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第79話 兵たちの休日

2023年11月9日am8:00  幻想駐屯地 (木島三尉視点)


ここ数日行われた訓練は成果よりも多くの問題点を露呈する結果となった。


まず何より連携が取れない。手信号などの細かい指示が読み取れないなどであれば、もともと指揮系統が違うこともあるため仕方がないだろう。しかし、ニーナ少尉を含めた元捕虜に対する意図的と思われる情報伝達の不徹底や連絡の拒否。あげくに接触を避けようとする様子までもが見られる。


報告に合った通りこれら一連の行動は今川一士が中心となって行われているようだ。しかも、頭の痛いことにこの行動には陸士のみならず複数の陸曹までもが加わっているときた。

ニーナ少尉達も何らかしらの対抗策をとるかと思われたが未だされるがままの状態が続いている。恐らくはニーナ少尉が部下に無抵抗を指示したものと思われるがこれでは事態は収まるどころかより深刻化しただけだ。


叱り飛ばして力で不満を押さえつけてもいずれは抑えきれなくなる。それが敵との戦闘中だったりしては目も当てられない


そんな事もあり事態解決のため急遽、中隊長に掛け合い厳戒態勢発令後から中止されていた人里への外出許可を取り付けることができた。条件として突発的な戦闘の際に自衛官を速やかに識別するため迷彩服の着用が義務図けられたがやむ負えないだろう。

それと、ただの休暇では部隊内の融和は図れないだろうから俺が主導し小隊全員で人里での観光をすることとした。

また、保安上の観点であるとして分隊以下での行動は認めないという条件もつけておくことにした。こうすることで有事の際の招集が楽になるだけでなくニーナ少尉と今川が共に行動せざるを得ない状況を作り出すことができる


正直、これでどのように関係が変化するかは予想もつかないが取り敢えず今より悪くなることはないだろう















2023年11月9日am11:32 人里への道中 73式トラック車内 (ニーナ少尉視点)


ある程度覚悟はしていたが配属から僅かに2日ばかりでここまで孤立するとは正直思いもよらなかった。指揮官の木島三尉や塚本准尉それに同じ狙撃手の松本二曹とは会話が続くが、その他の隊員には既に避けられ始めている。


伊藤一佐や木島三尉を始めとする幹部は私達が捕虜となった当初から国のために命を懸けて戦った勇敢な兵士だとして一定の敬意を払ってくれただけでなく自衛隊への協力を表明してからは武器を使うことを許されるばかりか、こうして彼らと共に祖国の救済のために戦うことができている。


確かに捕虜としては破格の待遇だろう。しかし、件のアルテミス作戦から私達の立場は悪くなる一方であり部下達も文句こそ言わないが疲れやストレスが溜まりつつあるようだ


こんな状況だが自力での解決策もないことはない。少なくとも階級上は彼らより私の方が上官であるから一喝すれば表面上は事態の収束が望めるだろう。しかしながらそれでは根本的な解決にはならない

だから三尉もそのような対応をとらないのだろう


それに彼らは私達の祖国が勝手に始めた戦争にたまたま巻き込まれただけなのだ。いわば私達の行動による被害者である。その彼らを責めることはどうしてもできなくて…私達が来なければ彼らは全員で国に帰れたのだと思うと今でも心苦しい


兎も角、三尉もこの状況を問題視したようで私達を含めた小隊全員で人里へ観光に行くことになった。表向きは部隊の休息となっているが主目的が関係改善にあるのは火を見るより明らかだった

果たして三尉はこんなことで連携が取れるようになると思っているのだろうか?


「少尉!ニーナ少尉!」


「えっ?あっごめんなさい。塚本准尉、どうかしましたか?」


どうやらさっきから呼びかけてくれていたらしい。考え込むと周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。ましてや狙撃手なのだから早急に改善せねば


「一応言っておきますが、貴女のほうが階級が上なのですから敬語でなくてもいいんですよ。我々に遠慮する必要はありません」


「すみません。どうも年上を呼び捨てにするのは気が引けまして。マカール軍曹にも敬語で話しているのです」


「そうなのですか?知らなかったとはいえ失礼を」


「いえ、気にしないでください。こればっかりは性ですから。…えっと用事があったのでは」


「あぁ、失礼しました。助手席の三尉からもうすぐ人里に到着するとの連絡です」


「わかりました。わざわざありがとうございます」


准尉はひょいと頭を下げると車両前方に設けられた彼の席に戻っていった


准尉の配慮は有難いが彼が直接声をかけねばいけない程、私達は厄介な存在なのだということがかえって鮮明になってしまい複雑な気分になる。勿論、三尉と同じように色々と気に掛けてくれているし悪い人ではないのだが…


そんなこんなで目的地に着いたようで運転席から全員下車するようにとの指示が出る。お世辞にも乗り心地が良いとは言えない荷台から飛び降り、速やかに車両後部に整列する。


「第2小隊のかたですね?お待ちしておりました。警視庁の松村です。先導しますのでついてきてください」


どうやらこの先導はいつもの事らしく隊員達は慣れた様子で車両の両側面に展開する。警察の松村さんが交通整理をしながら私達は人里の奥へと進んでいく。

人里は例の輸送ヘリの上空から見下ろしたとき以来だがあの頃とはだいぶ違って見える。勿論、この手に銃が握られていないことも大きいのだろうが…


少し進むと倒壊した建物と周囲に比べて少し大きめな民家が見えてきた。この倒壊した建物は恐らく隊長機が発射したRPG-7対戦車ロケット弾によるものだろう。


「随分近くに着弾したんですね」


その惨状を確認したのだろう三尉が助手席から身を乗り出し先頭を歩く松村さんに声をかけた


「えぇ、ここからも射撃を加えましたから。幸い建物は無人でしたが狙いがもう少しずれていたらと思うとゾッとしますよ」


「現地本部が吹き飛んでいたら情報が途絶えますから迅速な対応ができたか怪しいものです。まぁ結果としては損害もなかったのですから上出来ですよ」


「そうですね…本当に。あっ自分はここで失礼します。車両はいつもの場所に」


「誘導に感謝します」


「いえ、仕事ですから」


松村さんはそう言って民家の中に戻っていった。そこまで見てようやくこの建物が警察の現地本部だということがわかった。

本当にただの民家を改修して作ったことが伺える


「小隊整列。点呼をとった分隊から報告」


三尉の命令で各分隊長が一斉に点呼をとり始める。

点呼をとった各分隊長が木島三尉に報告した後、三尉が前に出て訓示をする。目的は観光なのに全員が迷彩服姿でしかも訓示とは滑稽な気もするが現在、即応体制にある自衛隊ではこれも仕方がないことであろう


「傾注!あぁ、せっかくの休暇だが諸君らも知っての通り自衛隊は今、即応体制にある。一時はこの休暇自体も危ぶまれたが連隊長に掛け合い各分隊ごとに行動することを条件に休暇の承認を得た。普段に比べて不便だろうが限られた環境の中でしっかりと戦力回復に努めてほしい。さてと…建前はこんなもので良いか?」


三尉のおどけように小隊の中から小さな笑い声が上がる


「さぁ諸君。多少面倒な制約はついたが休暇だ!現地住民に迷惑をかけず警察の世話にもならないようにしながら…存分に楽しめ。緊急時は各分隊長の指示に従って行動しくれぐれも一八〇〇(ひとはちまるまる)の宴会には遅れないように行動せよ。以上わかれ!」


「わかれます!」


よく訓練された軍事組織らしく揃った敬礼を三尉に送ってから小隊は各分隊長の指示に従って里に散らばっていく


「よし、俺達もいくか…どこを回る?」


「取り敢えず大通りを見て回りましょう。何よりも飯を調達せねば」


「違いない。何が売ってるんだろうな」


「和食、洋食にイタリアンなんかもあるみたいですよ」


山本一曹は久々の外出に浮かれているのか心なしか声が弾んでいるように感じる


「待て。イタリアン?」


三尉が思わずと言った感じで聞き返す


「えぇ、第3小隊の連中が見つけたらしいですよ。何でも店主が我々と同じ外来人だとか」


「ほぉ、見学しながらその店も探すか」


どうやら昼食は決まったようだ。まぁ昼食は何でもいいのだ…問題は休暇だというのに何とも言えない居心地の悪さがあるということ

里を巡れば嫌でも目に入る攻撃の爪痕、今川一士を含めた一部隊員からのあからさまな敵意。こういったものが私達にストレスを与えてくる。

指揮官で一番若い私が何も言わないから不満そうなアルチョム伍長は何も言わないけれど…


「三尉、あの店駄菓子屋じゃないですか!」


佐藤一曹が懐かしそうに通りに面した民家を見つめている


「駄菓子屋かぁ。家の近くにもあったな。行ってみるか」


意図を組んだ三尉が即座に許可を出す。この迅速な決断力は同じ指揮官として見習いたいものだ


「少尉も行きましょう」


三尉がさり気なくエスコートしてくれたが複雑な気持ちだ。まぁ駄菓子屋というのが何かは知らないが敢えて拒否する理由もないし素直にうなずいておく


「山本一曹、見てくださいよこれ!麩菓子ですよ!懐かしくないですか!?」


「大げさだなぁ。今時、スーパーでも売ってるぞ。まぁこんなに安くはないけど」


「それよりこの瓶コーラのほうがレアだろ。最近見ないぞ」


「おー。さすが准尉」


「いや、何が!?」


店内を見渡すなり隊員達のテンションが上がっているのがわかる。だが正直なところ、私には雑貨屋にしか見えないこんな店を見ただけで何でそんなに歓声が上がるのか理解できない


「三尉、このお店は一体何なのでしょう?雑貨屋さんみたいな場所でしょうか?」


「あぁ、少尉は知らなかったのか。ここは…いや、丁度良い。自分で見て感じた方が早いさ」


「え?」


「お婆ちゃんー!来たよー」


後ろから急に子供の声がして驚いて振り向くと、里の住人だろうか?6人くらいの子供たちが自衛官をかき分けて店内へ進んでいく

子供に気付いた隊員達は慌てて道を開けようと狭い店内で押し合いを始めた。屈強な男たちが子供を前に慌てて飛びずさる姿は見ていて少し面白かった


「はいはい、あら?今日はお客さんがいっぱいね」


外の騒がしさに気付いたのか店主と思われる初老の女性が表へ出てきた


「陸上自衛隊の木島です。申し訳ありません。すぐに退きますので」


「あら良いのよ。一緒に見て行って頂戴。外の世界では駄菓子屋ももう珍しいのでしょう?」


「では…お言葉に甘えさせていただきます」


三尉が目で促すと隊員達が撤収準備をやめ先程よりテンションを下げつつ商品を見て回り始めた。ここら辺の素早い対応も訓練を受けた正規軍人だからこそであろう


「ねぇねぇおじさん。けん玉しようよ!」


「えぇ!おっ俺?」


しかし、そううまくはいかないようで無邪気な少年が山本一曹の迷彩服の裾を掴み声をかけている


「ダメ?」


「い、いやぁ良いけど…できるかわからないぞ」


「この前来た同じ服のおじさんはできたよ?」


山本一曹の顔が引きつるのとは対照的に周囲の隊員は笑いをこらえようと必死だ。かく言う私もさっきから口角が吊り上がっている


「いいよ。物は試しさ」


勘のいいものは既に距離をとり始める中、山本一曹がけん玉のを勢い良く引き玉が皿に向かう…ことはなくそのままの勢いで顔面に衝突した


「おじさんへたくそー」


痛みで顔を抑えながらうずくまる山本一曹をいたわるどころか辛辣な感想を述べる少年の純粋さに耐え切れなくなった隊員達が腹を抱えて笑い出した。勿論、私達も笑いあった


その後は里の子供も交えて様々なゲームに興じることとなった。けん玉、お手玉、ヨーヨー、こま、竹とんぼ、などの彼らの国に古くからある玩具には年齢を忘れて本気で競い合った。

塚本准尉はどれをやってもうまくて子供たちの尊敬を集めそれに負けじと三尉がコツを掴んだばかりのマカール軍曹とコマを回して競い合う


私も勧められて色々なものに挑戦したけどお手玉だけは下手くそで柳田士長が笑いながら教えてくれた。結局、上手くはならなくてラスカー大尉にも『嬢ちゃんには手榴弾を2つ以上渡せないな』と笑われてしまった。お返しに輪ゴム鉄砲をお見舞いしてやったけど



とにかく、そこには大人も子供も所属すら超越した不思議な連帯感が生まれていた



















2023年11月9日pm6:20 人里 イタリアンレストラン (木島三尉視点)


午前中の人里観光は予想以上の成果を上げていた。

駄菓子屋で所属を超えて笑いあったのが良かったのだろう。小隊の中には今朝の険悪なムードはこれっぽっちもなく一連の行動の主犯格と言われていた今川一士が今では毛嫌いしていたはずのニーナ少尉と楽し気に酒を飲んでいる。


「お待たせしました。マルゲリータピザです」


あの後、イタリアンレストランを探すのも面倒になってしまい昼食は適当に済ませてしまったので山本の提案もありここで夕食を摂ることとなった。もっとも、部下たちの反応も良かったので問題はないが


「ありがとう。あぁ、店長ちょっといい?」


「どうしました?」


「実はあなたも外来人だと聞いてね。是非ともお話を伺いたいのです」


「構いませんよ。正直、幻想郷に来てから自衛隊に守られるとは思ってもみませんでしたが…恩人には相応の礼儀を示すものですから」


「ありがとうございます。どうやって幻想郷(ここ)に?」


「いやぁ話せば長くなるのですが料理学校を卒業した後、色々ありましてもう死んでしまおうかと思ったんです。夜中に…今思えば死に場所を求めてたんだと思いますが町の中を散歩していまして、気がついたらこの世界にいましたよ」


「そうですか。私達は…今でも日本に帰りたいと思っています。霊夢さんも1人くらいなら日本に帰すことができると言っていましたがあなたはそうしなかったのですか?」


「あぁ、それは考えてもいませんでした。日本に戻っても何も無いしあそこにいる理由が無いから…幻想郷にいた方がよほどやりがいがあって楽しいですよ。僕は」


彼の話を聞くことで俺達が幻想郷にきてしまった理由がわかるかと思ったのだが…やはり法則は解明できないか


「何故、自衛隊がこれほどの規模で幻想入りしたのか…俺にはサッパリ分かりませんよ。隊員の中には国内に家族を残したままの奴もいます。戻る理由はあるのに戻れない…不条理ですよ」


「私の個人的な意見として怒らないで聞いてほしいのですが…」


独白のつもりで言葉をつぶやくと店長が少し緊張した面持ちで返してきた


「なんです?」


「いや、自衛隊の皆さんが幻想郷に来たのには理由があるような気がするんです」


「それは…どういう事で?」


「幻想郷は忘れられたモノや幻と化したモノを保護する場所らしいんです。管理者が操作せずとも勝手に幻を保護する機能が結界にあるらしくて、そのおかげで妖怪をはじめとした伝説の生き物や駄菓子屋にある瓶コーラなんかが流れ着くんだそうです」


「では何か?俺達が幻だとでも?」


「少なくとも可能性の一つですが…日本は国防や外敵への備えを怠っているでしょう?多くの国民が戦争を幻想だと思うようになったのならば国家を守護する盾である自衛隊の存在も必然的に幻想となるのではないでしょうか?」


「バカな!それでは…我々がここに来たのは偶然ではなく必然だと!?」


「私はそう考えていました。真相は私ごときでは分かりませんが、妖怪たちは同じ理屈で幻想郷を創ったと聞いています」


店主は身構えながらもキッパリと言い切った


「わかりました。貴重なご意見をありがとう」


「いえ、あくまで私の私見ですので」


そう言い残して店主は席を離れていった


国家国民の国防意識の欠如が自衛隊の幻想入りの原因ではないか


店主の言葉は一般人の戯言として片付けるには危険なほど可能性が高く、それ故に認めたくは無いものであった




用例解説


RPG-7対戦車ロケット弾…ソ連の開発した携帯対戦車擲弾発射器。砲弾にロケット推進機能を追加して射程の延長と命中率の向上を実現しており単純構造、取扱簡便、低製造単価であるためゲリラやテロリストも好んで使用することが多い。日本においては、九州南西海域工作船事件において北朝鮮工作船乗組員が海上保安庁巡視船に対してこれを使用し有名になった。





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