第85話 ヒトフタマルハチ
2023年12月8日am3:16 幻想駐屯地 官舎(伊藤一佐視点)
「…長…伊藤…隊…」
遠い意識の向こう側から誰かが俺を呼んでいる…疲れが起き上がることを拒絶するがそこは気力で無理やり捻じ伏せ重い瞼を開く。すると闇の中にぼんやりと人の輪郭が映りだした
「伊藤連隊長!緊急事態です!起きてください」
聴力が正常に機能し始めると連鎖的に自分の置かれた状況も理解できるようになってきた。慌てて飛び起き常に身に着けるようにしている腕時計を確認する。
時刻は午前3時を少し回ったところである。連隊の指揮官たる自分が疲れに身を任せて寝過ごした…と言う訳ではなさそうだ
「どうした!?何があった?」
目線を時計から俺を起こそうとしていた人物に向けると、そこには二等陸尉の階級章を付けた若い隊員が立っていた。
「先程から対砲兵レーダーが射撃を検知しています。敵が妖怪の山に向けて断続的な砲撃を行っている模様です」
FF作戦以降、大きな損害を被った敵は戦力回復に注力していたようで積極的な行動をとることなく防御行動に徹していたのだが、ここにきて新たな動きがあったようだ。
「海自には連絡したか?」
「はい、既に連絡済みです」
「わかった。即応小隊を配置に着けろ。それと…」
続く言葉は突如、扉を開けた中堅の陸曹によって遮られた。
「報告します!たった今、敵砲兵隊が妖怪の山に向け効力射を開始しました。先程までの砲撃は試射であった模様です。また、同時に対空レーダーが離陸する航空機を探知。現在追尾中です」
まさか…いや、未明に行われた攻撃や今まで温存していた砲兵隊の全力投入を見る限りこれは紛れもなく敵の大規模攻勢に違いなかった。
「これは敵の大規模攻勢だぞ!直ちに非常呼集を行え!急げ!」
俺の指示で弾かれたように2人の隊員達が駆け足で退室していく。俺自身も素早く戦闘服に着替え指揮所を目指して駆け出した。道中、命令を受けた当直が慌てて吹き鳴らしたであろう非常呼集ラッパが緊迫感を伴って営内に鳴り響いた。
突然の非常呼集ラッパに駐屯地は蜂の巣をつついたような大混乱に陥った。立哨を行っていた当直小隊が完全装備で塹壕に飛び込み警戒にあたり、武器庫の前は火器陸曹から大慌てで小銃を受け取る隊員で埋め尽くされた。
そんな光景を横目で見つつ指揮所に入ると既に当直の幹部達が森田三佐の指示に従って初動対処に当たっていた。
「三佐、状況はどうなっている?」
「敵は依然、妖怪の山への効力射を継続しています。航空機も離着陸を繰り返しておりそのうちの数機がこちらに向って飛行しています。また、陸軍主力の動きは不明ですが状況からして妖怪の山への侵攻を行うことが予想されます」
声を掛けると森田三佐はあからさまにホッとした表情になりながらも再び気を引き締め報告してきた。
「よし、対空戦闘を下令する。海空自衛隊に支援を要請」
「海自は既に対空戦闘態勢に入っています。空自も早期警戒機と戦闘機の発進準備に当たっていますが発進には時間が掛かります」
「わかった。敵の狙いは何だと思う?」
「恐らく妖怪の山に対する大規模攻勢ではないかと思われます。今回の砲撃の規模から見てこれは明らかに天狗達の防衛戦を破るための突撃支援射撃であると判断せざるを得ません。数時間後には砲撃による被害を受け疲弊した天狗達の防衛戦を突破すべく主力が攻勢に出るものと推測します」
状況を普通に読み取れば、やはり森田三佐の言うように妖怪の山を標的とした大規模攻勢の一環としてこの砲撃が行われたと考えるべきなのだろう。
しかし、敵の指揮官はそんなに単純な男だろうか?戦いの基本は敵の意表を突くことであり、軍の指揮官はそれを常に念頭に置いて作戦を練るものだ。
攻撃が未明に行われたこと自体が我の意表を突く行動であったと言われれば身も蓋もないが、奇襲を狙った作戦で攻撃時期を未明に設定するのは軍人の間では常識に近い。やはり、それ以外にも何らかの行動があると見るべきか…
「敵が攻勢作戦に出れば脅威となる敵飛行場の防御が手薄になるものと思われます。直ちに機甲科を中核とした即応戦闘団を編成しこれを叩くべきです。上手くいけば敵航空戦力の無力化だけでなく完全な指揮機能の破壊や天狗達との挟撃により敵主力を撃滅することもできます」
森田三佐が畳み掛けるように言い募るが一度浮かんだ懸念がどうも引っかかる。この砲撃が天狗の防衛線に損害を与えることが目的ではなく増援を行うであろう我々を誘引することだとしたら…?
もし野戦で決戦を強要されようもならば数で劣る我々は非常に厳しい戦いを強いられることになるだろう
だが、この理論は敵が我々の存在を知っていることが前提となる。徹底して秘匿した我々の存在がこうもあっさり露呈するようなことがあるだろうか?
敵の意図を図りかねていると、非常呼集により中隊の指揮を執っていた各中隊長が指揮所に続々と集結し始めた。各部隊が指定された防御陣地で配置についたのだろう
「全部隊配置につきました。海空自衛隊と連携つつ対空警戒に全力を注いでおります」
「よし、航空機の動向には常に警戒せよ。それと今後の方針を決めねばならん」
「小官は妖怪の山に対する援軍を送るものかと考えておりましたが、連隊長には別のお考えが?」
これには大谷二佐が一早く反応した。友軍が攻撃を受けている状況下で援軍を送らなければ見捨てたと捉え兼ねられないのだから二佐も不思議に思ったのだろう。
やはり、指揮官として今の考えを周知する必要があるようだ
「我の戦力は敵に対して寡兵だ。万が一、奇襲が見破られるようなことがあれば防御陣地もない野戦での決戦を強要されることになる。質で差がある敵が我に勝利しようと考えるのであれば数をぶつけてくるのが定石だろう」
「しかしそれでは…連隊長は我々の存在が敵に露呈していると考えるのですか?」
大谷二佐も私と同じ疑問を抱いたのだろう。だが、この点は少し考えれば分かることだったのだ
「我々はアルテミス作戦で敵偵察隊を全滅させているしFF作戦でも空自のF-35が一時的とはいえ敵のミサイルに捕捉されている。正確な位置とは言わずとも何らかの組織が展開していることくらいには感づいてもおかしくない頃合いだ」
これには各幕僚たちにも思い当たる節があったと見え大谷二佐も理解してくれたようだった。
「成る程、その可能性は高いと見るべきでしょう。では部隊を動かさずに支援を行うとなると爆撃か巡航ミサイルによる長距離支援が検討されますがこの点はどうお考えで?」
「敵の航空戦力の動きが活発化した状況下で貴重な戦闘機を爆撃に割くことはできない。だからと言って速度の遅い巡航ミサイルを撃ち込んでも簡単に迎撃され、たいした戦果は得られないだろう」
「では見捨てるとでも?それとも山への本格侵攻が始まってから部隊を動かすのですか?もしそのような決断を下せば我々への不信感を高めることになります。この世界においてそれは致命的です」
極端な消極論であると感じたのか長沢三佐も声を大にして反対を表明してきた。だが、敵を前にして何もしない訳ではない。勿論、俺にも考えがある
「何も敵の土俵で戦うことは無い。我が数で劣るならば数を活かせない戦場に誘引するまでだ」
「…誘引ですか?しかし、妖怪の山付近は基本的に平地です。山に展開できれば話は違いますが攻撃が開始されてしまった以上はそれも困難です。いったいどこに誘引するのですか?」
「決まってるだろ。紅魔館正面隘路だよ」
指揮所内が一気にざわつく。まぁ目と鼻の先に敵を誘引すると聞かされれば驚くのも当然だ。だが、こういう作戦を得意とし過去に富士教導団の対抗部隊を撃破した男が我が隊にはいるのだ
「成る程、悪くない案です。部隊編成はいかがいたしましょう」
自分の得意とする類の作戦に大谷二佐は早くも乗り気だ。
「詳細は今から詰めよう。ただし、陽動部隊の指揮は君に任せたい。頼まれてくれるか?」
「ご期待に応えられるよう全力を尽くします」
そこから各幕僚も交えて誘引作戦の協議が行われ激論の末、作戦計画が決定された。
【ヴァンパイア作戦計画】
一、作戦目的
敵主力の撃滅
二、指揮官
第38普通科連隊長
三、兵力
陸海空自衛隊の全部、紅魔館の兵力の全部
四、作戦要領
(一)妖怪の山への援軍に見せかけた第1中隊を前進させ敵主力と接触させる
(二)第1中隊は敵主力との接触を維持しつつ紅魔館正面隘路まで誘引
(三)紅魔館の支援を受けながら敵主力を拘置
(四)機甲戦力を中核とした機動打撃群による背後連絡線の破壊並びに包囲撃滅戦を展開
(五)敵司令部及び飛行場に対し特科小隊及び護衛艦隊による全力攻撃を敢行
(六)空自による残存航空戦力の掃討
五、その他
(一)誘引の中核たる第1中隊は89式装甲戦闘車・軽装甲機動車・96式装輪装甲車・高機動車などの車両でもって素早く展開し敵に一撃を加えたのち速やかに撤退すべし
(二)航空撃滅戦は第1中隊が敵主力と接触した後とする。但し、隊員の生命並びに作戦の成否に関わる緊急の場合はその限りではない
(三)連絡幹部を通して紅魔館側との連携を密にする
(四)飛行場攻撃にあたり誘導用員及び偵察用員として特殊作戦群を配置する
この作戦は直ちに海空自衛隊に通知され彼らの追認をもって承認された。もっとも、事前協議なしに一方的に承認を迫られた海空自衛隊の連中は面白くは無かっただろうが…
この辺は敵前で内部対立を行う愚を嫌った古賀海将達のリーダーシップの賜物であろう。作戦が無事に終了した暁には酒でも持って謝罪に行かねばなるまい
「連隊長、特戦群が出撃準備を完了しました。命令があれば何時でも展開可能です」
通信担当の二曹が書類を片手に駆け寄ってきた。後方職種の彼ですら鉄帽と防弾チョッキを装備しており戦闘が決して遠くで起きていることではないという現実を改めて認識させられる。
「わかった。支援体制は?」
「先程、早期警戒機が離陸し支援準備を行っています。戦闘機も滑走路で待機しており空自は一時的に航空優勢を確保できると踏んでいます」
「頼もしいな。では、出動を許可する。以降の現場指揮は近藤三佐に一任する」
「了解しました」
二曹は素早く敬礼し持ち場に戻っていった。ふと腕時計に目を落とすと2本の針は午前4時を指していた。敵勢力下への浸透作戦は夜間に行うのが比較的安全とされている。その点を考えると冬場の今は日の出が遅いので天候が我々に味方してくれていると見ることができるだろう。
「連隊長、射命丸文さんが面会を希望しています。緊急の要件だそうです」
伝令としてやってきたのだろう。若い陸士長が緊張した面持ちで用件を伝えてきた。
「わかった。彼女は今どこに?」
「正門前で待機していただいています」
「ありがとう。指揮所に通してくれ」
「了解しました。ただちに」
このタイミングだ。十中八九、救援の依頼だろうから急いでいるに違いない。不信感を抱かせない為にも速やかに面会を行うべきだろう
「通信士、紅魔LOにヴァンパイア作戦の要綱を送ってくれ。それと本作戦に関しては確実にお嬢に伝え承諾をとるように通知してくれ」
「了解しました」
先程とは違う若い通信士の了解を待って作戦資料に目を通す。今頃、大谷二佐が指揮する第1中隊が着々と出動の準備を整えていることだろう。
車両を多用するとはいえ敵主力との接触を維持しつつ隘路まで後退するのは非常に大きな危険と困難が伴う。作戦の成否は今や大谷二佐の手腕にかかっていると言っても過言ではない。
例えどんな結果になったとしても全責任は俺が負う覚悟ではあるが一個連隊の隊員達の命を預かっていると思うと今から胃が痛い。
そしてもう一つ気になっていたことは今日の日付である。
『12月8日』
それは80年以上前に日本が国の威信をかけて連合国を相手に絶望的な戦いを挑み敗戦した大東亜戦争、またの名を太平洋戦争に日本が突入した日付と同じなのである。
奇しくも大敗を喫することとなった大戦の開戦記念日と全く同じ日に大きな作戦を始めねばいけない。今回も物量においては敵が圧倒しており厳しい状況だ。
だが、過去の悲劇を再び繰り返すわけにはいかない。何としても敵主力を撃破し、隊員達に再び日本の土を踏ませるために作戦指揮に全力を注ぐのだった。
用例解説
効力射…部隊が目標に対し効果を得るために行う射撃
突撃支援射撃…突撃目標付近の敵陣地に火力を集中して敵を制圧し突撃部隊が突撃を発揮し、かつ突撃目標を奪取できるように実施する計画射撃




