第十八章 黄昏のピラミッド その5
「うおおお、く、苦しい!」
淡い光に包まれたクリシスは胸を押さえて苦しみ始めた。叫び声を上げていた動物たちが徐々にぐったりして、次々とだらんと意識を失っていく。すでに絶命しているものもいるようだ。
絞めつけを失った植物など俺の腕力の前には無意味で、振りほどいて自由になると俺は剣を拾い、さっさと甲羅から飛び降りた。
そして同じく苦しんで首と手足を振り回す大亀の目玉めがけ、剣を突き刺した。
大亀は大口を開け、痙攣した。そしてやがて身を包んでいた輝きを失うと、そのままひっくり返ってしまった。
巨木が傾き、さらに騒ぐ動物たち。やがて砂の上に倒れ込み、爆風のように大量の砂が巻き上がる。
「けほ、けほ、ち、力が入らん、何だこれは?」
半身を砂に埋もれ、起き上がろうにもあまりに巨体過ぎて思い通りに身体を動かせない。そんなクリシスに、俺はゆっくり近づいた。
後ろから光り輝くリーフも、アコーンに乗って駆けつけた。手綱も握っていないのに、見事にこの暴れラクダを乗りこなしている。
「もう終わりだ、お前が弄ったこの世の理は元に戻ったんだ」
俺は再度剣を握りしめた。しっかりと、マグノリアの手袋を通して鋼鉄の感触が伝わる。
「そう、お前はこの世の理を改変することによって、今その姿で存在している」
駆け寄ったリーフがアコーンの上から地面に伏せるクリシスを見下ろす。夕日に映えながら光り輝くその姿は、実に神々しかった。
「私は教典を読んでこの世を元に戻してほしいと願った。そう、お前の存在はこの世の理とは相容れないのだ。あとはどうなるか、わかるだろう?」
「俺は……この世に存在できない! 消えるのか? 死ぬのか?」
クリシスの頬を汗が伝い、淡い光に取り込まれていても分かるほどに顔面から血の気が引いた。
「ああ、この世では避けられない理だ。俺たちを超越した神として生まれながらこの世に降り立ってしまったがために……皮肉なものだな」
俺がの口からそんな言葉がふっと漏れ出る。聞いてクリシスは腕を振りまわして暴れた。
「い、嫌だ、死ぬのは嫌だ! 俺は神だぞ、何故死ななくてはならない? 死ぬのだけは、嫌なんだ!」
「安心しろ、俺たちもいつか死ぬ!」
俺はクリシスの目の前の砂上に剣を突き刺した。波打つ刀身に映り込んだ自分の姿を見て黙っていたクリシスに、俺は再び語り掛けた。
「人間も獣も、あらゆる生き物がいつか死ぬんだ。だから俺たちは死を乗り越え、歴史を紡いできた。それは神にとっては不完全に思えるかもしれない。だが、いつか必ず人間は完全な発展を遂げて神の意志に見合う生き物になるよ」
「そうだ、死は終わりではない。安寧の地に誘われて次の代へと想いをつなげる、新たな始まりなのだ。だから……」
その身を黄金色に輝かせたリーフがアコーンから飛び降りた。そして俺と手を取り合い、ふたりで両手剣を持ち上げる。刃に付着した砂がさっと流れ落ち、その砂をじっと見ながらクリシスは茫然と口を開けていた。
「安心して、この世を私たちに任せてほしい!」
リーフと俺は剣を振り下ろした。刃が地面に倒れるクリシスの首に深々と入り込む。
同時に、剣の刀身が雷鳴の如く輝き、轟音と火花を散らした。リーフが剣に自らの雷の力を送り込んだのだ。
倒れた巨木とそれに連なる動物たちにも雷の力は伝わる。あちこちで小さな爆発が起こり、火の手と煙が上がった。動物たちは声を上げることもできず、黒焦げになっていった。
ついにクリシスの首が切断された。焼け焦げて血を流すことも無く、ころりと落ちた首は跳ね回り、やがて止まった。
動かなくなった巨木を包み込んだ光はさらに輝きを増し、光の粒を空へ空へと巻き上げている。夕焼けの赤い空を白い光の粒子が飛び交う光景は美しいものだった。
すっかり強烈な真っ白の光の塊となった巨木だが、時間の経つごとにどんどんと小さくなっていく。まるで小さな光の粒へと細かく砕かれているかのようだった。
ついに一片の欠片も残さず舞い上げられた光の塊はすべて空中を舞いながら空高くへと昇り、地平線の彼方へと沈む太陽へ向かって流れる川のように飛んでいったのだった。
リーフの身体を包んでいた黄金の輝きも消え、元の緑の衣服に戻っている。
残されたのは一面の砂に、破壊された古代の遺跡、そして横たわる一人の少女だった。
「カーラ!」
リーフは駆け出した。
砂の上であおむけに倒れ込んだ全裸の少女。クリシスに取り込まれていたカーラは元々この世の人間だ、理が元に戻されてもこの世に留まれたのだろう。
だがカーラは息をしていなかった。あの神に取り込まれた時点で、既に死んでいたのかもしれない。冷たくなったカーラの腕を手に取り、リーフは頭を垂れた。
さらば神よ。誰よりも人間を深く愛し、平和を願った神クリシスよ。
ようやくここまで来ました。
次回最終話です。もう少しだけお付き合いください。




