第83話 防護手段
2023年11月17日pm8:00 ”いずも”艦内 (ニーナ少尉視点)
自衛隊が企図したFF作戦が失敗に終わったらしいと言う話は作戦が終了したその日のうちに伝わってきた。士官達も慌てているようで正式な発表はまだだが、司令部の動きを見る限りその噂は間違いではないだろう。ただし、公式発表がないので隊員の中からは様々な憶測が飛び交っている。
曰く、爆撃が敵の猛烈な対空砲火によって不発に終わっただとか、正体不明の防御手段によりこちらの攻撃が無力化されたなど自衛隊の練度や装備をこの目で見た今となっては耳を疑ってしまいそうな噂が平気で飛び交っている状況だ。
詳細を聞かないと判別できないが、私としては先の宮城包囲戦で壊滅的打撃を受けた第5・第6師団を中核とした地上派兵軍団が自衛隊の攻撃に耐え切れるとは思えない。ただでさえ無能な指揮官や出世コースから外れた士官達のたまり場だった師団が宮城包囲戦で多くの犠牲を出したがために、徴兵された兵士や士官学校を臨時で卒業した私のような新米士官で構成されているのだ。とてもじゃないが戦えるような部隊ではないはずだ
「ニーナ少尉!」
思考にふけっていると懐かしい声が私を呼んだ
「山田士長じゃない。久しぶりね、どうしてここに?」
夜間だからと言うことも合って自衛隊上層部がよこしたヘリから降りた私を出迎えてくれたのは、意外にも山田士長だった。前に会った時とは違い防弾チョッキや拳銃は装備しておらず一般隊員と同じ青い作業服姿だ。
彼女には第2小隊への編入まで何かと世話になったこともあり、会えることは素直に嬉しい
「艦長から少尉達を案内するように命令されてね。何でも艦隊司令からの出頭命令だそうじゃない。何かやらかしたの?」
私が捕虜となってすぐのころは彼女も階級上は士官である私に遠慮して敬語を使っていたのだが、年長者に敬語で呼ばれることに慣れない私が頼んで普段の口調に直してもらったのだ。
当初は難色を示されたがマカール軍曹にも敬語で接していることを知って、ようやく今の口調に直してくれたのだ
「少尉、どうした?」
私と一緒に召集をかけられた木島三尉がヘリから降りてくると、山田士長は慌てふためいた
「山田佳子海士長です。艦長よりお二人を案内するよう命じられました」
「ご苦労。楽しそうに話していたが少尉とは以前に面識があるのか?」
急に取り繕っても三尉の目は誤魔化せないようだ。文脈から説教の流れを感じ取ったのか山田士長が不動の姿勢で弁明を始めた。
「はっ。以前、少尉の監視兼警護役を拝命しておりました」
説明を受けた三尉の顔に納得の表情が浮かぶ。
「あぁ、成る程。しかし、彼女は元の所属は違えど幹部待遇の少尉だ。職務中にあまり砕けた口調で会話をするのは関心しないぞ」
話しの流れが良くない方向に進んでいる。これは私が説明しなければならないだろう
「すみません。山田士長に普通に接せてもらうように頼んだのは私なんです」
「それはどういう…」
「私って年上の人に敬語を使われるのに慣れてないんです。ここで捕虜として拘留されていた頃、敬語を使われることに段々とストレスを感じるようになってきて、一緒に居ることの多い彼女には敬語を使わないようにお願いしたんです」
「最初は私もビックリしましたよ。だって気の強そうな幹部の女性が疲れ切った表情で『敬語は止めて!』って言ってくるんですから。でも、事情を聴いてからは普通に接するようにしています」
三尉も心当たりがあるのか苦笑いを浮かべている
「よくわかった。すまなかったな士長」
「いえ、こちらも誤解を招くような言動をとり申し訳ありませんでした。艦長がお待ちです。こちらへ」
山田士長は若干急かすように扉を開けて付いて来るよう促した。
”いずも”に立ち入るのは久しぶりだが雰囲気は変わっていないようだった。もっとも、あれから1ヶ月と経っていないのだからそう簡単に変わるはずもないのだがアルテミス作戦を始めとした各種作戦の影響が出始めている可能性も否定できない。
一時的なものとはいえ同じ釜の飯を食べた仲間だ。私達への感情が悪化していたとしたらばそれは悲しいことだ
しかし、その心配は杞憂に終わりそうだった。たまに狭い通路ですれ違った隊員達は私達の姿を認めるとあからさまに態度を変えることなく敬礼をしながら壁際によって道を開けてくれた。むしろ狭い通路で答礼しようとして壁に肘をぶつけたりと四苦八苦することになるほどだった。
そのように本来は不必要な苦労をして進んでいくと山田士長がある部屋の前で止まった。ここが目的地なのだろう
「山田佳子海士長です」
山田士長がノックと共に名乗るとすぐに内側から扉が開いた
「どうした?入れ」
士長が一瞬呆気にとられたのはいつもと違った手順で扉が開いたことだけが原因ではあるまい。室内には古賀海将や伊藤一佐を始めとした自衛隊の現場指揮官や各幕僚などの幹部クラスの隊員がひしめいていたのだ。
よく見れば扉を開けてくれた隊員ですら幹部階級である。海士長に過ぎない彼女が固まるのも無理はないだろう
「失礼します。木島三尉以下2名、出頭命令を受け参上しました」
「夜分に召集をかけて申し訳ない。どうしても君たちの協力が必要だったんでな」
伊藤一佐が特に悪びれた様子もなく軽く頭を下げる。
「いえ、構いませんが我々も暇ではありませんので手短にお願いしますよ」
木島三尉が将官や佐官にも臆することなく毒を吐くことに山田士長は唖然としていたが、当の幹部達は苦笑を浮かべる者が多かった。急な召集をかけた手前、強く注意しづらいのだろう
「勿論そうさせてもらうつもりだが、その前に…山田士長、君は下がりたまえ。ご苦労だった」
「はっ」
古賀海将からの退室要求に士長は一瞬心配そうな表情でこちらを見たがすぐに敬礼をして立ち去って行った。幹部でない彼女には聞かせることのできない話をするのだろうか?
「さて、前置きは無しだ。現場にも既に伝わりつつあると思うがFF作戦は当初の目標を達成することができなかった。まぁ完全ではないにしろFF作戦は失敗したと言えるだろう」
「では、噂は本当だったのですか」
薄々感じてはいたが作戦の最高指揮官から失敗を告げられた衝撃は大きかった。装備や練度も月面軍に上回っている自衛隊の作戦が破綻するとは…やはりあの噂は本当だったのかもしれない
「噂だと?」
これには伊藤一佐が説明を求めてきた。変な噂が流れていては隊の士気に関わると思ったのだろう
「はい、爆撃が月面軍の対空砲火によって不発に終わっただとか、正体不明の防御手段により攻撃が無力化された…とまぁこんな感じの噂が隊舎では囁かれていまして」
「爆撃は成功したさ。俺達が投下した爆弾は一寸のずれもなく敵の司令部を吹き飛ばしたんだが問題はその後だ」
石川三佐を始めとする空自の面々は自分達の戦果が有耶無耶になっていることに不満を覚えたようで、若干不機嫌になっている。
「三佐の言う通り爆撃は成功だったんだ。だが、指揮通信機能を破壊されたはずの敵は弱体化するどころか猛烈な反撃を見舞ってきた。天狗の各部隊にも損害が出始めた頃に天狗火力部隊が再度、攻撃術式による効力射を行ったのだが…これは正体不明の防御手段をもって迎撃された」
「正体不明ですか」
三尉が思わずといった感じで聞き返す。幹部達の表情を見るに会議室の誰もがこの正体不明の防御手段とやらに悩まされているのが分かった
「そうだ。ここまで言えば分かると思うが君達を呼んだのは、可及的速やかに敵の防御手段を解明し対抗手段を打ち立てる必要があるからだ」
「成る程、理解しました。それで正体不明の防御手段というのは具体的にどんなものなのですか?」
状況は分かった。だが、精鋭の第1・第2師団ならともかく不良部隊と揶揄された第5・第6師団にそのような特殊兵器が配備されるだろうか?
「スクリーンを見てくれ。映像出せるか?」
「はい」
古賀海将に促され司会役と思われる海尉がパソコンに取りつき素早く操作を終えると、会議室前方に設置されたスクリーンに地上派兵軍団を上空から撮影したと思われる写真が投影された
「これは一体…」
度重なる火力攻撃による損害も目立つが、更に目を引くのは部隊を覆うように滞空する半透明の膜のようなものだ。恐らくこれが件の防御手段なのだろう
「これがその防御手段だ。我々は何らかのシールドのようなものだと見ている。動力や展開可能時間、耐久力などは一切不明だ」
このような特殊兵器についても士官学校である程度は学んでいるが、これらは月の使者との共同管理が前提だったはずだ。軍と月の使者が対立関係にある今、このような兵器が使えるのだろうか?甚だ疑問である
もしこれが、クーデター作戦に向けて軍が独自に開発したものだとすれば恐らくは…
「このシールドに対し物理砲弾での攻撃は行いましたか?」
「いや、天狗火力部隊の攻撃が阻止された時点で攻撃は無効と判断しトマホーク巡航ミサイルの発射は中止されている。我々は防御手段を用いた敵に対し一発たりとも射撃していない。だが、それがどうかしたのか?」
「では、あくまで仮説ですが…このシールド兵器には物理砲弾を防ぐ能力は無いと思われます」
幹部達が一斉にざわつき始める。これが本当ならば彼らにとって脅威となる可能性があった未知の防御手段が意味をなさないことになるのだから
「根拠を聞いても?」
「軍が強力な技術力を誇る月の使者と対立状態にあるならば厳重なシステムロックの上、両者で共同管理されている特殊兵器が軍の一存で使える状態にあるとは思えません。恐らくこれは設計局が違法に製作したデットコピーだと思われます」
「どういう事です?」
「ですから、これらの特殊兵器は軍が作ったものではなく月の使者が保有していたものを軍の創設にあたって共同管理という形で保有していたものなのです。これら特殊兵器には強力なシステムロックがなされていて政権の許可無く使用することはできず、万が一不正に使用されたとしても月夜見陛下の一存で無効にすることが可能です」
ここまで言うと幹部達も理解したようで納得顔で頷いている
「成る程。では物理砲弾を防ぐことができないというのはどういう事で」
「はい、月の使者が開発した本家のシールドには物理・魔力等の各種攻撃を全て無効とする能力がありますが術式を特定できればコピー可能な魔力防護に対し物理攻撃の防御は高いレベルの科学力が必要です。このような能力は軍の頭脳たる設計局にもありません」
私が断言したことで室内がどよめき始める。
「司令、彼女の推測が間違っていなければ我々の攻撃が有効に機能するはずです。トマホークミサイルによる攻撃を具申します」
田中一佐が古賀司令に訴えかける。まぁ当然の流れだろう。夜間攻撃は対処が遅れる場合が多いし地上派兵軍団がそもそも自衛隊の存在を把握していない可能性がある今、大規模な物理火力でシールドを突破して陣地を攻撃すれば大きな戦果が期待されるだろう。
だが、そうなればあそこに居る同胞たちはどうなるのか?あそこには士官学校の同期達も多くいるはずだ。私と同室だったアンナは無事だろうか?
気付けば視線はスクリーンに映る陣地へと向いていた。
「いや、安易な攻撃に賛成することはできない」
古賀司令の決断は私の想像とは真逆だったが故にぼんやりとしていた意識を再び覚醒させた
「何故です!?昼の大規模攻勢を防ぎ切った敵は油断している可能性が極めて高いと考えられます。ここに高威力に巡航ミサイルを撃ち込めば戦争の早期終結が期待されるはずです」
「敵の指揮官は優秀な人間だ。発射位置を特定されれば狭い湖に閉じ込められた我が艦隊は一挙に殲滅されてしまう。ここは自由に航行できる太平洋ではないのだ」
「しかし、今は夜間ですし先制攻撃により再び指揮通信機能を破壊すれば報復の危険性は極限まで低下します」
「同じことを言ってFF作戦は失敗した。敵には強力な指揮通信機能の回復能力があると見るべきだ。空爆で指揮所を潰した途端に敵の反撃が始まったのが今回の敵だ。一筋縄にいくような相手ではない」
一佐は司令の意思が固いことを悟ると再び開きかけた口をつぐんだ
「ニーナ少尉、指揮所を潰された彼らが即座に反撃し天狗部隊に打撃を与えることができた理由に心当たりはありませんか?」
今まで黙っていた木島三尉がここに来て私に尋ねてきた。だが、地上派兵軍団が迅速な反撃を行えた理由について私としても心当たりが無いわけではない
「地上派兵軍団の中核をなすのは陸軍第5・第6師団ですがこの部隊は所謂不良部隊です。士官学校での成績が芳しくなかったものや汚職や不正を働いたもの、組織に反抗したものが配属される言わば左遷先として有名な師団です。先の宮城包囲戦でこの大部分が戦死し、緊急徴募された新兵や士官学校を臨時で卒業した特務士官で構成されつつありましたが司令部要員は依然として宮城包囲戦の生き残りたちが務めていたはずです」
「つまり、指揮機能を潰したにも関わらず迅速な反撃が行われたのは無能な指揮官が戦死し指揮権が優秀な人材の手に渡ったからだと?」
「私はそう考えます」
攻勢に傾きかけた議論が私の発言で沈静化したのが分かった。さっきまで攻撃を主張していた幹部達が攻撃の危険性を認識し押し黙った
「決まりだな。攻撃は延期し当面の間は戦力回復並びに防御陣地の構築に集中する」
古賀司令の言葉に異を唱える者はもはや会議室の中にはいなかった
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