第74話 ワルキューレ
2023年11月1日pm12:19 作戦地域上空 ワルキューレ17 (木原一尉視点)
「ワルキューレ17よりサンフタへ。聞こえましたら応答願います」
陸自のCPからの報告を聞く限り、現場では少なくとも隊員1名が撃たれ混乱の境地に達しているらしい。そのせいかこちらへの情報も錯綜している
この状況で回収地点に向かうことは前回の警察回収作戦などとは比較にならない程の危険が潜んでいる。だが、第2小隊を見捨てるという選択肢はあり得ない。
既に、自衛隊各隊は小隊の救出に全力を挙げて取り組んでいる。危険を伴うことは確かだが自分だけ逃げおおせることなどできるはずがない。危険な場所で任務を果たすために俺達、自衛隊は日々苦しい訓練に励んでいたのだから
『ワルキューレ17こちらサンフタ。よく来てくれた。敵は機関銃陣地を構築して抵抗している。このままでは埒が明かない。至急近接航空支援を要請する』
「ワルキューレ17了解。負傷者の容態を報告せよ」
『隊員は腹部に盲管銃創を受けて失血中。尚、当該隊員は敵の射線上に倒れており安全な回収は困難である。迅速な回収を要請する』
「ワルキューレ17了解」
とは言ったものの、この機体にはCASを行えるような武装は搭載されていない。いや、対潜ヘリコプターとして設計されたこのSH-60Kにもヘルファイヤ空対艦ミサイルを搭載することは可能なのだが、なまじ今回の任務が敵地で被弾した隊員の回収であったがために搭載されている武装と言えばM2重機関銃くらいである
『タチバナ78よりワルキューレ17。応答願います』
アルテミス作戦の発動と共に、殆どの作戦機のコールサインが変更になった。我々がタクシーからワルキューレにコールサインを変えたのもそのせいだ。
ブリーフィングの記憶が正しければタチバナのコールサインを使用しているのは陸自の攻撃ヘリ部隊のはずだ
「聞こえていますよ。当機はサンフタよりCASの要請を受けましたが生憎と手元には十分な火器がありません。貴機に引き継いでもよろしいでしょうか」
『タチバナ78了解。こちらはCPより近接航空支援の要請を受けそちらに急行中。貴機は当該空域の安全が確保されるまで退避されたし』
「了解。当該空域を離脱する」
直後、先の警察救出作戦で散々聞いたあの音が鳴り始めた
「木原一尉!ミサイルアラートです。火器管制レーダーの照射を受けています!」
コパイの報告を最後まで聞く事無くチャフをばら撒き急旋回して離脱を図る
急旋回による高Gに耐えながら操縦桿を倒したとき、視界の隅でばら撒いたチャフを曳光弾が貫いていくのが見えた
2023年11月1日pm12:22 紅魔館周辺 森林 (木島三尉視点)
柳田士長がワルキューレ17と思われる機影を捉えてから僅か数十秒後にヘリは急旋回をしつつ降下し速度を上げて空域からの離脱を図っている。明らかな回避運動だ
その機動に少し遅れて敵の機関銃陣地から轟音と共に曳光弾が撃ち出された。
最初は敵の重機関銃による牽制射撃かと思ったがそれにしては発射音が大きすぎる。この異様に大きい発射音の正体は程なくして敵が自ら教えてくれた
中型トラックの荷台に2本の砲身を空に向け鎮座する大型の機関砲が姿を現したのだ。その見た目は中東の反政府ゲリラが好んで使う即席戦闘車両に似ていた。
「小隊長、敵は対空機関砲を使用しています。本部に連絡して航空機を退避させましょう」
対空機関砲となれば先程から俺達に撃ち込まれていた重機関銃などとは比べ物にならない威力と射程そして発射速度を持っていると見て間違いない。そんな場所に脆弱な装甲しか持たないヘリを近づけるわけにはいかない
「CPこちらサンフタ。敵は対空機関砲を装備している。当空域の作戦機を至急退避されたし。送れ」
『CP了解。対空機関砲の排除は可能か?送れ』
対空機関砲を有する敵陣との距離は約500m。小銃ではどうにもならない距離であっても対戦車ロケット弾ならば充分射程内だ。
本作戦では敵の偵察部隊の保有する軽装甲車両との遭遇も想定して各小隊に何人かのLAM手が配置されている。隣で射撃戦を行っている柳田士長なんかもそうだ。今回はLAMに代わって汎用性の高いハチヨンを装備しているため都合がいい
「柳田、対空機関砲の無力化は可能だな?」
「任せてください」
俺の質問の意図を察した柳田士長はハチヨンに触れながらしっかりと返答した
「よし、CPこちらサンフタ。対空機関砲排除の目途がついた。送れ」
『CP了解。健闘を祈る』
通信を終え柳田士長に目配せすると彼と共にハチヨンの射撃準備に入る。周囲の隊員達もこちらの意図が敵に察知されないように火力で劣勢の中でも臆することなく射撃戦を続行する。
「三尉、弾種はどうしますか?」
「対戦車榴弾だ。俺が装填手をやるから照準急げ」
柳田は頷き自分の作業を開始する。実戦だからと言って取り乱すことなく訓練通りに動けていることから彼の冷静さが伺える。こんなことならもう少し早くレンジャー訓練に推薦してやればよかった。しかし、彼は今レンジャー顔負けの集中力で射撃の時を今か今かと待っている
俺も自分の仕事に集中せねばならない
各員が分担して運んできたOD色のファイバーケースから弾薬を取り出し無反動砲の後部閉鎖機を開けて砲身内へ押し込む
「砲尾部閉鎖確認、装填よし。後方の安全よし。発射用意よし!」
発射可能状態になったことを確実に射手に知らせるために柳田の後頭部を軽くたたく
「撃てぇ!」
号令と同時に84mmの砲弾が後方噴射炎に押されるように撃ち出され、敵陣で味方機に向けてうなりを上げる対空機関砲を吹き飛ばした
「命中!敵対空砲撃破!」
「よくやった。本部に連絡する。射撃準備をとりつつ待機」
無線にとりつこうとした時、隣の立ち木を遮蔽物に射撃戦を行っていた塚本准尉が、佐藤と松本の支援射撃を受けながら駆け込んできた
「三尉、自分が装填手をしますので敵の重機関銃の攻撃に無反動砲を使用してもよろしいでしょうか?」
対空砲への攻撃を見て重火器の使用が許可されたと解釈したのだろう。これに関しては正確には対空砲に対する重火器使用許可が出たのみであって敵全般に対しての使用許可が出たわけではないのだが、今は一刻を争う事態だ。
始末書で部下の命が救われるのなら安いものだ
「許可する。但し安全確保に留意せよ」
「ありがとうございます。松本、優先攻撃目標を変更する。重機関銃の射手を優先的に狙撃しろ。それと…」
准尉は無線で松本たちと緊密な連携をとっているようだ。彼が射撃統制を行っているのであれば大丈夫だろう
「CPこちらサンフタ。敵対空砲の排除に成功。直ちにCASを要請する。送れ」
『CP了解。攻撃ヘリがそちらに急行中。コールサイン、タチバナ78。これより作戦機に通信を引き継ぐ』
「サンフタ了解。終わり」
『タチバナ78よりサンフタ。これよりCASを開始する。目標の指示を求む』
目標の指示と言っても簡単にできるものではない。上空からでは敵味方の区別はつきにくいということで米軍の統合末端攻撃統制官は火力誘導のためにSOFLAMのようなレーザー目標指示装置を使用するが生憎と予算不足の自衛隊にはそんなものは配備されていない
では、どうするのか?
その問題を解決するためにスモークグレネードがある。狙撃手を撒くための隠蔽手段にもなりえるがアパッチの赤外線カメラを使えば敵味方の識別は一目瞭然となるだろう。
となると問題は500mも離れた陣地にどうやってスモークグレネードを投げ込むかだ。人間の力ではまず無理だし小銃擲弾でも無理だ。
解決策を求めて周囲を見渡すと丁度良く無反動砲が発射され敵の重機関銃を吹き飛ばしていた
「あぁ、こんなところにあるじゃん」
俺の目は発射し終わった無反動砲にとまった。今まで忘れていたがコイツには今抱える難点を全て打ち消すことのできる機能が備わっていたのだ
「弾種変更、発煙弾。目標、敵機関銃陣地。各個に撃て」
「了解しました。発煙弾装填。砲尾部閉鎖確認、後方の安全よし、発射用意よし」
装填手をしていた塚本准尉は一瞬戸惑いを見せたがすぐに作業に取り掛かる
「撃て」
強烈な後方噴射炎をまき散らして発射された砲弾は正確なコースで敵陣に着弾した。発煙弾は榴弾のように破片をまき散らし歩兵を殺傷することなく敵の簡易塹壕の周りに白い煙幕を発生させた
「よし、タチバナ78聞こえるか。目標は白い煙の中だ。掃討してくれ」
『タチバナ78了解。目標を確認した。攻撃を開始する』
無線が途切れると同時にヘリ独特の低いエンジン音を響かせながら2機の攻撃ヘリが俺達の後方に現れた。
対空砲火を回避するためNOE機動で低空を飛翔してここまで来たのだろう。タチバナ78ことAH-64Dはその強力な30mm機関砲を敵に向けてぶっ放した。
重武装の攻撃ヘリが自分達の上空に展開して強力な火力で敵をやっつける姿は理屈なしで感動するものだ。
あれ程、俺達を苦しめた機関銃陣地からは最早小銃弾の1発も飛んでくることはなく全滅、そうでなくとも無力化に成功したことが伺えた
『タチバナ78よりワルキューレ17。敵集団の制圧に成功。直ちに負傷者を収容されたし』
『ワルキューレ17了解。これより回収に向かう。サンフタは当該隊員の収容準備にあたれ』
海自の白を基調とした対潜ヘリが救助のために姿を現すのにそう時間はかからなかった
用例解説
盲管銃創…銃弾が人体内に留まっている創
ハチヨン…84mm無反動砲の愛称
統合末端攻撃統制官…前線航空管制業務を遂行するための特別な認定資格を有する軍人。英語名JTAC
NOE機動…地形追随飛行。敵に発見されるのを避けるため、地表数十メートル程度まで高度を下げて飛ぶ事。基本的には危険空域でのみ行われ、安全に航行できる空域では行われない。
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