第八章 太陽の都ラルドポリス その5
リーフが預言を授かってから二日、俺たちは出発の準備を始めていた。
真正ゾア神教の連中には今でもプラートを信奉している者もいると聞く。そんな奴らにリーフが預言を受けたとでも知られれば面倒だ。シルヴァンズにもこのことは伝えていない。
前日の内に買い出しと船の手配を済ませ、あとはアコーンを連れて船着き場まで急ぐだけだ。
「オーカス殿、本当にもう行かれるのですか?」
聖堂の前に出ると、ラジローが見送りに来ていた。
「ああ、預言の内容はわからないが、必要になればまた下されるだろう。それに俺の本分は商人、いつまでもここで休んでいるわけにはいかないからな」
背にリーフを乗せたアコーンの手綱を握りながら、俺はラジローの前で立ち止まった。
「そうですか、では何かありましたらいつでも私に文をお送りください。微力ながら文献に当たって神の真意を明らかにいたします」
「ああ頼んだぜ」
俺とラジローが握手を交わしたその時だった。
聖堂まで続く石畳を、一頭の馬が全力で駆けてきたのだ。
「うわ、あぶねえ!」
俺たちは急いで壁際に寄り、走り去る馬を避けた。
馬の背に跨っていたのは若い男と女。
男は金髪に白い肌に流れるような長い髪の持ち主だった。茶色のマントを羽織り腰に剣を差している。切れ長の眼が特徴的で、雰囲気はどこかで会ったことがあるような気もした。だが、どこの誰だったか、思い出せない。
女の方は浅黒い肌に切りそろえた前髪が特徴的だった。瞳は黒く鼻筋が通っており、一目で南の大陸の出身であることが分かった。白一色ながらズボンに肩を出した上着、そして金属製のティアラと異国情緒あふれる服装が往来の人々の目を引いている。
しかし悲しいかな、女の顔には大きな火傷の跡が残っていたのだ。
熱湯でも浴びたのだろうか、顔の左半分だけが赤く変色している。それが無ければ王宮に召し抱えられたとしても誰も文句はつけないだろうに。
「おや、今のはカーラさんではありませんか?」
ラジローが走り去る馬の背を見ながら呟いた。
「知り合いか?」
「ええ、真正ゾア神教の尼僧です。祝福を受けた中でも特に強力な力の持ち主でした。確かプラート様が亡くなられた時には北方の村で任務に当たっていたと思うのですが、ここに何の用でしょう?」
馬は聖堂脇の厩舎に消え、しばらくすると男女は並んで聖堂の門へと向かった。
一瞬、男がこちらをぎろりと睨みつけたような気がしたが、俺と面識でもあるのだろうか?
旅の中で多くの人に出会ってきたから、他人の空似かな?
そんなことを考えながらもラジローに別れを告げ、俺たちは船着き場へ急いだ。
出港までまだ時間はある。荷物とアコーンを預けて近くの酒場に入り時間を潰すことにした。
「なあオーカス、神はどういう時に啓示を下すのだろうな?」
机に顎をつけているリーフは注がれたワインにも口を付けず、杯の縁を指でなぞっていた。
「さあな、俺にはわからん。だが何か必要があった時に神は人間にメッセージを伝えねばならん。そんな時に最もふさわしい誰かが選ばれて、伝言役を任されるんじゃないかと俺は思う」
俺もワインを喉に流し込むが、まったく味が感じられない。昨日からずっと、何を食ってもろくに味わう気分になれないのだ。
「それよりこれからの船旅は長いぞ。10日間は狭い船室での生活だ。行き先は大陸の西端ポルトアーダ、世界中の食い物が集まる食の王国だ、今の内から腹空かしておけ」
陽気に言葉を作ってみせるが、リーフは「ああ」と沈んだままだった。
「オーカス殿!」
酒場に響き渡る男の声。俺も含め他の客も会話をやめ、声の主へと視線を移した。
酒場の入り口で立っていたのはテッソだった。白い質素な衣服に身を包み、細身ながら鍛えられた肉体を見せつけている。
「おおうどうしたんだ、忘れ物でもあったか?」
立ち上がり、とぼけた感じで答えてみたがテッソの表情は変わらない。ずっと俺たちをじっと睨みつけている。
そしてテッソの後ろから剣を構えた兵士が現れると、酒場はパニックに包まれた。
「あなたたちを異端審問にかけます、聖堂へお連れしろ!」
兵士たちは「はっ」と声を揃えると、酒場へとなだれ込んだ。
机をひっくり返し、逃げ惑う客たちを押し退けながら進む兵士たち。
何故こんなことに?
心当たりがあるとすればリーフの預言だろうが、あれはラジロー以外誰も知らないはず。
俺とリーフは逃げ道を探したが、それらしいものは無い。愛用の両手剣も船の荷物に預けてしまった。
俺とリーフは皿を投げ椅子を蹴飛ばし、向かい来る兵たちに抵抗した。
それでも距離をずんずん詰めてくるので、俺は腰から短剣を抜いて突き出した。
兵士たちも剣を持っているが俺の腕前は皆聞き及んでいるようで、にらみ合いの形となる。
「オーカス殿、仕方ありません」
前に出てきたのはテッソだった。
薄着で武器は何も持たず、剣を構える兵たちの間からすっと現れる。
「テッソ、俺は武器を持っている。レスリングのようにうまくはいかないぞ」
「心得ております。ですから私は神より授かった力を使いましょう」
テッソが仁王立ちになって両掌を合わせる。途端、俺の首を何かが締め付けた。
苦しい、息ができない。
もがいて首筋に手を当てても、奇妙なことに手のようなものは何も無い。
しかし俺の首の肉はしっかりと陥没しており、まるで透明なガラスの腕でつかまれているようだった。
リーフが何度も俺の名を呼ぶが、その声も徐々にちいさくなってゆくーー。
気が付くと俺は聖堂の前へ縄にくくられて馬車で運ばれていた。
傍らにはリーフも縄でがんじがらめにされていたが、それでもなお歯で縄を引きちぎろうとしていたのだった。
聖堂に連れ戻された俺たち待っていたのはシルヴァンズと先ほどの男女。女の名はカーラと言ったか。
そしてもう一人。俺たちの足音に気づいて、祭壇に祈りを捧げていた白いローブに切り揃えた髪の毛の男がこちらを振り返る。
「はぁーい、キュートでラブリーな審問官、サンタラムよ」
本当に時間が止まった。甲高い声にバッチリメイク、これは紛れもなく本物だ。どうしてここにこいつが?
確かマホニアとともにカルナボラスの統治に励んでいたはずではないのか?
「あーら、お久し振りいい男さん。私はこの力が必要とされたとき、すぐに駆けつけるのよ。特にいい男がいる場合は」
背中に毛虫でも入れられた気分だ。こいつのついて深く考えるのはやめよう。
そんなサンタラムのことをよく知っているのか、シルヴァンズは祭壇前に置かれた椅子に腰かけると、静かに、だがよく通る低い声で話し始めた。
「サンタラム殿、貴殿の力を使って嘘か真かを確かめる。このリーフが本当に預言を受けたのか、単なる狂言に過ぎないのか」
やはりそのことか。漏れたとしたらラジローか?
もしくは誰かが聞き耳を立てていたか?
そんなことを考えながらふと並んで座る男女に目を向けると、二人ともこちらを見て不適に微笑んでいるのだった。
背筋に悪寒が走る。まさかこいつら、預言のことを知っているのでは?
日ハム優勝おめでとう!
大谷ってやっぱすごいですね。




