第58話 永遠亭
2023年10月15日pm3:15 UH-60j機内(救難隊員視点)
要救助者を乗せ離陸した直後にミサイル攻撃を受け機内は一時騒然としたが機長の操縦で無事に回避し今は永遠亭の上空に到達することができた
「ここが永遠亭だよ」
眼下には和風の屋敷が広がっている
どうもこれが噂に聞く永遠亭らしい
妹紅の指示に従って機体は降下していく
幸いにも永遠亭には機体を直接着陸できるスペースも存在しており俺がホイストで一人一人降ろす必要は無さそうだ
敵の襲撃を警戒して基地からはE-2C早期警戒機が上がり海自から航空管制を引き継いでいるし戦闘機もCAPを行っているから安心して着陸できるだろう
もう二度とミサイルアラートなんて聞きたく無いから早期警戒機が要撃管制を行ってくれるのは個人的にも非常に有難い
着陸に伴い周囲に強烈なダウンウォッシュが吹き付けており何事かと永遠亭の住人らしき人影が飛び出してきたが強烈な風圧のせいか近づくのを躊躇っているようだ
それにしても彼らのシルエットに違和感があるのは気のせいだろうか?
頭にウサ耳のようなものが付いているように見えるのだが…
疑問は増えるばかりだが取り敢えずキャビンのドアを開けると妹紅が住人らしき人物に駆け寄って行った
どうやら事情を説明してくれているらしい
その間、ただほおけている訳には行かないので要救助者の搬送準備を整え機体から降ろし妹紅の方に運び出すことにした
仲間の隊員と共に機外に運び出すとここの住人らしきウサ耳少女が駆け寄ってきた
しかも女子高生の制服に似た服装でだ
ブレザーにミニスカート、ボタンはしっかり留めてあるがそのスカート丈では校則違反だろう
俺が高校生の頃は生徒指導の先生が怖くて着崩すなんてできなかったものだ
もっともこれがコスプレならば素晴らしいと思うが
「事情は大体聞きました。怪我の状況は」
うさ耳コスプレ少女は意外にもこのような状況に慣れているようで血だらけの重症者を見ても取り乱すことなく冷静に対処している
「重症者2名ですが出血が多く我々では対処できません」
こうしている今もヘリからのダウンウォッシュの影響でこの付近にも血の匂いが流れつつある
事態は急を要した
「うどんげ!これは何の騒ぎ?」
「師匠!人里から怪我人が運ばれてきました。重症者です」
騒ぎを聞きつけたのだろう
責任者と思われる左右で色の分かれる特殊な配色の服を着ている女性が駆け寄ってきた
随分と奇抜な格好をしているが彼女が人里の住人たちの言う八意先生だろうか
「この傷では長くはもちそうにないわね。うどんげ!彼らを屋敷内に運び入れなさい。私は手術の準備をするわ」
「わかりました。申し訳ないのですが屋敷の中まで負傷者を運ぶのを手伝っていただけますか?」
「構いませんが私もお手伝いさせていただけませんか?これでも医者なので少しはお役に立てると思います」
「失礼ですが貴方は?」
「日本国海上自衛隊、三等海尉の黒田駿です。あなた方には外来人と呼ばれています」
「成る程、外の世界の医者ねぇ…いいわ、手伝いはいくらいても困らないしね」
「ありがとうございます。後は私が引き受けますので空自は一刻も早く人里に戻ってください」
「しかし良いんですか?」
「ここからは医者の仕事ですよ。餅は餅屋に任せてください。それに陸自が作戦行動をとったそうですから負傷者は増えるはずです。ここ以外にも貴方達の力を必要としている人が沢山いるんですからそちらに行ってあげてください」
「わかりました。要救助者を頼みます」
うどんげと呼ばれたうさ耳少女がここの住人とみられる別のうさ耳少女たちを指揮して手際よく要救助者を搬送していく
到着した当初こそ不安だったが、今では不思議と彼らに対する期待の方が大きくなっていた
そう彼らならば無事にやり遂げてくれるはずだと信じている
2023年10月15日pm3:15 ”いずも”士官室 (山田海士長視点)
今から大体2時間ほど前に予定されていなかった対空戦闘が下令された
最初は抜き打ちの演習かと思ったが航空機の即時待機命令に次いで陸自の特殊作戦群らしき部隊がヘリに乗り込んだのを見てそうではないと悟った
この間、激しい戦闘から帰還したばかりの木原一尉も出動準備を整えているようだったので機体のチェック中にさりげなく状況を尋ねることにした
どうやら彼も正確な情報は分からないらしく、ただ国籍不明機が出現したらしいと言われた
現場のパイロットですら状況を理解できていないとなると上も相当混乱しているらしい
もっとも私達、整備員は与えられた仕事を黙々とこなす以外に選択肢がないのだけれど
国籍不明機についても今までの経験からまた不幸にもこちらの世界に来てしまった哀れな自衛隊機が増えたのだろうと楽観視していたのだが…
その数分後に”むらさめ”と”みょうこう”が主砲の射撃を開始したのを確認した時は危うく失神しかけた
現代の艦艇において主砲というのは電子戦攻撃も対空ミサイルによる迎撃も失敗した際に使用されるものだ。
いわばCIWSと並んで艦隊防空の最後の砦と言っても過言ではない
それが目の前で使用されたら失神しても仕方ないと思う
そう、私は頑張った方なのだ
幸いにも対空目標は紅魔館方面で撃墜できたらしく艦隊に被害が及ぶことはなかったわけだが私の寿命は10年ほど縮まったと思う
それから間もなく待機していた航空機が次々と発艦していった
なんでも人里が攻撃を受け負傷者が続出したらしい
人里へは私も班長や同僚たちと上陸した時に行ったことがある
あの平和な里が被害を受けたことがいまだに信じられない
航空機の発艦作業があらかた終わり少し気持ちの整理をしようとしたのだが立ち入り検査隊の隊員達に召集がかかり、こうして休む間もなく士官室に集まることになり今に至る
拳銃や防弾チョッキを纏って武装した私達の前に秋津艦長以下”いずも”の幹部が集合している
このような召集がかかったのは幻想郷の住人達と初めて対面した時以来だった
「諸君、今日ここに集まってもらった経緯について説明する。諸君らも知っていると思うが演習中に突如として出現した国籍不明機が人里を攻撃した」
分かってはいたが改めて上官の口から聞くと重みが違ってくる
「その後、博麗霊夢さん以下の幻想郷の人間がヘリを撃墜し墜落現場にいた国籍不明の搭乗員を陸自が捕虜とした」
室内でざわめきが起こる
何せ捕虜をとるなど自衛隊の設立以来、初めてのことだ。ベテランの海曹たちも戸惑いの表情を浮かべている
「彼らを捕虜にしたわけだが陸自には捕虜を収容できる適切な施設がないのが現状だ。そこで本艦”いずも”に捕虜を収容することとなった。諸君にはこの捕虜の監視及び取調べを行ってほしい」
正直なところ、できるわけないと思う
私達は船舶を臨検する訓練は受けているが取調べや監視などは海保や警察の仕事だ
訓練など受けていない
ましてや捕虜の扱いなどは警務隊の管轄だろう
「捕虜の尋問に関しては警視庁SATが引き受けてくれることになった。諸君らの仕事はそのサポートだから安心して欲しい」
それならば少しは安心だろう
特殊部隊として有名なSATと言えど警察官であることに変わりはない
ここは取調べのプロに任せて後ろで見学しているとしよう
「それから山田士長、君にはもう一つ重要な役割がある。実は捕虜の指揮官らしき人物が女性なんだ。そこで女性の君に彼女の監視をお願いしたいと思っているんだ」
「ちょっと待ってください!指揮官なら私みたいな海士ではなく幹部の方がお相手した方がよろしいのではないですか?」
「いや、これは警察からの要請でな。女性を取調べるときは女性に立ち会ってもらわないと困るんだそうだ。生憎と立ち入り検査隊の女性隊員は君しかいなくてね。引き受けてくれるな?」
そんな問われ方をされたら拒否できないじゃない
つまり幹部たちは最初から拒否させる気はなかったということだ
「了解しました」
「不安だろうが警察や我々も全力でサポートするし、交代要員もつける。だからそんなに心配しなくても大丈夫だ」
だと良いのだけど…
他国の戦闘員の監視業務など基本的に憶病な私には荷が重いがここまで言われては断ることはできない
今回ばかりは自分の性別を呪った
用例解説
鈴仙・優曇華院・イナバ…永遠亭で暮らす月の兎で藥師の八意永琳の弟子。 元々は月に住む「月の兎」だったのだが、現在は月から逃げ出して幻想郷にある永遠亭で暮らしている。
士官室…陸自で言うところの幹部室。海自は旧海軍の伝統を受け継ぎ士官室と呼称している。ここはデスクワークのほか幹部が食事を摂るのに使用される。




