある。


 もう船も出港する時刻だ。俺の荷物とアコーンだけ海の向こうに行っちまうなんて、悲しい冗談だ。


 そんなことを考えていると、石壁の向こうからコツコツと何か音が聞こえる。


 通路でもあるのか? 俺は壁に耳を当てた。


 その時だった。壁にはめ込まれていた石がぐぐっと引っ込み、壁に小さな穴が穿たれたのだ。


「オーカス殿、お逃げくだされ」


 壁の穴からこちらを覗いているのは暗闇の中でも凛々しい鷹のような眼。シルヴァンズ司教だった。


「司教、一体どうして?」


 俺が尋ねている間にも、壁を構成する石材は徐々に引っ込んでは外されて、ついに人間一人が丸まれば通れる程度の穴が開いたのだった。


「私が信じるのはゾア神のみ、リーフが疑わしいのであれば同時にあのカーラ殿も疑わしいことに変わりはない。真実を探るため、貴殿らはここにいてはならないのだ」


 シルヴァンズの眼は澄み切っていた。プラートがゾア神の預言者かどうかわからない以上、あのカーラもゾア神の預言を授かったか断定はできない。表向きはカーラに従いながらも裏では俺たちに手引きもしてくれるこの男は、なんとも好人物なことか。


「勘違いはするな、私は貴殿らを信用し切っているわけではない。それにマグノリアの義理もある、決してカーラ殿に謀反を企てているわけでは無いぞ」


 小さな蝋燭を持って狭く暗い通路を先導する司教に、俺たちはついて行った。


 しばらく通路を進むと青い光が見え、吹き込む風も強さを増す。


 そして広がったのは海の青と空の青。ここは高い崖に掘られた洞窟だったのだ。


「貴殿らにはこれからリタ修道院に向かってもらう。荷物も回収して船も準備している、さあ急げ」


 まぶしい外の光のせいでシルヴァンズの表情はよく見えなかった。


「リタ修道院? 絶海の孤島じゃないか、なぜそんな所に?」


 冗談じゃない。これから商品を売りに町まで行こうと思っていた矢先に突然牢に入れられ、その上辺鄙な場所にまで連れられる羽目になるなんて。


 シルヴァンズは懐から小さな袋を取り出し、俺に握らせた。


「オーカス、貴殿の絨毯だがあれはまさに上質の品だ。ちょうど新しい敷物が欲しいと思っていたところだ、三枚全部譲ってはくれまいか? ほら、金貨30枚出そう」


 突然の事態に俺は何も言えず、ただ笑うシルヴァンズを見ていた。


 元は一枚金貨五枚で売れれば十分だと思っていた品が、一気に二倍の価格で売れてしまった。


「君たちには大変な迷惑をかけたと思っている。だが、プラートの遺志を継ぐ者が現れたとなれば、真正ゾア神教は再び強硬的な姿勢をとるだろう。他国を侵略するかもしれない。そうなれば商売どころの話ではなく、この世界は本当に混乱に包まれる」


 斜面に手足をかけ、シルヴァンズが崖を降り始めたので、俺たちもそれに続く。なるほど、崖に小さな手足をひっかける穴があり、ここを伝えば下まで降りられるようだ。


「ゾア神の教えをもって人々を導くのは我々の責務だが、無用な争いは引き起こしてはならん。リタ修道院には旧教の高僧らが軟禁され、焚書を逃れた資料がこの図書館以上に多く保管されている。そこならばリーフの預言に関する手掛かりもつかめるかもしれない」


 すいすいと降りるシルヴァンズを追って俺たちも降りるが、何分初めての動きなものでどこに手を置くべきか迷う。リーフが変なところに足を置くせいで小石が転がって下にいる俺の頭に何度もぶち当たった。


「いて! なんでリタ修道院にはそんな旧教の資料が残っているんだ?」


「もしもプラート様が気付けばすぐさま島ごと沈められただろう、だが真正ゾア神教の中にも旧教への進行を捨てきることができない者、神の真の意向を確かめたい者、神学の観点から真正ゾア神教を解き明かしたい者など様々な思考を持った人間がいた。そう言った者たちが結託し、旧教の人物や書物を島に隠したのだ。と、あれが貴殿らの乗る船だ!」


 崖を下り切ったシルヴァンズの指差す沖合には、小さめの帆船が停泊している。


 そこまではどう渡るのだろうと海岸に目を移すと、崖下に小舟が泊まって二人の男が待機していた。


 一人は眼鏡のラジローだ。神学者として俺たちに同伴するのだろう。そしてもう一人。


「あ、あいつは!」


 遠くからだがその男が何者かはすぐにわかった。


「ようオーカス、俺のこと忘れてねえだろうな!」


 シシカの定期船で出会った船乗りだ。カルナボラスの大聖堂に乗り込んだ時も最初の御者を務めてくれたあいつだ。


「忘れるわけねえだろ、何でこんな所まで来てんだよ!」


 崖を降り切った俺は大声で返した。


「ちょうど西へ船を出すところでシルヴァンズ様に呼び止められてねえ、人手不足なんで手を貸してほしいと頼まれたんだ。お前のことだと知って仕事はほっぽり出してこっちにやって来たよ」


 あ、こいつ帰ったらクビだな。だがそれ以上にこの船乗りが俺たちのことを案じてくれたのが嬉しかった。


「おうリーフちゃん、前にもましてべっぴんさんになりやがって。お兄さん嬉しいよ」


「何をふざけている。今すぐそっちに行くぞ」


 リーフも崖を降り、海岸で待機する船に向かって走り出した。


「さあお急ぎください!」


 小舟からラジローが手招きする。


 だがその時、「待て!」と鋭い男の声が走ったのだった。


 振り向くと例のカーラと一緒にいた男が剣を抜き、突き出た岩の上に立っていたのだった。


「シルヴァンズ様のお姿が見えないと思って探していたら、まさかこんなこととは。これはカーラ様に対する明らかな反逆、ゾア神に代わり私が裁きを下しましょう」


 男が剣を振ると、ヒュンと空気を切る音が響いた。


 ひい、と叫んで縮こまる船乗り。だが、シルヴァンズは眉一つ動かさず、俺たちの前に出て男を睨みつけたのだった。


「何が探していた、だ。最初から疑っていたのだろう。カーラ殿の差し金か?」


「シルヴァンズ様、本来あなたのような高潔な御仁を斬るのは私の趣味ではありません。それにあなたは強い。私が正面から勝負を挑んでも負けるだけでしょう。ですから、こういうのはいかがでしょう?」


 男が指をぱちんと鳴らすと、獣のような唸り声とともに岩の陰から何かがのしのしと歩み出た。


「テ、テッソ!」


 シルヴァンズが驚愕し、震えた。現れたのはすっかり白目を向き、言葉にならぬ声を紡ぎ出しながらしっかりと地面を踏んで歩くテッソだった。


 部下の変わり様にさすがのシルヴァンズも動揺を隠せないようだ。


「カーラ様の能力はお忘れですか? 人間を意のままに操り、術にかかった者は自我を崩壊させ怪我にも気づかず捨て身の攻撃を繰り出すのです」


 もう一度男が指を鳴らすと、テッソは身を低く屈めてまっすぐに突っ込んできた。得意のレスリングの技だ。ただでさえ強力なのに、操られて正気を失った今、その一撃をもろに受けれ骨ごと砕かれる。


 避けねば! 誰もがそう思った。


 だが、シルヴァンズは退くことなく、向かい来る人間弾丸に正面から立ち向かうのだった。


「おい、やばいよ!」


「案ずるな、私とて祝福を受けた身、この程度では怯まぬ!」


 俺の忠告を流したシルヴァンズに、テッソが突っ込んだ。大木と大木が打ち合うような轟音に、砂埃が舞い上がる。


 だが二人は立っていた。テッソの一撃をシルヴァンズは両手で受け止めたのだ。


「おお、すごい!」


 俺もリーフも船乗りもラジローも、皆そろって歓声を上げた。シルヴァンズ司教の皮膚がどんどんと銀白色に変色し、太陽の光を照り返して輝いているのだ。


 体を鋼鉄のように硬く、重くする。それがシルヴァンズに与えられた奇跡の力だった。


「さすがはシルヴァンズ様、その力は並大抵のことでは打ち破れませんね」


 男は吐き捨てたものの、その目は笑ったままだった。

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