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第65話 宣戦布告

2023年10月16日pm2:02  ”いずも”第二士官室  (古賀海将視点)


「八意様。私は…我々陸軍はどうしたらよいのでしょうか?」


全てを話し終えた彼女は永琳の瞳を真っすぐ見つめて批評を求めた


「私は既に月の要職から外れているから政府としての見解を答えることはできないけど、私個人の意見としてでいいならば答えることはできるわ」


「それで結構です」


「そう…私としては月夜見を支えてほしい。現状を聞く限りだと軍が政府や月夜見の意思から外れて動いているのは確かよ。けれど、どうするか決めるのは貴方よ」


「…そうですか」


ニーナさんは押し黙りどうするべきか悩んでいるようだった

無理もない

例え誤ったことを行っているとしても軍に弓を引くということは実の父と争うことになりかねないのだから


「一ついいですか?」


室内を沈黙が支配しかけた時、木島三尉が声を上げた


「ニーナ少尉。貴方はどうして陸軍に入隊しようと思ったのですか?」


「何故言わなければいけないのですか?」


一見、関係が無さそうなことを問われたせいかニーナ少尉もあからさまに不機嫌な声で応答している


「大事なことです。…これは私の勝手な予想ですが貴方は父親に憧れて軍に入ったのではないですか?」


彼女の顔がカッと赤くなり恥ずかしそうに俯いた

どうやら図星だったようである


「ちっ__違うんです!勿論、月夜見陛下や民の安全を守るために志願したのであって断じて憧れだけで入ったというわけではないんです!」


本人も何か言わなければいけないと思ったのか慌てて弁明を始めるがもう手遅れ感が否めない

微笑ましいと思いつつ同時にこんな立派な娘を持った彼女の父が羨ましく思えた

自分のしている仕事に家族が誇りを持ってくれることほど嬉しいことはない

ましてや自分の息子や娘が自分を目指して前に進んでいるとなればそれほど誇らしいことはない


「立派なことだと思います。貴方には確固たる信念がある。その信念に基づいて行動すればいいんです。組織のために信念を曲げる必要はありません」


彼女はしばし黙り込んだ後、か細い声で返答した


「少し考えさせて下さい」


それから数分とせずに彼女は女性の立ち入り検査隊員に付き添われながら士官室から退室した

彼女にも思うところがあったのだと思う


何はともあれ、彼女のおかげで月の都に何があったのかを知ることができたわけだ

ただし、状況は芳しくない

もはや我々のみでの状況の打破は困難になりつつある

幻想郷各所と緊密な連携が無ければ事態を収めることはできないだろう

そう考え紫の方を見た時、彼女が虚空にスキマを開いたのが見えた


行動があまりにも突飛だったせいもあり警護要員の立ち入り検査隊員も唖然として動こうとしない

あの能力が攻撃にも使えるということは隊内で共有済みだったので何が起こっても大丈夫なように椅子から少しだけ腰を浮かせる

そのころには他の幹部達も気付き各自で臨戦態勢をとる


しかし、数秒後にスキマから現れたのは予想に反して攻撃用の弾幕ではなく金髪の女性であった

それも単なる女性ではない

九本の狐の尻尾を生やした女性である

都市伝説や迷信などに興味がない私でもその妖怪は知っている

何といってもあの九尾の狐である

知らない人の方が少ないのではないだろうか


「紫様。緊急事態です」


周囲に視線をものともせず彼女は用件を伝えた


「何があったの?」


「たった今、月の都とのダイレクトラインを通じて我々に対し最後通牒と宣戦布告が行われました」


「宣戦…布告___」


その言葉は我々自衛官にとっては酷く現実味の無いものに聞こえた







2023年10月16日pm8:00   幻想駐屯地 簡易喫煙所(伊藤一佐視点)


会議が行われた数時間で我々の置かれた立ち位置は一層不安定になった


武装勢力の正体がわかったのは良かった

月の都___正確には月面軍統帥部と思われる集団から宣戦布告を受けた

これもまぁ捕虜の話を聞いていれば予想はできた


問題はその後だ


日幻相互安全保障協定第3条、幻想郷における治安維持・防衛に協力すること


人里での会談を得て決まった協定の適応が宣言されたのである


交渉段階においては食料、土地、燃料などを確保する上で、やむ負えないものとして承認されたものであったがそれが実行に移されようとしている

平和なこの世界で戦争など起こるはずがない

そんな安易な考えがこんな事態を招いたのかもしれない


俺は暑苦しい会議室から逃げてきたが、連隊所属の幕僚たちは今もこぞって会議室に詰めている

こちらでは貴重になりつつある外の世界の煙草に火をつけ、やらなければならないことを整理する


まず協定文と現行法、並びに憲法との整合性をとるための法解釈の確立

そして何より今後、想定される戦闘行動に対処するための作戦立案


憲法や法令に則ったうえで戦闘行動を起こすことができるのか?

これは防衛省内部でも長年研究されていることだ

有事の際、現行法では攻撃に対し自衛隊が目標として掲げる即応展開などは難しいとされている

理由は簡単、どこかの誰かが侵攻してきたとしても自衛隊に防衛出動が発令されるまでにいくつもの会議の承認を得なければいけないからである

しかも防衛出動命令のほかに官邸からの攻撃命令がなければ射撃できないなど武器使用に関する制約は非常に大きい

国会の承認はおろか総理からの命令も受け取れない現状では月の都から侵攻してくる軍隊に対し攻撃ができるのかという問題は難しいと言わざるを得ない


まぁ法解釈に関しては内局の文官や統幕のお偉いさんが考えることであるから進みが悪いのも仕方ないとしよう


しかしながら、我々幹部の本職である戦闘行動を想定した作戦立案でも進みは良くないのが現状だ

何より敵の情報が少なすぎる


【彼を知り己を知らば百戦危うからず】


天才的な軍師であった中国の孫氏も述べている通り彼我の弱点と強みを把握することが戦いにおいては重要である

近いうちに捕虜から敵軍の詳細情報を聞き出さなければいけないだろう


捕虜に近い人間をリストアップしようと考えたとき、ふと木島の顔が浮かんだ


そう言えば奴は随分と捕虜に肩入れしているように見える

何を考えているかわからんが度が過ぎるようだと監視を付けねばならなくなるかもしれない

奴に限ってそんなことは無いと思いたいが憶測で物事を語るのは危険だ


近いうちに奴と話さなければいけないだろう


考えが一通り纏まったところで煙草の火を消し喫煙所を後にした




用例解説

孫子兵法…『孫子』(そんし)は、紀元前500年ごろの中国春秋時代の軍事思想家孫武の作とされる兵法書


宣戦布告…紛争当事者である国家が相手国に対して戦争行為を開始する意思を表明する宣言である。開戦宣言、戦争宣言とも呼ばれる


最後通牒…最後通牒あるいは最後通告とは、外交文書の一つで、国際交渉において最終的な要求を文書で提示することで交渉の終わりを示唆し、それを相手国が受け入れなければ交渉を打ち切る意思を表明することである。

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