第69話 私の選択
2023年10月27日am11:00 幻想駐屯地 射撃場 (木島三尉視点)
「…どういうつもりですか?」
彼女は鋭い視線で俺を睨みつける
「この期に及んでまだ、しらを切るつもりですか?」
「いや…何のことでしょう?」
「とぼけないでください。伏兵がいますね。それも私を包囲する形で…どういう事か説明して下さい」
どうやら作戦は破綻してしまったらしい
彼女が俺に銃を突きつけた時点で周囲で『訓練』していた隊員達も小銃をニーナ少尉に向け、いつでも射撃できる姿勢をとっている
既に取り繕うことはできない段階まで事態は動いてしまっている
だから俺に工作員の真似は無理だと言ったんだ。それなのに、あの一佐といえば人の意思を無視してこんな仕事を押し付けやがって…
「残念ながら…お答えしかねます」
この返答に一層表情を険しくした少尉はトリガーガードに沿わせていた指を引き金に触れさせた
鹵獲品の調査にあたった高橋三佐曰くモシンナガンには安全装置がないらしい
つまり、今この瞬間にも少尉は俺を撃ち抜くことができるわけだ
89式はさっき撃ち切った時に弾倉を抜いたままだから使うことはできない
一応、不測の事態に備えて9mm拳銃も装備していたが少しでも動けば少尉は迷うことなく俺を撃ち殺すだろう
不意を突いて銃を奪うことも考えたが彼女は狙撃手らしく凄まじい集中力で周囲と俺への警戒を怠らない
これでは俺単独での制圧は不可能だろう
頼みの綱は松本の狙撃なわけだが、これも前回の教訓から発砲に関する権限は作戦指揮官に集約されている
要するに俺の権限で射撃命令を出すことができなくなったのだ
中隊長も展開しているはずだが対応を決めかねているらしい
周囲の隊員達に動きはない
ニーナ少尉もこの状況に緊張してきたのだろう。10月末の今頃に額から流れ落ちた汗は暑さが原因ではないはずだ
「ニーナ少尉、もう止めにしませんか?こんなことをしても何の得にもなりませんし、お互い疲れるでしょう」
唐突に俺の後ろから声が響いた。この声は小林一佐で間違いないだろう
本作戦の立案者であり実質的な指揮官だ
俺の正面に立っているニーナ少尉には接近する一佐が見えているはずだが警告などは行われなかった
「状況が分からない中で止めるわけにはいきません。事態を収束させたければ、まずそちらから説明するのが筋でしょう」
「残念ながら今の貴方には知る権利がない」
少尉が頬を歪めたのが見えた
「では、今すぐに私の部下を連れてきていただきたい」
「それはできない。彼らには現在、別件で協力依頼を出している」
おそらく、他の捕虜も別の場所で同じような作戦行動によって拘束されているのだろう
であればここに連れてくることはできない
「ふざけるな!私は部下の安全が保障されると考え、敵である貴方達に協力してきた…その結果がこの裏切りですか!!」
不味い、このままでは激情に駆られた彼女に撃たれかねない。小林一佐は情報分析に関しては間違いなく優秀な男だが交渉力は大丈夫なのだろうか…
「裏切ってはいませんし、現に貴方の部下には傷一つ付けていません。ですから武器を置いて話し合いましょう。さぁ…」
「近づくな!少しでも動けば彼を殺すわよ!」
「落ち着いて。撃てば取り返しのつかないことになります。わかるでしょう」
この瞬間、彼女が動揺したのが分かった。上にあげていた両手を一息に下ろし銃身を掴み地面に向ける
チラリと見えたニーナ少尉の眼は驚愕に見開かれていた
慌てて引き金を引いたのか弾丸は地面に突き刺さる
次弾を装填すべく少尉は槓桿を引こうとするが引かせてやるつもりは無い
槓桿を掴むために銃から片手を放した瞬間に銃を思いっきり捻る
勿論、片手で重い銃を保持できるわけもなく少尉はあっさりと銃を取り落とした
展開していた隊員達が一気に彼女を取り囲み小銃をを突きつけ事態はなんとか収束したかに見えた
少尉が胸にしまっていた懐中時計を取り出すまでは…
「三尉ッ!」
小林一佐が叫ぶ前に俺は駆け出していた
懐中時計を掴んでいた手を思いっきり引きバランスを崩し前かがみになったところで、腹部に膝蹴りを叩き込む
「がッ」
手加減はしたから骨を折ったりはしていないと思うが少々手荒だったかもしれない
倒れこんだ少尉から懐中時計を奪い取り、後からやってきた小林一佐に手渡す
一佐はしばらく懐中時計も眺めていたがため息をついてから話し始めた
「やはりですか…これは普通の懐中時計ではありませんね?一応、時計としての機能もあるようですが実質的には仕込み銃でしょう?ともかくこれは我々が預からせていただきます」
少尉はまだ起き上がらない
もしや想像以上に打ち所が良くなかったか…
「おい、誰か衛生隊呼んできてくれ」
俺の声に呼応するように何人かの隊員が少尉を助け起こしに向かった
だが…それが致命的な隙になった
助け起こそうとした隊員が華麗な足技で転ばされ、援護に回るはずだった隊員も咄嗟のことに対応できずに呆然としている隙に拳銃を奪われる
「動かないで!」
俺を含めた周囲の隊員が銃を抜いても動じる気配はない。その目は立ち去ろうとしていた小林一佐を捕えていた
「何でしょう?」
「これは何かの作戦だったんでしょう?いったい何が目的だったの?」
彼女の疑問はもっともだろう
俺だってこんな訳が分からない作戦の対象にされたら同じことをする自信がある
「既に作戦目的は達成しました。今後の遺恨を無くすためにも教えておいて損はないのではないでしょうか?」
俺からの意見具申に一佐は少し考える様子を見せた後、少尉に向き直り口を開いた
「いいでしょう。貴方には武器を隠し持っている疑いがあった。本作戦の目的は貴方の武器を無力化することにありました」
「武器の無力化?最初からわかっていたなら何故奪おうとしなかったの?こんな大掛かりなことしなくても私物を取り上げれば良かったじゃない」
「そういう訳にはいきません。我々と行動を共にしていたなら多少は感づいていると思いますが、自衛隊という組織は貴方の軍と違い非常に多くの制約があるのです。その一つに捕虜から私物を取り上げてはいけないというものが存在します」
「それが何故部隊を動かすことにつながるのか分からないわ」
「この規定には例外があります。捕虜が反乱を起こした場合です。この場合では私物を取り上げることはできなくても武器を取り上げることは許されます」
「待って。じゃあ私に反乱を起こさせるために武器を?」
「そうなります。しかし、どれが隠し武器なのか分からない状況ではやむを得ないと判断しました。少尉の部下も現在、同じように検査をしているます」
彼女は少しの間、戸惑った表情でこちらを見ていたが、やがて静かに銃を下ろした
「まったく…本当に貴方達の捕虜になってから自分の常識が信じられなくなりました」
「申し訳ありません。我々は軍隊でなく、あくまで武器を持った公務員ですから」
「それは今回の行動でよくわかりましたよ。でも貴方達から学ぶことも多い。そう、私の仕事は祖国と民を守ることです。本来こんなことは許されないのでしょうが軍が祖国と民を脅かしているとなればそれを阻止するのもまた私の役目でしょう」
彼女は今まさに大きな決断をしようとしていた。決めてしまえば覆すことができない程の
「その判断をとったとして後悔しませんか?」
「わかりません。けど祖国のためになるのは陸軍に協力することではなく貴方達に協力することだと強く確信しています」
「では、貴方は我々に全面的に協力すると言うことでよろしいですか?」
少尉は本当に覚悟を決めたらしく小林一佐の最終確認にも臆することなく頷いた
「ええ、そのためにもまだ伝えていない情報をお伝えします」
「というと?」
「陸軍の攻撃作戦についての情報_____知りたくないですか?」
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