第四章 信仰の都カルナボラス その13
俺たちは机に紙を広げ、カルナボラス大聖堂の見取り図を作っていた。
目的はチュリルの奪還。たぎるリーフたちにマホニア一行も「喜んで協力しましょう」と賛同してくれたのが心強い。
マグノリアとマホニア司教が頻繁に出入りしていたおかげで、大聖堂の構造は礼拝堂はおろか地下牢や食糧庫、高僧の個室までおおよその位置関係が把握できた。
さすが教皇のお膝元、シシカの宮殿のように入り組んだ構造と多くの部屋が設けられ、何も知らずに突っ込んでいけば迷子になってしまいそうだ。
「鐘楼って二階から登れるんだな」
俺は聖堂の正面に向かって右手に聳え立つ鐘楼の地図を見ながら呟いた。
「二階は祭壇裏の階段から登れる。普段は一般信徒の立ち入りは禁じられているが、儀式を行う時には開け放つのだ」
マグノリアはやや得意げに解説してくれた。
そんな時、何の前触れも無く部屋の扉が開け放たれた。
「チュリルの居場所はわかりました。女子地下牢の最も奥、独房です」
入ってきた男はマホニア司教に報告した。
足音の響くこの船の中、誰にも気付かれずに乗り込んでさらに廊下を歩き切ってのけたこの男は、顔中傷だらけで茶髪を後ろで束ねていた。サルマで俺たちを出迎えたあいつだ。
「ありがとうございます。あ、この者は私の部下です。祝福はまだ受けていませんが、気配を消すのがすごく上手いんですよ。大聖堂でプラートの動きを見張っていてもらいましたが、お役に立てたようですね」
マホニアが男を褒めるが、傷だらけの男は仏頂面のまま「マホニア様の命に従っただけです」とだけ返した。
「地下牢へ通じる階段はここだけだ。どうにかして侵入できないだろうか?」
マグノリアが太い指で図表をなぞり、礼拝堂奥の通路をトントンと叩いた。俺とチュリルが使ったあの階段だ。
「地下牢から脱出するときに使ったあの地下通路を使えばどうだ?」
リーフが地図にかぶりつきながら口だけ動かした。その場にいた全員が「うーん」と唸って腕を組み難色を示した。
「教団はお前らを探すために厳重に警備を固めている。市街地も兵士だらけだ。地下通路の入口は運河の暗渠だろう。そこにたどり着くまでに見つかる可能性が高い」
船乗りが地図を眺めたまま言い放つと、俺はすっかり乾いた帽子の上から頭をガリガリと掻いた。
「そうなると大聖堂に近づくことさえも難しくなっちゃうんだよなあ」
どうにかしてバレないようにここに侵入することはできないだろうか。しかしいつも以上に警備が固められているならばそれも難しい。
いや、いっそのこと奇襲を仕掛けてさっさと奪還する方がむしろ相手を混乱させられるかもしれない。
相手は俺たちがこそこそ目立たないようにどこかに隠れていると思い込んでいる。きっと小路の樽の裏まで目を光らしているはずだ。
裏を返せば、無謀にも俺たちが堂々と攻め込んでくるとは思いもしていないだろう。
「マホニア司教、俺たちがここにいるって誰にも教えていないよな?」
俺は首をマホニアに向けると、司教は「当然です」と即座に答えた。
「司教はまだ表向きは真正ゾア神教に従っている。その立場を利用させてはもらえないだろうか?」
両掌を合わせて懇願した。司教は首を傾げながらも「まあ、かまいませんが」と答えた。
「何しようって言うんだ?」
船乗りが怪訝な目を向けた。
「ちょっとしたナイスアイデアだよ」
ふふんと鼻を鳴らすと、俺以外全員が互いに顔を見合わせた。
「よく聞けよ、まずは――」
俺はこれからの作戦を説明する。一同の納得は今ひとつ得られなかったが、それ以外に方法は思いつかないようなので、とりあえずその方法でいくことにした。
作戦会議も終わり、翌日の決行に向けてゆっくり休もうと席を立ったとき、リーフがぱっと手を挙げた。
「ところでオーカス、今の話とは関係無いんだが、ずっと気になっていることがあってどうも気分が悪いんだ」
「どうした、そんなもの吐き出して楽になっちまえ」
「さっきの宿でのことなんだが。サンタラムがメイクがきまっていないと思ったのは『四人』と言っていたが、私とオーカス、マグノリアさん、チュリル、それとスレイン。何度数えても五人いるぞ。どうして一人足りないんだ?」
「え、あれ、どうしてかねえ?」
確かに、あの時サンタラムは『四人』と言ったような気がする。しかし俺たちは五人だ。なぜだ、どうにもわからない。
ふとマグノリアに目を向けると、ぷいと顔を背けられた。
この猛将、案外趣味悪いな。
これにて第四章は終了です。
次回からはいよいよ佳境……になればいいなぁ。




