第34話 河童の工房
2023年9月14日am11:15 妖怪の山 詳細位置不明(木島三尉視点)
着陸した場所は少し広い広場のような場所だった。文曰く
「このヘリコプターというのを着陸させるには河童の住処から少し離れた場所しかなかったんですが・・・大丈夫ですよね?」
ということだった
施設科の連中が整列した後、射命丸の誘導に従い森の中に入った
「おい、文さん。何で森の中に?」
「河童の住処はこの先なんですよ。あっ心配ないですよ、すぐ着きますから」
ヤバい、オスプレイの中で変な話してたから警戒心が無駄に高くなっている
「そうですか」
とだけ答えて周囲を警戒する。もしこの場所で奇襲を受けたりしたら部隊の損失は免れない
「木島三尉ちょっと」
唐突に呼びかけられたせいで危うく小銃を向けかけて、声をかけてきた相手が自分の副官だと気付いて安堵した
「どうした、塚本准尉」
「2時の方向、サーマルに反応あり」
准尉は作戦行動を円滑に進めるためによく、私物として各所装備(自衛隊は予算不足で全隊員への装備の調達が進んでいない)を持ち込んで有効に使用している
「数は?」
「およそ3」
「了解、第1分隊戦闘準備。文さん、こちらが気付いたことを向こうに感づかれたくない。このペースを維持したまま目的地への誘導を続けてくれ」
「わかりました。相手は一体誰なんですか?」
「わからん。だが警戒しても損はない」
「それもそうですね」
「目標近づきます。あの木の陰」
「了解、各員正当防衛に限り攻撃を許可する」
「良いんですか?今交戦すれば条約に違反するをそれがあります」
「大丈夫だ、すぐに撃つわけじゃない。誰か交渉の準備をしておけ」
交渉の人選をしようと周囲を見渡したとき後ろから文さんが近づいてきた
「私が交渉しましょう。この妖怪の山は私の家も同然ですし、こう見えて私は結構な権限を持ってるんですよ」
「しかし、あなたを危険にさらさせるわけには…」
自衛官として反対の立場を明確にしようとしたのと、敵が飛び出してきたのはほとんど同時だった
「全員動くな!直ちに武器を捨てて投降しろ」
敵は底の高い下駄をはき赤と黒のスカートを身に着け、白の狩衣を羽織り、頭巾をかぶっている。おそらくここの天狗の一人だろう
相手はすでに抜刀しており、こちらの返答次第では直ちに切りかかってくるだろう。
「まあ、落ち着いて話し合いましょうよ」
「問答無用!命令に従わなければ攻撃を開始する」
要求に従って武器を捨てて投降するか?いや、投降したところで身の安全が保障されるとは限らない。いっそのこと完全武装の今、攻撃を仕掛けたほうが良いのでは…?
そんな感じで考えていると、おもむろに文さんが前に出た
「ちょっと!文さん危険です、下がってください」
「射命丸文!?あなたどうしてここに?」
「久しぶりね、犬走椛」
「もしかしてご知り合いですか?」
「腐れ縁ってやつですよ」
「つまり、敵ではないんですね」
「まぁ、そちらの行動次第ですが」
「行動次第と言われましても困るのですが…もしかして貴方は日幻相互防衛協定を知らないのですか?」
「あぁ、その何とか協定なら先日、大天狗様より下達されましたが…それが何か?」
「その協定を結んだのは我々なんです。今回はその協定の一環で『にとり』という人…正確にはその河童に会いにきたのです」
「そうなんですか!?これは失礼しました。では直ちに河城にとりの元までご案内します」
「すいません。よろしくを願いします」
取り敢えず平和的に片付いたようなので内心ほっとしていると文さんが後ろから近づき申し訳なさそうに話しかけてきた
「すいません、ろくに交渉ができなくて」
「いえいえ、そんなことはありません。あなたの存在で無用な血を流さずに済んだようなものなんで」
こんな調子で施設科中隊長以下関係者に状況を説明して回っているとすぐに目的地に到着した
はずなのだがのだが…
「ここです」
「えっと、どこですか?」
「ですからここです」
「おかしいな、自分には行き止まりのように見えるのですが…」
状況を説明しよう。哨戒天狗の椛さん達に河童たちの住処に案内されのだが、俺の目にはこの先は何の変哲もない崖、つまり行き止まりにしか見えない場所に見えるのである……というか行き止まりだ
嵌められた?
一瞬そんな可能性が浮かんだ直後、自分が無意識に9mm拳銃のグリップを握っていることに気付いた
「こっちですよ」
しかし、そんな心配は杞憂に終わった
彼女たちはあろうことか行き止まりのはずの崖を通り抜けたのだ
唖然とする我々をしり目に彼女たちはどんどん崖をすり抜けていく
「すいません、ここは我々も通っていいんですか?」
「いいですよ」
そこまで聞いてから安全を確かめるために部下に待機を命令し俺は一歩先に崖の中に入ってみた
「ここは一体…」
崖を通り抜けた直後目の前には綺麗な滝とその横に少し大きめの小屋がたたずんでいた
「あなたが最近やってきた外来人かな?あなただけ?」
声のした方を見ると青い服を着て帽子をかぶり緑のリュックを背負った少女がこちらを見て笑顔を向けていた
「いえ、すぐに部下たちを呼んできます。あっ申し遅れました、私は日本国陸上自衛隊第38普通科連隊第3中隊第2小隊小隊長、三等陸尉木島正義です。宜しくお願いします」
「河城にとりだよ。これからよろしく、盟友」
用例解説
河城にとり…人間が好きなのに人見知りするエンジニア。河童なのでキュウリが大好物である。ちなみに普段からきている服は光学迷彩スーツである。
犬走椛…山の見回りをしている白狼天狗。天狗の中では下っ端である。普段は滝の裏で待機しており、オフは河童たちと将棋をして暇をつぶしている
サーマル…本作品では熱源を探知する方のサーマルゴーグルを指す。物体から放出される熱赤外線を可視化する装置




