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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第四部 はじまりの教典
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第十八章 黄昏のピラミッド その3

 砂の積もった大広間は逆にアコーンにとって走りやすかったようだ。吹き抜ける一陣の風のようになった俺たちは、崩れゆくピラミッドの中をかつてない速さで駆けた。


 壁から、天井から、巨大な石材が抜け落ちるように崩れると大量の砂が流水のようにどっと押し寄せる。粉塵で喉と目をやられ、俺は咳き込みながらも必死でアコーンに食らいついていた。


 一方、背中のリーフはこんな状況の中でも石版を読み続けていた。何と言っているのか、俺にはまったく理解できないが、確実に、文字を読み進めているのだけはわかる。


 大広間を抜た直後、広間を支えていた柱が一斉に崩れた。途端に天井全体が抜け落ち、石材が止めどなく床を打って砂埃がどっと塊になって通路を呑み込んだ。


 これで失われた歴史を語る壁画さえもこの世から消えてしまった。人類史におけるなんたる損失か。


 ちっと舌打ちしながらもアコーンにしがみつきながら、後ろから迫り来る砂埃を振り切る。ようやく外の夕日に染まった赤い空が見え始め、アコーンは残されたすべての力を使って走った。


 暗い通路から砂と夕焼け空に包まれた外に飛び出した瞬間、先端部のみをわずかに見せていたピラミッドは崩壊した。底部の石材がひとつ崩れると、それにつられて周囲の石材までも落ちる。ついにはきれいな四角錐だった原形は完全に崩壊し、細かい瓦礫の山となって砂の上に広がった。


 ようやく崩壊が止まり、俺は安堵の息を吐いた。落ち着いて周囲を見回してみると、地下の巨大な構造が潰れたためにそこら中で窪地ができている。中には蛇が這ったように長く蛇行した溝もできており、古代のピラミッドの壮大さを改めて実感することとなった。


 四本のオベリスクだけは傾きもせずそのまま残され、かつてここに重大な何かがあったことを無言で示していた。


 そしてなおも解読を続けるリーフをちらっと見た。リーフも一瞬だけこちらに目を向けて笑って見せてくれたが、すぐさま解読を再開する。


 その時、少し離れた場所で砂が隆起した。岩盤を突き破るような巨大な音を伴って、あの魔獣たちよりもはるかに巨大な何かが大量の砂を振り払って地面から姿を現したのだった。


 解読していた口をぽかんと開けて驚くリーフに、俺は「読み続けるんだ!」と叱責した。慌てて続きを読み始めるリーフを庇いながら、俺は出現したそれにじっと目を向けていた。


 砂が流れ落ち、夕日の強い光を受けてその姿がはっきりと見える。それは巨木、高さ20メートル近くはあろうずんぐりとした太い幹とキノコのように広がった樹冠を形成する巨木だった。


 奇妙なことに巨大な木の幹の表面がうごめいている。よく目を凝らしてみると、その正体に俺は言葉を失った。


 幹の至る所から、ゾウ、トラ、牛、大蛇、大鷲、サル、それにサメ……ありとあらゆる生き物の顔やら手足やら、そういった体の一部が生えていたのだ。それらが各々意思を持っているように不規則に動くので、全体としてうごめいているように見えたのだ。


「逃がさぬぞ、ゾア! どこにいる?」


 頂きから上半身を見せたのはやはりクリシスだった。こんな無茶苦茶な力を発現するなんて、最早生身の人間が勝てる相手ではない。


 俺はアコーンから飛び降り、砂の上に降り立った。そして剣を抜き、木の上から俺たちを探してきょろきょろと辺りを見るクリシスに目を向けながら、アコーンの頭にそっと手を置いた。


「いいかアコーン、リーフとできるだけ遠くまで逃げろ。わかったな?」


 アコーンは頷いた。だが、リーフは解読を止めて「オーカス?」と俺に尋ねたのだった。


「解読を続けろ!」


 そう言ってもリーフは従わなかった。


「そんな、お前を置いて逃げるなんてできない!」


「続けるんだ!」


 怒鳴ってリーフはしゅんと鎮まった。しばしの沈黙の後、俺はリーフに背を向けたまま話した。


「逃げろ、ここは俺が時間を稼ぐ。あいつを倒すにはお前が原初教典を解読しなくちゃならない、そのためには時間が必要だ。なあに、俺は簡単には死なない、ずっと一緒にいたお前ならわかるだろ?」


 リーフの鼻をすする音が聞こえた。だがすぐに「ああ、必ずまた会おう」と返事が返ってくると、手を置いたアコーンの顔がすっと離れ、砂煙とともに遠くへと走って行ったのだった。


 だがこの広大で何も無い砂漠を駆け抜けるのは目立ってしまったようだ。すぐに木の上のクリシスがこちらに目を向けると、木の幹から顔を出していた動物たちも一斉にこちらを睨んだのだった。


「見つけたぞ、ゾア。さあ俺の血肉となって神の世の礎となれ!」


 クリシスが叫ぶと、突如木の幹の一部が縦に割れた。現れたのは巨大な人間の顔、心なしか眼鏡をはずしたラジローのようにも見える。


 その顔が大きな口をほんの少しだけ開けると、その隙間から白い光が粒子となって漏れ出ているのが見えた。


 あ、これはまずいパターンだ。


 俺はリーフの走って行った方向とはまた別に、相手とは距離を詰めないよう横方向へと駆けだした。


 集約した光は顔が口を開けた瞬間、一条の太い白色の光線となって崩れた遺跡に注がれた。瞬間、マグマのような熱が猛烈な風とともに周囲に吹きつけ、走っていた俺は転びそうになった。


 光を浴びた遺跡は熱で形が変形し、四本の石造りのオベリスクは飴細工のようにぐにゃりと曲がった後、真っ赤になって完全に融けてしまった。積み重なった瓦礫も原形をとどめず融けた塊となり、同じく真っ赤な液体と化した地面の砂と同化してしまった。


 なんというバケモノだ。たとえ人間が束になって大軍勢で攻めたとしても、今の一撃で誰もが戦意を失うだろう。


 だがこの異常なエネルギーは長持ちはしないようで、数秒間だけ光を放出すると幹に浮き出た顔は大口を固く閉ざし、まるで眠りについたように動かなくなってしまった。


「ふん、外したか。だがまあいい、貴様を殺す方法などいくらでもある」


 クリシスは余裕の笑みを見せ、木の上から俺を見下ろしていた。


 ふん、お前なんざそこから離れられない植物のくせに。


 一撃目をかわして余裕ができた俺は、そんな軽口でも言ってやろうかと考えていた。それがどうも表情に出ていたようだ。


「ほう、このような力を前にしてもなんだか嬉しそうだな。では、俺ももっと別の方法で貴様らを追い詰めるとするか」


 突如、クリシスの巨体が揺れた。既に巨大な万物の大樹の下から何かが現れ、さらに巨大なものへと姿を変える。


 あまりの荒唐無稽さに俺は走る足さえも止めてしまった。砂の中から現れた巨木の下半分は、巨大な巨大な亀だったのだ。


 一枚一枚が鋼鉄製の縦のような巨大な鱗に全身を覆われた巨大な亀。その甲羅の背中には根を巻き付けた巨木が生えており、その幹にあらゆる動物と巨人の顔が、そして葉の生い茂る樹冠の頂にクリシスが半身を出しているという姿。


 世界中のあらゆる生き物がひとつとなった、人知を超えた神の姿だった。

 ここ最近出てくる異形やこのクリシスの姿は、スーファミ時代のRPGに出てくる終盤の敵の姿から多大に影響を受けています。

 当時のドットで描かれている敵ってなんかカッコいいですよね。

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