第16話 事態終息?
2023年8月17日pm2:00 旗艦〝いずも〟会議室
「古賀司令、黒田三尉は何と?」
会議室中の視線が古賀司令に向けられるのがわかる。それだけ今回の事態に対する注目度が高いと言うことだろう。
「なんでも驚異的な回復力を持っているみたいでな。意識が回復し、レミリアさん達の問いかけにも応じるようになったそうだ。傷も治りつつあるらしい」
そう語った古賀司令の表情はやや複雑そうだった。だが、そのことについて触れるものは室内にはいない。外部の目があるからそれに配慮してのことだろう。
「それは良かった。退院までどのくらい掛かりそうなのですか?」
「順調にいけば、あと2週間程度で退院できるそうだ」
会議室中に安堵の声が上がる。正当防衛だったとはいえ、年端のいかない少女に重傷を負わせてしまった罪悪感までは消えない。それだけに後遺症もなく退院できるという診断結果は自衛隊としても喜ばしいことだった。
「ちょっと!」
しかし、それも本件の部外者である霊夢さんから見ればどうでもいい話のようである。話の腰を折られて不機嫌そうにしている彼女に、苦笑しながらも古賀司令が対応する。
「すみません。それでご用件は何ですか?」
「私は紅魔館の連中に挨拶しろと言ったのよ! それをどう聞き違えたら連中と戦えになるのよ!」
「すみませんでした。なにしろ……」
「我々の安全を確立するために止む無く自衛権を行使いたしました。あの状況では止む負えなかったものであると確信しております」
彼女との会話に割って入った人物は会議室の入り口の前に立っていた。
「むぅ、伊藤さんだったかしら? 自衛権だか何だか知らないけど、あんた達の迂闊な行動のせいで事態が複雑化したのは確かじゃないの?」
陸自の迷彩服姿に身を包んだ伊藤一佐の登場に、霊夢の怒りの矛先が向いた。
「自衛権の行使に関しては、迂闊な行動であったとは考えておりません。急迫不正の侵害を排除することは我々に与えられた正当な権利ですから」
「さっきから難しいことばかり言って……もっと簡単に言えない訳!? あっ! 私が分からないと思って誤魔化してるんじゃないでしょうね?」
「そのようなことは断じてありません。ですが貴女にその様な印象を与えてしまったのであれば極めて遺憾です」
「だ・か・ら! 簡単に言えって言ってるでしょ!」
何やら食い違った主張をする2人であるが、これ以上収拾がつかなくなる前に何とかしなくてはなるまい。
因みに伊藤一佐に関して言えば、彼は入隊前に民間企業も経験しているから役所言葉しか使えない訳ではないはずで。つまりワザとやっているのだろう。
「お二人とも冷静に。そもそも伊藤一佐、あなたは何でいつも遅れてくるんですか。これで二度目ですよ」
階級が上の古賀に促され、伊藤一佐は渋々ながらも霊夢さんとの会話を打ち切る。
「すみません。燃料調達に進展があったもので」
一佐はそう言いながら一枚のメモをひらつかせた。
「また例の〝提案〟ですか」
「はい、陸自内の理系を先行していた若手と相談しまして」
「今度は何ですか? まさか、地面を掘ったら石油でも沸いた……とか言うんじゃ無いでしょうね?」
「そうだったらもっと楽でよかったんですが……生憎とそう上手くはいかないようです。ところで皆さんはバイオエタノールってご存じですか?」
伊藤一佐からの突然の質問に会議室内の幕僚が素早く答える。
「聞いたことはあるが……作り方までは知りませんね」
「実は、作り方は以外と簡単で焼酎の作り方とほとんど変わりません」
「具体的にどうすれば良いんだね?」
「まず、炭水化物を含む生物由来の原料が必要ですね。具体的には米等です」
「ほぉ、それで?」
「まず、その原料を使って焼酎を作ります」
「おいおい、この大事に君は酒を作れと言うのか。そもそも我々は公務員だぞ」
稲垣一佐が思いっきり難色を示す。もっとも、彼の意見は一般的な自衛官であれば至極もっともな感覚である。
「いえ、焼酎として出来たものからエタノールを取り出したいだけですよ」
「なるほど。であれば問題はないか……」
「そして、取れたエタノールを何度か蒸留してエタノールの純度を99%くらいに上げれば完成です」
「それで、その燃料は大量生産が可能なのかね」
「はい、必要とあれば水増しも可能ですよ」
会議室中から歓声が上がった。武器に限らず、自衛隊が保有するあらゆる装備品を使用する為には燃料が必要不可欠だ。燃料不足はそのまま死活問題となる以上、その解決策が見つかったことで希望が見えたのだ。
「それで、原料の米などや蒸留させるための施設はどうするんだね」
「問題はそこですね。施設は我々で作らせますが原料はどうしようも……」
「人里が在るならば、そこの住人から買えば良いじゃないか」
「稲垣一佐、彼らが友好的である保証は無いんですよ。第一、この世界の通貨がわからない」
「霊夢さん、この世界の通貨を教えていただけないでしょうか」
「あぁ、あなた達と同じ円よ」
「古賀司令、どうしますか?」
「八雲紫と話をつけるしかなさそうだな」
「ちょっと待った。まさかあなた達、紫と会うんじゃないでしょうね」
これまで大人しく聞いていた霊夢が、食いつくように声を上げた。
「ええ、面会の要請を受けましたよ」
「行かない方が良いわよ。紫は幻想郷に危害を加えるものは誰だろうと容赦しないわ。理由はともかく紅魔館に攻撃したあなた達も危険だと思うわ」
「それでも我々は帰るために行くしかありません。仮に攻撃されたとなれば我々は自衛権を行使して八雲紫を倒します」
「無理よ。ただの人間でしかない貴方達に、紫は倒せないわ」
「やってみないとわからんでしょう? 我々もこんな訳の分からない所で死ぬのは真っ平ごめんですから、精一杯抵抗させていただきますよ。でも相手が本当に妖怪の賢者様なら、相互確証破壊という言葉も知っているでしょうから攻撃してくることはないと思いますが」
挑戦的に笑った伊藤一佐を、稲垣一佐が冷ややかな目で見つめる。理屈としては分かっていても武力を背景とした脅しなどは、あまり好まないのだろう。
「まぁともかく、我々は一度彼女と交渉する必要があります」
「決裂したら?」
「自らの安全確保のために全力を尽くします。最悪の場合、武力の行使も辞さない構えです」
用例解説
バイオエタノール…別名「焼酎燃料」。本編での解説通り。
★バイオエタノールの案はとある読者様から頂いたものです。ご協力に感謝いたします。




