第89話 信頼
2023年12月9日am8:45 妖怪の山 (大天狗視点)
敵の砲撃が妖怪の山に与えた影響は決して小さくなかった。
大筒から放たれた数百発の砲弾は夜間警戒の為に、かがり火を焚いていた陣地に弾着し多くの天狗を殺傷、多数を戦闘不能に至らしめた。それは幻想郷最大勢力を誇っていた大妖怪【天狗】が一夜にして壊滅させられたという俄かに信じられない出来事であった。
見えないところから一方的に砲撃される状況に、天狗たちは大きな恐怖とそれ以上の屈辱を感じていた。元来、プライドが高く排外的と称される天狗たちがこの様な損害を許容できる訳がないのは明白である。
結果、各方面から多数の意見具申が殺到することとなり急遽、今後の防衛方針を定めるべく軍議が開かれる運びとなったのだが……
「……ですから何度も申しあげた通り、ここは打って出るべきです。我ら天狗の力をもってすれば月の軍隊など鎧袖一触、恐れることはありません」
「攻撃が通らないのだから鎧袖一触も何もないだろう。我らの砲撃が効果を発揮しえなかったのは貴君も見たはずだ! やはり、ここは戦略持久に持ち込み逆襲の機会をうかがうべきだ」
……この通り一転攻勢を主張する白狼天狗と持久戦を主張する鴉天狗で意見が分離し、まとまる気配がまるでない。
「たかが遠距離攻撃が阻まれた程度で戦略持久など笑止。今一度、抜刀隊を編成し敵の内側に潜り込めば敵の長距離火力など大した脅威にはなりませぬ」
「先の総攻撃では抜刀隊も相当な被害を受けたと思ったが? いたずらに白兵戦に持ち込めばよいというものでもないぞ」
「では、このまま敵の砲撃に吹き飛ばされるのを指を咥えて待っていろというのか!」
「そうならない為に今、軍議を開いておるのだ! 馬鹿の一つ覚えのように白兵戦を主張しても戦には勝てぬぞ!」
「貴様、馬鹿とはなんだ! 白狼天狗を愚弄するのもいい加減にしろ!」
「事実を言ったまでだ。白狼天狗は我ら烏天狗のように少しは頭を使うことを覚えるべきだな」
「何だと貴様ら! 表へ出んか!!」
種族間の対立も混じって本質が見えなくなってきているが、要するに哨戒任務を主とする武闘派の白狼天狗と伝令や偵察など情報収集を主任務とする鴉天狗の認識の違いからくる対立である。そこに妙なプライドが混じるから話がややこしくなっているのだ。
大変面倒だが、放っておけば論戦では収まらず肉弾飛び交う争いが起こることは目に見えている。敵前で内部対立を起こす愚は犯したくない。
「共通の脅威が目の前にいるのに内輪で争っても仕方なかろう。白兵戦・戦略持久どちらの案も一長一短であるが、どちらの案が適切か判断するには情報が足りない。敵情はどうなっている?」
「はっ、昨日未明に始まった砲撃は同日明朝までに終了しその後は睨み合いが続いております。幸いにも敵部隊の動きを見る限り大攻勢の予兆はありません。但し、本日未明に敵陣より紅魔館方面に向けて飛び立つ飛行機械を確認しております。あちら側で何らかの変化があった可能性も否めません」
急に話を振られた鴉天狗の情報参謀が慌てた様子を見せるが、彼はプライドだけしかない肩書だけの参謀ではない。すぐさま必要な情報をまとめて報告できる優秀な天狗である。
「成る程。では我の状況はどうか?」
敵情の報告の次は味方の状況だ。これを担当するのは戦闘部隊を掌握する白狼天狗の作戦参謀である。
「ご存知の通り、敵の砲撃で我らの多くが戦闘不能に陥っております。負傷者を1か所に集めて処置を行っておりますが最早、独力での対処は困難と見て遺憾ながら永遠亭に負傷者の受け入れ要請をしております。また、我の斥候が敵の接触を受け交戦する事態も発生しておりますが、これは難なく撃破し追撃も振り切っております。今のところ砲撃以外での我の損害は皆無です」
この報告で彼らの主張の根拠が明るみに出た。鴉天狗側はその任務から敵の砲火力や数について良く熟知しているが故に戦略持久という慎重論を展開するにいたり、逆に白狼天狗側は偵察時に発生した戦闘での勝利を根拠に近接戦闘を主張するに至ったという訳だ。
実にわかりやすい論法だがこれだけでは防衛方針を定めることはできない。双方の考えは理解したが、どちらの案も最善とは言えないのが現状だ。天狗という種の存続に関わる方針を、片方よりいくらかマシなどという理由で決めたくはなかった。
「……射命丸さえ戻れば、事はもう少し単純化できそうなものだがな」
誰かがポツリとこぼしたその愚痴は対処に悩む儂の耳に不思議と入ってきた。
「それだ。射命丸はまだ戻らんのか?」
交渉の任を帯びて山を発った射命丸が、無事に自衛隊から援軍の約束を取り付けられれば戦局が大きく変わる。無謀な総攻撃でも終わりが見えない持久戦でもない第三の選択肢が得られるはずだ。
しかし、儂の予想に反して期待を込めた問いかけに目が合った白狼天狗は複雑そうな表情を浮かべた。
「閣下、射命丸殿は確かに優秀な御方です。しかし、今回に限っては助力を求める相手が悪すぎます。孤立無援の外来人集団への援軍要請など現実的ではありませぬ」
「そうです。外来人の軍隊とて所詮は人間。例え彼女が援軍の約束を取り付けたとしても、我ら天狗ですら苦戦を強いられている月の軍隊に人間風情が勝てるとは思えません」
どうやら外来人についての見解は犬猿の仲と称される両者ですら珍しく一致するようだ。外からは保守的……いや、時には排外的と言われている我ら天狗が他の種族を認めることは殆どない。例外として神や博麗の巫女などの力あるものには一定の敬意を示す程度で、相手に対して完璧な信頼を置くことなど元上司であった鬼を除けばまずありえない。
だが、あの共同作戦の時に現れた外来人の目は確かなものだった。彼らはただの人間として侮るべき存在などではなく、この局面をひっくり返す救世主になりえる……と思うのは儂の妄想なのだろうか。
「いかに協力関係にあるとはいえ、力なき人間風情に希望を託すことなどできません。援軍は来ないものとみて作戦を立てるのが賢明でしょう」
彼らの目が胸に引っかかっているが、儂のカンは参謀たちの否定的な意見を覆すだけの根拠を持たない。一刻を争う会議に場で勘を頼りにした判断は慎むべきなのだろう。
「いいえ、彼らは必ずやってきます」
主流派とは違った意見に皆が視線を向けた。その先に立っていたのは、自衛隊との仲を見込まれ天魔様より全権交渉大使としての任を与えられた射命丸文その人であった。
「すでに彼らの部隊は、月の軍隊を掃討するための作戦行動に入りました。彼らは必ず来ます」
彼女の声がよく通るのは男が多いこの部屋で、女性ならではの高い声を使って話しているからだけではあるまい。自衛隊の今後の行動と我らが取るべき道を知っているのは彼女だけである。
最早、この部屋で彼女の意見を無視できるものは一人もいなかった。
2023年12月9日pm1:30 紅魔館 (ニーナ少尉視点)
紅魔館
博麗神社攻略作戦における最大の障害であり資料やブリーフィングで散々教えられてきた場所でありながら、ついにたどり着くことができなかった場所。その筈だったが、私は当初の任務とは遥かにかけ離れた目的を帯びてこの地に立っていた。
「どうぞ」
物思いに耽っているうちに、私の脳はいつの間にかフリーズしていたらしい。
そのことに気付いたのは、従者の女から差し出されたティーカップが目の前のテーブルに置かれた時だった。
「あっごめんなさい! じゃなくて……ありがとう」
あまりに突然のことだったので動転してしまい、一番伝えたかった感謝の言葉は消え入りそうなくらい小さくなってしまった。
あぁ情けない……これではまるで授業中にボーっとしていて怒られた学生のようではないか。こんなところを士官学校の同期たちに見られたら恥ずかしくて死んでしまう自信がある。
恥ずかしさに耐えかねて思わず俯いていると視界の隅でカップを置いた従者のスカートが小刻みに揺れていることに気づいた。驚いて顔を上げるとそこには必死に笑いをこらえるメイドの姿があった。
「ごめんなさい。あんまり驚くものだからつい……ふふっ」
目が合ったことに気づいたメイドは一応それらしい謝罪の言葉を述べたが、何やらツボに入ったようで笑い続けている。いつもなら機嫌の一つでも悪くなる場面だが、彼女が余りにもコロコロと楽し気に笑うので全くその気が湧かない。
「ニーナ少尉って普段は冷静沈着に振舞っているんで、こんな風に慌てる姿を見るとレアな感じもして余計面白く見えるんですよね」
「いや、そんなにレアでもないぞ。このあいだも拳銃の弾倉無くして半泣きになりながら探してたもんなぁ」
「あぁ、でもあれって拳銃にマガジンを挿していたことをド忘れしただけだったらしいですよ。トカレフの弾倉はこっちじゃ貴重なんで流石に少尉も焦ったみたいでしたけど」
何やら伍長と軍曹がヒソヒソとやり取りしているが生憎と会話の内容が丸聞こえである。抗議の意を込めたジト目で彼らを見つめると、視線に気づいた2人は会話を止め明後日の方向を向いてしまった。大変遺憾だが、木島三尉がそろそろ本題に入りたそうだったので黙っていることにする。
勿論、後でしっかりと文句を言おうと胸の中で固く誓ったのだけど。
「さて、レミリアさん。本日は突然のお願いにも関わらず、お招きいただきありがとうございます。第2小隊を代表しまして御礼申し上げます」
私を発端とした騒ぎが収まった頃合いを見計らって、三尉が目の前の少女に語り始めた。
「あら、丁寧な挨拶だなんて貴方らしくないわよ。三尉」
三尉の挨拶に余裕を持って返答した少女というが紅魔館の主、レミリア・スカーレットその人で間違えないらしい。吸血鬼と聞いて想像していた姿からは、余りにも幼く可愛らしい見た目であったので直接名乗られた今でもちょっと信じられない。
「心外ですね。これでも公務中なもので言葉遣いに関しては相当気を使わせてもらっているんですよ」
何気ない会話のはずだが、どうも三尉から緊張感のようなものが伝わってくる。やはり、紅魔館の主となればただの可愛らしい子供という訳ではないようだ。
「これは失敬。確かに公式会談を行うには相応しい振る舞いというのが必要よね」
「……レミリアさん、ご存知の通り私は交渉ごとのような回りくどいものが嫌いです。単刀直入におっしゃってください。何が言いたいのです?」
木島三尉が見据える先でレミリアの口角が上がった。その口から伸びる八重歯が彼女が本物の吸血鬼であることの証明だった。
「あらあら、せっかちな男はモテないわよ。まぁでも、今回はそこの鈍いお嬢ちゃんの為にも答えを教えてあげるわ。私が何よりも気に食わないのはね、この厳粛な公式会談の場に侵略者の一味が何食わぬ顔で出席していることよ」
今までとは打って変わって苛立ちを感じさせる強い語気に木島三尉の表情がみるみるうちに険しさを増していく。
改めて彼女の顔をみてハタと気付く。口角が上がったがゆえに笑っていると錯覚していたが、彼女の眼は最初から笑ってなどいなかったのだ。
「侵略者……というのがニーナ少尉達を指しているのならば訂正していただきたい。彼女は我々の大切な仲間です」
「あらそうかしら? 咲夜から聞いたわよ。彼女達はここ紅魔館を博麗神社攻略のための進撃路として潰す任務を帯びて幻想郷にやってきたと。全く舐められたものよね」
「事実ではありますが、それは過去の話です。彼女達は既に我々自衛隊と行動を共にする大切な仲間です」
「ふーん。確かに貴方にとっては仲間かもしれないわね。でも今の状況では紅魔館は月の人間を歓迎することはできないわ」
彼女はそう締めくくりこちらを一瞥すると再び紅茶をすすった。彼女の怒りの原因は分かったがいったいどうすれば誤解を解くことができるのか分からない。わかっているのはこれ以上、三尉や自衛隊の皆さんに迷惑をかけることはできないということだ。
意を決して席を立つと、目の前に座る少女の瞳を見据えて真剣に語りかけた。
「レミリア様、貴女の言う通り私たちは紅魔館を攻撃する任務を帯びてこの地にやってきました。ですが、今は自衛隊の皆さんと共に行動し紅魔館を守るためにここに来たのです。私の本来の任務を知っているのでしたらあなたの不信感はもっともです。ですが、どうか私達を信頼していただきたい。その証を得る為だったら私は何だってしましょう」
信頼できない。
自衛隊と行動を共にすると決めた時から散々言われ続けた言葉だから今更何とも思わない。大事なのはどうすれば信頼を得ることができるかだ。誠意をもって対応し自分の仕事を完遂すれば必ず結果は付いてくる。少なくとも私はそう信じる。
「何でも……ねぇ。じゃあ、私に血を吸わせてくれるならば信頼してあげましょう。丁度お腹も減ってきたことだし」
八重歯を見せてニヤリと笑った彼女の回答は木島三尉が数秒にわたってフリーズし、松本二曹が飲みかけの紅茶をこぼす程には衝撃的な物だった。
【吸血】
成る程。確かに目の前の可愛らしい少女は吸血鬼であるから、誠意のとして血を求めるという選択肢もありなのだろう。だが、予想だにしていなかった要求に私の思考は停止気味だ。
しかも古来より伝わる吸血鬼伝説の中には、吸血された者は同じく吸血鬼にされてしまうというものもある。実際のところどうなのかは分からないがリスキーなことは確かだろう。
吸血という未知の行為に対する不安と恐怖がよぎったが彼女の面白がるような眼を見て私の闘志に火が付いた。どの道これ以上、三尉達に迷惑をかけることはできない。
「わかりました。それで信頼していただけるというならば貴女に血を捧げましょう。但し、吸血の対象は私一人にしてください。部下達には手を出さないで」
「ちょっと待って下さい。信頼に値するかどうかは仕事ぶりで判断してもらえますか? 私の部下に個人的犠牲を強いることは上官として容認できない!」
「まぁ勿論、無理にとは言わないわ。吸血が人間にとって忌むべき行為だってことはよく知っているからね。けど、仕事を任せられるかどうかの判断を下す権利は常に私にある事を忘れてはだめよ」
私の判断に面食らったのか三尉が慌ててレミリアに抗議の声を挙げるが当の彼女はどこ吹く風といった感じだ。レミリアの判断が覆ることがないであろうことは容易に想像できた。
だが、先程の宣言の時点で私の覚悟は決まっている。この段階に至っての三尉の抗議は些か遅すぎた。
「いいえ、もう決めたことです。今更、前言を翻すことはしません! 早く始めましょう」
私はそのままの勢いで拳銃や弾倉を吊り下げるハーネスを外し軍曹に押し付けた。
「ちょっと少尉! そんなに意固地にならなくてもいいじゃないですか」
「そうですよ。何も自分だけ犠牲になる手段に固執しなくても……」
軍曹や山本一曹が止めに入るが既に決めたことだ。制止を振り切って彼女ので野戦服の上着のファスナーを下げる
「私はこれ以上、皆さんの足を引っ張る訳にはいかないんです! 今、前線では作戦の成功のために大勢の人が命を懸けています。それを私たちの存在が邪魔をするようなことがあってはいけないんですよ!」
今の言葉が私の本心だった。捕虜となった私達を虐げることなく、更には祖国を再び守る機会を与えてくれた。その彼らの好意を無駄にすることはしたくなかった。
「あら、立派な覚悟ね。貴女みたいな可愛い娘の血を吸えるのは歓迎よ。覚悟が決まったらこっちへいらっしゃい」
押し黙った軍曹達に変わってレミリアが笑顔を浮かべる。それこそ本物の悪魔の微笑みというヤツなのだろう。
彼女から見れば私は飛んで火に入る夏の虫なのかもしれない。だが、信念に従って行動した結果がどうあろうとも後悔することはない。
私は迷うことなく彼女の元へ向かった。
「お嬢様、もし吸血行為をされるならば別のお部屋に行かれてはいかがでしょう? 彼女の名誉のためにも」
「それもそうね……」
メイドの少女が行った忠告にレミリアは思い出したように考え込む。もしや、私は武器を持たない丸腰の状態で血に飢えた吸血鬼と2人きりにされてしまうのだろうか?
それは少し……いや、本音を言えばかなり怖い。
「……少尉、君の意思が固いのはよく分かった。だが、君の身に危険が及ぶ可能性のある行為を我々の目の届かない密室で行うことは上官として許可できない。それは理解してくれ」
どうやら三尉は私の意志は固いと悟ったらしい。私の我儘を止められないと見るや安全確保を優先した決断をしたようだ。ここは大人しく三尉の言うことを聞いておいた方がよさそうだ。
名誉のため、という一言が引っ掛かるが吸血という未知の行為を密室で行うことへの不安に比べれば、名誉などほんのわずかな懸念に過ぎなかった。
「わかりました。レミリアさん、吸血はこの部屋でお願いします」
「私は血が吸えるなら何でもいいわ。それにさっきの話は貴女の問題だしね」
レミリアは大した問題ではないというように溜息をつくと、私にもっと近づくように促した。
「さて、貴女の名前を聞いてなかったわね。お嬢さん」
「ニーナ・コトフ陸軍少尉です」
「ニーナちゃんね。可愛い名前じゃない」
「かっ可愛い……ですか!?」
いくら何でも不意打ち過ぎる……
突然の誉め言葉に思わず動転しているとレミリアは面白そうに笑った。
「さぁ、ここに屈みなさいな。怖ければ目を瞑っても構わないわよ」
ひとしきり笑うと彼女は自分の目の前に屈むように言ってきた。背が低いから私が屈まないと血が吸えないのだだろう。小さい少女かに目線を合わせる姿は傍から見れば微笑ましいものなのだろうが、今から血を吸われる身としては注射を前にした緊張感のようなものがあって落ち着かない。
緊張と不安に震えているとレミリアは両手を広げて私に抱き着いてきた。屈んでいて重心が不安定になったところにいきなり抱き着かれたせいで、バランスを崩してしまい尻餅をついてしまった。
どういうつもりかとレミリアの顔を覗き込むと、彼女はいたずらに成功した事を喜んでいる子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。
「震えているわね。辞めるならば今からでも遅くないわよ」
私の内心にある怯えを読み取ったのか彼女は抱き着いたまま私に尋ねてきた。恐らくこれが最後のチャンスになるのだろう。
木島三尉達が固唾を飲んで見守る中、私は静かに首を横に降った。
「あらそう? じゃあ遠慮なくいただくわ」
彼女はそう言い残すと体重をかけて私を床に押し倒した。両手を抑え込まれたことに驚き反射的に逃れようとしたがびくともしない。この小さな体の何処にこれほどの力があるのかと思わせる怪力に彼女が吸血鬼であることを改めて感じた。
「安心して。痛いのは最初だけだし、すぐにそれどころじゃなくなるわよ」
ニヤリと笑ったレミリアが耳元に口を寄せて囁いた。彼女の吐息が耳にかかりゾワリとした感覚が全身を貫く。
「それってどういう……痛っ!」
私の言葉が最後まで紡がれることは無かった。突然の痛みに硬直した肺から絞り出されたのは、続く言葉ではなく苦悶の呻き声だった。
痛みの正体はすぐに分かった。彼女の鋭い牙が汚れを知らない無垢な首筋に突き刺さったのだ。吸いきれない血液がむせ返るような鉄の匂いを発しながら首筋を流れ落ちるのが分かった。恐怖に顔を引きつらせているとこちらを心配そうに見つめる木島三尉と目が合った。
彼を心配させまいと必死に笑みを浮かべるが三尉は逆に表情を曇らせた。やはり、無理をしているのがバレたのだろう……このまま痛みが続くのだろうと思うと震えが止まらない。
「あっあれ? どうして……」
しかし、予想に反してズキズキとした痛みは思いのほか長続きしなかった。それどころか自分の首元から漂う血の匂いに快感を覚え始めている。
「んっああっ!」
自分の口から驚くほど妖艶な声が出たことに驚きと羞恥が押し寄せるが、私の身に押し寄せる謎の感覚は更に強さを増しており正体を探すような余力はもはや残っていなかった。
快感に悶えながら体を動かすうちに三尉達が目に入った。始まる前とは打って変わって皆一様に視線をそらしているのを見て、今の私がだいぶ恥ずかしい状態にあることに気が付いた。
血を吸われているだけだが床に押し倒され喘ぎ声をあげていればそういう行為と結び付けて見られてもおかしくはない。
それに気付いた時からが地獄の始まりだった。仲間に見られているという状況下で大っぴらに声を出すわけにもいかず……かと言ってこの強烈な快感は抑えがたい。つまるところ、非常に厳しい状況に置かれてしまったのだ。
しかもレミリアが血を吸う度にズキズキとした鈍痛はしだいに体の中心でうごめく熱のようになって私を正体不明の感覚が攻め立てた。
どうしよう……このままじゃ私……
このままではマズいと思い、必死にレミリアの牙から逃れようとするも彼女の力が強くびくともしない。私にできるのは体を動かして強烈な快楽を外部に逃がそうと試みることだけだった。
どれくらいの間そうしていたのだろう? 遂に吸血量が限界に来たのか視界が急速に狭まってきた。
ああ、と思った時には私の意識は深い闇の中へと沈んでいった。




