第八章 太陽の都ラルドポリス その6
「さあ私の質問を聞きなさい、別に答えたくなかったら答えなくてもいいわ、あなたの考えはすべてお見通しですもの」
聖堂の床に座り込まされたリーフを前に、サンタラムは不気味に笑っている。
こいつの能力は投げ掛けた質問に対する本心を知ること。答えなくても念じれば分かるようだ。
見た目も言動も気色悪いが、この能力だけは本物だ。侮ってはいけない。
「さあ訊くわ。あなたがゾア神の預言を授かったというのは本当かしら?」
リーフは黙り込んで下を向いていた。
しかしサンタラムはうんうんと頷き、突然目頭を押さえた。
「まさかねえ。それじゃ訊くけれど、その内容は覚えてる?」
相も変わらず黙ったままのリーフ。ここでサンタラムはため息をついた。
「シルヴァンズ様、この娘は本気よ。ゾア神の預言を信じて疑っていないわ」
「それならばこれはどういった事態だ?」
シルヴァンズがらしくもなく声を荒げた。
「まあ落ち着きください。リーフさんが何かしらの預言を受けたのは事実でしょう」
腰掛けていた金髪の男はそっと立ち上がりシルヴァンズをなだめるが、すぐにこちらをキッと睨みつけたのだった。獣のように隠す気も無く敵意の溢れる眼だった。
「ですがそれは本当にゾア神の預言でしょうか? 悪魔のささやきを聞いたのかもしれませぬぞ」
男が声のトーンを下げた。夏の聖堂に不穏を空気が包み、シルヴァンズもごくっと喉を鳴らす。
「違う、私の受けた預言は本物だ!」
ずっと沈黙を守っていたリーフがついに立ち上がった。すぐさま兵士に抑えられ座り込まされるが、その目はじっとシルヴァンズに向けられていた。
「リーフ、その預言がゾア神のものであると証明できるか?」
「当り前だ、私は神のおかげで文字が読めるようになったのだ。今まで読めなかったパスタリア語も、異国の文字も古代の文字も、図書館の書物なら何でも読めるぞ」
聞いて男が噴き出した。
「文字が読めるだと? 神から知恵を授かったとでも言うのか? バカバカしい、そんなもの示し合わせればいくらでも騙せるだろう」
「いや、こいつの言うことは本当だ! こいつは初めて見る俺の故郷の文字まで読めたんだ!」
前に出ようとするが、脇に立っていたテッソと兵士たちが俺にとびかかった。たちまち俺はねじ伏せられ、床に頭をつけられる。
「利口な者なら文字なぞ教えればいくらでも読める。だがこのカーラ様に下された奇跡の力は本物だ、いかなる詐欺師にも奇術師にも真似はできまい!」
ついに女が立ち上がった。火傷に覆われた切れ長の眼が開かれ、まるで蛇のように不思議な威圧感と魅力が放たれる。
「カーラ様はかつて祝福を受け真正ゾア神教に尽くしてきた身。そのような高潔な魂を持つゆえに神に魅入られ、さらなる奇跡の力を授かったのだ! このカーラ様こそ真なる預言者であり、プラート様の遺志を継いで我々を救済へと導かれるのだ!」
さらなる奇跡の力にプラートの遺志? この女は何者だ?
「ちょっと待ってよ」
力たぎる男の声に続いたのは、何とも気の抜けそうな声。サンタラムが男の前に割って立つと、唇を尖らせたのだ。
「私はあんたたちだって信用したわけじゃないのよ。リーフに審問したのだから、あんたたちも同じように私が質問する必要があるわ」
「サンタラム貴様、神を疑うのか?」
男の腕がぷるぷると震えているが、当の審問官はどこ吹く風と髪をぱさぱさしている。
「私は審問官よ。常に正しく公平にジャッジを下さないといけないの。疑われた者がいれば疑った者も同様に調べるのが私のポリシーよ」
「よかろう、何でも申してみよ」
カーラがようやく口を開いた。聞くだけで服のシワを直してしまいそうな、女王のように威厳溢れる声だ。
「しかしカーラ様、この者は」
「良いだろう。我は真に預言者なるぞ、潔白であるなら心の内を晒しても問題はあるまい」
カーラの提案に男は引き下がった。
「分かった。ただし無礼をはたらいたらすぐにその首を斬り落とすぞ」
「あらやだ、ここは聖堂よ。殺生沙汰はやめてちょうだい」
サンタラムは長いまつげを男に向けビシビシと立てたが、すぐさま振り返ってカーラに尋ね始めた。
「じゃあ聞くわよ、あなたが神から預言を授かったというのは本当かしら?」
カーラはじっと黙っている。心の内さえ読めれば良いのだ。
だがその時、サンタラムは首を傾げたのだ。そしてもう一度「預言は受けたのかしら?」と尋ね直す。
なおも黙ってサンタラムを見つめるカーラ。一方のサンタラムの額からは汗が流れ出て、鼻先から滴を垂らし始めたのだ。
「どうなされた?」
何かがおかしい。感づいたシルヴァンズが問う。
「ど、どういうこと? あの娘の心が全く読めないわ!」
サンタラムが頭を掻きむしりだした。聖堂が一気にざわつく。
こいつの力は本物のはず、それが通じないとはどういうことだ?
「そんな、私の力が通じないなんてどうして? 今まで通じなかったことなんて……いや、違う」
「どうしたんだよサンタラム!」
床に押し付けられた俺も叫ぶが、すぐにテッソがより力を込めて一層強く床に口づけをしてしまう。
「いたわ、私の力が唯一通じない人が。そう、プラート様、私に祝福を与えたその本人よ」
サンタラムが感慨深げに言うと、聖堂は静寂に包まれた。
「この娘に力が通じない理由、それはプラート様と同じ力を持っているからよ。この娘がプラート様の遺志を継いでいるというのは間違いないわ」
つまりあれか。プラートの再来とでも言いたいのか?
「そう、カーラ様の預言はまさしく神からの物! プラート様と同じ祝福を与える力をお持ちゆえ、祝福によって得られたサンタラム殿の力は通じないのだ!」
男がマントを翻しながら言い放った。
途端、聖堂の兵士たちの多くが跪いた。俺を押さえるテッソも頭を下げている。
「ははぁ! 真なる預言者の再来に幸あれ!」
やはり真正ゾア神教にとってプラートの存在はでかかったようだ。『ゾア神の独白』の発見で正統性を失ったと考えられるようになっても、今なおプラートを信奉する者は多い。
「これでカーラ様が真なる預言者であるとお分かりだろう。それでは、ここにいる小娘は一体何の声を聴いたのか?」
男が悪魔のように高笑いしながらリーフを指差す。
途端、リーフの身体が痙攣を起こした。
「おいどうした?」
心優しい数人の兵士が駆けつけリーフの縄を解き、床に寝かせる。
体を引きつらせびくびくと跳ね上がるリーフを、多くは嘲笑の眼で見ている。
「こんな時にどうしたんだよ、おい!」
白目を向いたリーフに俺の声は届かない。よりによってなぜ今。
いや、もしかしたら。まさかこれはドニア火山での出来事と同じでは?
やがて痙攣が収まり、仰向けで床に倒れていたリーフはゆっくりと目を開けた。
「どうしたのかな、あまりのショックで気を失ったのかな?」
男はリーフを見下していた。そんな言葉など聞き流し、リーフは上半身を起こす。
「聞こえた、今度こそ。安寧の地にてかの声はこう言った」
息を切らしながらも、リーフはじろりと男を睨みつけた。
「ほほう、何が聞こえたのかな? 教えてもらおうではないか」
不敵に笑う男を見据えたリーフの口角も上がった。そして聖堂全体が静まり返る中、石の中にも染みわたる声でこう叫んだのだった。
「『大いなる災いが目覚めし時、偽りの預言者が現れ、この世を混沌に導くだろう。我が名はゾア、この世の創造主として世界の混乱を断つ!』」




