第6話 紅魔館
2023年8月16日am9:45 紅魔館 (木島三尉視点)
声のした扉の方を見ると可愛らしい少女……いや、より的確に言い表すならば幼女と言うべきか。ともかく、小さな女の子が立っていたのだ。
「私がこの紅魔館の主レミリア スカーレットよ。どうぞよろしく」
吸血鬼が支配する館の当主と言うから、ドラキュラのモデルになったウラド公のような人物を想像していたのだが……思い込みとは恐ろしい。
固まってしまった俺を見かねたのか、少女の挨拶には警視庁の松村巡査部長が応えた。
「初めまして。私は警視庁刑事部 特殊捜査班の松村正人巡査部長です。本日はお忙しい中、面談に応じていただきありがとうございます」
松村巡査部長の言葉を聞いて我に返った俺も前に出た。
「日本国陸上自衛隊特別警護分隊 分隊長の木島正義三等陸尉です。本日はどうぞよろしくお願いします」
「そう、貴方が……」
「は?」
「なんでもないわ。早く本題に入りましょう。立ち話も何だし座って頂戴」
特に断る理由もないので指示に従い円卓に腰を下ろした。レミリアの言葉に違和感を覚えたが、本筋とは関係ないし、おおかたこの年頃にありがちな意味を持たない独白みたいなものだろう。今は交渉の推移に気を配らなくては。
俺に与えられた任務はSITの護衛と交渉の過程で自衛隊が不利にならないよう計らうことだ。
「咲夜、お茶を入れて頂戴」
「かしこまりました」
西欧の貴族と従者の会話はこんな感じなんだろうなと想像しつつレミリアと咲夜のやり取りを眺めていると……突然咲夜が消えた。
驚き周囲を見渡すと、咲夜は先ほどの位置から10メートルほど離れたところで一礼していた。
バカな! こんな一瞬でどうやって……
驚愕しつつレミリアに視線を向けると彼女は何食わぬ顔で優雅に紅茶を飲んでいた。
まさかと思いつつ自分の手元に視線を落とすと、そこにも紅茶の入ったティーカップが置いてあった。ご丁寧に砂糖の入った小瓶を添えてだ。
「いったいどういった手品ですか?」
交渉相手の能力を探るのは失礼になるかもしれないと分かっていても、質問することを止めることはできなかった。
「ああ、そう言えば言っていなかったわね。咲夜は時を止めることが出来るのよ」
思わず俺は戦慄した。時間を止められた状態で後ろからナイフで刺されたら一切の抵抗もできないではないか。つまり彼女は優秀なメイドであると同時に強力な暗殺者にもなりえるということか。
一連の動作の中で、彼女たちは自らの実力の一部を見せつけてきたのだ。これは軍隊同士の示威行動と本質は何ら変わらない。
「早く本題に入りたいのだけど」
レミリアの苦情を受け松村巡査部長はすぐに本題に入った
「では、単刀直入に申し上げます。あなた方に我々と安全保障条約を結んでほしいのです。この条約はどちらかが危機に陥った際に助け合うといったものです。博麗霊夢と言う女性からあなた達は幻想郷でかなりの実力を持っていると伺っております。どうか力を貸して頂けないでしょうか?」
レミリアは少し考えるふうにこちらを見つめる。
「なぜ私たちなの? 霊夢でも護衛には十分だと思うのだけど」
「一応は頼んでみたのですが、この湖に居るときの安全はあなた方に頼めとのことだったので」
「ふーん。相互防衛の義務を負うって言ったけど貴方たちに私たちが守れるのかしら? 別にあなたたちの力を借りるまでもなく大抵の敵なら自分達だけでどうにかできるわよ」
そう言われるとこちらの立つ瀬が無くなる。確かに先程の咲夜さんの能力の片鱗を見た今となっては、彼女達が我々の能力を欲する理由は見当たらないし。
「では、どうしたら我々を認めてくれますか?」
「そうねぇ。取り敢えず咲夜と戦ってみて、それで勝てるようなら考えてあげる」
「木島さん。大丈夫でしょうか?」
巡査部長は伺うような視線を俺に向けてくるが、実のところ問題大有りだ。自衛官が他国の民間人を相手に戦うなど、報道にすっぱ抜かれたらどうなることやら……
まぁ、でも当分は戻れそうにないのだし……何かもうどうでも良くなってきた。
「はぁ、まあいいんじゃないでしょうか」
いや、良い訳ないだろ。という部下たちからの視線を無視して語った投げやりな回答を真に受けた、レミリアさんは面白そうに笑った。
「交渉成立ね。咲夜、今日は曇りだし外で戦いなさい。私も外の人間がどれくらい強いのか見てみたいから」
もう、どうにでもなれ……
2023年8月16日am10:00 紅魔館 庭 (山本一曹視点)
「三尉、本当に良かったんですか? 我々の戦闘の結果で今後の関係が決まるんですよ」
何だか諦めたような目の三尉にやんわりと質問をしてみたが、三尉は疲れ切ったような緩慢な動きで視線だけ動かしてこっちを見た。
「なぁに大丈夫だろ。あぁそうだ、彼女と模擬戦やるのはお前だからな」
「はぁ!? ちょっと何で俺が。自分でやってくださいよ」
突然の無茶振りに思わず変な声がでた。いや、普通こんな大事なことは事前に通達されて然るべきだと思うじゃん。
「お前だって一応、陸上自衛官だろ。こんな動きづらそうな服着た女の子にはいくらなんでも負けないだろ」
「俺が対人格闘弱いの知っていて対戦相手の前でからかうなんて良い趣味してますね。分かりました、やりますよルールを教えてください」
まぁ、何やかんやで俺も男だ。女の子の前で強いところを見せたいと見栄を張ったのは事実だしプライドもある。それに陸自で辛い訓練を積んできたのに、こんな華奢な女の子に負けるなんて嫌すぎる。
「勝負には訓練用のゴム製ナイフを使う。相手の喉元にこのナイフを突きつける又は降参した方が勝ちだ。それと万が一負傷者が出た場合に備えてレミリアさんのご友人であるパチュリー・ノーレッジさんにも審判兼医官として参加してもらう。だから多少の怪我なら治るから安心していい。質問はあるか」
「何でナイフを使うのですか。多少の怪我は治るなら貴方達の使う武器を使用すればいいのでは?」
咲夜さんの静かな声は自信に満ち溢れていた。小銃を相手にしても問題ないと考えているのが良く分かる。
「それはできない。これは当たり所によっては即死してしまう武器だからな。あんたがいくら丈夫な体を持っていて魔法で大体の傷を治すことが可能だとしても……死体の傷を治すことになったら意味がないでしょ。それに得意な武器を使った相手の本気も見てみたいですし」
「随分余裕ですね」
「いえいえ、そんなことはないですよ。そこの山本一曹は小隊随一のへたくそですからね。不安でしょうがないですよ」
「そうですか、まぁ早く始めましょう。晴れてきてはお嬢様のお体に障りますし」
三尉の言葉をサラリと流して、勝負に集中しているようだ。正直言って勝てるかどうか不安になってきた。
「了解です。山本、咲夜さん準備は大丈夫か」
「大丈夫です。咲夜さん申し訳ありませんが本気で行かせてもらいます」
「どこからでもかかって来てください」
「いくぞ、模擬訓練始め!」
用例解説
レミリア スカーレット…紅魔館の主。見た目は10歳にも満たない少女だが歴とした吸血鬼である。『運命を操る程度の能力』を持っている。
パチュリー ノーレッチ…紅魔館に住んでいる魔法使い。いつもは紅魔館の地下にある図書室で本を読んでいる為、運動不足気味である。生まれつきの喘息持ちで体が弱い。レミリアとは友人関係であり、パチェやレミィ等の愛称で呼びあっている。