第71話 開戦前夜
2023年10月29日pm12:45 幻想駐屯地 隊舎 休憩室 (島田三曹視点)
例の人里襲撃事件から俺達の中には不思議な緊張感が漂っていた
この休憩室ではその空気が特に顕著に表れ始めている
それを無理に隠そうとらしくもなく気丈にふるまう者もいればただ静かに【不測の事態】に備えて遺書を書く者もいる
俺はというと…どんな態度をとればいいのか決めかねているのが現状である
あの日、横須賀を出港して順調に進めばハワイの広い演習場で米軍と共に訓練をするはずがどういう運命のいたずらか俺は幻想郷にいる
最初は日本に帰れなくなるのではと気が気でなかったが2年で帰れると古賀司令から聞かされて、少し長めの海外派遣だと割り切ることができた
でも今は違う。吸血鬼の暴走や人里の暴動などもあったが、これは犠牲者もでずにわずかな時間で決着がつく問題だった。これから起こるかもしれない正規軍同士の戦争に比べたら些細なことだ
敵の装備は第二次世界大戦レベルだと聞いたが戦い方次第では死者が出てもおかしくない
そもそも敵を目にした時に俺達は戦えるのだろうか
創設以来一度も戦ったことがないことこそが取り柄の自衛隊に…
「どうした?考え事か少年兵?」
思いのほか深く考え込んでいたようだ。良く知った声はすぐ目の前から聞こえた
「ご苦労様です。小隊長」
慌てて顔を上げて立ち上がり直属の上官に敬礼をする
「休め。悩み事なら相談に乗るぞ」
室内にいた同僚たちがこっちを注視しているのが分かった
「いえ、最近の小隊長は本部の仕事で忙しいじゃないですか。これ以上、仕事を振るのは気が引けますし」
「何言ってる。部下の精神状態は作戦の成否を左右する重要なことだぞ。それに比べたら本部の仕事なんぞ二の次だ。それでどんな悩みだ?人里に可愛い子でもいたのか?」
「違いますよ!ただ…」
いつもは鬱陶しいと思うこともある小隊長が、階級を重要視せずフレンドリーに接してくれる上官であったことが今日ばかりはありがたく思えた
「俺達って戦えるのかなって」
「当たり前だ。何のために俺達が血税を使って訓練してきたと思ってる」
小隊長は努めて明るく返答してきた
「それは国民を守るためでしょう?今守ろうとしているのは自分達が守るべき日本国民ではないじゃないですか」
「では聞こう。お前は目の前で困っている奴が、死にかけている奴が助けを求めても放っておくのか?そいつを助けることができるのはお前だけでも」
「…いえ、助けます」
「何故だ?」
俺は答えに窮した
頭ではすでに答えが出ているが、答えたならば大きな矛盾が発生することが目に見えているからだ
だが、俺には答える以外の選択肢は無かった
「自分が自衛官だからです」
「わかってるじゃないか。例え実戦になったとしても訓練通りにやれば万事順調に進むはずだ。例えどんなことがあっても自衛官としての誇りを忘れるな」
「わかりました」
「よろしい。他にも怯えてる奴がいたら次はお前から聞かせてやってくれ」
そう言い残して木島三尉は休憩室から立ち去って行った
室内にいた同僚たちも各々で決心できたようで張りつめていた空気はもう消えている
『少年兵』の愛称は気に入らないがそれでも三尉が上官で良かったと思えた
2023年10月29日pm1:00 幻想駐屯地 司令部庁舎 (木島三尉視点)
「失礼します。ご用件は何でしょう?」
扉を開けるとそこには直属の上司である長沢三佐のみならず伊藤一佐以下各幕僚の姿があった
「まぁ座れ」
この時点で嫌な予感しかしない
「それで、ご用件は?」
「小隊の様子はどうだ?」
質問に質問で返されると大抵の人はストレスを感じるものだ
それは俺も変わらない。だが、一応は上官なわけで答えないわけにはいかないのもまた事実である
「遺書を書く者や頬けている者まで反応は千差万別ですが、多くは開戦前夜といった雰囲気が漂着ている状況です」
「第2小隊もか…」
反応から見るに中隊長はショックを受けたようだが俺から見れば当たり前の結果だ
「我々、自衛隊は創設以来実戦を経験していません。当然、実戦を覚悟せずに入隊した者も多いでしょうから、この程度の混乱で収まっている現状は奇跡的と言えるでしょう」
俺からの返答に中隊長は苦虫を磨り潰したような顔をした
「差し詰め平和の代償と言ったところか」
「ええ、平和は軍隊を弱くする。しかし、戦争は守るべき国家そのものを弱くします。どちらを選ぶかは一目瞭然ですし選択の余地はないのです。今は彼らの士気を高める方法を模索すべき段階かと思われます」
「残念ながら我々にその時間は無い。敵の斥侯部隊がこちらに接近しつつある。もしこれに発見されれば我々は敵主力の激しい攻撃にさらされることになる。それだけは避けねばならん」
今度は俺が衝撃を受ける番だった
敵の前線拠点が残っていたのは知っていたが、まさか迎撃に出なければいけない程に切迫していたとは…
「自分が呼び出された理由はそれですか」
「あぁ、この作戦は君達だけでなく連隊の総力を挙げて行う。苦しいところだろうが協力して欲しい」
この言葉からも作戦への本気具合が伝わってきた
もはや戦闘は避けられないだろう。だが、逃げるわけにはいかない
我々は無辜の民を守る自衛隊なのだから
「わかりました。第2小隊は総力を挙げて作戦に取り組むことを約束しましょう」
「よろしく頼む。作戦計画は追って知らせる」
2023年11月1日am10:00 幻想駐屯地 第一格納庫 搭乗員待機室 (加藤一尉視点)
「加藤。アルテミス作戦の計画書は見たか?」
アラート待機の時間は大体は暇なものだ
そのことに気遣ってくれたのだろう。非番で私服姿の石川三佐は今回行われる作戦計画書を手に待機室にやってきた
「三佐。何も非番の日にこんなところに来なくても…」
「今は作戦中だから人里行きの車両も出てないしなぁ。せっかくの休日を部屋でダラダラ過ごすのは性に合わないんだ」
三佐らしいと思いつつ。ここは話に乗っかっておくべきだと思った
仮にも今は作戦中で陸自の部隊が敵の斥侯狩りに動いている
だからこそ三佐も雑誌などでなく作戦計画書を持ってきてくれたのだろう
「わかりました。実は作戦内容があやふやあったもので」
勿論、嘘である
だが三佐はそのあたりもよく理解していてニヤリと笑って待機室に設置された机に計画書を広げた
アルテミス作戦基本計画
一、作戦目的
敵斥侯部隊の捕捉及び撃滅
二、指揮官
第38普通科連隊連隊長
三、兵力
第3・第4中隊の全部、AH-64D攻撃ヘリ以下の航空兵力(OH-1観測ヘリはオーバーホールの為使用不可)
四、作戦要領
(一)紅魔館偵察のために敵は前進していると思われることから紅魔館の周辺地域に部隊を展開しこれを撃滅する
(二)航空隊は接敵した際の近接航空支援を行う他、負傷者が発生した場合は直ちに”おおすみ”に搬送する
(三)第1・第2中隊は駐屯地周辺の防御を固め奇襲に備える
(四)本作戦は航空優勢が維持されていることが前提であるため敵の航空隊に対しての警戒は必須である
(五)目標達成後、周辺への警戒を怠ることなく順次離脱を図る
「陸自さんが作戦名にアルテミスねぇ。時代は変わったか」
三佐は感慨深そうに作戦名を見て呟いた
「三佐は作戦名がアルテミスである理由を知ってるんですか?」
「ん?アルテミスってのはギリシャ神話に出てくる狩猟と貞潔の女神さまの名前だ。大方、偵察兵狩りを狩猟と捉えたんだろうよ」
なるほど。意味が分かるとこの作戦名もしっくりくる気がする
もしかすると、ここ幻想郷でアルテミス神ご本人に会える可能性もゼロではないかもしれない
何せ幻想郷には本当に神様がいるらしいのだ
まぁ、らしいというのは以前助けた警察連中が必死で取り戻そうとしていた御守りを売っていた神社には本物の神様がいるらしいと言うのをたまたま聞いただけだから信憑性はあまり高くないのだが
「無事に帰ってくると良いな」
石川三佐の独白はまさに自衛隊の総意であった
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