第57話 拿捕作戦
明けましておめでとうございます
本年度も宜しくお願いします
2023年10月15日pm3:05 魔法の森 (木島三尉視点)
『サンフタこちらアパッチ、目標機周辺のターゲットを撃破。引き続き警戒する』
「サンフタ了解。支援に感謝する。終わり」
墜落機の周辺に妖怪が集まりつつある
20分程前、偵察のために飛び立ったOH-1がもたらした情報により拿捕作戦は再検討を迫られた
危険を冒してまで拿捕する必要は無いという消極派と、墜落機の所属や目的を知ることは今後の行動にとって重要であると唱える積極派で意見が分かれたのである
激しい議論の結果、積極派が勝利し作戦の練り直しが行われた
所属不明機拿捕に関する普通科中隊並びに回転翼機を主軸とした作戦要綱
一、作戦目的
墜落機及びその搭乗員の確保
二、指揮官
第三中隊長
三、兵力
第三中隊の全部、AH-64D攻撃ヘリ1機、OH-1偵察ヘリ1機、CV-22jを中核とする輸送ヘリ数機
四、作戦要領
(一)第三中隊本体を墜落現場付近の着陸可能地点へ輸送
(二)OH-1観測の元、墜落地点周辺の敵をアパッチが掃討
(三)墜落機の周囲を包囲し確保
(四)墜落機の搭乗員が生存していた場合、武装解除の上捕虜として確保する。又、警告に従わず我に危害を加える及びそれに準ずる行動をとった場合これを排除する
(五)目的達成後、速やかに作戦地域を離脱
作戦は直ちに第三中隊に通達され中隊は墜落機を包囲
現在、作戦は第四段階に移行しつつあった
「第4フェーズに移行する。第二小隊、前へ!」
他の小隊がドーランや草木を巧みに使い偽装した状態で待機している中、第二小隊は号令に従い立ち上がり前進を開始する
アパッチの射撃のせいで砂塵が舞い上がり視界は非常に悪く、敵の詳細を知ることはできないが小隊は事前に指示した位置に素早く展開していた
息をひそめて銃を構えていると土煙が晴れ始めた
徐々にだが敵の詳細が確認できるようになってくる
どうやら敵は3人組で墜落機の機首付近にまとまっているようだ
敵も潜伏する俺達に気付いたらしくこちらに銃口を向けてくる
緊張が瞬く間に上昇し周囲の空気が重くなる
俺は突発的な戦闘が起こりかねないと判断し警告することにした
「動くな!武器を捨て降伏しろ」
敵からの応答はない
依然として沈黙を保ったままだ
言葉が通じていないのだろうか?
見れば墜落機はロシア製の輸送ヘリMi-8に酷似していた
ということは彼らはロシア軍なのだろうか?
よく見れば敵の指揮官らしき女の肌は東洋人にしては白すぎた
「Не двигайся! Откажитесь от своего оружия!」
試しに特作群時代に培ったロシア語で警告するも反応は良くない
...仕方ない
中隊長には悪いが少し強行手段を取らせてもらおう
俺は銃を構えたまま敵に接近することにした
何がしたいのかって?
簡単な話、チキンゲームを始めようと言う訳だ
相手が先に痺れを切らせて攻撃的な動作をとれば後方で待機している松本の対人狙撃銃が正当防衛を根拠に火を吹くことになる
もし耐えきったとしても相手の目と鼻の先にまで近づけば敵のとれる選択肢は非常に少なくなる
よく考え無しと言われるがそんな事はない...はず
一歩二歩と近づくが案の定、敵は撃ってこない
さて何処まで近づけるかな?
「それ以上近づくな!」
三歩を踏み出したとき相手にから警告がとんだ
警告は日本語で発せられたから相手は日本語を使えるのだろう
あまり得意ではないが交渉してみることにする
「分かりきってるだろうけど君達は包囲されている。無駄な抵抗はやめて降伏しなさい」
「降伏?冗談でしょ!敵に辱められるくらいならいっそのこと死を選ぶわ!」
「心配しなくても我々はジュネーブ条約に乗っ取って人道的に捕虜をとるつもりだ。我々が国際条約も守らないような野蛮人だと思っているなら考えを改めた方がいいぞ」
全く、内外からの目が厳しい自衛隊みたいな組織が捕虜虐待なんてできるわけないだろう
ただでさえ日本は先の大戦の影響で軍隊に対するの負のイメージが強いから普段から細心の注意を払っているんだ
それが国内だけならともかく韓国なんかは70年以上前に起こった、しかも既に解決されている慰安婦問題でネチネチと文句を言い続けているんだから問題なんて増やしたくないに決まっている
「確証がもてないわ」
「確証だと?そんなあやふやなもんどうやって得ればいいんだ?第一、最初から殺す気ならば攻撃ヘリを飛ばした時点で妖怪もろともお前達を射撃してりゃ済む話だろ」
何なら直接手を下さなくても放置していれば妖怪達に始末されていたことにも気づかないのか?
この女、部隊指揮官として少しばかり考えが足りないんじゃないか?
「…確かにそうね。良いわ。降伏しましょう」
諦めたのか説得が成功したのか…意外にも女はあっさり銃を下ろした
「賢明な判断だな。さあ武器を捨てて両手を頭の上に…ッ」
しかし警告は聞き入れられることはなかった
女が警告を無視し跳びかかってきたのだ
狙撃銃は投げ捨てたのか既に無くその手には鈍い光を放つナイフがあった
寸でのところで刃をかわし即座に反撃にでる
型通りの攻撃は案外簡単にかわすことができたため、一気に肉薄して組み伏せることができた
訓練されてはいるんだろうが応用的な技は殆ど使ってこなかったので非常に楽な戦闘だった
勿論、これで終わるわけもなく残りの敵を制圧するために周囲に意識を映す
すると丁度、敵の一人がこちらに向ってくるところだった
その手に着剣した銃を構えて…
腰の拳銃を抜いたのと敵の足に血の花が咲いたのはほぼ同時だった
何かにつまずいたように転んだ敵は武器から手を放し自らの足を押さえて呻いている
『全隊射撃待て!射撃待て!』
無線からは中隊長の叫び声が流れる
中隊長が意図した射撃では無かったのだろう
であれば撃ったのは松本二曹で間違えない
彼には事前に射撃のタイミングを伝えておいたのだから
そう、例えば敵が攻撃行動を取った場合とか
しかも陸自の狙撃手は他国の狙撃手と違い、敵地に潜入し重要ターゲットを排除するのではなく部隊の指揮官を守る事が大きな任務なのだ。
つまるところ陸自の狙撃手はカウンタースナイパーに似た運用を前提として訓練されているのだ
以上のことを踏まえて見ると松本はしっかりと役目を果たしたと見て良いだろう
「降伏しろ。それともまだやるか?」
最後に残った敵は短機関銃を構えつつも明らかに動揺していた
まぁ指揮官を捕えられれば動揺するのも当然か
「もう止めとけ。こいつらには勝てないぞ。本当は嬢ちゃんだって分かってるんだろう」
緊張感の無い声の主は墜落機のコックピットにいた
雰囲気は軍人というよりは陽気なおっさんといった感じだ
状況を正しく認識しているようで両手を上げ降伏の意思を伝えている
「ほう、話の分かるやつもいて安心したよ」
「そいつはどうも」
「しかし、機長!ここで降伏すれば任務の遂行は困難になります」
「部隊は壊滅し敵に包囲された現状では任務の遂行は不可能だ。それに全滅するするまで戦うってのは作戦じゃない。精神論では何も成功しないと士官学校で習わなかったか?」
「ッ…わかりました。降伏します。伍長、武器を捨てて彼らの指示に従いなさい」
伍長と呼ばれた男が指示通り武器を捨てた。
この女指揮官はその時になってようやく諦めたらしく抵抗をやめた
「小隊長、無事ですか?」
「おう、無事だぞ。それより中隊長に報告しなきゃいけないからコイツ任せるぞ」
「え?ちょっと三尉!?あっこら暴れるな!」
山本一曹が駆け寄ってきたのでこの女を預けることにする
それにしてもコイツは捕虜にまで舐められてるんだな
再び暴れ出した女を応援に駆け付けた佐藤と二人係で抑え込み結束バンドで拘束していく
他の捕虜たちも第二小隊を中心とした隊員達が素早く確保しているようで小隊長として非常に誇らしい
そんな彼らを尻目に中隊長に報告するための無線をとる
「サンマル、こちらサンフタ。敵集団の制圧に成功。これを捕虜にした。なお確保中に負傷者が発生、衛生隊の応援を求む。送れ」
『サンマル了解、直ちに向かわせる。サンフタは引き続き現場の確保並びに情報収集に当たれ。終わり』
無線が切れると同時に少年兵こと島田三曹が駆け寄ってきた
「小隊長、あんまり無茶しないでくださいよ。敵に単独で近づき始めたときは見ていて肝が冷えました」
「悪かったって。あぁ丁度良かった機内も確保するからついてきてくれ。その背丈なら狭いところも大丈夫だろ」
「悪かったですねチビで」
「いいから早く来いよ」
「はぁ...りょーかいです」
かなり派手に墜落したようで近くで観るとローターが曲がっていたりボディがへこんでいたりと滅茶苦茶だった
機内も酷く損傷しており配線やら何やらがぶちまけられて墜落の衝撃がすさまじかったことを物語っている
「機長さん、悪いんですが捕虜に捕らせてもらいます。こちらの指示に従ってください」
「おう、それは一向に構わないが機体に足を挟まれてな、全く動けないんだ。もしよければこいつを先に連れていってやってくれ」
機長の指した場所には血を流して倒れている人間がいた
「なっ!?おい、大丈夫か!」
「そいつはこの機の副操縦士でな。墜落時にコックピットの破片をもろに喰らったようなんだ。敵のあんたらに頼むのは申し訳ないがコイツを助けてやってほしい」
機長もすがるような想いで頼み込んだのだろう
緊張のためか額に汗が浮かんでいる
あの面倒な女指揮官を説得してくれたのは彼だ
戦闘を回避できたのは一重に彼のお陰と言っても過言ではない
彼には少なからず恩があるのだから助けてやるのが筋だろう
「わかりました。島田こいつを診てやれ。サンマル、こちらサンフタ。捕虜に関して追加報告。墜落機内部に重症者並びに機体に挟まれ動くことが出来ないものがいる。至急応援を求む。送れ」
『サンマル了解、直ちに衛生隊を向かわせる。それまでは手持ちの装備で対処せよ』
クソ、全く酷い一日だ
口には出さずに毒づきつつも俺は応急手当を開始した
無線ではOH-1ヘリから付近の敵に関する情報が伝えられアパッチが警戒に向かう事が伝えられている
周辺の防衛体制は万全のようだ
味方の輸送ヘリも負傷者及び捕虜を後送するために着陸地点に降り立ったようで衛生隊がこちらに着くのは既に時間の問題となっていた
しかし、それまでこの重傷者が持つかどうかは非常に怪しい
先程からこちらの呼び掛けに反応することもなく呼吸も乱れている
危険な兆候だ
祈るような気持ちで衛生隊の到着を待つ
そんな中、事態は良くも悪くも刻一刻と進んでいた
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