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第88話 それぞれの立場

2023年12月9日am3:08  ”みょうこう”CIC (田中一佐視点)


「マークインターセプト」


 ミサイル士が訓練と変わらぬ声音で淡々と報告する。

 本艦から発射された対空ミサイルが敵機に命中したのだろう。レーダー上のブリップの一つがディスプレイから消え去った。


「ターゲットキル。本艦のSM-2、目標αを撃墜。目標bは当該空域を離れます」


「近づく目標なし。艦長」


「わかった。対空戦闘用具収め」


「対空戦闘用具収め」


 CICの中には、砲雷長の復唱に従ってクルー達が粛々と作業を進めるいつもの光景が広がっている。

 普段の訓練と同じ手順だったせいか実戦を行った実感など一つも湧かなかったが、最後に敵機がとった行動はクルー達に動揺を与えるには充分すぎた。


 作戦中だと言うのにヒソヒソと話し合うような声がCICのあちこちから聞こえてくる。これが曹士だけならばまだしも三尉以上の階級章を付けた幹部たちも同じようなありさまだ。

 作戦中であることに遠慮してか会話に参加していない隊員達からも、私語を叱るような様子は見受けられない。


「艦長、目標αの今の行動ですが……」


 混乱するCICを鎮めようとクルーを代表してか砲雷長が遠慮がちに質問してくる。或いは彼自身、敵機の不可解な行動に対する私の見解を知りたかったのかもしれない。


「敵機は迫りくるミサイルを前に急減速した。自分が全てのミサイルを引き受けることで後続の2番機を庇ったんだ」


「では、目標αはbを離脱させるために盾になったと言うことですか……」


「状況から見るにそういうことだろうな。敵にも勇敢なパイロットがいるってことだ」


 先程までざわついていたCICに沈黙が訪れる。訓練標的であれば絶対にとらないであろう決断を前に、クルー達も混乱しているのだろう。

 陸自の島田一曹が殉職してからは月面軍への復讐に燃える隊員も一定数いたが、その彼らですら部下を守るために自ら犠牲になることを選択した敵のパイロットの選択には思うところがあるようだ。


「こんなことは……間違っています。おかしいですよ」


 砲雷長が奥歯を噛みしめて絞り出すように発言する。自らも部下を預かる身として、彼も敵機の行動に思うところがあるのだろう。

 出会い方が違えば良き友人となったかもしれないパイロットを、味方を守るためとはいえこの手で殺めた。その事実が今更のように実感される。


「あぁ、間違っているさ。俺達はそれを終わらせるためにも敵を打ち破らねばならん。平時は他国からの脅威への抑止力となり、有事の際は速やかに平和を取り戻す。それが俺達、自衛隊の仕事だ」


 砲雷長のつぶやきに努めて冷静に返答する。確かに俺達は間違ったことをしているかもしれない。しかし俺は自衛隊の仕事に誇りを持っているし、それは今でも変わらない。


「その平和を取り戻すために、あと何人殺せばいいんでしょうか……」


「これは戦争だ。敵も味方も大勢死ぬことになるだろう。その人数を少しでも減らすために陸自の連中が危険を冒して敵の主力を誘引しようとしているんだ。作戦が成功すれば早期の終戦が望める。今はそれに賭けて目の前の仕事に全力を尽くすしかないさ」


「そう……ですよね。作戦中に申し訳ありませんでした」


「気にするな。人間は迷いながら前に進む生き物だ。それに絶対の正義なんてものはこの世に存在しないからな」


 会話が一段落してからふと気づく。

 俺は砲雷長に語り掛けているつもりで自分を納得させたかっただけなのかもしれない。


【あと何人殺せば平和が訪れるのか?】


 砲雷長の問いに答えられる人間など、この艦に存在しなかった。


















2023年12月9日am3:45 地上派兵軍団第6師団野戦司令部 (ラシード少将視点)


「偵察任務を行っていた戦闘機1機が紅魔方面より飛来した飛翔体により撃墜された」


 20分程前に地上派兵軍団航空宇宙軍司令部から告げられた第一報は、事態収拾に向け動いていた第6師団野戦司令部を凍り付かせた。


 報告を受けた師団司令部は敵戦力が予測していたよりもはるかに深刻である可能性が高いとの認識を持つにいたった。その結果、準備が進んでいた第673混成中隊陣地に対する各陣地からの即応部隊派遣は戦力の逐次投入を招く可能性極めて大と判断され一時保留とされた。


 師団司令部は航空宇宙軍からの第二報を待ち、その結果しだいで即応部隊派遣の可否を決断することとしていたが、航空宇宙軍からの第二報は遅々として上がってこなかった。


 これを受けて師団司令部では空軍に対する不信感が沸き上がりつつあり一部強硬な将校からは「空軍の報告を待つことなく主力を持って第673混成中隊を救援すべし」との意見が噴出し司令部は一時、大荒れとなった。


 結局、この将校には私が直接「情報の貧困が激しい状態で主力を動かせば敵に大きなチャンスを与えることになり最悪の場合、地上派兵軍団が壊滅しかねない」との考えを伝えることで表面上納得したが、そのころには空軍に対する不信感は極限まで高まっていた。


 この男がやってきたのはそのような状況の真っただ中であった。


 月面航空宇宙軍 第3航空団司令官 マラート・クラスノフ空軍少将。地上派兵軍団の航空戦力のすべてを統帥する航空宇宙軍側の現地司令官である。


「これはこれは空軍少将殿、随分遅いご登場ですね。この緊急事態に航空宇宙軍は一体何をしていたのかご説明いただけるんでしょうね!」


 空軍への苛立ちを募らせていた戦車大隊長の中佐がマラート少将へ怒号を挙げるが少将は一瞥しただけで何の反応も示すことなく自分の席に着席する。そのような態度を受けた中佐は更に苛立ちを募らせ手にしていたペンを机に叩きつけた。


「中佐、少し落ち着け」


 私の制止を受けても中佐の怒りは収まらない。むしろその怒りはエスカレートしていく。


「しかしながら師団長閣下! こいつら空軍のせいで貴重な初動対処の時間が失われたのですよ! 前線で今も抵抗を続けている第673混成中隊のことを想えばこのような暴挙を許すことは……」


「冷静にならんか! 貴官の部下が第673混成中隊に所属していることは私も承知しているし、貴官の心情もよくわかる。だが、ここで空軍を糾弾したところで状況が好転することは無い。今我々が行うべきことは陸空軍が協同して事態対処に臨むことである。違うか?」


「……仰る通りです」


 中佐の心情は理解できるが、所属が違うとはいえ中佐ごときが少将の階級章を付ける人物に罵声を浴びせるなど軍隊ではあってはならないことである。下手を打てばその場で軍法会議にかけられかねない物言いには彼の上官として苦言を呈さなければなるまい。


 勿論、これから敵の迎撃を行うという時に陸空協同に亀裂が入るようなことはできるだけ避けたいという思惑もある。だが、部下の不満が溜まっている状態での協同作戦は統帥上よろしくないからここは少しここは少し強気に出ねばなるまい。


「マラート少将、私の部下が失礼した。しかし、中佐の主張も一理ある。空軍の報告の遅れは地上派兵軍団が初動対処に充てるべき貴重な時間を喪失させている。敵の攻撃を前にしながら責任の所在を追求するような愚を犯すつもりは無いが、これだけの遅れをとったからにはまともな報告と第673混成中隊救援作戦への戦力提供があると期待してもよろしいか?」


「報告が遅れたことに関しては極めて遺憾です。しかし、報告はともかく第673混成中隊の救援作戦への戦力提供という陸軍の要求には応じかねる」


 こいつ……今なんと言った?


「友軍の救援作戦への参加を空軍が拒否するとはどういう事か!」


 マラート空軍少将の予想外の主張に、今まで沈黙を保っていた参謀長も怒りをあらわにする。だが、次いで少将からなされた返答は我々の予想をはるかに上回るものだった。


「どういう事も何も要求に応えることは物理的に不可能です。生き残った偵察機から第673混成中隊の陣地は炎に包まれており、上空から見る限り生存者は確認できなかったとの報告を受けました。最早、救援すべき部隊は存在しません」


 少将の一言は野戦司令部の面々を一瞬で凍り付かせた。航空宇宙軍の偵察機が命からがら持ち帰った情報は、司令部に状況の深刻さと認識の甘さを痛感させるには充分すぎるものだったのだ。


「その情報は……確かですか?」


「ええ、我が偵察機が命と引き換えに持ち帰った情報です。そして得られた情報はもう一つ、第673混成中隊陣地付近に多数の敵が存在することが確認されました。恐らく妖怪の山への救援を目的とした部隊であると推測されます」


「師団長、これはチャンスです! 戦闘が終結してからまだ時間が経っていません。敵の主力は我が野戦砲兵大隊の射程内に存在します」


 衝撃から一早く立ち直った参謀長がすぐさま攻勢に向けた意見具申を出した。敵の位置が分かるのならば、即座に優勢な砲兵火力で敵に打撃を与えるとの判断はなるほど合理的である。


「善は急げです。空軍に弾着観測機の派遣を要請しましょう。生憎、我が大隊の練度は決して高くはありませんが正確な弾着観測支援が得られれば……」


「待って下さい。空軍としては弾着観測機の派遣には同意できない」


 砲兵大隊長の意見に水を差したのは、またしても空軍少将その人であった。


「しかし! 盲撃ち(めくらうち)では有効な火力を発揮できず、いたずらに弾薬を消耗するにとどまってしまいます」


「陸軍の主張は理解するが、敵の強力な地対空ミサイルに守られたエリアに鈍足な弾着観測機を送ることなど自殺行為でしかない。そのような滅茶苦茶な要請には第3航空団司令官として同意できない」


「空軍は些か弱腰に過ぎるのではありませんか? そもそも地対空ミサイルの制圧を含めた制空権の確保は空軍の仕事でしょう?」


 度重なる空軍の弱気な姿勢に戦車大隊長の中佐が苦言を呈したが、対するマラート空軍少将はどこ吹く風とった様子で気にも留めていない。


「勿論、我々とて座視していたわけではない。既に敵防空網制圧を目的とした戦爆連合(ストライクパッケージ)の編成を開始しています。但し敵防空施設の位置が不明瞭な以上、作戦遂行においては陸空共同が望ましいとの判断が出ているのが現状ですが」


「では何か? 空軍は陸軍に今の今まで準備を重ねてきた野戦での決戦を放棄させ、敵防空施設の位置特定を要求すると?」


「ええ、制空権の確保は急務です。当然、陸軍もこの重要性は理解されていると思いますが?」


 マラート少将の瞳は私に向けられていた。成る程、向こうも中佐ごときに構っている余裕は無いと言うことか。


「確かに制空権確保は重要な課題ですし空軍の主張は理解します。ですが、陸軍としては既に野戦での決戦を主軸とした作戦計画に則って部隊運用を行っています。敵が計画通りの戦場に出張ってきた今になって計画を中止し、空軍が主張する防空施設制圧作戦に方針を転換することは兵站及び指揮統制の観点から不可能であると言わざるを得ません」


「ではどうするので?」


 地上派兵軍団の現地統合司令官の役職を持つ私からの明確な拒否に、マラート空軍少将は始めて苛立ちの表情を浮かべる


「陸軍は計画通り優勢な火力を持って敵主力と野戦での決戦を行います。空軍には作戦空域への近接航空支援を要請します」


「だが制空権が……」


「敵主力さえ撃滅してしまえば後は何とでもなります。それに統帥部からの命令は敵主力の撃滅です。もし空軍が決戦への支援を渋るようならば、私は現地統合司令官として統帥部へ弱腰な空軍司令官の更迭を進言せねばならなくなります」


「それは……恫喝ですか?」


 マラート少将の顔が引きつるのが分かる。私が現地統合司令官としての強権発動をチラつかせたことは彼にとっても衝撃的だったのだろう。


「そう捉えていただいても仕方がありません。但し、私個人としてはそのような手段は採りたくないと言うことは申し上げておきます。私としては飽くまで陸空軍が一致し協同することが強大な敵に打ち勝つ唯一の手段であると確信しているのです。ですから敵を前にして無用な対立は避けたい」


「わかりました。第3航空団は陸軍の決戦を支援します。但し、空軍の作戦指導に関しての自由裁量権は第3航空団司令官の私にあることをお忘れなきよう」


「承知しています。早速で申し訳ないが空軍には主力の前進を援護するため戦闘ヘリの派遣を要請したい」


「手配しましょう。作戦要綱が決まりましたら連絡を下さい。私は作戦方針の転換を図らねばなりませんのでこれで失礼する」


 マラート少将は私に向け軽く敬礼をしてから副官を連れ司令部を後にした。航空宇宙軍側のこのような姿勢は後の作戦にどの様な影響を与えることになるのか想像もつかないが、この対立によって我々はさらに厳しい戦いに身を投じる必要が出てきてしまったのは確かだろう。


 重い空気が充満する司令部の中で私にできることは項垂れることくらいだった。




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