第30話 緊急着陸
2023年9月7日pm2:20 幻想駐屯地から1km上空 (C-2輸送機パイロット視点)
「これは……思っていた以上に狭いですね。それに整地も不完全です」
F35jのパイロットにエスコートされてたどり着いた飛行場は未完成のようで、コパイの言う通りお世辞にも平らな滑走路とは言えないものだった。
着陸誘導装置も無ければ、管制塔すら存在しない。つまり風速などの着陸にあたって必要な情報も得られないということだ。
「軽く見積もって650mってとこですかね。行けそうですか?」
機上整備員を務める若い空曹が不安そうに尋ねる。
「最短滑走距離が600mだから、かなりギリギリだが……まぁ何とかなるでしょう」
正直、微妙なところだが着陸できないと困る。ここに降りられなければ、貨物室に積んだお客さんごと墜落することになってしまう。
訳な分からない土地で墜落死なんてオチは絶対に避けたい。
「何とかしないと不味いですからね」
どうやらコパイも同じことを考えていたらしい。緊張の為か若干、引きつった笑顔を浮かべている。
「先行しているF35jもこの滑走路に着陸したことは無いんですかね? 前例があればちょっとは安心できるのですが」
機上整備員が計器類に視線を向けながら呟いた。その気持ちはよく分かるが、やろうと思えば垂直着陸もできる戦闘機のF35jと大型輸送機ではあまり参考になりそうもない。
「建設途中の滑走路だと聞いているし、奴さんは洋上に展開する海自のDDHを拠点にしているらしいからな。多分、俺達が一番のりだろうな」
「それは光栄ですね。真新しい滑走路に降りられる機会なんてそうないですから」
「真新しいどころか未完成ですからね」
コパイの軽口に機上整備員が的確なツッコミをいれて、コックピットに軽い笑いが起こった。そのおかげか張りつめていた緊張がほぐれてリラックスできた。
「よし。陸からのお客さんが乗っている手前、あまり揺らしたくなかったが……この際しょうがない。無事に降ろすぞ」
クルー達の力強い応答を背に、操縦桿を握り込んだ。
2023年9月7日pm2:22 幻想駐屯地仮設司令部 (伊藤一佐視点)
「連隊長、空自の早期警戒機が間もなく着陸コースに入ります」
仮設の指揮所としていた天幕から顔を出したところを、待ち構えていた2科の情報幕僚に捕まって、双眼鏡を手渡された。
見るとちょうど高度を下げて着陸態勢をとる早期警戒機が視界に入る。双眼鏡で覗いて見たところでも、安定しており特に異常は無さそうだ。
機体はすぐに伐採せずに残した防風林の陰に隠れてしまったが、少しすると早期警戒機着陸成功の報が入ってきた。
「未完成の滑走路にもかかわらず、まるで不安を感じさせないな」
「先程、着陸したE-2C早期警戒機はもともと、空母のような狭い場所での運用を想定して設計されていると聞いています。こういった状況にはある意味で打って付けの機体だったと言えます」
そう語る情報幕僚だったが、安堵の表情は消せていない。情報として知っていてもやはり不安なものは不安なのだろう。
「そうなると……問題はやはり輸送機の方か」
「はい。しかし、C-2輸送機は海外での邦人輸送任務も想定して作られていると聞いています。不整地離着陸能力は米国のC-17輸送機を上回るとか」
「それは心強いな」
情報幕僚の説明を受けている中、付近を旋回していた輸送機がまさに着陸態勢に入っていた。
緩い旋回によって速度を落としながらの飛行は、ほとんど滑空に近い速度で滑り降り大型の機体を降下させて防風林の向こう側へと姿を消した。
これだけ狭い滑走路ではやり直しは効かないだろう。祈るような気持ちで報告を待っていると、間もなく着陸成功の無線が入った。
「見事なものだ」
それからすぐに二番機も同じ要領で、見事に着陸を成功させてみせたというのだから本当によくやる。
空自のパイロットたちの能力を、感嘆と共に知ることが出来たのが喜ばしかった。
2023年9月7日pm2:33 ”いずも”艦橋
駐屯地の仮設滑走路に誘導された3機の大型機が、全て着陸に成功したらしいということはすぐに伝わってきた。
成功の報を受けて”いずも”は3機の戦闘機を受け入れる準備を総力を挙げて実施していた。
「アルプス01以下3機、着艦体制に入ります」
F35jの推力偏向ノズルが真下を向き垂直着陸を開始する。
甲板要員が緊張した面持ちで不測の事態に備える中での着艦だ。既に消防隊を含めた隊員が甲板の隅で待機しているし、艦内は非常閉鎖も行っており万が一の着艦失敗への備えも万全だった。
着艦誘導員も緊張しているようで動きがぎこちないが、当の空自のパイロット達はそんな事、もろともせずに着艦を成功させていった。
「加藤1尉はともかく、他の2機は今回が初着艦だろ。何て腕だ……」
「まぁ止まってますから陸とあんまり変わらないのでは?」
「そんな事は無いぞ。今度ヘリパイに聞いてみろ『艦が止まってたら陸上に着陸するのと変わらないのでは』ってな。メチャクチャ小言いわれるぞ」
「言ったことあるんですか?」
「聞くなよ……」
2023年9月7日pm2:30 ”いずも”甲板 (加藤一尉視点)
「ふぅ……着艦はやっぱりなれないな」
梯子をつたって飛行甲板に降り立つと、鬱陶しいヘルメットを脱ぎすてながら独り言ちた。
戦闘機でGを掛けると1kgにも満たない重さのヘルメットがとんでもなく重く感じるのだから、こんなものは一刻も早く脱ぎ捨ててしまいたかった。
「よう加藤一尉、久しぶりだな」
唐突にそんな声が耳朶を打った。声のした方を振り向けばそこには対Gスーツに身を包んだ長身の男性が立っていた。
対Gスーツを装備しているのは空自の戦闘機乗りだけだから、彼は先ほど対峙した彼我不明機、もとい自衛隊機のパイロットなのだろう。
もっとも肝心の顔はヘルメットに隠されて認識できないが。
「申し訳ありません。ヘルメットを外していただけませんか?」
「あぁ、すまない。……これでどうだ」
「あっ」
ヘルメットの下に隠れていた顔はよく見知った人間だったからだ。
「ハンター!? じゃなくて石川三佐!? どうしてここに?」
そこには以前、百里基地に配属となった際に同じ飛行隊で勤務していた先輩の姿があった。
「別にハンターでも間違っちゃいないだろ。タックネームなんだからな」
「お久しぶりです。アサシン……いや加藤一尉」
後に続くように聞こえてきた声も俺の良く知っているものだった。
「その声は島原二尉じゃないか!」
「ちょっと先輩、何で自分だけタックネームじゃないんですか」
「あぁ、すまんなレンジャー」
「いえいえ、百里のとき以来ですからね。新田原はどうでしたか?」
彼ら二人と別れて宮崎県の新田原基地へと転属になってから1年と経っていない。まさかこんな場所で再会することになろうとは夢にも思ってみなかった。
「国防の最前線はかなり大変だったよ。でもアグレッサーとの対戦はいい経験になった」
「成る程、それで上達したわけだ。それよりも加藤、ここはどこだ?」
石川三佐には久々に会ったが、持ち味だった冷静沈着な所は変わっていないらしい。
「信じられない話かもしれませんが、ここは幻想郷と言うところで我々が暮らす世界とは別世界なんだそうです」
「おいおい、そいつは思ったより想定外すぎるぞ……。しかし、護衛艦隊が陸に囲まれているのを見た今では信じるしかないみたいだな」
「理解が早くて助かります。詳細は艦内で話しますのでこちらへ」
「了解した」
2023年9月7日pm18:26 ????(八雲紫視点)
「紫様、やはり私は反対です。あれほど多くの軍隊を幻想郷に呼び込んでは、我ら妖怪と人間の間に成立していたパワーバランスが覆りかねません」
湯吞みをちゃぶ台に置いたタイミングで、私の忠実な式が珍しいことに昨今の行動について異を唱えていた。
「藍、貴女の心配もよく分かるわ。でも、幻想郷を守るためにはこれが最善だと思うわ」
「しかし、あれだけの数の軍隊がその武力で持って我らに反旗を翻すことがあれば、我らの被害も決して少ないものにはならないと思います」
幻想郷は人間と妖怪が共存できる環境を人工的に創り上げたものだ。藍の言う通り急激な外来人の幻想入りは、人間と妖怪の力関係に急激な変化を与えることになる。
けれど、差し迫った脅威に対抗するためにはそのような些細なことには構っていられない。
「その通りね。けど月の奴等に幻想郷を制圧されるよりはマシよ」
「しかし、異界の軍隊と言えど月の軍隊に勝てますかね?」
「別に彼等だけに戦えと言う訳じゃないもの。私達だけで退けるのは難しいけど力を合わせればどうにか勝算が得られるわ」
「本当に大丈夫でしょうか?」
「やっぱり心配? まぁ一番良いのは月の情勢が安定してくれることなんだけどね。藍、引き続き月の内部情勢を探りなさい」
「お任せください」
さてと、こちらも戦争の準備をするとしようかしら……
用例解説
タックネーム…西側空軍パイロット個人が持つ非公式愛称。あだ名。
アグレッサー…飛行教導群。航空自衛隊における仮想敵敵機部隊。




