第78話 部下からの負託
2023年11月7日am9:00 幻想駐屯地 (木島三尉視点)
先のアルテミス作戦では島田三曹…いや、島田一曹が殉職したほか負傷者も出ており第2小隊はまだ任務に復帰していない。そのような非常に不安定な状況下、ニーナ少尉を始めとする元月面軍の面々が補充用員として第2小隊にやってくることになった。
あの夜の出来事のあと伊藤一佐が関係各所に根回しを行ったことによって少し前に辞令がでていたが、配備されることになる第2小隊やその親部隊である第3中隊の理解を得ることは難しく、実際に部隊に配属されるのは遅れていた。そんな訳アリの補充用員達が本日着隊したのだ。
「本日付で第2小隊へ着隊しました、ニーナ・コトフ陸軍少尉です。どうぞよろしくお願いします」
「同じくマカール・フェドロフ軍曹です。お世話になります」
「同じくアルチョム・ブラトフ伍長であります」
訓練された軍人らしくしっかりとした敬礼を俺達に送っている。しかし、隊員達の反応は殆どが冷ややかなものだ。
ただでさえ元捕虜という不利な立ち位置なだけでなく彼らの仲間に島田三曹を殺されているのだ。これでは良好な反応など期待できないか…
「ラスカー・ブラジネフ空軍大尉だ。ヘリの時は世話になった。礼を言うよ」
頭を抱えていた時、一人だけ陸軍のものとは違う制服を着ていたラスカー大尉に注目が集まった。尋問を担当した幹部によると彼は月面航空宇宙軍の所属らしく例の墜落機の機長だったようだ。
ヘリパイだった彼に歩兵の真似事をさせるわけにはいかないが捕虜部隊を分散させることに難色を示した幕僚の声もあり暫定的にうちの小隊に配属されることになったのだ
本来はニーナ少尉の部下であった二人はともかく少尉より階級も上で指揮系統すら違うラスカー大尉が何故、小隊への配属を断らなかったのか疑問に思っている隊員も多いようで先程より好奇の目を向けるものが多い
このような状況だが我が隊への配属が決まった以上、もう彼らは敵の捕虜ではなく俺たちの仲間だ。内部対立が原因で新たな殉職者が出るようなことになれば目も当てられない
「以上の4名が新たに俺たちの仲間となった。島田一曹のこともあり各員、それぞれに複雑な感情があることと思う。だが、ここは小学校ではない。自らの感情を押しやり任務達成のために協力し行動せよ」
部下達が一斉に立ち上がり一糸乱れぬ挙手の敬礼を送ってくる
「よし、訓練開始は一〇〇〇だ。それまでわかれて各自の行動、わかれ!」
「わかれます!」
さて、勢いよく駆け出して行った隊員のうちいったい何人が彼らを仲間として迎えてくれるのやら…これは相当難しいかもしれない。
一応、ニーナ少尉を始めとする面々は第1分隊に配属し俺の監督下に置くことによってトラブルの発生を抑止しようという考えなのだが、果たして上手くいくかどうか
現状、彼らをよく思っていない隊員がほとんどだが今川一士は特にその傾向が顕著だ。塚本准尉によれば今川は目の前で島田が撃たれたことに加え、その後に続いた牽制射撃によって救出を断念してしまったことをいまだに根に持っており、島田を撃った狙撃手と同じ銃を持つニーナ少尉を特に敵視しているとの事だった
理不尽な目に合い誰かを責めねば自分を見失ってもおかしくない状況とは言え正直、面倒な話だ
「指揮官殿も大変そうだな」
部隊内の関係構築と次の訓練に関して思案していると一人立ち去ることなく近づいてきたラスカー大尉が話しかけてきた
「木島で良い。それで何の用だ?」
彼の方が階級が上だとは言え編成上は俺が上官だ。部隊内外へ彼らが正式に俺の指揮下にあることを周知するために客員士官待遇ではなく他の隊員と同様に扱っている
「おいおい、階級は俺が上とは言え呼び捨ては流石に気が引ける。小隊長と呼ばせてくれ」
「構わん。要件はそれだけか?」
「いや、そうじゃ無くてな…まぁ要するに迷惑かけて申し訳ないと思ってな」
「…何の話だ?」
「何って色々だよ。俺たちの扱いの事とか嬢ちゃんの事とかな」
「嬢ちゃんとはニーナ少尉のことか」
「あぁ、そうさ。あれでも士官学校ではエリートだし親父さんは第2師団の師団長だからな」
「それは本人の口からきいたよ。それで俺は少尉に何かしたか?」
「あんた無意識でやってんのか。いいか、うちの軍では少尉・中尉は消耗品だって言われてる。いかにエリートと言えど実戦ってのは士官学校を出たばかりのガキには負担が多すぎるし、若いやつらは無駄に責任を負いたがる。今回の件にしたって嬢ちゃんは警告が遅れたことを相当気に病んでたしな」
「…知ってるよ。少尉にも直接言ったが今回の事は彼女の責任じゃない。それは誰が何と言おうと変わらんよ」
そう、それは例え一部の隊員が何と言おうとも変わることはないのだ。今回、彼らが俺の指揮下に配属されるにあたって一番注意したのが既存の隊員から孤立することがないように取り計らうことだった
「なぁ一つ聞きたいんだが、何だってあんたは俺達に肩入れするんだ?取り持ってくれているあんたには悪いが俺たちの存在は例の作戦以降あまりよく思われていないだろ」
アルテミス作戦
この作戦は自衛隊内にも大きな傷跡を残した。死の恐怖におびえる者もいれば復讐に燃える初任幹部もいるとのことだ。
それは第2小隊でも同じだと言外に言われている気がして残念だったが事実である以上受け止めねばならない。それに、少なくとも大尉は俺を信頼してくれているらしい。
「島田三曹が殉職した日の夜、伊藤一佐…連隊長がニーナ少尉を連れて臨時設営された遺体安置所に来たんだ。正直、あの時はあんたらに会いたくなかった。元特戦群の俺が情けない話だが部下を失ったばかりで自分を保てる自信が無かったんだ」
「直属の部下を目の前で殺されたんだ。恨んで当然だろ。理不尽をすんなり受け入れることができる程、人間は強くないからな」
「しかし、それなら大尉もコパイを失っているだろう。俺達を恨まないのか?」
人里上空制空戦では警察や里の自警団が大尉の機体を撃ち落としたほか残った機体も霊夢さんや海空自衛隊が全て撃墜している
大尉の理屈なら俺達が恨まれていてもおかしくはない
「あれは…上層部の命令不徹底によって生じた必然だと思ってる。当初の作戦では指定のランディングゾーンまで部隊を運んだら退避できるはずだったものを現場指揮官の裁量で民間人に対する攻撃が始まった。しかも予想外の反撃を受けた途端、俺達には指揮官機を守る盾になるよう命じてくる。結果として回避に失敗した俺は墜落。クソッタレの少佐殿も撃墜されて死んじまったが…あんたらが必死に救命活動をしてくれたことへの感謝は忘れないさ。あぁ悪い、話を続けてくれ」
「…少尉はあの夜、小隊の補充用員としてどうかと連隊長に問われた彼女は『私は貴方を裏切るかもしれないけどいいのか』と聞いてきた。島田の殉職を心から悲しんで全て自分の責任だと負わなくてもいいものまで背負いこんだ彼女がね」
「それは…何より信頼できるわな。本人は今だ理解してないかもしれないが嬢ちゃんは優しい。軍の指揮官に向かない程にな」
俺が彼女に抱いていた懸念は大尉も同じだったようだ。俺も努力はするつもりだがあのままでは隊の内外から晒される悪意を全て受け止めようとして潰れてしまうのではないか
そんな懸念が俺にはあった
「大尉。一つ頼みがある」
「命令してくれてもいいんだぞ。小隊長」
「いや、これは個人的なものだ。ラスカー大尉、知っての通り自衛隊内からの君たちを見る目は厳しい。向けられた悪意にニーナ少尉が折れそうになった時は支えてやって欲しい」
「残念だが…そいつはあんたの仕事だ。同郷の俺ならばやりやすいと思ったのかもしれないが、あの娘はあんたを信頼している。部下の信頼にこたえてやるのが指揮官ってもんだろ」
大尉の言葉を聞いてハッとした。俺は今、小隊指揮官としての自信を無くしているだけでなく部下に俺の責任まで押し付けようとしていたのだ。
俺の指揮下に入った以上、ニーナ少尉も大尉も俺の部下だ。そして、指揮官となった以上は彼らを守り支えるのが俺の責任である。そんな初歩的なことまで忘れていた自分が恥ずかしかった
「悪かった。今のは忘れてくれ」
「ええ、期待していますよ。小隊長」
新たな仲間の負託にこたえることが俺の当分の目標となることだろう。
用例解説
LZ…ランディングゾーン。ヘリなどの到着地点の事。
【お知らせ】
遅れましたが何とか投稿することができました。
活動報告にも記しましたが現在、自分でもびっくりするほどまとまりません。
その為、読者の皆様には申し訳ありませんが投稿ペースが乱れることが予想されます。
予定通り進まない場合は活動報告でお知らせする形となりますので予めご了承下さい。
今後とも拙作『幻想自衛隊』をよろしくお願いします。




