第56話 幻想の地にて
2023年10月15日pm2:10 ????
『無事に帰ってきなさい…』
自宅で父と交わした会話だ
よく覚えている
『諸君らには期待している…』
士官学校の校長の演説
いったい何の演説だったか
『言っておくがこの機体は輸送ヘリだ。棺桶にする気はない…』
覚悟がにじみ出る機長の言葉
私は何のために
『02被弾、墜落する…』
けたたましい警告音
目まぐるしく変わる景色
そうだ、私は…
「きこ…ますか…尉…聞こえますか少尉!」
呼びかけに応じて飛び起きた
が、半分ほど上半身を起こしたところで肩を押さえつけられる
何事かと顔を上げると見知った顔が視界いっぱいに飛び込んできた
「軍曹、無事でしたか」
「えぇ何とか…それよりも少尉、お怪我は?」
いつも年上の人に命令する環境に慣れない私が、敬語を使うと苦笑しながら返答してくる頼れる仲間の顔には確かな安堵の色があった
「脇腹のあたりが少し痛むけど動けない程じゃないわ。それより損害は?」
「少尉も含めて死亡3、重症2、軽症3、行方不明4ってところですな」
「そんなに…」
「あれだけ派手に墜落してその程度の損害で済んだのなら幸運ですよ」
「けど…」
「指揮官が浮ついてどうするんですか!この隊の命運は貴方にかかっているんです。死者を悼むより生き残った者を導くことに力を注いでください」
「そうですね…私が間違っていました。友軍の状況は?」
「ヘリの方は依然戦闘中らしく今のところ救助は望めませんが、事前の取り決め通り事が進めば航空隊が支援に来てくれるはずですからそれまでの辛抱でしょうな」
「だといいのだけど、この作戦は既に当初の予定を大きく変えつつあるわ。予定にない人里への攻撃、反撃によるヘリの撃墜...全て想定外よ」
機内を重い沈黙が支配しかけたとき、伍長が破損したキャビンドアをこじ開け機内に飛び込んできた
「軍曹、大変です!上空の味方機が撃墜されました!事前報告のあった博麗の巫女からの攻撃だと思われます」
「…敵の反撃が予想以上ですね。どうしますか少尉?」
「取り敢えず現在地を確認して負傷者を担ぎ出しましょう。敵も墜落地点は確認しているでしょうから、とどまれば追撃される危険も高まりますから」
「わかりました。伍長と私で周辺警戒並びに地図から現在地を割り出しますので少尉はコックピットの負傷者をお願いします」
「わかりました。何かあったらすぐに報告するように」
2人は武器弾薬を手に再び機外に飛び出していく
他の隊員はともかく彼らとの付き合いは長い
無事でいてほしいと願いつつもそれが難しいことも同時に理解していた
何せヘリが撃墜されるような厳しい戦場なのだから…
不吉なことを考えるのは早々に切り上げコックピットに向かう
しかし、負傷者がコックピットにしかいないと言うことは死者行方不明者のほとんどは作戦行動を共にするはずだった隊員逹だったことになる
そう思うとやはりやりきれなかった
配線やガラスの破片を避けながらやっとのことでコックピットに到達したもののそこには凄惨な光景が広がっていた
割れたガラスの破片をもろに受け全身から血を流しながら苦しげに呻いているコパイ、ガラスこそ浴びていないが何処かに打ったのか頭から血を流しているパイロット
如何に士官学校を卒業したとはいえ習ったのは簡単な応急処置の仕方のみだ。今の彼らの傷はとても自分一人で何とかできる様なものではなかった
「...よう嬢ちゃん。あんたも無事だったか」
比較的、傷が浅い機長が話しかけてきたが今の彼から離陸前に話したような頼もしさは感じられなかった
「機長の操縦のおかげです。今助けますからじっとしていて下さい」
「いや、無理だ。座席に足を挟まれてる。それに機外を見てみろ。とてもそれどころじゃないぞ」
「え?」
言われるままに機外に視線を移すと木々の間から狼のような生き物がこちらを見つめていた
しかもこうしている間にもどんどん数が増えていく
「何ですかあれ」
「さぁな、ただ事前報告のあった妖怪ってやつじゃないのか?」
瞬間、恐怖が押し寄せていた
妖怪は一般的な人間の力を凌駕した存在で、強靭な生命力と強力な攻撃力を併せ持つ化け物である
そしてその近くには自分の部下が銃を持ち警戒している
数が圧倒的に不利な現状では勝てる可能性は限りなくゼロに近い
「嬢ちゃん、俺達をおいて逃げろ。妖怪どもの数が揃いきってない今なら逃げ切れるかもしれん」
「機長はどうするんですか?」
「タダで喰われてやるほどお人好しじゃないんでね。せいぜい抵抗させてもらうよ」
そう言いながらトカレフ拳銃のスライドを引き初弾を装填する機長は晴れ晴れとした表情をしていた
あぁ死を覚悟した人はこんな顔をするんだ
でも私が見たい機長の表情はこれでは無いことは確かだ
「いえ、誰一人おいていきません。敵が来ると言うなら殲滅するまでです。絶対に生きて帰るんです」
「あんた正気か、このタイミングを逃したら誰も生き残れないぞ。士官学校で教わらなかったか?小を切り捨て大を救うのは当たり前だろ」
「勿論習いました。しかし、同時に仲間を見殺しにするなとも教わってきました」
「…まったく、勝手にしてくれ。それでもヤバくなったら逃げろよ」
「わかってます」
不安そうな機長に送られコックピットを後にして、愛用の狙撃銃を手に機外に飛びだした
外から見た機体は想像以上に損傷が激しくローターは折れ曲がりとても飛べるようには見えなかった
無事に生きて帰ることの難しさを再確認しつつ軍曹や伍長を集めて情報を交換し対処法を決めることにした
軍曹たちも既に妖怪の接近を察知しており迎撃態勢をとっていたようだが、私の武器はボルトアクション式の狙撃銃で軍曹も半自動式のカービン銃しか携行しておらず、唯一連射可能な武器は伍長の持つ旧式の短機関銃でありどう見ても防ぎきれるようには思えなかった
「少尉、ここは撤退すべきです」
「我々が引いたら機長達はどうなるんです?見殺しにするんですか?」
「ですがこのままでは全滅します。それでも意見を変える気はありませんか?」
「ありません。私はここを死守します。貴方達には強制しませんから今のうちに退避しても構いません」
しっかりと言い切ったことで軍曹と伍長は諦めと納得が入り混じったような表情を浮かべた
「わかりました。それならば自分達も最後まで付き合います。どうせ今逃げたところで救援が来る可能性は低いですから」
「そう…わかった。全力でここを守りましょう」
程なくして妖怪たちの攻撃は始まった
当初予想された通り圧倒的な火力不足がたたって残骸で作った簡易的な防衛線は崩壊
機長たちを守るためコックピットを背に応戦するも最後の時は刻一刻と迫っていた
「嬢ちゃん!もう良いから逃げろ!」
「少尉、機長の言う通りです。退きましょう」
「しかし、」
多くの部下を失い
あまつさえ大切な仲間をも見殺しにしてまで生き延びたくはなかった
伍長の短機関銃の弾切れを狙ってとびかかってきた妖怪が軍曹の銃剣に貫かれて絶命する
それでも敵の数は減るどころか増え続ける一方だ
全滅を覚悟したとき、低く重い音が周囲に響いた。私はこの音の正体を一瞬で看破することができた
何せその音は自分たちが守っているものと同じだったからだろう
音の発信源を調べようとした瞬間、目の前で何かが爆発し妖怪たちが吹き飛んだ
爆発は1回では収まらず断続的に続き、私達を包囲していた妖怪たちをいとも簡単に撃滅して見せた
ここまでくれば何が起きているのか理解するのは簡単だった
何者かが妖怪に向けて対戦車機関砲を撃ち込んだのだ
いったい誰が?
先遣偵察隊の装備に機関砲を装備したヘリなどなかったはずだ
疑問は絶えないが取り敢えず差し迫った危機は去ったと考えていいだろう
だから点呼をとりお互いの無事を確認したことによって安堵しており、周囲の違和感に気付くことが出来なかったのも仕方がないことなのだろう
それだけに舞い上がった土煙が晴れ視界が開けた瞬間、周囲を所属不明の兵士に囲まれているというこの状況を私は呪わずにはいられなかった
いかがでしたか?
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