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第80話 CQB演習

2023年11月15日am10:00  幻想駐屯地 隊舎  (木島三尉視点)


人里観光の後、部隊の連携は驚くほど向上した。所属に囚われることなくお互いに協力して訓練ができるようになったことは大きな成果であるといえよう。


そんな中、第2小隊に演習の通達がきた


部下達に伝えることはしなかったが今回の演習は上層部(うえ)からの注目度が通常の比ではない。連隊の幕僚のみならず海自や空自も幕僚や隊員を派遣するほどだ。

この演習の表向きの目的は急な編成を行った部隊の練度がどのように変化するかを確認するためのものとなっている。しかし、実際は元捕虜と共同して作戦を行うことの可否を問うだとかそんなところだろう。


取り敢えずそういった趣旨であることは間違えないから演習の結果しだいではニーナ少尉達の待遇が変わるといっても過言ではないはずだ


演習内容は小隊による室内拠点の奪還並びに対抗部隊の殲滅である。なぜここにきて室内戦の訓練を行うのかは不明だが閉所戦闘の訓練経験が少ない我々にとっては厳しいものになることだろう。

しかも件の対抗部隊は自衛隊の部隊ではなく警視庁SATが担当するという。野戦を想定した訓練が主体の我々自衛隊と違い主に室内戦を想定して日々訓練を積んできた対テロ部隊を相手に勝利するのは非常に困難に思える


演習を計画した連隊の幕僚連中が何を考えているのかはわからないが任務の達成は非常に困難なものになるだろう


「三尉、装備の搬出が終了しました。特殊訓練弾も各員に配布済みです…しかし、この特殊訓練弾は本当に大丈夫なのでしょうか?」


報告に来た山本一曹が心配そうに実包を覗き込んでいる


そう、今回の演習にあたって弾着の判定を厳格化するために河童達から実弾同様に扱うことのできる黄色のペイント弾が提供されていた。

バトラーもつけずに厳格な判定を出すことができるのは画期的だが実銃で使用できるようにと発射方式に火薬を用いたことで隊員達の間で不安が広がっているようだ。因みに試しに自分で威力を体感しようと思い訓練弾を装填した小銃をニーナ少尉に渡して俺を撃つように言ったら物凄く怒られた。

その怒鳴り声は近くにいたアルチョム伍長を震え上がらせたほか、隊舎で報告書を仕上げていた塚本准尉が仲裁のために飛び出してくるほどであった


結局、訳が分からずに謝ると二度と自分を標的に命令しないことを条件に許してもらえたが…


「さぁな、試そうとも思ったが怒られちまったからな」


「三尉が平謝りしているところ初めて見ましたよ。少尉は敵に回したらいけないタイプの人でしたね」


「あれは可愛い顔して将来、鬼幹部に化ける奴だな。まぁいい。少尉だけでなく俺にも怒鳴られたくなかったら次の演習で成果を上げるこったな」


「そんな無茶な…と言いたいところですがこの時期に計画される演習で何が評価されるかはわかっているつもりです。折角、打ち解けてきた仲間を幕僚連中に取り上げられては現場もやっていけませんから。彼らの立場のためにも小隊は全力を挙げて行動いたします」


「頼りにしているが力むなよ。訓練通りやればいい」






















2023年11月15日am11:15  幻想駐屯地 臨時訓練指揮所 (柳田士長視点)


今回の演習は色々と難しいところがある。相手が室内戦のプロであるSATだということもさることながら、元月面軍のメンバーとの実戦的な訓練がほとんど進んでいないことが一番の問題であろう。

射撃や体力錬成などの基礎的な訓練は行ったが対抗部隊などを活用した実戦的な訓練は行っておらず少尉達の実力は依然として不明なままであった。


「傾注、これより状況を開始する。既に周知であると思うが本演習で我々と対峙する対抗部隊は警視庁特殊急襲部隊である。敵は精強で室内戦の経験においては我が方を凌駕している。しかし、我々は決して負けることが許されない自衛隊である。その誇りを胸に任務の達成に努力してほしい。以上」


三尉の訓示が終わるとすぐに山本一曹がホワイトボードを前にだし、最後の作戦会議が始まった


「地図にある通り本演習の舞台となる臨時屋内演習場の入り口は2か所だ。室内には完全装備のSATが待ち構えているがどのような戦術をとってくるかは不明だ。そこで突入部隊を2手に分け挟撃を図りたい。2・3分隊は正面から中央突破を図れ、1分隊は裏口から侵入し敵を挟撃する。質問は?」


ニーナ少尉が素早く手を挙げる


「被弾した場合はどのように行動すればよろしいですか?」


「基本的には仲間に後送してもらうことになるが万が一孤立した場合は武装解除を行い演習終了までその場で待機だ」


「わかりました」


「他に質問は…無いな。よし、突入時刻は一一三〇(ヒトヒトサンマル)だ。状況開始」


「了解しました」


一糸乱れぬ敬礼が作戦開始の合図となった。囮となる第2・第3分隊は先に出発し対抗部隊の注意を正面にむけさせ、別動隊となる俺達への注意をそらしていた。


それでも完全装備の一個分隊を気付かれないように裏口に展開するのは難しいだろう。何せ今回の相手は本職の対テロ部隊だ。

この程度の小細工など一瞬で看破される可能性もある。


だが、意外にも突入前に先制攻撃を受けることは無く、無事に今回の演習の部隊となる臨時屋内演習場の外壁に取りつくことができた。後は突入を待つのみである


「よし、突入30秒前。準備」


三尉の指示を受け山本一曹がドアノブに手をかけアルチョム伍長が扉の横に立つ


「5…4…3…2…1…今!」


山本一曹が扉を開いた瞬間にアルチョム伍長が閃光手榴弾を投げ込む。直後、爆発音と煙が扉の外まで漏れだして来た


「前へ!」


三尉の号令で山本一曹が再度、扉を開き木島三尉が先頭となって突入する。


「報告!」


「クリア」


「クリア」


「ルームクリア!敵影ありません」


三尉がその報告を受け怪訝な表情を浮かべる


「罠か…いや、全隊トラップに警戒しつつ前進。予定通り敵を包囲撃滅する」


「了解」


分隊は三尉を先頭に壁沿いに前進を開始した。作戦開始からずっと銃声が聞こえるがあまり反響していないように思える。この様子だと我の主力はまだ突入できていないようだ。

SATが強力な防衛線を構築していたのか…はたまた別の原因か。状況は厳しいものになったかもしれない


三尉を先頭として一列縦隊となり壁に沿って前進を続ける。だが、ここにきて問題が発生した


閉所戦闘においては互いに射線をカバーしあうことにより死角を補うことが重要である。それには高度な連携が要求されるのだが、生憎とニーナ少尉達と閉所戦闘の訓練は行えていない。

ただでさえ陸上自衛隊の訓練は野戦に重点が置かれているうえ、幻想郷での閉所戦闘発生の可能性は著しく低いと予想されていた為、訓練の優先順位が低くなっていたのだ


そのせいかニーナ少尉達は上手く立ち回れていない。果たしてこんな状態で何とかなるのだろうか…


そんな問題を抱えたまま何度目かの角を曲がろうとした時、隊列が止まった。見れば三尉が片手を挙げている。停止の合図だ


三尉はそのままゆっくりと銃床に取りつけていた鏡で曲がり角の先を確認しようとした。直後、銃声が鳴り響き手鏡に訓練弾が着弾した。

敵は反射速度もさることながら命中率も凄まじいようだ。このまま飛び出そうものならば間違えなく蜂の巣にされるだろう


「クソッ!少なくとも二人がバッチリ見ている。閃光弾で突破するぞ」


その時、意外な人物が前に出た


「いえ、私が行きます。皆さんは援護を」


しかし、ニーナ少尉の装備はモシンナガン狙撃銃のままだ。当たり前だが狙撃銃はボルトアクションのため次弾装填まで時間が掛かるうえ、銃身が長いこともあり閉所戦闘には向いていない。そのため今回の訓練では普段、対人狙撃銃を装備している松本二曹も89式小銃に持ち替えている。

そのような訳もあって少尉に状況を打破する能力は無いように思えた


「敵は短機関銃を装備している。その装備では…」


「問題ありません。やらせてください」


当然の如く三尉も難色を示したが少尉は譲ろうとしない。何か策があるのだろうか?


「…わかった。分隊は少尉を援護する」


「ありがとうございました」


「構わん。その代わり必ず制圧しろ」


「了解」


佐藤一曹がMINIMI軽機関銃を持っていつでも援護できる位置に付き、俺も閃光手榴弾を投擲できるよう壁に張り付いた


「いつでもどうぞ」


少尉の言葉を合図に俺は手榴弾の安全ピンを抜き角の先で待つ敵に向け投げ込んだ。安全レバーがはじけ飛び起爆。周囲に眩い閃光と爆音をまき散らす


直後に少尉は飛び出した。援護しようと小銃を構えるとSATの隊員は既に短機関銃をこちらに向けていた。

余りの対応の速さに不意を突かれながらもよく見れば彼らは対閃光ゴーグルを着用している。これでは閃光手榴弾の効果は殆ど発揮されていないはず

慌てて下がろうとした時、少尉が発砲した。訓練弾は狙いたがわず1人の隊員を仕留めたがもう一人の隊員が即座に少尉に照準を合わせる


少尉も素早く槓桿を引いたが間に合わない。ダメもとで敵周辺に援護射撃を行おうとした時、少尉が跳んだ(,,,)


少尉は空中で体を捻り横方向に回転しながら引き金を引いた。流石のSATも空中で側転をするアクロバットな標的は撃ったことがなかったようで一瞬動きが止まった。その行動が決定的となり少尉の放った訓練弾は防弾バイザーに命中し彼の視界を黄色に染めあげた


すごい…


思わず固まっていると奥の通路の角からもう一つの人影が飛び出した。直後、銃声と衝撃が俺を襲った。防弾チョッキ越しに伝わってきた衝撃に思わず倒れ込む。撃たれた実感は全くわかなかったが周囲を見れば佐藤一曹も同じように防弾チョッキを黄色く汚している


少尉は反撃しようと拳銃を抜いたようだが初弾を薬室に装填していなかったらしくスライドを引いている。あれでは間に合わない


次の弾が少尉に着弾するかと思われたときマカール軍曹が少尉を突き飛ばした。軍曹が身代わりとなる形で被弾したが少尉は無事だ。

木島三尉も応援のために飛び出し拳銃を連射しながら前進する。SATの隊員は三尉をより脅威度の高い目標と判断したようで三尉に向け単連射を浴びせてきた。しかし、どちらも移動中であるためか双方命中弾はでない


三尉が拳銃を撃ち切る前に弾倉を引き抜く。薬室に1発だけ残した状態でのタクティカルリロードを試みたのだろうが相手は短機関銃だ。先に撃ち始めていたとはいえ元の装弾数は拳銃とは比べ物にならない


三尉の顔に焦りが浮かんだとき体勢を立て直したニーナ少尉が発砲した。トカレフ拳銃から放たれた訓練弾は狙いたがわず敵の胸部に着弾した。そのまま少尉と同時に攻撃した隊員の弾も次々と命中し、集中砲火を受けたSATの隊員は着弾の衝撃に耐え切れなくなったのか倒れ込んだ


「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」


三尉の怒鳴り声でようやく射撃が収まる頃にはSATの隊員はだいぶカラフルになっていた


「申し訳ありません。無事ですか?」


三尉が慌てた様子で集中砲火を浴びた隊員に駆け寄る。訓練弾とはいえ火薬で撃ち出しているのだからあれだけの火力を集中されれば怪我の一つくらい負っていてもおかしくはない


「ええ、かなり汚れましたが無事ですよ。お見事でした」


彼はそう言って防弾バイザーを押し上げた


「松村巡査部長!?あなただったんですか」


丁度その時、今まで沈黙していた無線からノイズが響き、一拍遅れて本部からの無線が聞こえてきた


『…状況終了。各隊は直ちに交戦を中止し武装解除せよ。繰り返す…』


この瞬間をもって演習は終わった

















2023年11月15日am12:00  幻想駐屯地 臨時訓練指揮所  (伊藤一佐視点)


先程の演習において第2小隊は我々が予想した以上の結果を出してくれた。ニーナ少尉の群を抜いた活躍があったとはいえ、碌に閉所戦闘の訓練を受けたことがない第2小隊がSATに勝つなど予想だにしなかった。


そこで現在、第3中隊が即席で設立した訓練支援隊が主催した演習の反省会に急遽参加することにした。もともとこの演習を計画したのは連隊だったから俺が参加することに問題はないはずだ。


参加者は訓練部隊を代表して木島三尉とニーナ少尉。そして対抗部隊であるSATの分隊長、松村巡査部長に私を含めた訓練支援隊と幹部数名である。


モニターには本演習の目的・参加部隊が表示され司会の説明と共にスライドが切り替わり演習の経過が順を追って投影された


三尉率いる別動隊と主力が分離しSATを包囲しようとするも室内からの狙撃により主力の前進が停滞。別動隊単独での突入となり第2小隊の作戦に綻びが出始めるがニーナ少尉の活躍によりSATの伏兵を撃破。

応援に駆けつけた分隊長の松村巡査部長が敗れたことでSAT側の指揮系統が混乱。その隙を突いた主力が突破をはかり屋内演習場は制圧された。


途中、訓練支援隊がまとめた分析ではニーナ少尉の戦闘力を特筆すべき点だとして評価していた。ある程度評価が落ち着いた後は参加部隊同士の反省会が始まる。

お互いの状況を共有し違和感などを指摘しあう事によって改善点が見えやすくなり、より実のある反省を行えるためこの方法は俺の連隊で広く採用していた


「本演習における評価ですが、やはりニーナ少尉の活躍が大きかったものと思われます。この点については木島三尉はどのように考えていますか?」


「恥ずかしながら全くその通りでニーナ少尉の活躍こそが本演習成功のカギであったと思っております。ただし、我が隊はそもそも野戦を訓練の主軸としており室内戦は甚だ専門外であったということも考慮に入れていただきたい」


司会役の若い尉官が振った質問に木島三尉は多少ムッととしたように言い返した。彼はこの演習について否定的だったから多少の不満は致し方ないのだろうが、未来ある若手幹部を委縮させられてはかなわない。

仕方なく俺が対応することにした


「勿論それは考慮する。ニーナ少尉達を含めた初めての実戦的な演習であったにもかかわらず連携が取れていた点に関しては評価できる要素だろう」


第2小隊は殆ど閉所戦訓練の経験がないにもかかわらずあそこまでの連携が取れていたことは純粋に驚きだった。やはりそこは元特戦群の三尉による訓練の賜物であろう


「そもそも何故、閉所戦闘を主軸とした演習だったのです?今後想定される戦闘は野戦が中心でしょう」


「確かにそうだったんだが…机上演習を繰り返すうちにある不確定要素が見つかってな」


「不確定要素…ですか?」


「そうだ。これは敵の行動次第ではあるが…」


その時、指揮所の扉が開き幕僚が慌てた様子で駆け込んできた


「どうした!?」


「天狗の斥侯より伝令です。敵FOBにて動きありとのことです」


瞬間、室内に緊張が走った。FOBでの動きしだいでは主力が出現する可能性もあるのだから皆、神経を尖らせているのだ


「よし、全部隊に警戒態勢をとらせろ。FF作戦を発動する。関係部隊に準備をさせろ」


2個師団にも及ぶ敵に対し寡兵の我々がどれだけあらがえるか…訓練の成果が試されることとなるだろう



用例解説


バトラー…レーザー交戦装置の自衛隊呼称。銃器に取り付けた光線発射装置により、実弾を使用することなく実戦同様の交戦訓練が可能な訓練機材。



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