第59話 尋問
2023年10月16日am10:00 ”いずも” (山田士長視点)
士官室での説明の後、すぐに捕虜を乗せた機体が”いずも”に到着した
捕虜は男が2名、女が1名と想定より少なかった
しかし、実際はあのあとに”おおすみ”に負傷した捕虜2名が運ばれていたらしい
まぁ当時の私達は知るよしもなかったのだか...
陸自の隊員から捕虜を引き渡されたときに初めて『彼女』と対面した
特徴としては西欧人のように色白で綺麗な銀髪の女性...いや、まだ成人しているかどうか怪しい
少女と呼んだ方が適切だろう
だがやはり軍人なのだと思う
この少女の洗練された動きはどことなく幹部自衛官のそれに似ているのだ
しかし、捕虜になり動揺しているのか周囲への警戒よりも仲間への心配が多いようで常に部下の様子を気にしており、先任伍長が指揮官としてはまだまだ未熟だと評していた
はっきり言って第一印象は良くない
最初に挨拶をした時こそ私が女性であることに驚いたような反応をしていたけど、それっきり周りとのかかわりを絶つかのようにこちらの呼びかけにもほとんどに応じなくなったのだ
いや、不用意な情報漏洩を防ぐ手段としては効果的なのだろうが目が合うたびに睨んでくるのは勘弁してほしい
彼女の行動は不用意に近づけば噛みついてきそうな番犬のよう...いや、どちらかと言えば俊敏な野良猫のような印象を私に与えた
昨日の時点では突然の襲撃のせいで全く受け入れ態勢が整っていなかったのもあって何もできなかった
実際、捕虜の扱いにたけた警務隊が全くいないせいで海自の幹部が自衛隊法とジュネーブ条約を読み直すことになり尋問どころではなかったのだ
そして今まさに私達、立ち入り検査隊の立ち合いのもと法文を読み終えた幹部数名と警視庁の隊員によって第一回目の尋問が行われようとしていた
「この尋問はジュネーブ条約に則って行われます。質問に答えていただければ安全を保障します」
「………」
「名前と所属を教えて下さい」
「………」
「答えてください。答えていただけないと捕虜として扱うことが出来なくなります」
「断るわ」
警視庁の警官が尋問のプロだということは分かっている
だが尋問に関しては素人の私でも彼女が話すのは、まだ先になりそうだということくらいはわかった
2023年10月16日am10:15 ”いずも”CIC(古賀海将視点)
「どうだ?話しそうか?」
「ダメです。どの質問にも答えません」
「他の捕虜はどうだ」
「いや、それが上官が話さないなら自分達は話せないと言っているようで」
「面倒になったな」
「尋問を担当している隊員もあらゆる手を使っていますが素直に答えるかどうか…」
「言っておくが暴力はいかんからな。拷問なんてやったらえらいことになる」
拷問で得た情報というのは痛みから逃れたいがための欺瞞情報が横行する。そのため信頼性が乏しく、もしマスコミに情報が漏れれば自衛隊の存立に関わる事態になるであろうことは容易に想定される。
「勿論、その点に関しては捕虜とかかわる全ての隊員に徹底させています」
「頼んだぞ」
早いところ話してくれるといいのだが…
あの調子だと当分の間は素直に話してはくれないだろう
「司令、伊藤一佐から通信が入っています」
「繋いでくれ」
「わかりました」
『伊藤です。捕虜の様子はどうですか?』
「喋る気はなさそうだ。何かあったのか?」
『はい、捕虜への面会希望者がいます』
「誰だ?」
『八雲紫です』
「何!?」
『少し前に駐屯地を訪れ捕虜と話がしたいと言っていまして』
「どういう事だ?彼女は捕虜について何も知らないはずだ。捕虜を確保した時にはすでに艦内にいなかったんだぞ」
『何処から情報を仕入れたのかはわかりませんが、こちらで探りを入れたところ彼女も捕虜の所属までは分かっていないようでした』
「わかった。内火艇そっちに向かわせる。客人を乗せてやってくれ」
『わかりました。護衛班と共にそっちに送ります』
「頼んだ」
無線はそこで切れたが八雲紫の訪問は全くもって聞いてない。立ち入り検査隊に事を報告し警備を強化せねばいけないだろう。
彼女の能力で連れ去られでもしたら目も当てられないからな
2023年10月16日am10:30 幻想駐屯地(木島三尉視点)
「八雲紫さんの護衛を任せたいんだ。やってくれるな」
「嫌ですよ。何でいつも俺達なんですか?他の隊に言ってくださいよ」
「手が空いてるのは君たちしかいないんだよ。他の隊は駐屯地警護と人里への災害派遣に行ってる。今、休憩時間で手が空いてるのは君たちだけなんだよ」
「休憩時間ってのは休むためにあるんですよ。それに昨日の報告書、今日中に出せって言ったの中隊長じゃないですか」
「いや、そうだが頼むよ。報告書の件は何とかするから護衛やってくれないか」
「護衛任務でしょ?特戦郡を動かせば良いじゃないですか」
「そういう訳にはいかないんだよ。彼らは今、別件で動いてるんだ」
「どう言うことです?何か合ったんですか?」
中隊長が目をそらした
これは何かある
「中隊長、教えていただけないのであれば護衛の件はお断りさせていただきます」
一瞬、躊躇うような表情を見せたが直ぐに周りを警戒して誰もいないことを確認すると耳元で話始めた
「特戦郡は今、妖怪の山に向かっている。」
「何故?」
「戦闘機と思われる機体は空自が撃墜したものの他に4機居たんだ。だがその機体も全部撃墜されたんだ」
「何だって?戦闘機を撃墜したのか?いったい誰が」
「妖怪の山を仕切っている天狗たちがやったらしい。特戦郡はその機体を調べるために向かったんだ。もういいだろう護衛の件、やってくれるな」
「いや、まだです。そんな事で虎の子の特戦郡を動かすはずはありません。他に何か理由があるはずです」
中隊長は苦い顔になったが意を決したらしく小声で話し始めた
「...これから言うことは極秘だ。妖怪の山付近に戦術輸送機が着陸して一個連隊規模の部隊が展開してる。この偵察も彼らの任務だ。これで良いだろう、やってくれるな」
「...わかりました」
「よし、この事はくれぐれも口外するな」
「勿論です」
「さぁ行け」
どうやら仕事を回避する道は無くなったようだ
俺は渋々デスクに戻って小隊の仲間を集めることにした
あと武器搬出の許可書も作らければいけない
結局、書類仕事が増えた
いったいどうなってるんだ
毎回思うのだが書類仕事をしてると自衛隊は軍隊じゃないのがわかる
幹部自衛官は陸士と違って鉄砲担いで走ってればいいわけじゃない
書類仕事がかなりの割合で食い込んでくる
やはり我々は軍隊でなく国家公務員なんだろう
手を動かしながら考えていると不意に扉をノックされた
「塚本です」
「入れ」
「失礼します。三尉ご用件は何でしょう?」
「うちの小隊で八雲紫さんの警護をすることになった。今から武器搬出の書類を作るから隊の皆に連絡してすぐに動けるよう完全装備で待機させてくれ」
「わかりました。すぐに」
休憩中だというのに文句も言わずに従ってくれる良い部下を持ったと思う
彼らの為にも早いところ書類を書き終わらせなければ
俺はもう一度机に鎮座する書類に向き直った
用例解説
ジュネーブ条約…1949年にスイスのジュネーヴで締結された4つの条約を指す。19世紀後半以来の戦争犠牲者の保護強化のための、いわゆる赤十字諸条約を統一し、文民の保護に関する条約を加えたもので、第二次世界大戦後の慣行を取り入れ、人道面に関する戦争法一般の立法化を行った。
戦術輸送機…前線への物資の投下のような用途に供されるため未整地での離着陸能力を備える。
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