第76話 損害報告
2023年11月1日pm7:00 幻想駐屯地 司令室(伊藤一佐視点)
敵の偵察部隊の撃破を目的としたアルテミス作戦は敵部隊の撃滅によってその幕を閉じた。作戦は結果として成功したと言えるだろう。
こちらの損害を度外視すれば…
「アルテミス作戦による第3中隊の損害は死者1名、重軽症者4名です。医官によれば負傷者はいずれも命に別状ないようです」
「ご苦労だった。君も疲れているだろ。長沢三佐、今日はもう休め」
「いえ、部下が休むときに働くのが幹部の仕事ですから。では、配置に戻ります」
アルテミス作戦で自らの中隊に死者を出した長沢三佐は取り繕った笑顔を浮かべ司令室を後にした。直接戦闘指揮を執ったわけでもない彼ですらあの様子なのだから、損害を一手に引き受けた第2小隊の状況など想像を絶するに違いない。
特に責任感の強いあの三尉は…
とてもじゃないが仕事をする気にはなれなかった。しかしながら今回の仕事は俺にしかできないものだ。
遺族への戦死報告
誰だってあなたの息子さんはもう二度と家に帰ることはありませんなどと書きたくはない
副官の幕僚がアルテミス作戦の事後処理の為、室内にいないのをいいことに頭を抱えていると不意に司令室の扉がノックされた
「誰何?」
「月面陸軍紅魔方面先遣偵察隊、ニーナ・コトフ少尉であります」
捕虜のいや、客員士官のニーナ少尉がなぜここにいるのか?しかし、特に入室を拒む理由もないのも事実だ。ここは大人しく会ってみるか
「入れ」
扉が開く僅かな時間で乱れた服装を整える。客員士官とはいえ外国軍の人間にだらしない姿を見せるわけにはいかない。外国の人間と接する機会も多い我々幹部自衛官は一人一人が外交官の精神を持つように心掛けているのだ。
「失礼します」
入室したニーナ少尉は軍人らしく背筋を伸ばして不動の姿勢をとっているが目線だけはこちらに合わせようとしない。それどころか俯きがちだった。
その疲れ切った姿は、とても普通科一個小隊相手に一歩も引かなかった女性士官と同一人物だとは思えなかった
「どうしましたか?」
「その…申し訳ありませんでした」
「なぜ貴女が謝るんです?」
彼女は少しためらいがちに口を開いた
「私がもっと早く異変に気付いて警告できていたら彼らは…誰も死なずに済んだんじゃないですか?」
それを聞いて私は自分が恥ずかしくなった。元は敵の士官であるはずのニーナ少尉が責任を感じて苦しんでいる。その一方で自分はどうだ?
幹部が果たすべき仕事を放棄しているのではないか?
「それに関して貴方が責任を感じる必要はありません」
「けど…」
「本作戦における責任の所在は警告できなかった少尉ではなく、敵の作戦目標を決めつけ臨機応変な計画を練らなかった私にあります。どうか私に責任を取らせて下さい」
彼女がここに来てわざわざ私に詫びを入れたのは誰かに攻めて欲しかったからのような気がする。誰かに責められれば罪悪感は軽減する
しかし、部下を失ったばかりの木島三尉に謝りに行く勇気はなく悩んだ末にここに来たのだろう
「…すみません。出過ぎたことを…」
「いえ、ですが島田亮太三等陸曹の殉職に関して貴女に責任はないことを重ねてお伝えしておきます。くれぐれも早まった真似はしないように」
彼女がひゅっと息を呑んだのが分かった
「…私、今そんな顔していましたか?」
「ええ、我が国にも昔は責任の取り方をはき違え自決した士官が多数いましたから」
「では、伊藤一佐は私たち士官はどのように責任をとるべきだとお考えなのですか?」
俺の言葉は聞く人が聞けば激怒するような内容だ。当然、彼女も疑問に思ったようだ
「士官の責任とは職務に殉じた部下の活躍を遺族に伝えることだ。我々陸自においては指揮官先頭こそが美学とされているが一般大出の俺から言わせてもらえばそんなものはクソくらえだ!俺達が下士官兵と違うのは戦略や戦術を学んだことだけではなく伝える責任があることだ」
彼女はしばし唖然としていたが少したって口を開いた
「あなたは他の自衛官とは違うのですね」
「わかります?この考え方は隊内でも異端なんです」
ニーナ少尉はそれを聞いて久し振りに笑っていた
「お忙しい中、お邪魔しました。私はここで失礼します」
「あぁ…いや、もしよろしければ少し歩きませんか?行かなければいけない所があったのです」
2023年11月1日pm7:36 幻想駐屯地 (伊藤一佐視点)
司令室を出てから何人かの部下とすれ違ったが、皆揃って私が副官ではなくニーナ少尉を連れていることを不思議に思ったようだった。
もっとも、後ろについてくる彼女自身も部下達とは別の疑問を持っているようだが
「あの、どこに向かうのですか?」
「衛生隊の天幕です。まだ仮設ですがある程度の怪我なら処置できます」
「一佐はどこか怪我を?」
「あっいえ、説明が悪かったですね。あそこには殉職した島田三曹に遺体が安置されているんです」
途端に少尉は慌てたように立ち止まった
「それって…私が行ってもいいものなのですか?いえ、無論所属は違えど戦死した兵士を弔うことに抵抗はありませんが…皆さんの感情を考慮すると私が行かないほうが良いのでは」
「いえ、だからこそ貴女にも弔ってほしいのです」
そう言っていつの間にか着いてしまった大きな天幕をくぐり中に入る。室内は運び込まれてまもない医薬品と島田三曹を弔う為に置かれた線香の香りに満ちていた
「伊藤一佐、ご苦労様です」
「ありがとう。世話をかけたな看護長」
「とんでもありません。遺体は水葬よりも火葬して彼が命を懸けて守った幻想郷の土に安置したいとの一佐の考えには私も賛成ですから。そのせいで仕事に一つや二つが増えたところで文句はありませんよ」
看護長に促され遺体の元へ向かう。カーテンで仕切られた遺体安置所には先客がいた
「木島三尉。伊藤一佐がお見えになりました」
予想はしていたが木島三尉はずっとここにいたようだ。椅子に腰かけて力なくうなだれていた三尉は見るからに憔悴しきっていた
まぁ彼の過去を知る私から言わせてもらえば、部下を失った彼がこうなるのは火を見るより明らかだった。
特戦群時代に部下を失い更迭された彼は、もう二度と部下を失うまいと奮闘してきたのだ。それが守ると誓った部下が目の前で凶弾に倒れ、制圧射撃のせいで充分な手当てを受けさせることもできず失ったとなれば三尉がどのような考えになるかなど容易に想像できる
「連隊長。彼を失ったのはすべて私の責任です。申し訳ありませんでしたッ」
敬礼も行わず三尉は俺を見るなり深々と頭を下げた
「奇襲攻撃だ。500mも離れた位置から機関銃陣地を構築して待ち伏せしていた敵に対し君はよくやったよ。問題があったとすれば敵の行動を少数の部隊による斥侯であると決めつけて作戦を立案した俺にある。だからそう自分を責めるな」
三尉は続けて何か言おうとしたようだが、私に遅れてカーテンをくぐったニーナ少尉を見て驚愕したようだ
「三尉…」
ニーナ少尉は木島の姿を見るなり気まずそうに俯いてしまった
「ニーナ少尉?何故ここに」
「俺が連れてきたんだ。彼女はアルテミス作戦で殉職者が出たことを悔やんでいた。弔うことができれば少しは気持ちも楽になるだろうと思ってな」
木島は何やら複雑そうな表情であったが反論してこなかった
島田三曹は死体袋に入っていたが顔だけ露出していたので死に顔は見ることができた。訳の分からない世界で敵に撃たれ殉職した自衛官とは思えない程穏やかな表情だった。これも死ぬ間際に必死に声をかけ続けた木島三尉の人徳かもしれない
俺は置いてあった線香に火をつけ手を合わせ暫し黙とうした。ニーナ少尉も見よう見まねで線香に火をつけたが作法が分からず困り切っていたようで三尉が作法の説明をしていた。もっとも説明を受けていた少尉は恐縮しきっていたが…
前々からこの二人が変に癒着するのではないかと疑念を抱いていたが、よく見ればいいコンビになりそうだ
「三尉、彼は最後に何か言っていたか?」
この質問をした瞬間、三尉の表情が強張ったのがわかる
「島田三曹は…『父さん、母さん。俺は誰かを守ることができたよ』と」
「そうか…」
「彼は自分の小隊になくてはならない存在でした。彼を失ったことは第2小隊にとって大きすぎる損失です」
暫く室内を沈黙が満たした。この沈黙のさなか俺は妙案を思い付いた。勿論、この二人に言えば驚愕されることは間違えないだろうが
「木島、我々は近いうちに島田三曹の二階級特進の議論と第2小隊への欠員補充を行う予定だ」
「それは…島田三曹の二階級特進については感謝致します。しかしながら欠員補充など今の我々には難しいのでは?まさか普通科以外の人間を充てるわけでもないでしょうし」
「本来はその通りなのだが君達一人一人の負担が増えるのは連隊の望むところではない。そこでだ。ニーナ少尉たち元捕虜を欠員に当てたいと思っている」
「なっ!?正気ですか?」
彼らの反応はかね予想通りだった。木島は驚愕し、ニーナ少尉に至っては言葉も出ない様子だが大丈夫だろう
「敵を良く知る人物である上に戦闘力は我が自衛官並みかそれ以上。士官候補生であったことから大局を見る目もある。充分すぎるだろ」
「お言葉ですが伊藤一佐。私が第2小隊を裏切らないという保証はないのですよ!作戦行動中に小隊の隊員を殺傷して逃亡するかもしれませんがそれでもいいのですか?」
ほぉ、最初に反論したのはニーナ少尉だったか。だが、この言葉のおかげで決まったようなものだろう
「木島、俺は今の少尉の言葉で判断したがお前はどうだ?」
「…はぁ、わかりました。部下たちは難色を示すかもしれませんが彼女は信頼するに値する人物のようです。良いでしょう。欠員補充の件はそのようにお願いします」
「なっ!?三尉、本気で言ってるんですか?」
「今の俺が冗談を言えるように見えるか?」
「どうして…」
「本気で脱走を考えているのならば俺達に逃げるかもしれないなんて言う訳ないだろ。まぁこれからよろしく頼む」
三尉の差し出した手を少尉はためらいがちに握り返した
「わかりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが全力を挙げて取り組ませていただきます」
背負いこんでいた責任感や罪悪感から解放されたのだろうか。ニーナ少尉の瞳には光るものがあった
「少尉、それくらいで泣くな。島田三曹の死はきみの責任ではないんだから」
「泣いてません!」
少尉は慌てて目元を拭いながら抗議する。
現場はこの二人に任せておけば大丈夫だろう。後は反対するであろう幕僚たちを説得するだけだ
俺は二人の微笑ましいやり取りを見ながら増えてしまった仕事をどうするかで頭を抱えた
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