第77話 参謀会議
2023年11月3日am10:00 “いずも” 会議室 (伊藤一佐視点)
島田三曹の二階級特進の件はともかく、その場の思い付きで決定してしまったニーナ少尉達の第2小隊編入計画は各幕僚から猛反発を受けながらも何とか同意を得ることに成功した。
まぁ統合任務部隊指揮官の肩書を持つ古賀海将が手放しで喜んだのが一番の決め手だと思っている
取り敢えずこれで俺の仕事は少し減って多少の休憩はとれるかと思ったのだが…幹部自衛官の仕事はそんなに甘くは無かった
「伊藤一佐、ご紹介します。今回、妖怪の山を代表していらした大天狗様です」
月面軍主力の到着に備えて有力勢力との防衛に関する意見交換会。それが今回の会議の趣旨だ
もっとも、意見交換とはあるが出席者は陸海空の幕僚の他、現場指揮官たる各中隊長も参加するし各勢力側の参加者も実質的な作戦指揮官を中心とした編成だそうだ。要するにこれは統合作戦を立案する重要な会議なのだ
「伊藤一佐、直接お目にかかるのは人里での会談のとき以来かの?これでも妖怪の山防衛に関して全権を委任されている身故、お互い建設的な議論ができることを期待しておるぞ」
俺はいつでも交渉を打ち切ることができるからあまりこちらの意見を聞かないとどうなっても知らないぞってことか…
「えぇ、それは勿論。ですが本会議の目的はあくまで各自がどのような防衛計画を練っているか共有することによって同士討ちの危険性を抑えることにあります。勿論、防衛計画しだいでは共同作戦を練ることも可能でしょうが」
「心得ておきましょう」
全く、どうして自衛官になってからも営業マンの真似事をしなきゃいけないんだ。まぁそのおかげで昇進してきたから何も言えないけど
ほら、文さんなんてオドオドしてるし大丈夫なのかこの大天狗
「…お主、何かすごく失礼なことを考えていないか?」
「いえ、滅相もありません」
おいおい読心術の心得があるのか!?これだから常識が通じない世界は…
内心呻きたい気持ちを抑えているともう一つの会議参加者が挨拶に来た。
「伊藤一佐、レミリア様は今回出席できなくなりましたので会議には私とパチュリー様が出席します。本日はよろしくお願いします」
ん?紅魔館当主のレミリアさんが当日欠席だと?
「はい、よろしくお願いします。ところでレミリアさんはお身体でも悪くされたのですか?」
「いえ、寝坊よ」
えっと…は?
「ぱっパチュリー様!お嬢様にも体面がありますから…」
「あら咲夜。重要な会議の当日に寝坊する当主に体面があるのかしら?そもそも体面云々を語るのであれば無理やりにでもベットから引きずり出せばよかったじゃない」
「しかし、寝起きの悪いお嬢様を大事なお客様の前にお出しするわけにはいかないかと思いまして。それにあそこまで心地よさそうに眠っているお嬢様を起こすのは気が引けるというか…」
わかった。紅魔館の住人は全体的にレミリアさんに甘いようだ
「連隊長、会議参加者が揃いました。始めてもよろしいです?」
「あぁ、頼む」
司会に任命された若手幹部は俺に確認をとってからマイクを握った
「時間となりましたので始めさせていただきます。配布資料にある通り本会議は月面軍主力からの防衛計画を相互に共有し改善策及び連携を模索するものであります。会議参加者におかれましては自らの防衛方針を開示するとともに各計画に関して活発な意見交換がなされるよう宜しくお願いいたします」
民間のプレゼンよりいささか固いが…自衛隊も一応お役所だということを鑑みれば妥当なラインだろうか
「では、ワシらが先に説明させてもらうかの。射命丸、資料の配布は済んどるか?」
「はい、既に自衛官の方に渡してあります」
「受けとっております。お手元の資料の12ページをご覧ください。妖怪の山より提供された作戦要綱が記載されています」
月面軍主力の水際撃滅を目的とした作戦要綱
一、作戦目的
敵主力の撃滅
二、指揮官
大天狗
三、兵力
鴉天狗並びに白狼天狗を主軸とした特別斬り込み隊、並びに火力戦闘部隊、即席編成の後方支援隊
四、作戦要領
(一)敵前線拠点の付近に潜伏展開
(二)ビーコンにより転移してくる敵主力に対し中距離から火力戦闘を開始
(三)統制反撃の取れない敵に対し天狗部隊の速度の優位性を活かし機動戦を展開
(四)機を見て攪乱しつつ撤退
五、その他
自衛隊は作戦第3フェーズにおいて長距離火力を中心とした大火力をもって敵を殲滅すべし
この、作戦計画は一見完璧に見えるが作戦立案を本業とする幹部自衛官の視点から見ればまだまだ甘い。
だが、そんなことを言っても余計な反発を招くだけなのでここは質問の形をとって疑問を呈する形でいくことにする
「この作戦は水際での殲滅を狙っているようですが、敵主力の作戦開始時期が不明瞭な状態で潜伏待機など可能なのですか?」
「我ら天狗は潜伏を得意とする種族ですぞ。その点は常に敵部隊に斥侯を送り続けるのでご安心を」
「この作戦は部隊間の連絡を緊密にせねば完遂は困難と思われますがどのような対策があるのですか?」
続けて質問すると失礼になるかと一瞬ためらったが大谷二佐が機転を利かせて質問をしてくれた
「貴官らも知っている通り、射命丸を筆頭とした鴉天狗の速度は幻想郷でもトップクラスじゃ。彼らを伝令として使えば緊密な連携が取れるじゃろう」
成る程。全くの考えなしで計画した訳ではないらしい。
「あの、この作戦要綱を拝見しましたが我々への要望にあった長距離火力とは具体的にどんなものを想定しているのですか?」
海自の主席幕僚を名乗った男が資料に目を落としながら軽く手を上げた。そういえば今回の会議に古賀海将は出席していなかった。何やら海自は海自で大規模な艦隊演習を行うようだ。
練度維持の意味もあるのだろうが隊員の士気高揚と自信の回復を目的にしているように見える。
「うむ。至極もっともな質問だが残念ながら儂は貴官らの装備に疎い。この一文は駐屯地祭を取材した射命丸からの意見具申によって追加した項目でな。恐縮だがどのような手段を用いるかはそちらで検討して頂きたい」
「わかりました。あくまで海自としてはトマホーク巡航ミサイルの使用を検討しております。勿論、これは各方面とも調整を行っていないものなので決定事項ではありません」
これには自衛隊内からも驚愕の声が上がった。
中国による無謀な海洋進出により島嶼防衛が叫ばれるようになった近年、占領された島嶼を奪還するために陸上総隊隷下の水陸機動団が設立された。
しかし、一度敵地に上陸を許せばそこには強力な防御陣地が築かれていることは容易に予想できる。それを破砕し水陸機動団を占領地へ逆上陸させるために海自の護衛艦には火力支援のため急遽、トマホーク巡航ミサイルが導入された。
また、数少ない予算の中から巡航ミサイルを導入した為、一度にすべての艦に対応させることは難しくイージス艦を始めとした重要な艦艇に優先配備されていったという複雑な経緯がある
「確かにトマホーク巡航ミサイルであれば安全圏から長距離火力でもって敵に打撃を与えることができるでしょう。しかしながらトマホークの残弾には限りがあるのでは?」
大谷二佐が当然の疑問を持ったようで主席幕僚に質問する
「今回の日米合同演習ではトマホーク巡航ミサイルの実弾演習が予定されていました。その為、平時に比べて多くの巡航ミサイルを搭載しております。しかしながら元々調達数が少ない装備品であるためこれ単体での敵撃滅は困難であると思われます。その為、海自としてはSSMの同時発射による火力の増強を予定しております」
「であれば我が特科のMLRSが力を発揮するでしょう」
大谷二佐が誇らしげに語る。
「空自もJDAMでの爆撃を提案します。しかしながらJDAMはレーザー誘導式の爆弾であるため火力誘導員を必要とするのが難点となります」
空自の石川三佐も攻撃を表明しいよいよ敵部隊への積極攻勢が決定づけられた
まぁ、いずれにせよ海自が本気になったことによって攻勢作戦への議論が活性化したのは良いことだろう。取り敢えずその場では陸海空共同で天狗部隊を支援することで方向性がまとまった
「では、細部は連絡幹部を通して詰めることとします。続きまして紅魔館側から提出された作戦要綱をご覧ください」
紅魔館正面における遅滞戦闘を主軸とした作戦要綱
一、作戦目的
敵主力を紅魔館正面に拘束後、別動隊による包囲殲滅
二、指揮官
レミリア・スカーレット
三、兵力
スカーレット姉妹を主軸とした独立遊撃隊、パチュリー以下火力部隊、咲夜・美鈴を主軸とした白兵戦部隊
四、作戦要領
(一)紅魔館に続く道において敵の背後連絡線の遮断を狙い、正面隘路以外の道に対し火力攻撃を敢行
(二)誘いに乗った敵を紅魔館正面隘路に拘置し白兵戦部隊の突入を待つ
(三)白兵戦部隊が後方攪乱を実施後、包囲殲滅戦に移る
五、その他
自衛隊は紅魔館内に連絡幹部を配備。これにより各部との連絡を密にする
こちらは堅実な案に見えた。しかし、こんなしっかりとした作戦を紅魔館当主のレミリアが作れたのだろうか?
「あの、この作戦を計画したのはレミリアさんなのでしょうか?」
第2中隊長の森田三佐も同じ疑問を持ったようで不思議そうな顔をしている。レミリアさんへの認識が部下達と同じだったようで何よりだ
「いいえ、作戦の立案は私よ。レミィがこんな緊密な作戦を立てれるはずないでしょ」
まぁある程度予想通りだったが…パチュリーさんはやはり上司の体面云々を尊重することは無さそうだ
咲夜さんも苦い顔をしている
「そうなのですか…」
森田三佐も予想通りすぎて反応に困ったようで言葉を濁していた
「まぁ、取り敢えずはこの方向でいきたいと思ったのだけれど…どうかしら?」
この計画書を見る限り紅魔館は我々に頼り切らず独自防衛を主軸としているようだが、如何に特殊能力を持っているとはいえ一個師団規模の近代軍を相手にしては物量で押し切られてしまう危険性が高い。
そしてなにより、護衛艦隊が停泊している霧の湖に隣接している紅魔館が陥落するようなことがあれば我々の存立を脅かすことになる
いわば紅魔館自体が我々にとって緊要地形となっているのだ。
その為、内々にだが紅魔館防衛に関しては我々が全面的に支援することとなっていた
「方向性としては悪くありません。紅魔館における遅滞作戦に関しては我々も同感です。しかしながら包囲殲滅を行うのは皆さんの白兵戦部隊ではなく我々にしていただきたいと思います」
「へぇ、具体的にはどのような作戦をとるのですか?」
「本作戦要綱通り皆さんには紅魔館正面において遅滞作戦を展開していただいている間、我が特科火力により敵砲兵部隊並びに司令部施設を攻撃。その混乱に乗じて隘路を利用し敵主力を包囲殲滅します。」
「遠距離の敵を攻撃するにあたって連携はとれるのかしら?」
「通信の確保についてはご安心下さい。イージス艦や早期警戒機を起点として通信を維持する他、紅魔館にも連絡幹部を派遣する予定です」
そこまで聞くとパチュリーさんはため息をついてこう続けた
「そこまで考えているならば、私として自衛隊に作戦の主導権を渡したいと思うのだけれど…レミィは何て言うかしらね」
パチュリーさんは意外にも作戦の主導権を我々に引き渡すつもりらしい。まぁどの道、紅魔館は確保しなければいけない土地だ。仮に共同作戦が無理でも紅魔館に危機が迫った時点で自衛隊総出で支援することことになっていただろう
その意味では主導権がこちらに移譲されるのは悪いことではない
「お嬢様もパチュリー様を信頼して作戦を立案したのでしょうから、パチュリー様が自衛隊に防衛を委ねたとしてもお嬢様はその判断を支持して下さると思います」
ここで咲夜さんもパチュリーさんの案に支持を表明した。これにより作戦の主導権が自衛隊に移譲されることは決定的となった
結果として仕事は増えそうだが、作戦の主導権を得ることによってより共同の成功率が上がることとなった。
二度と犠牲者を出さない為にも作戦立案には細心の注意を持って臨まねば
用例解説
トマホーク巡航ミサイル…アメリカが開発した巡航ミサイル。湾岸戦争で実戦投入されてから有名となった。対地対艦攻撃に使用される。尚、実際の自衛隊は専守防衛の観点から採用していない
隘路…戦術学において複数の道路が谷間などの障害地形の存在のために集合し、比較的に長距離に渡って単一の道路となっているような戦術的な要路を指す
緊要地形…敵が奪取すれば味方が決定的に不利になり、味方が奪取すれば決定的に有利になる地形ある。緊要地形には前述した隘路や日露戦争下に発生した旅順攻略戦における203高地のような場所が当てはまる




