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絶望の商人と奇跡の娘  作者: 悠聡
第四部 はじまりの教典
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第十七章 死の砂漠を行く その3

 魔獣の群れを突き進むアコーン。ラクダを超えた健脚は砂の上でこそ本領を発揮する。


 巨大な魔獣たちの合間を縫い、隙をついて斬りつけながら駆け抜ける。振り回される巨大な腕を右に左に間一髪で避けながら、俺とリーフは必死で敵の攻撃をしのいだ。


 背中に必死でしがみつくリーフを庇いながら、俺はとにかく剣を振り回した。この数の差ではすべて倒すなんてまず不可能だ、逃げて突破することを考えよう。


 正面には待ち構えるように魔獣が仁王立ちしている。人型で身長は俺の倍ほどだが肌は紫色で不気味にぬめり、不自然に短い脚に巨大な四本の太く長い腕を持ったおぞましい姿の異形だ。顔の半分を占める巨大な口の奥は、底深い闇が覗いていた。


 異形が口を大きく開けると、口の奥から真っ赤な光が集まっているのが見えた。これはまずい、戦いを繰り返してきて鍛えられた勘が告げる。


「アコーン、全速力で逃げろ!」


 アコーンの進行方向を90度、右に変える。突然の方向転換にリーフが「わわ!」と振り落とされそうになったが俺が片手を伸ばして引っ張り上げた。


 異形は開いた口をこちらに向け、俺たちの動きに合わせて首を動かしている。口の中の光はさらに大きくなって、口から溢れ出していた。


 そしてついにその光は放たれた。口から放たれた一筋の火炎が俺たちへと迫る。


 その炎は砂上を疾走するアコーンのすぐ後ろを掠り、後方にいた蛇型の魔獣を呑み込んだ。十人が手をつないでも足りないほどの巨体は瞬く間に炎に包まれ、口から緑の毒液をまき散らしながら跳ねまわった。


 近くにいた魔獣たちはその毒液を浴びたり尻尾で打たれたりして総崩れになる。


 今のうちにさっさと逃げよう! 俺は唖然と口を開けたままの四本腕の魔獣の脇をアコーンで駆け、すれ違うと同時にその腕を切断した。


 魔獣はラッパでも吹いたように絶叫しながら腕を庇い、そのまま暴れまわる巨大蛇の鞭に打たれて地面に倒れた。


「さあ急ごう!」


 俺はリーフを振り返り、その安堵した顔を見た。だが、俺はすぐに「ひえっ」と叫んでしまった。巨大な鳥の魔獣が俺たちを空から追いかけてきていたのだ。


 馬ほどの大きさのある胴体に、翼長5メートルは軽く超えた巨大な翼。ナイフのような鋭い爪をこちらに伸ばし、その首から先はトカゲのように鱗に覆われていた。


「この野郎、あっちいけ!」


 俺は剣を振り回して牽制するが、魔獣は爪を鳴らしながら何度も俺たちを狙っている。そしてついにリーフの背中を掴み、そのまま上空へと持ち上げてしまった。


「リーフ!」


 俺は手を伸ばしたが、間に合わなかった。リーフは「うおお!?」と女らしくない悲鳴を上げて、一気に空高くへと運ばれる。


「くそ、それならば!」


 鞄からナズナリア特製の火薬瓶を取り出す。投げつければ空中にも届くはずだ。


 だが、そんなことする前に勝負は決まっていた。空を飛んでいた魔獣が突如光り輝いたかと思ったら、そのまま真っ黒焦げになって地面に真っ逆さまに落ちてきたのだ。


 魔獣はリーフを掴んだまま頭から落下し、巨大な砂煙を上げて地面に叩きつけられた。


「リーフ!」


 落下地点へと急ぐ。黒い煙を上げてピクリとも動かない魔獣のすぐ傍で、ふらふらと頭を押さえながら立ち上がるリーフがいた。


「うう、砂がクッションになって助かったよ」


 背中を爪でえぐられて血が流れ出ているが、幸いにも傷は深くはない。俺はほっと息を吐き、リーフに雷の力が宿っていたことを幸運に思った。


 なんとか魔獣どもを撒いてリーフの背中に薬を塗り込んだ後、俺たちは旅を再開させた。目標は近いとなれば自然と足取りも軽くなる。


「あと本当にもうすぐだ、陽の昇っている間にも着くぞ!」


 リーフの言葉に力をもらい、更に足は進んだ。


 そして太陽が大きく傾いた頃だったあ。


「ここだ!」


 リーフが鋭く言い、アコーンはピタッとその足を止めた。


 一面の砂に夕焼け。東の空では星の光さえ見え始めている。


「本当に……」


 ここなのか? 振り返ると背中のリーフはにっこり笑っていた。


 アコーンを座らせ、ゆっくりと砂に降り立つ。三歩、砂の上を踏むとリーフはピタッと立ち止まった。


「この下だ、ここにある!」


 リーフは断言した。神の言葉に従い、ついにここまで来たという確信があった。


 だがどうしたものか。こんな砂の下にあるなんて、どうにかして掘り起こさないとならない。道具も不十分だし、どうにかしないとな。


 そんな風に考えていると、ふっとリーフが右手を前に伸ばした。


「神ゾアよ、私に奇跡の力をお貸しください……」


 そう言った後、ブツブツと言葉にならない声を発し始めたリーフ。こんな言葉、世界のどの地域でも聞いたことが無い。文字に起こすことすらできない、不思議な音だった。


 そして奇跡は起きた。


 突如地面が音を立てて揺れ始める。直後、目の前の地面が巨大な円形に陥没した。砂が流れるように地面に埋まり、砂漠の真ん中に巨大な穴が出没する。


「な、な、これは」


 もう言葉すら出なかった。アコーンも目の前の出来事に目を真ん丸にしている。


 巨大な砂の穴は徐々に深くなっていくが、その中から石造りの何かが姿を現す。巨大な石柱のようなオベリスクの先端部。それが4本、正方形に並んでいた。


 さらに穴が深くなると、そのオベリスクがまるで守護しているかのように、中心部に別の構造が現れたのだった。


 石を積み上げて作ったピラミッドだ。さほど巨大なものではないが、長い年月を砂の中で過ごしていたために風化を免れたのだろう、非常に美しい四角推を残している。


 そしてピラミッドの石造りの扉が見えたところで振動は止み、砂の陥没も止まったのだった。あとは風に吹かれ巻き上げられる砂以外、動くものは何も無い。


 ようやくリーフが不思議な言葉を発しなくなると、ふらっと力が抜けたように倒れ込んだ。慌てて俺はその身体を支え、アコーンにもたれかからせた。


「ここに、原初教典が……」


 相当疲れたのだろう、息を切らしながらリーフはしゃべった。


「ああ、言わなくてもわかる。お前に力を与えたのは本当にゾア神だったんだな!」


 俺はリーフの手を握り返し、何度も何度も頭を撫でた。


 無性に泣きたい気分だった。やはりこの娘は神に魅入られたのだ。


 今まで超常的な力を何度も発揮していたリーフだが、正直なところ今の今までゾア神の奇跡であるという保証は無かった。あくまで状況証拠というか、推論でゾア神の預言を信じるしかなかった。


 だが、この遺跡が現れたことで俺のリーフへの信頼は完全なものになった。同時に今までリーフを信じられなかった自分自身を恥じて、リーフに申し訳ない気分で堪らないのだった。


「ああ、これでようやく私も報われたよ」


 リーフがふふっと笑って答える。


「馬鹿言うな、まだ原初教典を見つけていないじゃないか。安心するのはそれからだぞ」


 俺がリーフのおでこをピンと指で打つ。痛がって舌を出しながらも、この娘は微笑み返した。


「その通り、まだ終わっていないわ」


 突然の女の声に、俺とリーフは心臓が止まった気分だった。振り返ると、カーラが空中にふわふわと浮いていたのだった。


「ご案内ご苦労様、まさかこんな所に埋まっていたなんて、さすがの私にもわからなかったわ」


「カーラ、まさかずっとつけていたのか!?」


「いいえ、砂漠の真ん中で魔獣と戯れたりこんなモノ出現させたりしたら、誰だってわかるわよ」


「その通り、お前たちがここまで来てくれたために私は完全なるこの世の支配者として生まれ変わるのだ」


 背中から聞こえる男の声に、俺たちはまたも振り返った。ラジローの姿をしたクリシスが、そこには浮いていた。


「兄は自分の作品であるこの世界を自由に使おうとしない、愚かなことだ。だが私は違う、この世界を私の一存でいくらでも作り替えよう。皆が私を慕い、争いも無く平和な世界に」


「ふざけるな!」


 俺は剣を抜いた。夕日を眼鏡に映し込み、クリシスは不敵に笑った。


「何故だ? この世界は多くの虚構の神に溢れ、人々は信仰をかけて争いを繰り広げている。私が地上に降り立った本物の神として全人類を支配すれば、そのような争いはまず起こらない、真に平和な世界が訪れるのだぞ」


「それは貴様の思い違いだ! なぜ兄神ゾアが多様な信仰を世界に残したかその意図さえ思いつかないのか!」


 俺の言葉にクリシスはむっと口を歪めた。


「確かに、兄は俺と意見を異にしていた。だが話し合いは平行線だった。その間にも人は争って死んでいく。俺はそんな世界を放置することはできない。今この瞬間でも、辺境のゾア神教徒がアラミア教徒に襲われ殺されている。その逆も然りだ」


 今までに聞いたことの無い、静かな話し口だった。そんなクリシスはちらっとカーラに眼を遣ると、おいでおいでと手招きする。それに従い、カーラは音も無く宙を移動し、クリシスに肩を寄せた。


「俺がこの娘を選んだのは何も偶然ではない。この娘はこのタメイヤ国の大河沿いに暮らす少数民族の生まれだった。そこでは数千年間、大河の水神を祀っている。だがこの国では国教はアラミア教、それ以外の信仰は禁じられていた。祭日の日、巫女に選ばれたこの娘は練習を重ねた舞を皆に見せようと張り切っていたが、その日を狙ってやって来た兵士により村を襲われたのだ」


 俺たちは黙っていた。自分に顔を埋めるカーラに手を回し、神は続けた。


「あとは想像の通りだ。村を滅ぼされたこの娘は顔にこのような怪我を負い、兵士に連れ去られた。そして奴隷商人に売られパスタリアへと運ばれた後、色々とあってプラートと出会った。そして真正ゾア神教に傾倒した。この世の信仰がひとつなら、このような悲劇は起こり得なかったのに」


 そう言った直後、クリシスがにたっと口を曲げて笑った。


 しまった、はめられた!


 突如風が吹き荒れ、大量の砂が舞い上がる。俺とリーフは顔を覆い、その場に伏せた。


「だからこそ私はこの世を変えるのだ。神が統治する完璧な世界へと!」


 砂嵐が止んで顔を上げると、そこに二人の姿は既に無かった。代わりにピラミッドの入り口の扉が破壊され、その中に夕日が差し込んでいる。


「急ごう!」


 俺はリーフの手を引いて立ち上がった。

 なんとこれ、100話目ですよ!

 こんな中途半端なところですが、ここまで読んでくださった読者の皆様には感謝してもし切れません。本当にありがとうございます!


 さて、この南の大陸のタメイヤ国はもう丸わかりだと思いますがエジプトをモデルとしています。そのため三角州の首都マハはカイロ、乾燥地帯を縦断する大河はナイル川、そして死の砂漠はサハラをイメージしています。

 なおこの最終決戦の舞台はエジプトと言うよりもさらに内陸へと進んだスーダンあたりをイメージしています。と言うのも、このアフリカ大陸にはかつて『プレステ・ジョアン』というキリスト教国家があったという言い伝えがあり、現にスーダンやエチオピアでは今でもカトリックやプロテスタントとはまた別の発展を遂げたキリスト教が伝えられています。

 そういった実情から、物語の締めくくりにこの場所を選びました。


 さて、いよいよ本当に最終決戦です。

 本当にあと少しですので、もうしばらくお付き合いください。

 よろしくお願いします。

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