第100話 ダメージコントロール
2023年12月9日 pm5:45 陸自第一中隊陣地上空 F-35j スカーレット03 (石川三佐視点)
『ホークアイよりスカーレット隊。対空戦闘は海自が主体となり行う。スカーレットは引き続き爆撃を続行せよ』
艦隊の後方から空域を監視する早期警戒機からの通信は先程から変わっていない。
陸自から支援の要請を受けて1機辺り6発の2000lb JDAM誘導爆弾を搭載するという対地編成。いわゆるビーストモードでの離陸を行い、敵部隊上空へ到達したのがつい5分前。
既に殆どの爆弾を投下していたが、爆装量を確保するために急遽選択したビーストモードでの出撃はステルス性を大きく損なう結果となり、対空装備の護衛機の存在を欠くわけにはいかない状況になってしまっていた。
敵機甲部隊の侵攻阻止のためとなれば、ウエポンベイに格納できる2発の2000lb JDAMと自衛用のAIM-120AMRAAMのみでは余りに火力不足であったから致し方ないとはいえ、いざ離陸した途端にまるで見計らったようなタイミングで敵機の大編隊が来襲したのである。
任務の重要性は理解しているが、戦闘機の本分たる航空優勢確保の機会を海自に奪われる結果となったのだ。内心の苛立ちは募るばかりであった。
「スカーレット03よりホークアイ。海自が撃ち漏らした敵機が作戦空域へ接近中。対処の指示を請請う」
だが、その苛立ちもそう長くは続きそうにない。
遂に敵編隊の一部が海自のミサイル網を突破して、こちらの作戦空域へと迫ってきたのだ。
『こちらでも確認している。海自は飽和攻撃対処の為、防空リソースを艦隊防空へと集中するもよう。作戦遂行のため、スカーレット03は作戦空域の航空優勢を確保せよ』
「ラジャー。スカーレット03、エンゲージ」
今回の任務に必要な爆装量を確保する為、スカーレット編隊は俺の機を除いて自衛用の対空ミサイルを積んでいない。
よって、このような事態には俺が単独で対処する手はずとなっていた。
『敵機は6機。うち4機は高度を上げスカーレット隊へ接近中』
敵の狙いはやはり対地攻撃中の我々らしい。高度を上げない残りの敵機は陸自陣地攻撃を目指す対地攻撃機だろうか?
捕捉されないことこそが最大の強みであるステルス機だが、例え捕捉されたとしてもこの程度の敵機に負ける気はしない。
BEEP。
レーダー警報装置が敵機からの捜索レーダー波を探知した。だが、ウエポンベイにミサイルを格納している本機はまだ気づかれていない。
現代戦は先手必勝だ。左の親指でスロットルレバー横腹の兵装選択スイッチを中距離対空ミサイルの方へ押し込む。
途端に捜索レーダーは火器管制レーダーへと切り替わる。照準された4機の敵機が、ヘッドマウントディスプレイにコンテナボックスとなって投影される。
「マスターアームオン。FOX3」
発射コールと同時に、ステック上部の兵装発射ボタンを押し込む。
途端にウエポンベイが開放。自重で落下した4発のAIM-120が次々とブースターに点火して加速していく。
火器管制レーダーの照射を受けてか、敵機はそれぞれ回避機動をとり始めたが、予想通り敵からの対抗射撃は向かってこない。
敵に本機が探知できなければ、目視距離外戦闘の結果は一方的なものになるだろう。敵からのレーダー誘導ミサイル対策として、念のためビーム機動をとってはいたが杞憂で終わりそうだ。
米国製の賢いミサイルであるAIM-120 AMRAAMは敵機に接近すると自らアクティブレーダーを照射、敵機を捕捉してこれに突っこんでいく。
敵機も回避のためにチャフなどの妨害兵装やビーム機動を駆使して回避を試みてはいるが、次々と近接信管に捉えられてレーダーからその姿を消していく。
「敵機撃墜4」
たちまち4機の敵機はAMRAAMの餌食となり、空へと散っていった。
あとは、低空を這うようにして陸自陣地を攻撃せんとする2機の攻撃機のみだ。生憎とAMRAAMの残弾はもう残っていないが、鈍重な攻撃機程度であれば短距離ミサイルのAAM5でも充分なはずだ。
だが意外なことに、予想に反して敵機のうち1機は高度を上げてこちらに向かってきた。
「破れかぶれの攻撃か?」
不可解に思えた敵の行動の正体は、直後に早期警戒機からもたらされた。
『スカーレット隊、ミサイル接近! ブレイク、ブレイク!』
「んなっ!」
レーダー警報装置に反応があるのは敵の捜索レーダーだけで、火器管制系のレーダー照射は受けていない。距離はまだ離れているから、中距離ミサイルとして広く使われているレーダー誘導ミサイル以外で攻撃することはできないはずだ。
だが、早期警戒機の警告と共にやかましく騒ぎ始めたミサイル警戒装置が、攻撃は現実のものだと主張していた。
『スカーレット01、任務中止。ブレイク、ブレイク』
攻撃を受けたことで、投弾アプローチに入っていた2機のF-35が翼を翻して離脱する。これで敵機甲部隊への打撃は不十分なものになってしまうが、こうなった以上は致し方無い。
レーダー性能が高くないソ連製の戦闘機が、1度の攻撃で多数の標的を攻撃してくるなどアクティブホーミング式のミサイルを使用したとしか思えないが、レーダー波は検知していない。
思考の袋小路に陥りかけた時、ふと教範の片隅に書かれていた仮想敵国の装備についての記載が頭をよぎった。
「こいつは……R-27ETだ」
R-27ET。旧ソ連製の中距離レーダーミサイルのR-27をベースに開発された赤外線誘導方式の中距離ミサイル。
アメリカをはじめとする西側諸国では、主に短距離ミサイルで使用されている赤外線誘導方式。ソ連はこれを強化して、より遠方を狙える強力なセンサーを中距離ミサイルに搭載して見せたのだ。
このミサイルが相手では、敵のレーダー波から姿を消すステルス機もその真価を発揮することは出来ない。
「全くよく考えたものだ」
敵の手腕に感服するが、タネが分かれば対処は容易である。
ただちに機体を機動させつつフレアを散布。強力ではあるが対赤外線妨害排除機能が劣るR-27ETは囮の熱源にまんまと騙されて、明後日の方向で自爆する。
そのすきにアフターバーナーに点火。敵との距離を詰めつつ、兵装選択スイッチを短距離ミサイルへと切り替える。
こちらの接近に気づいたらしい敵機が、慌てて回避機動をとっていたがもう遅い。
「FOX2」
放たれた2発のAAM5は、それぞれの敵に向かって矢のように進んでいく。回避を試みた敵は先程の俺と同じようにフレアをばら撒いたが、国産のAAM5短距離ミサイルはR-27TEと同じ赤外線誘導方式ではあっても対赤外線妨害排除の能力は圧倒的だ。
ミサイルは囮に騙されることなく、真っ直ぐに敵機へと突っ込み流麗な翼を引き裂いた。
「敵機撃墜2」
これで航空優勢の確保は完了した。レーダーに映るのはフレンドリーのみである。
『ホークアイよりスカーレット。敵航空脅威の撃滅を確認。コンプリートミッション、基地へ帰還』
ミサイルの残弾は最早ない。陸自への支援はあと一歩のところで不完全燃焼に終わってしまったが、致し方無い。
『コピー、スカーレット01基地へ帰還』
『ツー』
「スリー」
3機の戦闘機は編隊を組んで基地への帰路に就く。途中は肝を冷やす場面もあったが、結果だけ見れば損害らしい損害も受けることがない完勝であった。
……海自に大きな被害が出ていたことを知ったのは、基地上空へと舞い戻ったあとのことである。
2023年12月9日 pm6:10 補給艦とわだ 艦橋 (宮津一佐視点)
どこか遠くで大気が震えている。轟音と共に床が大きく揺れて、響き渡る甲高い音アラーム音と、誰かのうめき声が聞こえた。
どうも私は床に倒れ込んだらしい。起き上がろうとしても身体が思うように動かないし、目も開けているはずなのによく見えない。
落ち着こうとして深く息を吸うと、途端にせき込んだ。この臭いは煙だろうか?
「艦長! おい、誰か来てくれ」
聞きなれた声がして、誰かが駆け寄ってきた。どうやら耳は無事らしい。
どうにか動かせる右手を挙げて顔をぬぐうと、手のひらにべったりと紅いものがついた。どうやら額を切ったらしい。目が見えずらいのは左目に血が入ったのが原因のようだ。
「……副長か」
何とか絞り出した声は、自分のものとは思えないほどしわがれていた。
「無理をなさらないでください。今、看護長を呼んできます」
「大丈夫だ。それよりも被害を報告してくれ」
辛うじて見える右目で周囲を確認しながらそう促す。艦橋内は見渡す限り酷いありさまだった。ガラスは割れて散乱し、航海長を含めて複数のクルー達が倒れて呻き声を挙げている。
「艦首と後部ヘリ甲板に航空爆弾を2発被弾しました。1番・2番ステーションが大破、炎上中。推進器破損により航行不能です」
あまりの損傷に思わず、副長の顔をまじまじと覗き込んでしまった。煤に汚れてはいるが、それでも分かる蒼ざめたその表情を見るに、決して冗談を言っているわけでは無いらしいことが分かる。
しかし、絶句している余裕はない。もたもたしていては本当に手遅れになってしまう。
「……被害甚大だな。何としても延焼を食い止めろ。弾薬や燃料に引火したら一発で轟沈だ」
「承知しております。現在、手すきの者を全て応急作業に従事させてダメコンにあたっています。また、艦橋との連絡が途絶した為、私の独断で弾薬庫と前部燃料タンクに注水しました。全責任は私にあります」
引火を防ぐための適切な処置だったが、補給艦としての本艦はこれで完全にお役御免になってしまったといえる。
他に手はなかったとは言え、艦長としてはやはり悔やまれる。
「いや、良くやってくれた。艦橋はこの通りで機能を喪失している。応急指揮所は機能しているか?」
「はい。現在は機関長が指揮を執っています」
意外かもしれないがダメコンは機関科の所管業務だ。機関長が指揮を執っているのであれば心配はないだろう。
「わかった。戦闘の状況はどうなっている?」
「航空脅威については紅魔館の加勢もあり無事に撃退しました。陸自については依然戦闘中ですが、空自の支援もあり一応は収束に向かっているようです」
「よし。では安心してダメコン作業に移れるな。消火の目途はたちそうか?」
副長の背後で高々と燃え上がる火柱を見上げつつ、一応の確認をしておく。
「応急長の見解では本艦単独での消火は困難とのことです。現在、僚艦へ支援を要請しております」
やはりか……
開発隊群にいた経験から、これほどまでに燃え広がった炎を消し止めることが、どれほどの困難を伴うのか、ある程度の予想はついていた。
「よし。負傷者の後送も同時に行え。私が指揮を執る」
立ち上がろうと右腕に力を込めたところで、副長が慌てたように私の両肩を押さえた。
「それは無理です。せめて看護長の診察を受けてください」
「そうも言ってられんよ。艦長の役職を拝命している以上、こんな時に私がここを離れるわけにはいかない」
すでに大破相当の被害を受けている状態なのだ。火災の進行状況いかんでは総員離艦の命令を出す必要だって出てくる。
そのときに艦長である自分が指揮を離れるわけにはいかないだろう。
「お言葉ですが、お怪我の状態は艦長が思われているよりもずっと酷いようにお見受けします。副長という役職はこのような状況の為にあるのです。どうか安心してお任せを」
「しかしだな……ッ痛」
副長に健在を示す為に無事な右腕に力を込めて立ち上がろうとして、脇腹に強烈な痛みを感じた。
「艦長!」
副長が慌て身体を支えてくれたが、今度は支えにしていた右手がぬるりと滑ってバランスを崩してしまう。
彼のおかげで強打することは避けれたが、脇腹の痛みは治まるどころかより激しさを増している。
「艦長、血が……」
そう絶句した副長の視線を追って、随分と近くなってしまった床を見て言葉に詰まった。
床は深紅に染まっていた。そしてその深紅の液体の出処は……
「艦長、そのまま動かないで下さい。今カポックを外しますから」
緊迫した副長に半ば押さえつけられるようにして、カポックの留め具が外されて灰色の救命胴衣が数時間ぶりに身体を離れた。
だがよく見れば灰色のはずのカポックは、ちょうど脇腹の辺りにかけてどす黒く染まっていた。
「まずい。このまま止血しますから頑張って下さい」
どうやら私の怪我は思いのほか酷いものだったらしい。もはや脇腹の痛みは堪えがたいものへと変質を遂げていた。
「副長、大丈夫ですか!」
「君は?」
緊迫した状況に、左舷側のウィングで応急処置を施していた若い隊員が駆け寄ってきた。
その彼も火災の煙と血に汚れた酷い恰好で、人相もカポックに記載されている所属も不鮮明で誰だかはっきりしない。
「見張りの村田士長です。お怪我は?」
「私は大丈夫だ。それより通信は生きているか?」
「ダメです。無線も無電も回線不通です。応急指揮所、医務室ともに応答ありません」
電源のいらない無電池電話すらも不通になるとは……
通信の異常はそのままダメコンの成否に直結しかねない極めて重要なものだ。船体に受けた被害は想像以上に深刻だったらしい。
「わかった。では伝令を頼みたい。……動けるか?」
見るからにボロボロになってしまった村田士長の姿をみて、流石の副長も躊躇したらしい。命令の形を取らなかったのは葛藤があったからであろう。
「大丈夫です」
はっきりと答えた士長に、副長は腹をくくったのか小さく頷いた。
「よし、医務室へ伝令。艦橋重傷者多数。艦長も重傷につき失血多量状態にあり。至急、衛生隊を艦橋へ」
「了解。伝令行きます」
強烈な痛みに耐えながら駆け出していく村田士長を見送り、それを最後に私の意識は深い闇へと飲み込まれていった。
用例解説
AIM-120 AMRAAM……読み方はアムラーム。米国製の中距離ミサイルでミサイル自らが電波を出して敵を追跡するアクティブレーダーホーミング方式のミサイル。高性能だが高価格。
FOX3…アクティブレーダーホーミング中距離ミサイルの発射コール。
FOX2…赤外線誘導指揮短距離ミサイルの発射コール。
ビーム機動…敵の進行方向に対して進路が直角となるように機動することで、敵機に対する接近速度を極小にしてレーダーに映りにくくする飛び方。
ビーストモード…F35戦闘機における装備体系の一種。ウェポンベイのみでなく機外パイロンに武装を搭載することで搭載量を大幅に増やすことができる。ただし、ステルス性は犠牲になる。