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第18話 木島の過去

2023年8月19日pm1:15 〝おおすみ〟食堂  (木島三尉視点)


「因みに私が特殊作戦群を解任された理由は、どの様な噂になっていたんですか?」


「聞く人によって違いますね。貴方の口の悪さが原因と言う人間もいれば怪我や負傷で特戦群としての適性を失ったとも……だが、どれも違う気がしてね」


 そう、大抵の連中は俺が特殊作戦群に所属していた過去を知っていても、解任された理由までは知らない。

 陸上総隊の上層部が俺の処分を公に公表しなかったことも大きいのだろうが、そのせいで変な推測が広まって困ることも多い。


「一佐の言う通り全く違いますね。そもそも口が悪いのは特戦群に選抜される前からですし、失礼な話だと思いません?」


「まぁ佐官や将官に対する言動を聞く限りでは、あり得ない話ではないかと思ったりもしたがね……さて、実際の所は何が原因なんです?」


 一佐は穏やかな表情を浮かべながら先を急かす。なぜ他人の過去にそんなに興味があるのだろうか?

 疑問に思いながらも話を進めることにする。


「小林一佐はUH-60j墜落事故は覚えていますか?」


「あぁ、訓練中の隊員を乗せた陸自のUH-60jが墜落し機長を含む3名が亡くなった事故……ですよね」


「ええ。ご存知かもしれませんが、あのヘリに乗っていたのは特殊作戦群だったんです」












 2018年6月1日am10:00 日本国内 習志野駐屯地 (木島の回想)


 陸上自衛隊 習志野駐屯地


 陸自唯一の空挺部隊である第一空挺団の本拠地として有名な駐屯地であるが、表舞台で花を咲かせる彼らとは反対に装備・編成・訓練内容などの一切が秘匿された部隊もこの場所を本拠地としている。


 対ゲリラ・コマンド戦や非正規戦に対応するために生み出された陸上自衛隊唯一にして最強の特殊部隊。


【特殊作戦群】


 同じ特殊部隊のSATとは対照的に国内ではあまり知られていない特殊部隊ではあるが、その能力は各国の特殊部隊と比べても遜色は無い。

 少なくとも自衛隊の精鋭部隊であることは間違いない。


「おい、良かったなお前ら今日の訓練は簡単だぞ」


 俺はそこで小隊指揮官をしていた。


「おっ何をやるんです?」


「喜べ! 今日はラぺリング降下からの敵部隊制圧訓練だ」


「木島一尉、それ簡単じゃないんじゃ……」


「むしろ、めんどくさいです」


「甘ったれてんじゃねえよ、近藤二尉。また富士の樹海でサバイバル訓練がしたいのか?」


 部下たちの見るからに顔色が悪るくなる。


「それより、早く家に帰って娘に会いたいですよ」


 コイツもさり気なく話題変えてきやがる。そんなにサバイバル訓練は嫌だったのか?

 まぁ確かに、1ヶ月以上も山の中で食糧調達を行いながらの演習は負担が大きかったか……


「お前もかよ杉下二尉。親バカも大概にしろってんだ」


「木島一尉だって家に来た時に、娘を見て「かわいいな」とか言ってたじゃないですか」


 杉下からの思わぬ反撃に近藤二尉はきっちりと反応しやがった。


「へぇ……木島一尉もかわいい所あるんですね」


「近藤二尉、これからの訓練は楽しいものになりそうだな。キッチリしごいてやるから覚悟しろよ」


 普段の言動を知っているものなら皆驚くだろうが、俺は子供が好きだ。色々なことに純粋に興味を持てるのは子供の間だけだ。

 俺はそんな子供達を守る自衛官という仕事に誇りを持っている。


 因みに杉下の娘は今年5歳になったばかりだそうだ。勿論、あの年頃の子供は例外無く可愛い。


「まあまあ、早く終わらせましょうよ〝毒舌大尉〟」


「おい、上官をあだ名で呼ぶな! そもそもあだ名を〝毒舌大尉〟に決定してんじゃねぇ」


「そうはいっても防衛大臣が視察に来たときもご自慢の毒舌で対応してたじゃないですか。随行していた統幕長なんか真っ青でしたよ」


「あれは悪くないだろ。そもそも安全保障の素人が大臣やるってのがそもそもおかしいんだ」


 まぁ、あの件は視察終了後に陸上総隊司令部に呼び出され司令官から直接叱責されたわけだが……


「まぁまぁ、それがシビリアンコントロールですよ。あぁ、因みに今回の対抗部隊はどこがやるんです?」


「ん、そういえば第一空挺団の連中が対抗部隊になってくれるらしいな。何でもお客さんも見物に来るらしいし」


「お客さんですか? てことはアメリカさんでしょうか?」


「いや、統幕の上の奴らに防衛省装備庁の研究者……あと、海空自衛隊からも何人か来るらしい」


「へぇ、海空自衛隊も新しい特殊部隊とか作る気なんですかね?」


「さぁな、俺達には関係ないさ。さぁ準備に取り掛かれ」


「応!」


 いつもとは少し変わった環境での訓練が始まろうとしていた。

























2018年6月1日am10:15 日本国内 某駐屯地 降下地点上空 (木島の回想)


「ファルコン92よりSFCP、作戦空域に到着した。送れ」


『SFCPよりファルコン92、予定通り進めろ』


「ファルコン92了解」


 コックピットの通信を聴きながら、降下に備えた装具の最終点検に追われていた。多用途ヘリコプターUH-60jは、高度を落としてランディングゾーン(LZ)の直上で機体を静止させた。


「よし、降下開始」


「了解」


 多用途ヘリからファストロープを用いてビルを模した建築物の屋上へ降下、部隊は屋内で待ち伏せる対抗部隊を制圧せよ。

 対ゲリラ・コマンド戦闘を任される特戦群として行う訓練としては何の遜色もないものである。


 訓練は順調に進むかと思われた。

 しかし、降下要員が俺と杉下二尉だけになったとき事件は起きた。


「杉下、急げ!」


「はい!」


 杉下が降下するためロープを掴み体を機外に出したときヘリに異常振動が発生した。ヘリは大きく揺れ空中で風に煽られた杉下は悲鳴をあげた。


「何だ? ファルコン92よりSFCP。機体に異常振動発生。ミッションアボート、基地に戻る」


『SFCP了解。こちらでも異常を確認している。念のため予防着陸を実施せよ』


「ファルコン92了解。これより旋回し予防着陸を試みる」


 何が起こっているのかはわからないが機体にトラブルが発生し訓練が中止されたことはわかった。


「杉下、上がれ降下は一時中止だ」


 そう叫んで杉下の方に手を差し伸べたとき、機体後方で何かが破裂するような音が聞こえた。


 まもなく機体が回転を始め、高度がみるみるうちに下がり始めた。


 一体何があったのか見当もつかなかったが、機外に放り出されないように必死にしがみついた俺には杉下を救う余裕はない。

 何とか態勢を整え、やっとのことで伸ばした右手の先に……だが、杉下二尉の姿はなかった。


「何だ! どうなってる!? クソ、メーデー! メーデー! メーデー!、ファルコン92高度を維持できない、墜落する、墜落する!」


 コックピットで機長が叫ぶのが聞こえた時には、既に地面が目前まで迫っていた。

 

 強い衝撃と金属を叩く轟音。そこで俺の意識は途絶えた。


 3週間後、集中治療室(ICU)で目覚めた俺に群長が杉下の死を伝えにきた。

 死因はヘリのローターに胴体を切断されての失血死だったらしい。


 その後、防衛省から処分と共に辞令を渡された。


 彼の葬式に出席することは叶わなかった。




















2023年8月19日pm1:20 〝おおすみ〟食堂(小林一佐視点)


「あの事故はバードストライクが原因と結論付けられました」


「バードストライク? 不可抗力じゃないですか。そもそも何故あなたに処分が下されたんです?」


「上層部の説明では訓練中止を速やかに決断しなかったことが、杉下二尉の殉職事故を防げなかった一因であると言われましたが……詳しいことは今もわかりません。ただ、特戦群の小隊長としては不適格と判断されたようですね」


「どうも引っ掛かりますね」


「処分内容にケチをつける気はありません。今更、考えても過去は変わりませんし杉下は生き返りませんから」


「それはそうですが、あの事故は不可解な点が多いんですよ。事故後、バードストライクが原因と発表されたのにもかかわらず事故機の機付長が自殺していたりね」


 そう、あの事件は始めから終わりまで不可解なことばかりだった。


「随分詳しいですね」


「ああ、当時は海幕にいましたから。情報は私のところにも回ってきたんですよ」


 海幕どころか、中央警務隊と協力して原因を究明するために動いたさ。


「なるほど、もうこの話は止めてもいいですか? あまり思い出したくはないんでね」


「いや、一つだけ聞かしてくれ」


「何です?」


「……もし仮にあの事故が、起こるべくして起こったものだとしたら君はどうする。復讐しようと思うか?」


 例えばあの事件、政治的理由で事故原因が改ざんされたとしたら?

 実際は内局の一部が天下り先の防衛関連企業と談合を行い、テストが不十分な試作エンジンを機体に積んで、訓練と言う名目の実地テストを行った結果だと知ったら?


「変なこと聞きますね。何にもしませんよ」


「……そうか、引き留めて悪かった」


「いえ、では作業に戻ります」


 不正を働いた当時の内局職員は、時の総理が所属する派閥で期待されていた有望な人物だった。そこまで突き止めておきながら、政治サイドからの圧力を受けて捜査は中止されてしまった。

 それだけに20数年に渡る自衛官人生の中でも、この事件のことは今も心残りだった。内局職員の代わりにありもしない責任を負わされた、当時の小隊指揮官のことも。


 あの事件については守秘義務があるから俺からは何も言えない。ただ本人の気持ちに整理がついているならよかったと思う。


 ふと脳裏に殉職した杉下二尉の娘さんの顔がよぎった。葬式の時に母親に抱きついて泣いていた小さな女の子。

 あの子は笑えるようになっているだろうか……



用例解説

ラぺリング降下…ヘリなどからロープを使って降りる降下法


第一空挺団…中央即応集団に属する陸上自衛隊の特殊部隊。主にパラシュート降下し敵部隊を強襲する役目を持つ


特殊作戦群…第一空挺団と同じ中央即応集団に属する部隊。あらゆる事態に対応できるように訓練されているが訓練内容や装備は非公開とされている。デルタフォースやSEALs、SASなどをモデルとしている



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