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第95話 War game

2023年12月9日pm4:50 半地下掩蔽陣地 作戦指揮所 (伊藤一佐視点)


「第一次防衛線が砲撃を受けています。現在、中隊は対機甲戦闘を準備中」


「特科小隊、目標位置の割り出しを完了。間もなく対砲迫射撃に入ります」


 地下に埋没して設置する為、FRP鋼板をかまぼこ状に折り曲げて作った作戦指揮所は、その形状も相成って熱がこもりやすく霜が降る外に比べると格段に暖かい。

 だが、今日は各部隊からの報告を受けて作戦方針を審議する幕僚たちの熱気のせいか、いつもに比べて格段に蒸し暑くなっていた。その暑さは尋常ではないようで、外から部屋に入った隊員が入室するなり顔をしかめて上着を脱ぎだすレベルである。


「対戦ヘリ小隊、間もなく敵機甲部隊と会敵します」


 淡々と読み上げられる報告に、けれどその内容は芳しくない。第一次防衛線への後退に成功したことで好転したかに見えた状況は、敵の砲撃によってまたしても覆された。

 敵砲兵の規模は、衛星からの画像を基に推定したものでもおよそ一個大隊にも及ぶ。対する我の野戦特科火力は精々一個小隊程度。多連装ロケット発射機(MLRS)があるとは言え、その不利を覆すには至らない。


「連隊長、特科小隊が航空機による弾着観測支援を要求しています。観測ヘリを派遣してもよろしいでしょうか?」


 呼びかけられたことに気づいて、長机に貼られた作戦図から視線を外す。何やら深刻そうな表情を浮かべた3科長が声の主だとすぐに分かったが、それにしては問いかけられた内容が不可解だ。


「弾着観測支援だと? 対砲迫レーダーで敵砲兵部隊の位置は把握しているんじゃないのか?」

 

「おおよその位置は把握しているようですが、多連装ロケット発射機(MLRS)の能力を最大限発揮するためには不十分のようです」


「すまんが、分かるように説明してくれ。多連装ロケット発射機(MLRS)は広範囲の敵を大量のロケット弾でもって一気に砲撃する面制圧兵器だろう? なぜそれの運用に精密な弾着観測が必要になるんだ?」


 そう。榴弾砲と違っていっぺんに大量のロケット弾を投射できるのが多連装ロケット発射機(MLRS)の強みだ。正確に狙って使用する必要がある装備品ではないから、3科長の言うことが理解できなかったのだ。


「確かに旧来の多連装ロケット発射機(MLRS)であれば、クラスター弾頭を用いた面制圧を目的としていたので精密な観測は不要でした。ですが、我が国がオスロ条約に署名したことでクラスター弾頭はすべて破棄され、代わりにGPS誘導弾が導入されています」


 オスロ条約。なるほど、そういえば一時期そんなものが話題になっていたと思う。いわゆるクラスター爆弾禁止条約というやつだ。

 ここまで説明されれば、3科長の言わんとすることも流石に分かる。


「なるほど。GPS誘導弾を誘導する衛星が不十分である以上、ヘリによる観測が不可欠と言うことか?」


「はい。情報収集衛星が撮影した衛星写真を基に、特科小隊が簡易的なグリット座標を作成していたようですが、それと対砲迫レーダーがもたらす情報をリンクすることはできなかったようです。ヘリからの弾着観測支援を受けられなければ、折角の大火力も無駄になってしまう可能性があります」


 おまけにロケット砲と言うのは、瞬間火力に特化したがゆえに再装填に時間が掛かる。この局面で貴重な火砲を無駄遣いする余力など、何処にもないのが実情だ。


「わかった。対戦ヘリ小隊に繋げ」


「了解しました」


 3科長が頷くのを見て取った通信士が、即座に無線のチャンネルを変える。


「対戦ヘリ小隊に繋がりました。コールサイン、オメガ91」


 オメガ91といば、対戦ヘリ小隊の指揮官機を務めるOH-1観測ヘリに割り振られたコールサインだ。通信士から無線機を受け取り、PTTスイッチを押し込む。


「オメガ91こちら指揮所(CP)。任務を変更する。敵機甲部隊への攻撃を中止し、特科小隊の弾着観測支援に当たれ。送れ」


指揮所(CP)こちらオメガ91。もう一度言ってくれ』


 無線越しでも分かる固い声音は困惑からきたものか。確かに会敵まであと少しというタイミングで攻撃中止命令を受ければ、誰でも困惑くらいするし納得がいかない。


「繰り返す。機甲部隊への攻撃を中止し離脱せよ。以降は特科小隊の支援に当たれ」


『……了解。攻撃を中止。これより弾着観測支援に向かう。終わり』


 獲物を目前にしての中止命令だ。復唱までに空いた僅かな間は、オメガ91の中で葛藤があったのだろうことを物語っていた。

 それでも彼らが不満を押し殺して命令に従ってくれるおかげで、敵により効果的な打撃を与えることができる。隊員が指揮官を信頼していないと、独断専行が横行してまともな指揮などできやしない。

 

 結局のところ指揮や統帥なんてものは、隊員どうしの信頼関係が無ければ成り立たないのだと思う。


「連隊長、空自から緊急連絡です。哨戒中の早期警戒機(AEW)が敵航空部隊の離陸を確認しました」


 最悪だ。まさかこのタイミングで航空攻撃まで行われるのか……

 手に持ったままの無線を通信士へ押し付けて、青い顔をした二尉の元へと駆け寄る。見れば胸に縫い付けれれた徽章は高射特科の所属を示している。


「規模は?」


「少なくとも一個飛行中隊。なお増加中です」


「なんてこった。高射特科だけでは対処できないぞ」


 高射特科部隊が保有する対空火器は、短SAMと自走対空機関砲(AW)がそれぞれ2両ずつ。一個飛行中隊規模の敵を相手にするには、余りに心もとない。


「飛行進路から推測するに第1中隊を標的としているものと思われます」


 ただでさえ第1中隊は、野戦砲兵から猛烈な効力射を受けているのだ。これに航空攻撃まで加われば、いよいよ中隊が全滅しかねない。

 当然、高射特科には全力で航空脅威の排除に当たらせるが、陸自の装備だけではまるで足りない。もはやなりふり構ってはいられない。


「海空自衛隊に航空脅威の排除を要請する。全部隊へ黄色警報を発令。対空戦闘用意」


「了解しました。黄色警報を発令します」


 二尉は復唱もそこそこに、大慌てで有線電話のもとへと走り出した。その背を遮るように3科長が視界に割り込んできた。その表情は厳しかったが、理由には大体の見当がつく。


「連隊長。海自はともかく、空自には既にCASの要請を出しております。要請から時間が経っていますから、既に機体の多くは爆装してしまったと思われますが」


 そう、第1中隊が敵機甲部隊と会敵した段階で空自には近接航空支援(CAS)の要請を出していた。敵航空機出現の場合は航空優勢確保に全力を注ぐために、空対空兵装で待機していた戦闘機部隊はこの要請を受けて兵装転換を迫られたはずである。

 多くの労力と時間を消費して、ようやく爆装が済んだであろうタイミングで敵航空戦力の出現である。余りにもタイミングが悪かった。


「分かっている。航空機に限らず装備換装にはそれなりの時間と手間が掛かるものだからな」


「でしたら……」


「だが、空自とて全ての機体を爆装させることは無いだろう。少なくとも一機程度は直掩機とするために、空対空兵装のままでいるはずだ」


「根拠はあるのですか?」


「石川三佐だよ。彼は爆装することで機動力を落とした航空機を、護衛も付けずに戦闘地域に送るような指揮官ではないさ」


 何度か話したあの三佐は、機種転換訓練を受けてF-4EJ改ファントムから最新鋭のF-35jに搭乗機を乗り換えていると聞いた。対空だけでなく状況によっては対地対艦任務も付与されるファントムに乗っていたのならば、対地攻撃の危険性も充分に理解しているはずである。


 その彼が指揮を執っているからこそ、空自にも制空戦における活躍を期待できるという訳だ。もっともこれは他人の備えにタダ乗りしているようなものなので、決して褒められたことじじゃない。

 後で石川三佐からは嫌みの一つでも貰うだろうが、中隊の危機を救うためだ。それは甘んじて受けるほかない。


「ただし、空自には敵機甲部隊への爆撃後に余力があればという条件付きでの要請にしてくれ。急な装備換装を強行して惨敗した、ミッドウェー海戦の二の舞は踏めないからな」


 先の大戦におけるミッドウェー海戦では、日本海軍がミッドウェー飛行場への爆撃作戦中に米空母と会敵。これを撃破すべく爆弾から魚雷への急な兵装転換を命じたことで発艦作業が遅れ、結果として航空機と爆弾を満載した状態で敵機の爆撃を受けることとなり、重要な戦力だった航空母艦4隻を失う結果となった。

 

 急な目標の変更や装備換装が招いた悲劇の歴史が、皮肉にも今の我々がとるべき道を教えてくれているように思えた。

 それに対戦ヘリ小隊を弾着観測に振り分けたことで、機甲部隊への対処が空白となっていたのだ。この際、空自の爆装を活かさない手はない。


 この決断によって、対空戦の主力は空自から海自の手へと移ることになったのだ。










2023年12月9日 pm4:50 航空宇宙軍 野戦飛行場 (マラート・クラスノフ空軍少将視点)


 幻想郷への先遣偵察隊によって設営された野戦飛行場は、主力到着後に基地設営隊の手によって大幅に拡張された。戦闘機や大型輸送機でも問題なく離着陸できる1500m級の舗装滑走路に、移動式の警戒レーダーや気象レーダーの配備。

 管制塔や、コンクリートで強化された半地下式の防空指揮所も迅速に設営された。普段の訓練の賜物か、飛行場の設営作業は思いのほか上手くいき司令官として鼻が高い。


 お陰で本国からの評価も上々だ。この調子でいけば、同期の中で最も早く中将昇進を果たす日もそう遠くないだろう。


 順風満帆な我ら航空宇宙軍とは違い、陸軍の連中は現地の軍隊相手に何やらてこずっているようだが、空軍としては知ったこっちゃない。

 本来の司令官が緒戦の爆撃で戦死した為に、第6師団長だった少将が次点で指揮権を継承したのは仕方がないとしよう。しかし、だからといって制空権の重要性も理解できてないような陸軍少将が頭では、勝てる戦も勝てやしない。


 空軍を含めた派遣部隊の指揮権が、その様な人物の手にあるとは……全く嘆かわしい限りだ。


「少将閣下、防空指揮所の準備が整いました」


「わかった。では、行こうか」


 副官と共に、本国のそれと比べれば質素な作りの司令官室を出る。プレハブで造られた司令部庁舎から足を踏み出して数分歩くと、地面に埋めるように設置された鋼鉄製の扉のもとへとたどり着く。


「いつ見ても重そうな鉄板だな。設営隊は苦労しただろうに」


 楕円形のハンドルが付いたそれは、どこか軍艦の水密扉を彷彿とさせる。万が一、基地が爆撃を受けた際に指揮機能が喪失することが無いように丈夫に設計された対爆扉だ。


「ですが、その彼らのおかげで安全な場所に防空指揮所を拵えることができます。多少の重量は致し方ありません」


 そうは言いながらも扉を起こした副官の額からは、汗がにじみ出ている。見た目通りで、生半可な重量ではないのだろう。

 内部へと続く階段を下り、やっとのことで指揮所へ到達すると既に集結していた参謀たちから一斉に敬礼を受けた。


「司令官、お待ちしておりました。作戦開始前に、改めて本作戦の流れをご説明したいのですがよろしいでしょうか?」


 胸に吊った参謀飾緒が、今は彼の緊張を反映してか控えめに揺れる。派遣以来初めてとなる大規模な航空作戦だ。部下たちが緊張するのも無理はない。

 ここは一つ彼の進言に沿って作戦の流れを再確認することで、指揮所内の緊張を和らげることが必要だろう。


「構わんよ」


「ありがとうございます。では僭越ながらご説明いたします」




 【クラスナヤズヴェズダ(赤五光星)作戦概要】


 一、作戦目的

 陸軍と交戦中の敵歩兵部隊を空爆、これを囮として敵防空施設を発見・撃滅する


 二、作戦目標

 幻想郷内の制空権確保・可能であれば敵陸軍歩兵中隊の撃滅


 三、指揮官

 第3航空団司令官


 四、兵力

 第3航空団、第1~第3飛行隊。第3空中機動大隊の一部


 五、作戦要領

  (一)第1飛行隊は敵陸軍部隊陣地を空爆、可能であればこれを撃滅すべし

  (二)第2飛行隊は敵防空レーダーを攻撃、これを無力化すべし

  (三)第3飛行隊は敵高射部隊を爆撃、敵防空戦力を壊滅せしめ制空権を確保

  (四)敵戦闘機出現の際は、最優先でこれを撃滅すべし

  (五)第3空中機動大隊はヘリを用いて陸軍部隊を前線に空輸し、敵前線を圧迫すべし



 陸軍の連中には、クラスナヤズヴェズダ(赤五光星)作戦の目的について敵陣地に対する爆撃による陸軍部隊の前進支援と伝えている。だが、それは空軍が当初から計画していた航空撃滅戦を行うための陽動に過ぎない。


 爆撃を受けて窮地に陥った敵歩兵を支援するため、後方にいるはずの高射砲兵が防空レーダーを起動するのを待って、第2飛行隊が対レーダーミサイルを発射しこれを破壊する。

 万が一、こちらの意図に気づいて防空レーダーを切っても、そこには第3飛行隊の空対地巡航ミサイルが殺到する手はずになっている。


 敵の高射砲兵部隊に逃げ場はない。ジェラーヴリク隊を撃墜して見せた、忌々しい対空陣地ごと消し飛ばして制空権を確保する。

 

 これ以外に、この戦争に勝利する道はない。


「作戦は以上です。質問は?」


 航空作戦参謀の言葉に誰かが応じることは無かった。皆、緊張しているとはいえ空軍が派遣以来ずっと練り続けてきた作戦計画だ。一連の流れは全て頭に入っている。


「報告します。全飛行隊の発進準備完了しました」


 管制を取りまとめていた防空管制隊長の中佐からの報告に、ゆっくりと頷く。


「わかった。作戦を開始せよ」


「了解しました。クラスナヤズヴェズダ(赤五光星)作戦発動します」


 中佐の復唱を合図に、防空指揮所内が俄かに慌ただしくなる。


「防空指揮所より管制塔へ。作戦を開始せよ」


『管制塔、了解。全飛行隊へ、作戦開始。手順に従い離陸せよ』


 防空指揮所の一角に備え付けられたモニターに、今まさに離陸せんとエンジンの出力を上げる戦闘機の姿が映る。管制塔に取り付けられた外部カメラの映像だろうから、全てリアルタイムで更新されているはずだ。


 慌ただしく動き出したのは、何も防空指揮所だけではないということか。


 爆装した攻撃機に護衛の戦闘機は勿論のこと、彼らを支援する防空管制隊に基地防衛隊、果ては不時着に備える消防隊まで、様々な部隊が命令に従い臨戦態勢に移っているのだ。


 ここまで来たらもう、引き返すことはできない。空軍の総力を決する作戦の火蓋は今まさに切って落とされたのだ。


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