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第99話 日幻相互安全保障協定

2023年12月9日 pm6:00 護衛艦むらさめ CIC(稲垣一佐視点)


『後部甲板に複数発被弾。船体に大激動』


 警告からほどなく艦内を襲った強烈な衝撃は、基準排水量4450トンの巨大な船体を大きく動揺させた。

 甲高い警報音と、駆け回る応急員の怒鳴り声が一瞬で艦内を支配する。


「各科、持ち場の点検を行え!」


 衝撃を殺しきれず、前方のディスプレイに打ち付けた額をさすりながら、艦長としての責務を果たすべく声を張り上げる。


『ヘリ格納庫、火災。負傷者集計中』


『左舷、短魚雷発射管に直撃。大破、炎上中』


 艦内各部から悲鳴じみた報告が次々と上がってくる。状況からみて大口径の機関砲か、ロケット弾の斉射を受けたのだろう。

 被害個所は多いが、対艦ミサイルや大型爆弾に比べて致命的な損害にはなりにくい。


「航空燃料に引火させるな。消火、急げ! 負傷者は医務室と士官室へ搬送せよ」


 平時とは違い、戦闘となれば負傷者が一度に大量に発生することも少なくない。

 その場合は医務室だけではなく、幹部たちが執務や食事をとるために使っている士官室を、臨時の処置室として開放することになっているのだ。


 奇襲攻撃を受けた割には、損傷は軽微と言っていいかもしれない。


「後部CIWS、損傷発生。射撃不能」


「後部VLSに異常発生。シースパロー発射できません!」


 内心で抱いた安堵をひっくり返す、最悪の報告はCICから上がった。

 武器整備長が蒼白となった表情を浮かべて機能復旧を試みているようだが、被弾による損傷をすぐに復旧できるとは到底思えない。


「復旧急がせろ。イルミネーターは生きているか?」


「問題ありません。対空・対水上レーダー共に健在です。間もなく、マークインターセプト」


 つまり、被弾の直前に発射したシースパローの終末誘導には問題がないということだ。新たに対空ミサイル(SAM)を発射することはできなくとも、防空手段のすべてを喪失する最悪の事態だけは回避できたのは幸いだ。


「よし、終末誘導を継続して対レーダーミサイル(ARM)を墜とせ。航空機は砲で対処する」


「シースパロー、インターセプト5秒前。3……2……1……マークインターセプト!」


「目標に命中。撃墜成功」


 射撃管制員が誇らしげに報告を上げる。

 ひとまず懸念事項は処理された。後は、再攻撃を仕掛けようとしている敵編隊を何とかするだけだ。


「敵編隊、右旋回。突撃してきます」


 艦隊の直上を飛び越えた敵機は、こちらの必死の努力をあざ笑うかのように、密集編隊を組んだまま艦隊外周に向けていた機首を再び艦隊へと向けようとしている。

 その機体下部には、まだ大量の爆弾とロケット弾が懸架されたままだ。


「対空戦闘、主砲攻撃始め」


 砲術長の命令と同時に、上甲板では敵機が迫る右舷に向けて主砲が旋回を開始する。モニターに映し出された上甲板の映像には、敵機に向けて固定された砲身の姿があった。


「撃ちぃ方始め。よぉい、撃てぇ!」


 砲雷長の指揮のもと、砲雷科員が一丸となって迫りくる敵編隊へ対処すべく射撃を開始する。


 すぐに76mm単装速射砲が連続して火を噴いた。モニターの先では、射撃と同時に吐き出される大きな薬莢が上甲板を転がりまわり、その内のいくつかは湖へ落水していく。


「いずも、seRAM発射。迎撃開始」


 いずもに搭載されたボックス状の発射機からは、連続してseRAMが轟音と共に吐き出されている。近距離での防空では最も力を発揮するseRAMであるから、いずもが対空戦闘を始めたことは本艦にとっては僥倖だ。


 いつの間にか強く握りしめていたらしい拳に、さらに力を込めて撃墜を祈る。しかし、その想いを嘲笑うかのように敵機は旋回を終えて接近を継続してくる。


「クソ! なぜ当たらない」


「後方より強力な電子妨害(ECM)を受けています。主砲の射撃が定まりません!」


「射撃をマニュアルに切り替えろ。目視照準で撃ち続けろ!」


 電子妨害(ECM)攻撃を仕掛けているのは、恐らく対レーダーミサイル(ARM)を撃ってきた敵編隊だろう。

 先程、みょうこうが報告してきたレーダーの異常は自艦の放ったチャフなどではなく、敵の電子戦機による攻撃だったのだろう。いずれにせよ、最悪のタイミングには違いない。


「いずものSAMが命中。敵機1機撃墜」


 レーダーから敵機を表していた光点が一つ消える。だが、それでも敵はあと3機が健在だ。本艦を沈めるには充分過ぎる能力が敵には残っている。


「敵機二手に分離。上下から本艦を挟み込む機動です!」


 2機が上昇して攻撃態勢に移る。その腹には黒光りする大型爆弾を抱えているに違いない。

 昔の戦艦とは違って、現代の護衛艦は装甲が薄い。一発でも喰らえば轟沈は確実だ。


「何してる! とっとと墜とさんか! 対電子妨害(ECCM)どうした!?」


 絶叫する砲術長の顔面は恐怖に引きつって蒼白だ。どう考えてもこの状況では迎撃は間に合わない。


 もはやこれまでか……

 レーダーへの探知を抑えるべく、危険な低空飛行を長時間渡り行って艦隊への接近に成功したことと言い、敵機のパイロットは勇敢そのものだった。

 この状況は敵機の卓越した技量と、勇気によって生み出されたと言っても過言ではあるまい。


 敵機への畏敬の念を抱きながら、艦長としての義務を果たすべく艦内マイクを取る。


「見張り員、退避。衝撃に備え」


 再びの被弾を覚悟して、目を伏せる。直後、ビリビリと響くような衝撃と大きな爆発音が本艦を襲った。

 転倒しまいと踏ん張ったおかげか、今度はどこにも体を打ち付けずに済んだようだ。


「被害報告!」


 動揺する船体に足を取られないように、踏ん張りながら叫ぶ。


「上昇した敵機2機が爆発。残存機は離脱機動に入ります。本艦への損傷は軽微」


 電測員の裏返った声がそれに答えた。


「爆発? 撃墜ではないのか?」


「不明です。急にレーダーから消えました」


 一体、どうなっているのだ?

 あの状況下で本艦が一度に2機もの敵機を撃墜できるとは思えない。仮にいずもが迎撃を試みたとしても、あの距離では迎撃は困難を極めたはずだ。


「艦長、船外カメラをご覧ください」


 船務長が立ち上がり、CICの一画に据えられたモニターに視線を向けている。


「あれは……」


 船務長に促されるまま覗き見たモニターには、暗闇の中でひときわ目立つ一人の少女が映っていた。

 青白い銀髪に深紅の瞳。独特な形状のナイトキャップと、同じ色合いの薄いピンクのドレス。幼さを残しながらも、どこかカリスマ性を感じる出で立ち。


「レミリア……スカーレット」


 一度会えば忘れることはないであろう、整った容貌の少女がそこにいた。








 


2023年12月9日 pm6:08 護衛艦いずも 艦橋 (秋津一佐視点)


「敵編隊、むらさめ右舷に向けて接近を開始。攻撃態勢に入った」


 右舷のウィングに立つ見張り員の声が、艦橋へと響き渡る。

 通常の対空戦闘配置はCICだが、今回は艦隊作戦の指揮を執ることとなった古賀司令にCICを譲って、艦橋で本艦の指揮を執ることになったのである。


 見張り員の報告を直接聞けるのは新鮮だったが、今はそのことについて考える余裕など毛頭ない。

 既に、対空戦闘中だった《むらさめ》と補給艦 《とわだ》が被弾して炎上している。この敵編隊を一刻も早く排除せねば、次は本艦が危険にさらされることも充分に考えられる。


「むらさめ、主砲発射。迎撃を開始」


 見張り員の声を受けて《むらさめ》に双眼鏡を向けると、右舷に指向した砲門から絶え間なく白煙が上がっているのが見えた。火災によるものとみられる黒煙がひどく、被弾による損傷の状況は詳しくは分からないが、迎撃のため全力射撃を行っているのだろう。


 だが、対空ミサイルを発射する様子はない。被弾の影響か、それとも先刻撃ったESSMの終末誘導がまだなのか。いずれにせよ、《むらさめ》単艦で対処するのは荷が重いだろう。

 ここは僅かでも対空戦闘能力がある本艦が支援するべき場面だ。


『seRAM発射用意よし。よーい……撃てぇ!』


 CICに指示を出すべく艦内マイク手に取る前に、こちらの意図を酌んだかのようなタイミングで砲雷長の射撃号令が艦内に響いた。

 前甲板に設置されたseRAMの発射機が、発射を知らせるけたたましい警告ベルを奏でながら旋回する。


 一拍おいて、閃光が迸り轟音と共に4発のRAMが白煙を引いて次々と飛び出し、敵機に向けて殺到する。弾頭に搭載されたシーカーが敵機の熱源を捉えて、喰らい付くべく推力変更ノズルを稼動させて敵編隊へと突入する。


 命中するかに思えたミサイルは、しかし直後に一斉に放たれたフレアに惑わされ、目標を失い迷走してしまう。


「何て技量だ」


 同じく双眼鏡でミサイルの行方を追っていた航海長が、呻く(うめ)ように呟くのが聞こえた。それは感嘆に近いものだったのかもしれないが、それには私もまったくの同感だった。


 FCSレーダーによって照準された速射砲に狙われながら、臆することなく攻撃態勢に入ったこともさることながら、複数の赤外線誘導ミサイルに狙われても編隊間で連携して効果的な回避手段を取ってくる。

 恐るべき練度のパイロットなのは間違いない。


 しかし、そんな彼らでもこれらを全弾避け切るのは不可能だったのだろう。本艦から放たれたRAMが1機の敵機を捉えて、その左翼をもぎとって爆発する。

 揚力を失った機体は錐揉みを起こしながら、湖のほとりに墜落する。


「爆破閃光視認。敵機1機撃墜」


 興奮した見張り員の報告に、艦橋でワッと歓声が上がった。だが、必死の迎撃が効果を上げたのはこの時が最後になった。


「ダメだ。突破されるぞ」


 双眼鏡を覗いていた航海長が、顔を引きつらせて叫んだ。見れば敵編隊は上下に分かれて、《むらさめ》を挟み込むように攻撃位置に推移している。

 確かにこれでは防ぎきれない。本艦からRAMで援護しようにも、火災を起こしている《むらさめ》が近すぎて誤射の危険が高くどうすることもできない。


 思わず双眼鏡を握る手に力が入ったその時、一筋の光が上昇した敵機2機を貫いた。


 次の瞬間、敵機が爆散した。本艦でも《むらさめ》の対空砲火でもない。その光は全く違う方向から飛来して、一瞬で凄腕が乗る戦闘機を落としてしまったのだ。

 光が飛んできた方向に視線を向けると、その視界の先にあったものを見てその正体に思い至った。


「紅魔館か」


 激しい戦闘が繰り広げられる中、今まで沈黙を保っていたあの高飛車な吸血鬼のお嬢さんが救援に来てくれたのだ。


 続いて放たれた光の筋……いや、深紅に輝く光の槍と言うべきものが最後に残った敵機めがけて飛来し、僚機の墜落と同時に攻撃を諦め、回避機動を取っていた最後の敵機の翼を奪い取った。


 まさに圧倒的な強さだった。制御を失ってベイルアウトする敵機を、呆然と双眼鏡で追いながら戦慄を覚えた。

 我々はこのような化け物相手に戦闘を行っていたのかと、今更ながら恐怖が襲ってくる。


「艦長、紅魔館へ展開中の陸自部隊から緊張入電です」


「全艦放送にして繋いでくれ」


 艦橋に詰めている電信員の報告に、一つ頷いて艦内マイクを手に取った。


『こちらは陸自38普連三中隊、二小隊長の木島三尉です』


 陸自が使う無線符牒など一切抜きで送られてきた無線に、思わず度肝を抜かれた。暗号化されているとはいえ、通常ではこのような無線のやり取りを行うことはあり得ない。


 しかし、彼の名前には聞き覚えがあった。精鋭部隊出身者でありながら、とある事故の影響で人事処分を受けたという異色の経歴の持ち主だ。そして、同時にその行動が時に突飛であるということもだ。

 陸自から報告が上がっていた紅魔館への連絡幹部(LO)とは彼のことだったらしい。


「いずも艦長の秋津です。要件をどうぞ」


『そちらに迫る敵機を撃墜したのは、紅魔館のレミリア嬢です。決して攻撃せぬように各隊へ徹底願います』


 やはり今の攻撃は紅魔館の当主からで間違いないようだ。航海長の指示でウィングに詰める信号員が駆け出し、全艦艇に向けて発光信号を送り始める。

 これで誤射の可能性は限りなく低くなるはずだ。


「了解した。各艦に伝達する」


『感謝します。それとレミリア嬢より日幻相互安全保障協定に基づいた支援の申し出と、貴艦への着艦許可の要請がありました。こちらも至急対応願います』


 あの吸血鬼のお嬢さんに自分から進んで支援の申し出をさせるとは……木島三尉は一体どんな交渉をしたというのだろうか?

 個人的興味が湧くが、今はそれどころではない。一刻も早く艦隊の安全を確保して、被弾炎上中の2隻を支援せねばならないのだ。


「ラジャー。報告感謝する」


『健闘を祈ります。終わり』


 無線が切れると同時に、航海長が一歩前に進みでた。


「艦長、レミリア嬢とみられる飛行目標を確認しました。艦隊上空を旋回しつつ本艦への着艦態勢に入っています」


「分かった。飛行長に着艦誘導を行うように伝えてくれ。私は甲板に降りて出迎える」


「しかし、戦闘部署発令中の移動は危険です」


 対空戦闘配置が下令されている今、艦内は隔壁を閉じて非常閉鎖を行っている。その為、移動には通常よりも大きな手間と時間がかかるし、何より敵の攻撃を受けたときに甲板に居ては危険が大きすぎるのだ。


「分かっている。だが、艦隊を救った恩人だからな。無下には出来んさ。砲雷長に《むらさめ》と《とわだ》の消火支援を行うように伝えてくれ。必要があれば哨戒ヘリ(HS)を飛ばしても構わない」


 この状況下、戦闘中に艦の指揮を執るべき艦長が持ち場を離れる私は、艦長失格なのかもしれない。だが、今レミリアを迎えることが今後の作戦に大きくプラスに働くように感じたのだ。

 今にして思えば、陸自のLOが連隊本部ではなく私に直接連絡を寄越したのにも、何か意図があったのかもしれない。


「……了解しました。そのように伝達します。航海士を補佐に付けますので、存分に使って下さい」


 航海長の一声で舵輪を握っていた、若い三尉が駆け寄ってくる。


「悪い。頼んだ」


 渋々といった表情で頷いた航海長に、それだけ伝えてタラップを駆け下りた。

 背後から聞こえる三尉の足音を背に受けて、甲板を目指して駆け出した。





 

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