第87話 航空偵察
2023年12月9日am2:46 地上派兵軍団第6師団野戦司令部 (ラシード少将視点)
時計の時針が3時の文字盤に近づく深夜。普段は兵の多くが寝静まる時間であるが今日は違った。
俺の貴重な睡眠時間は当直の通信士が第673混成中隊からの最後の通信を受信したことにより終わりを告げ、内容の深刻さにより上級士官を全て叩き起こさねばならなくなったのだ。予想していたとはいえ我々以外の軍が幻想郷に存在し、あまつさえ奇襲により戦車を含む1個中隊を殲滅してのけたという事実は地上派兵軍団に大きな衝撃を与えたことは間違えない
「第673混成中隊とは依然連絡が取れません。考えうる状況としましては攻撃により通信機能が全壊した。もしくは指揮統制が取れぬまま各個に後退したものと推測されますが…」
「夜間の奇襲で混乱していたとはいえ平文での第1報以外の情報が送られてこないんだ。最悪の場合、全滅だってあり得る。斥侯や捜索隊は出したのか?」
この問いに当直として指揮を執っていた少佐が答える
「現在、最寄りの陣地より部隊を拠出させていますが警戒隊をそのまま派遣する訳にもいかず、準備に時間が掛かっています」
「本隊には即応展開できる部隊もいるだろ。何故彼らを出さない?」
「第673混成中隊の陣地は最も紅魔方面に近い場所に位置しており本隊から応援を派遣するには時間が掛かりすぎます」
少佐が不思議そうな顔でこちらを見つめている。どうやらまだ完全に意識が覚醒していないらしい。鉛のような眠気に抗いながら代案を探す
「それもそうだな。では、空軍に航空偵察を要請しよう。敵の規模が分からない状態で兵力の逐次投入を行うことは危険だからな」
「了解しました。では直ちに空軍に支援を要請してまいります」
「頼む」
少佐が退出してから数十分後、航空偵察の任務を与えられた航空宇宙軍第9航空団第498飛行隊所属のSU-27戦闘機が基地を離陸。2機編隊を組んで第673混成中隊陣地へと飛び立っていった
2023年12月9日am2:30 ”いずも” CIC (古賀海将視点)
今から1時間前にヴァンパイア作戦の中核となる第1中隊が敵の支隊と思われる部隊と交戦したとの情報が入ってきた。既に戦闘は終結していたが、その詳細がたった今入ってきたのだった
以下がその内容である
【ヴァンパイア作戦 戦闘詳報】
一、交戦経緯
敵主力との会敵を求め前進中に敵支隊と思われる1個大隊規模の部隊を確認。迂回による回避は今後の作戦に支障が出かねないと判断し交戦を決断
二、戦闘経過
(一)中隊は敵陣地に対し迫撃砲による攻撃準備射撃を開始
(二)事前に展開した対戦車ロケット弾を用いて敵機甲戦力を殲滅
(三)同時にスキーを活用した機動戦を展開。数的劣勢ながら敵を翻弄し退却に追いやる。
(四)敵の指揮通信機能に充分な打撃を与えたとして壊走した敵残党に対する掃討戦は行わず
三、戦果
(一)1個戦車小隊の撃破
(二)2個歩兵中隊の全滅
(三)30名以上の敵を捕虜とする
(四)多数の武器弾薬及び糧食の鹵獲
四、我の損害
(一)1名死亡
(二)4名重軽症
五、その他
(一)死傷者及び捕虜に関してはヘリによる後送を希望
(二)中隊は引き続き前進し敵との接触に備える
数的劣勢状態で交戦したにも関わらず敵に多大な出血を強いるとは…大谷二佐は相当優秀らしい
何よりも素晴らしいのは敵の損害に対し我の損害が途轍もなく低いことだ。数的劣勢の状態で何度も交戦しなければいけない第1中隊にとってこれは撃破数よりも大事なことだ
「死傷者の収容だけならともかく30名以上の捕虜もとなると大型ヘリを出す必要があります。この場合、MCH-101輸送ヘリが最も適役かと」
戦闘詳報を確認し終わった秋津艦長がそう提言する。確かにMCH-101であれば多くの人員を乗せて飛ぶことができる。それに武器弾薬も鹵獲したということだからこれも持ち帰って調査したい
だが、敵航空戦力が依然健在である状況下で鈍足な大型輸送ヘリを向かわせることができるのかという懸念がある。作戦計画では敵主力と接触していない状態での航空撃滅戦は敵の警戒を高める可能性があることから行わないことになっていたので空自による積極的な航空優勢確保は難しいだろう
「艦長、空自の早期警戒機が敵飛行場から飛び立つ機体を探知しました。飛行方向からして第1中隊への反撃を企図している可能性があります」
やはり事前計画の通りにはいかないようだ。レーダー士の報告と同時にリンク16を通じて空自のAEWと共有された敵機の情報がディスプレイに投影される
数は2機で速度からして戦闘機だと思われるが、歩兵中隊に過ぎない第1中隊にはこれに対抗できる充分な対空兵装は備わっていないはずだ
「まずいな、爆弾でも落とされたら第1中隊は大きな損害を受ける。艦隊での援護は可能か?」
「敵機がもう少し接近してくればスタンダードミサイルの防空圏に入ります。高度も高いですし2機程度ならばイージスで間違えなく仕留められるはずです」
秋津艦長の問いに砲雷長が素早く答える。この素早い情報共有こそが我が艦隊の強みだろう
「しかし、本艦隊が対応すれば敵に逆探知される可能性が高まります。極端に回避機動の取れない狭い湖の中での戦闘となれば艦隊に大きな損害が出かねません」
「だが、陸自の連中を見殺しにはできん。”みょうこう”に迎撃させる」
レーダーに映る敵機が第1中隊が展開している地域へと刻一刻と迫りつつある。
ここで何もしなければ陸自の隊員達に大きな被害が出るだけでなく作戦への影響も計り知れない。だか、その為に乗組員を危険に晒したのは正しい判断だったのだろうか?
部下の命を預かるものとしての責任が知らぬ間に古賀を圧迫していたのであった
2023年12月9日am2:40 第673混成中隊陣地付近空域 (SU-27パイロット視点)
夜の空は良い
どこまでも続く星たちをコックピットから眺めることができるだけで世界そのものが美しく見える。例えそれが敵が支配する戦場の空であったとしても美しさは変わることがない。
俺にとって満天の星空を自分が操る戦闘機で飛ぶ瞬間と言うのは何事にも代えがたい時間なのだ
『ジュラ-ヴリク02、中尉!もっと集中しろ。仮にもここは戦場だぞ』
無線越しの声が聞こえたと同時に機体のすぐ横に隊長機が表れ、コックピット越しにこちらを覗き込む大尉と目が合う。
ヘルメットのバイザーを下げている為、その表情を伺うことはできないが恐らく呆れているに違いない。というのも俺がこうやって空の景色に見とれるのは何も今日が初めてでは無いからだ
『はぁ、そんなに夜の空が好きか?』
「ええ、満天の星の下を飛んでいると自分もあの星たちと一緒になれる気がするんです。感動ですよ」
『そうか?夜なんざ何も見えんから退屈で仕方ないがな。しかも視程が下がるから敵の発見が遅れる。悪いことだらけだ』
「大尉は夢が無いですね。まぁ偵察任務に向かないことは確かですけど…陸軍の連中は無事でしょうか?」
ブリーフィングでは当該陸軍部隊はかなりの損害を受けていることが予想されていたが俺達が彼らの詳細な情報を手に入れられれば空軍のヘリ部隊が援軍を連れて彼らを支援することもできる。彼らの安否が懸かっている作戦であるから責任は重大だ
『わからん。それを調べるのも俺達の仕事だ』
「陸軍の連中を攻撃した敵も近くにいるかもしれないんですよね?その場合、どう対処しますか?」
『臨機応変にだ。俺達は自分にできることをするだけさ』
ブリーフィングの説明ではもし、途中で陸軍部隊を攻撃した正体不明の敵を捕捉できた場合は敵の規模などの情報を持ち帰ることが求められていたが同胞がやられたのに大人しくしているつもりは無い。それは恐らく大尉も同じだろう
生憎と爆弾は積んでこなかったが機関砲で機銃掃射するくらいはできる。動きの遅い地上部隊など戦闘機から見たらただの的に過ぎない。順調にいけば敵に一撃をくわえることもできるだろう。
『防空指揮所よりジェラーヴリク隊、聞こえるか?間もなく当該空域に到着する。何か見えるものはあるか?』
無線に隊長機ではない若い管制官の声が響く。と同時に隊長機がグワッと機体を翻した。俺も慌てて後に続くと眼下に灯りが見えた
『ジェラーヴリク01より防空指揮所。今確認した。陸軍の陣地があったと思われる場所では火災が発生中の模様。消火作業中の兵員は確認できない』
攻撃を受けた陣地の残骸が燃えていた。暗くてよく見えないが陣地の所々で燃え上がっている火が地上の惨状を照らし出していた。砲塔が吹き飛んだ戦車に崩れ落ちた監視塔、時折見える人影は死体だろうか
いずれにせよ地上には目を覆いたくなるような惨劇が広がっていたのである
『…了解した。敵部隊が付近に潜んでいる可能性が高い。ジェラーヴリク隊は撤退せよ』
『了解。ジェラーヴリク隊はこれより帰投する。02続け』
眼下に広がる地獄を見て素直に撤退したくは無かった。こんな地獄を作った悪魔のような敵に鉄槌を加えてやりたい。
だが、軍においての命令は絶対である。これに背くことは許されない
「…嫌です」
暫しの葛藤の末、俺の口から出たのは否定だった
『何を言っている中尉。命令が聞こえなかったのか?撤退だ』
「近くに敵がいるなら我々が叩くべきです。地上の敵なんて戦闘機からみればカモ同然です」
『ダメだ。俺達の任務は航空偵察だ。敵への攻撃は他の隊に任せろ』
「しかし!」
『しかしもヘチマもあるか!いいから黙って命令に従え!』
大尉の怒鳴り声が響いても地上の光景は消えない。気付けば俺は操縦桿を倒していた
『何をしている中尉!編隊に戻れ!』
大尉の声は聞こえているが俺の意識は既に地上で動く敵に向けられていた。突然急降下してきた俺の機体に驚いたのか敵が機関銃で弾幕射撃を始めたらしい。曳光弾が尾を引いて俺の機体付近を通過していく
不思議と恐怖はわかなかった。あるのは敵への憎悪のみ。
「貰った!」
引き金に指をかけたのと機内に警報が鳴るのは同時だった
咄嗟に操縦桿を引き機体を急上昇させる。何が起こったのかは大尉が教えてくれた
『レーダー照射を受けている。中距離ミサイルがくるぞ!』
大尉は俺を待って機体を反転させる
『ジェラーヴ01より防空指揮所。敵ミサイルの発射位置は?』
『詳細位置は不明、レーダー水平線の向こう側から発射されたようだ。ジェラーヴリク隊は直ちに撤退せよ』
『了解、これより基地に帰還する。中尉ついてこい!』
「了解」
大尉に倣ってアフターバーナーを点火し迫りくるミサイルの魔の手から逃れようとする。だが、敵のミサイルはしつこく喰い付いて離れない
既に地上レーダーからの情報を得ずとも自機のレーダーで接近する2発のミサイルを完全に捕捉できる距離にある。回避は不可能かと思われた
『中尉、航空偵察の任務は情報を持ち帰ることにある。それはわかるな』
「はい、しかしこのままでは…」
『中尉、生きて任務を達成しろ。そして平和を取り戻してくれ』
「何を言ってるんです?まさか…大尉!」
『生きろ!中尉!』
その言葉を最後に前を飛んでいた大尉の機体が一気に機首を上げ減速した。
大尉の機体はSU-27が得意とするコブラ機動を使って減速したに違いなかった。コックピットに備え付けられた鏡がチャフ・フレアを放ちながら後方に躍り出る大尉の機体を映し出す
「大尉ダメだ!よせ!」
直後、吸い込まれるように2発の対空ミサイルが大尉の機体を直撃し空中に大きな光を放ちながら爆発した
『ジェラーヴリク隊!何が起こっている!?状況を報告せよ』
若い管制官の声が遠く感じる。気付けばレーダー警告が消えていた
「ジェラーヴリク02より防空指揮所。ジェラーヴリク01が撃墜された」
たった今、人が死んだというのにコックピットから見る景色には出撃した時と変わらない美しい星が広がっていた
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