第七章 山脈を越えて その2
「なあオーカス、これからどこに行くのだ?」
粗末なベッドに横たわって手足をばたつかせながらリーフは尋ねた。
「そのことなんだが、とりあえずはこの絨毯を売ろうと思ってな」
俺は椅子に座って水を飲みながら壁に立てかけた三本の絨毯を親指で指差した。サルマでセリム商会から報酬としてもらったあれだ。
いくら上質の絨毯といえども三本もあればかさばる。どこかで金に交換して身軽に旅を続けたいものだ。
「そのためにはもっと真正ゾア神教の影響の弱い所へ行かねばならん。とりあえずパスタリア王国を出るために、港町を目指そうと思う」
「カルナボラスから船で出ることはできなかったのか?」
「あそこは半島の東岸だ。ぐるっと回るともっと日数も金もかかるぞ」
聞いてリーフは布団に顔を埋めた。
聖堂奥の宿泊所は冷たい石壁に古ぼけた家具で決して快適とは言えなかった。ただ宿泊料を決めたのは俺だし、文句を垂れることはできない。
「それよりもうすぐ陽も沈む。夕飯でも食いに行こうぜ」
それを聞いてリーフは跳び起きた。
「そうだな、早く支度しろオーカス!」
食堂もこれまたナイスロケーションで、湖に面した小さな家が営んでいる。西の山に陽が沈むと、ちょうど湖面が黄色く輝き、赤く染まった空との対比が見事に映える。
そして出されたのは肉。豚の頬肉を丸ごと塩漬けにして、香辛料と絡めて炙ったという料理だ。
ハムでもベーコンでもない、しょっぱいのにいつまでも口の中で頬張っていたくなる奇妙な触感に、俺たちは酔いしれた。
「ウんマあーい!」
周りのテーブルに座る連中が笑って見ているのも気にせず、一口ごとに歓声を上げるリーフ。
「リーフ、ちゃんとパンも食えよ。味が濃い食い物はこうやって口に含んでパンと一緒に食べるんだぜ」
大人として正しい食べ方を教えてやろうと思ったが、リーフは効く耳を持たない。
そんな俺たちの姿は悪目立ちしているようで、他の机から立ち上がった男が二人、こちらに近付いている。もちろんリーフは気付く余地も無い。
「失礼します、旅のお方」
二人の男はやけに腰が低い。
「我々はラルドポリスの真正ゾア神教の関係者です。もしかして、オーカス様とリーフ様ではありませんか?」
俺は目を細めた。真正ゾア神教が今更俺たちに何の用か。
「何だ、喧嘩ならいつでも受けて立つぞ」
袖をまくって太い腕を見せつけてやる。
だが、相手は首を横に振ると、落ち着き払った様子で答えた。
「いえ、我々は敵意など持っておりません。ただ、私たちの主にお会いしてもらいたいのです」
「主? どこの何者だ?」
「ラルドポリスの司教、シルヴァンズ様。マグノリア様の旧知の友です」
マグノリアの友で司教だと? シルヴァンズとは、初めて聞く名前だ。
男たちが食器を持って俺たちの机に着いた。二人とも白いローブなどではなく、薄汚れた麻の服を着ている。この町に住む僧ではない。
「プラート様亡き後、真正ゾア神教は真に民のために尽くすことを標榜しました。神の導きに従いながら、民に安らぎを与えられるように」
男たちは食いかけの料理に手を付けず、俺たちを見据えていた。
「シルヴァンズ様によるラルドポリスの統治は成功しました。かつてはパスタリアの掃きだめと称されていた都市も、今では西沿岸部きっての美しき港湾都市へと変貌しました。しかしゾア神の真意は未だに汲み取れません。そこでマグノリア様とともに真正ゾア神教へと攻め入ったオーカス様をお招きしたいと、我々がパスタリアへ遣わされたのです」
こんな小さな村で俺を探す人物に出会うとは何たる偶然か。それにラルドポリスと言えば港町、俺の目指す場所にピッタリではないか。
数年前までは領主の圧政によりラルドポリスは貧困と犯罪に悩まされていたと聞いていたが、現在はそのマグノリアの友人のおかげで平和な都市へと生まれ変わっているそうじゃないか。
商売にも役立つかもしれない。これは行ってみる価値がある。
「それじゃあ是非とも、ラルドポリスにお呼ばれされてみようじゃないの」
俺は豚肉を口に放り込んだ後、酒を流し込んだ。
翌朝、男たちの馬車に先導されて村を発って山越えを再開させる。
ラルドポリスはここからやや南西方向。西風を受けて温暖な気候が年中続き、美しい海と遠景の火山の風景が印象的な都市だと聞く。
だが先述のように数年前まで治安が最悪だったので、俺も一度も行ったことは無かった。
初めて訪れる土地に心を躍らせながら、すっかり整備された山道をアコーンでズンズン進む。
「ラルドポリスは美味いものがあるのか?」
俺の背中から男たちの馬車へと座席を移したリーフは、御者を務める二人に嬉々として尋ねた。こいつの頭は食い物のことしか無いのか?
「魚介類が美味しいよ。美しい海は美食の宝庫さ」
「うほほぉ」
両手を上げてリーフがうなった。美食と聞いて理性が吹っ飛びかけているな。
「魚が美味いのは当然だが、俺のおススメはタコだ。活きの良いタコを茹でてレモン汁をかけてやるのが絶品だ。コリコリとした食感に酸味が合わさってたまらねえぜ」
御者の一人が熱く語るが、突如リーフが石像の如くピタッと止まる。
「タ、タコだと? 食べられるのかそんなもの?」
「当り前だよ、俺は毎日毎食食っても飽きないぜ」
「あんなブニブニしてねばねばした生き物、どこを食うんだ?」
「脚かな。そこが一番美味い」
リーフは「ひいい」と言って震え上がった。
外見に似合わずタコはとっても美味いんだぞ。
そう後ろから言ってやっても良かったのだが、怯えるリーフがおもしろいので俺はわざと黙ってアコーンの手綱を握り続けていた。




