第51話 半人半霊
2023年10月15日am11:30 幻想駐屯地 作戦司令部
陸自の訓練展示が終了して一安心しているとカレーの試食会を担当しているはずの海自の一曹から無線が入った
『CPこちら調理班、試食会場で問題発生。至急応援を求む』
「了解、警備班を向かわせる。しばし待て」
「二佐、試食会場でトラブルが発生したようです。対処法については事前に計画したもので行いますがよろしいですか?」
何かあれば直ちに報告するように命令を出していた情報幕僚の二佐は満足げにうなずきながら返答した
「事前計画の通りやってくれ。下には対処が難しい場合はこちらに指示を仰ぐように徹底させろ」
「了解しました。そのように徹底させます。現場に一番近い警備小隊はとこだ?」
「その区画は現在、第2小隊が担当しています」
警備を担当する古株の陸曹が即座に答える
「わかった。第2小隊長に繋いでくれ」
2023年10月15日am11:30 幻想駐屯地 正面ゲート(木島三尉視点)
「了解しました。直ちに向かいます」
「本部からですか?」
傍らで待機していた准尉が心配そうに問いかけてくる
「あぁ試食会場でトラブルだそうだ。准尉、近くの分隊を召集してから現場に向かってくれ。俺と山本、佐藤は現場に先行する」
警備と言っても小隊全員で固まって動くわけには行けない。分隊ごとに分かれて担当区域を巡回警備することになっているのだ
「了解しました」
「三尉、車を回しましょうか?」
指名された佐藤が慌てた様子で問いかけてくる
「いや、500メートルくらいは徒歩で行けるだろ。急ぐぞ」
「わかりました」
そんな訳で俺は塚本准尉に小隊の指揮を任せて初動対処に向かうことにした。何よりこの時点では指揮官として完璧な判断を下せたと思っていた。
しかし俺は忘れていたのだ
荒事はともかく交渉事は俺より准尉の方が断然得意だということに…
その結果トラブルを起こした人間の剣術指南役兼庭師という珍しい肩書を持った銀髪碧眼の女剣士と現在進行形で対峙している
どうしてこうなった…
少し時間を戻そう
まぁ少々対応の仕方が雑だったという自覚はあるのだ
何せトラブルだと言われて慌てて駆けつけてみれば、海自の料理人から一人尋常じゃない大食いがいるから彼女をどうにかしてほしいと頼まれたのである
そんなもの自分達でどうにかしろと一喝すれば、隣に控えてる従者が帯刀していて危険だったため説得を断念したとぬかしやがった
仕方がないので問題の人物の所まで案内してもらうと、貴族のお嬢様のような雰囲気をまとった一人の女性が実に美味しそうにカレーをほおばっていた
品がないわけではないのだがいろいろ台無しである
「すみません。他の方もお待ちですのでそろそろお引き取り願えますか?」
自分では比較的丁寧に注意したつもりだった
「名乗りもせずいきなり文句をつけるとは無礼ではありませんか?」
しかし彼女の隣で控えていた従者はムッとした表情で抗議してきた
俺の配慮は従者には伝わらなかったようだ
大変遺憾である
しかも肝心の”彼女”は面白がるような表情で従者と俺の会話を黙って聞いているだけである
「無礼も何もそこのお嬢様が周囲への配慮を怠ったのが原因だろ。それに従者なら主人を諫めて試食会のマナーを守らせなけゃダメだろうが。お前らは入口の注意書きも見えなかったのか?」
従者の顔が怒りで真っ赤に染まっていく
視界の隅では山本たちの顔から血の気が引けていた
不味ったと思った時にはすでに遅く従者が刀に手をかけていた
「私だけでなく主をも愚弄するとはもう許せません。覚悟はできていますか!」
あーめんどくさい
どうやって無力化しよう
この場合は刃物持ってるし武器使用の判断基準満たしてるよね?
いや、後々に悔恨が残らないようにここは謝罪し交渉に持ち込むべきか…
「早く腰の短刀を抜きなさい。さては怖気づいたのですか?」
短刀?
あぁ、何のことかと思ったが銃剣のことか
もう交渉は無理そうだし相手の希望に沿って銃剣術で制圧すればいいか
「わかりました。しかし身の安全を保障することはできませんので予めご了承ください」
「いいでしょう。白玉楼の庭師兼剣術指南役の魂魄妖夢が全力であたらせていただきます」
妖夢が宣言した瞬間、殺気が増大した
視界の隅で佐藤が山本にMINIMI機関銃を押し付け走り出していた
恐らく塚本准尉に応援を求めに行ったのだろう
山本も無線に引っ付いているので応援が来るのも時間の問題だ
それにしてもこいつらトラブル慣れしすぎてないか?
まぁ大半は俺のせいなんだが…
考え事をしているうちに妖夢は大小2本の太刀を抜いた
仕方なくこちらも89式小銃に銃剣を装着する
「ではいきます!」
掛け声と同時に妖夢が地を蹴った
この華奢で可愛らしい少女のどこにと思うような俊敏さで一気に間合いを詰め太刀を振り下ろし攻撃してくる
俺もあっという間に防戦一方になってしまう
そもそも特戦群の中でも格闘よりも射撃の方が向いているという評価だったのだ
不得意ではないがずば抜けて得意でもないので、この戦闘は非常に厳しいものになっていた
それでも死なずに応戦できるのは防大で学んだ剣道のたまものである
上下左右から繰り出されえる剣戟を勘と経験で回避しつつ隙あらば銃剣を刺突する
攻防は拮抗していたがこのままでは自分が先に力尽きる
そう考え俺は回避しつつ敵と距離をとるため後方に跳んだ
地面に手をつきバランスをとっているとチャンスとばかりに妖夢が距離を詰めようと走り出す
周りから見れば勝敗が決したように見えたかもしれないが俺はこんなところで負ける気はさらさらない
十分に近づいたところで手に持っていた砂を妖夢に投げつけた
唐突な目つぶし攻撃を妖夢が回避できるはずもなく顔面に砂を喰らい激しくむせこんだ
大変苦しそうだが回復を待ってやるほど俺はお人好しではない
いっきに距離を詰めがら空きの鳩尾に銃床を叩き込む
「かはッ…!」
妖夢が痛みに耐えかねて体を折るも容赦なく後頭部に肘打ちを叩き込み制圧した
流石に意識を失い何の受け身も取れない状態の少女を地面に倒す訳にもいかなかったため止む無く抱きとめることにした
「勝負ありですがどうしますか?」
正直これ以上の戦闘は厳しかったがそこは上手く隠しつつ妖夢の主人に問いかける
「流石は天皇の軍隊といったところかしら。あの妖夢をただの人間が制圧するなんて普通はできるものじゃないわよ」
「まぁ妖夢さんが非常に強かったことは認めますが天皇の軍隊とはどういう事でしょう?」
「あら、私はこう見えて愛国者なのよ」
統帥権は内閣総理大臣にあるはずだがその総理大臣も天皇に任命されているから天皇の軍隊でも間違いではないのか?
いやそもそも自衛隊は軍隊ではないことになっているから間違っているよな
「小隊長、直ちに停戦してください」
彼女の真意を探ろうともの思いにふけっていると後ろから塚本准尉の声で警告を受けた
恐らく佐藤が呼びに行った第2小隊の本体が到着したのだろう
「大丈夫ですよ准尉。ちょうど今終わったところで…」
返答しようと後ろを振り返ったのだが…そこには第2小隊だけでなく伊藤一佐以下、本部管理小隊の連中までも集結していた
どうやら気づかない内にかなり大ごとになっていたようだ
「木島三尉、一応聞くがそこの方が誰だか知っているか?」
彼女の名前を知らされていない俺には伊藤一佐の問いかけに答えられるはずもなく首を横に振ると一佐はため息交じりに説明してくれた
「そこの方は白玉楼の管理者で今回の駐屯地祭のVIPの一人でもある西行寺幽々子さんだ」
そこまで聞かされてようやくゲート警備を担当した奴らが何故妖夢に帯刀を許したのか理解することになった
用例解説
統帥権…軍隊の最高指揮権。これは君主国,共和国を問わず国家の元首である君主,大統領あるいは首相が掌握するのが通例。なお、戦後自衛隊の最高指揮権は内閣総理大臣にある




