第49話 観閲行進
2023年10月15日am10:30 幻想駐屯地 作戦司令部
「検問所及び重要区画の警備は依然問題なし」
「八雲紫以下のVIP、管制塔に到着。現在、連隊長がVIPを引き連れ滑走路横に設置された壇上に向かっています」
「観閲部隊はどうなっている」
「はっ、長沢中隊長以下、観閲部隊は既に配置についており直ぐにでも開始できる状態だそうです」
「班長、連隊付の情報幕僚より連絡です。VIPが現地に到着したとのことです」
「よし、観閲行進を開始する。長沢三佐に連絡。スピーカーの電源いれろ!アナウンス始め」
2023年10月15日am10:35 滑走路横 観閲式会場
『皆様、本日は幻想駐屯地創設記念祭にお越しいただき誠にありがとうございます。開始時刻となりましたので只今より観閲式を開始いたします』
「時間ですので予定通りに進めさせていただきます。特等席を用意いたしましたので式典中はそちらで見物していただくことになります」
こうしている間にも観閲式に臨む隊員達が続々と入場し整列している
「あまり人前に出るのは好まないのだけれども」
紫が何ともおっくうそうに不満を漏らす
「儀礼的なものですので、そのあたりはご容赦ください」
この観閲式を巡っては当初、八雲紫を筆頭とした妖怪たちが人間と妖怪の対立を理由に難色を示したが、自衛隊側がこれを押しのける形で観閲式の参加が決まったこともあり、伊藤もこれに関しては苦笑いを浮かべるほかなかった
『部隊指揮官及び来賓登壇』
「整列!休めぇ!」
気付くと既に部隊は整列を完了し自分たちの登壇を待っていた
「ではいきましょう」
「部隊指揮官に敬礼する。部隊きおーつけ!かしら~なか!」
これに対し伊藤以下、自衛隊の幕僚は挙手の敬礼で、幻想郷の面々は各々の知る礼で答えた
『国旗掲揚を行います。ご来場の皆さんはご起立の上、国旗にご注目ください』
「捧げ~銃!」
海自の横須賀音楽隊が演奏する国歌「君が代」が会場の響き渡る中、即席の掲揚台に日の丸が翻った。
2023年10月15日am9:45 幻想駐屯地 作戦司令部
「観閲式、順調に進行中です」
「警備班からの定時連絡、依然異常なし」
「よし、さほどトラブルもないみたいだな」
「はい、トラブルと言っても入場の際の手荷物検査に応じようとしない方がいたのと、来賓の一人が帯刀を断固として譲らなかったくらいですかね」
「その程度なら優しいもんだな。当初想定された最悪のシナリオは協定に反対する勢力による会場襲撃だったんだからな」
当初、陸自の幕僚たちが想定した最悪のシナリオは銃器で武装した協定反対派による破壊工作並びに要人襲撃だったのだ
今思えば杞憂に感じるが人里で暴動から日が浅かった当時では妥当なシナリオだったのだろう
そのせいで基地警備には相当力が入れられている
「まぁそれに比べたらどれもたいした問題ではないですね」
「観閲部隊の徒歩行進が始まりました」
「ちょっと目を離した隙にえらく進んだものだな」
確かに耳をすませば横須賀音楽隊が奏でる陸軍分列行進曲の音色が聞こえてくる
「この後の予定はどうなっている」
「はい、陸自及び海自の徒歩行進が終わり次第、車両部隊による観閲行進が行われます。その後、陸海空自衛隊の各航空部隊が会場上空をフライパスする予定です」
「そうか…車両部隊が行進する時は警備体制を強化させろよ。車両が固まっているところを一網打尽にされてはかなわん」
警備担当の幕僚が返事をした時には軍艦行進曲も終わりに近づいていた
2023年10月15日am10:07 幻想駐屯地 式典会場付近 (木島三尉視点)
「それにしても最高指揮官の古賀海将が観閲式に出席しないというのはどうなんだ」
VIPの警護任務を解かれていない俺達は今だ周辺警戒を行っていた
事前に配布されたマニュアルでは会場への大規模攻撃も想定されていたがその心配は杞憂に終わりそうだ
「我々が観閲式をしている間、会場の対空防御を担当しているのは海自なんですから仕方ないのではないでしょうか?あと本国との連絡が途絶したとはいえ自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣ですからね」
俺のボヤキにも山本は的確な突っ込みを入れてくる
「まぁ何にせよ自衛隊で過ごしたこともないやつが最高指揮官とは笑わせてくれるよな」
「それがシビリアンコントロールですよ三尉」
声の主は意外な人物だった
「黒田三尉!?何故ここに…」
「いや、救護室は全く仕事がなかったので会場の偵察をしようかと思いまして」
突然現れた医官に驚いたのは俺だけではなかったらしく隣に立っていた山本も慌てて敬礼をしている
その様子に苦笑しながら落ち着いて答礼しているが、元SFGPに所属していた俺に気付かれないように近づいてくるこの医官もどうかと思うんだが…
「持ち場を離れて大丈夫なんですか?」
「ベテランの海曹が待機してくれてますから大丈夫ですよ。ところで観閲式はどこまで進みましたか?」
「車両部隊の観閲行進は半分が終わりました。あとは航空機が飛べば終了です」
「そうですか…ところでVIPの中にあの吸血鬼姉妹はいるんですか?」
「レミリアさん達のことですか?彼女たちなら来てますよ。日傘をさしているのでよく目立ちますし」
「そうですか。因みにもう傷は残っていませんでしたか?」
「まぁ注意して見なかったので何とも言えませんが目立った傷はなかったと思いますよ。流石は信頼される医官ですね」
黒田三尉は彼にしては珍しく自信なさげな問いかけだった
「そのことなんですが…実はたいした治療はしていないんです」
「…どういうことです?」
「彼女…フランドール スカーレットさんは救急救命措置を施されてからヘリで搬送されたのですが到着したときには全身やけどに似た状態になっていまして既に手の施しようがないと判断されたんです」
「じゃあなぜ彼女は生きているんですか?手の施しようがない状態だったんでしょ」
「ええ、ですから鎮静剤を投与しただけで何もしていないんです。しかし、彼女は信じられない程の自然治癒能力を見せたんです」
「…何の冗談です?映画の見過ぎですよ」
「私が一番信じられませんよ!彼女の存在は我々の理解を超えています」
黒田三尉は彼女たちを…いや、幻想郷の人々を恐れているようだった
「まぁしかし、音速で迫る対空ミサイルを撃墜するのをまじかで見せられた身としてはもう何でもありなような気がしますよ」
「それはこの世界の住人のほとんどに当てはまります。でもあの速度での自然治癒能力は反則でしょう。あれではどんなに銃撃しても死なないんじゃ…」
「あの子は怪獣か何かですか?吸血鬼とはいえ生物です。事実、昏睡状態から回復するのに相当な時間がかかっています」
「それはそうですが、脅威なのは事実じゃないですか。三尉は怖くないんですか」
「そりゃあ怖いですよ。でも一たび命令されれば相手が誰であろうと戦い撃滅する。これが自衛隊の役割じゃないんですか」
「すごい覚悟ですね…私にはそれができるかわかりません」
「覚悟は早めに持っておくべきですよ。平和な世の中はそう続きませんから」
彼は知る由もないがこの言葉は自分に向けてのものでもあった
そんな彼らの頭上を海自のヘリ部隊が飛び去って行った
用例解説
SFGP…特殊作戦群の英語名で正式名称はSpecial Forces Groupとなる
大変お待たせしました
予定を大幅に遅れた投稿になってしまい申し訳ありません<(_ _)>
頑張って執筆するつもりですが当分はペースの維持が難しいと思いますので予めご了承ください。




