第98話 空対艦
2023年12月9日 pm5:30 人里上空10㎞地点 月面空軍第6飛行隊 ジェラーヴリク隊
パイロットという仕事を選ぶ人種には色んな性格を持った奴がいる。真面目な奴・怒りっぽい奴・能天気な奴・正義感の強い奴……同じ者は一人として居ないが、たった一つだけ皆が共通していることがある。
それは空への憧れだ。どこまでも続くように見える、広く大きなあの蒼い空を自由に駆け巡りたい。その疼きにも似た衝動に突き動かされるがままに、パイロットを志していくのだ。
これくらいの強い想いと覚悟が無ければ、厳しい訓練を突破することは……ましてや、より過酷な状況での操縦が求められる戦闘機乗りになどなれる筈がない。
『オリョール隊。ミサイル接近中、回避せよ』
無線を通して地上の防空管制官からの声が響く。けれど、呼びかけた先は俺達じゃない。
『オリョール03、了解。チャフ・フレア放出』
陸軍を支援するため、敵陣地爆撃の任を帯びたオリョール隊に宛てた通信だ。どうやら敵の防空ミサイルに検知されたようで、先程から管制官が声を張り上げている。
『ダメだ! 敵ミサイルの誘導能力は想定以上だ。直ちに高度を下げ、回避行動に移行せよ』
『っオリョール03、了解。攻撃態勢を解き、回避を……』
回避運動の為、高Gを掛けていたのだろう。苦しげだったパイロットからの通信は不意に途切れた。
『クソっ! オリョール03、ロスト』
管制官の悔しげな声が無線を通して耳に響く。鷲の名を冠された仲間が、たった今撃墜されたのだ。
あの夜と同じように。
『オリョール04、01ロスト。02指揮を引き継げ』
『了解。02指揮を引き継ぐ。敵の対空砲火が激しく目標に接近できない。ガデューカ隊はどうした!?』
敵防空網の制圧はガデューカ隊に与えられた仕事だ。
事前計画では敵の対空砲火を検知したと同時に、ガデューカ隊が対レーダーミサイルをしこたま撃ち込んでやるはずだったが、遅れているのか?
いずれにせよ彼らが仕事を始めない限り、オリョール隊は敵の対空砲火をもろに受ける事になる。
『ガデューカ隊は間もなく攻撃位置に進出する。それまで持ちこたえろ』
『急いでくれ! このままじゃあまり長くはもたないぞ!』
オリョール隊の悲痛な叫びに応えたのか、今まで進路を偽装し欺瞞行動を取っていたガデューカ隊が、にわかに反転してオリョール隊の前に躍り出る。
『ガデューカ隊より防空管制。待たせたな! これより攻撃を開始する』
宣言と同時にガデューカ隊から複数の対レーダーミサイルが分離し、自重に従って数メートル下へ落下するとロッケットブースターに点火。敵の防空陣地をめがけて殺到しはじめる。
『攻撃終了。ジェラーヴリク隊の健闘を祈る』
搭載したミサイルを撃ち切ったガデューカ隊は、チャフ・フレアなどの防御装置をバラマキながら急旋回し、回避運動の為に武装を投棄したオリョール隊の残存機と共に基地への撤退を開始していく。
これで攻撃のバトンは我々ジェラーヴリク隊の手に移った。
ガデューカ隊の攻撃によって敵の防空能力が飽和しつつあるのを期待して、アフターバーナーに点火。一気に距離を詰めるべく加速し、高度40mの低空を飛翔する。
あまり低空に降りると墜落の危険はもとより、バードストライクなど様々な事故を引き起こしやすくなる。普段ならばこのような危険飛行はやらないが、ミサイルで撃墜されるよりはマシだ。
『防空管制よりジェラーヴリク隊。間もなく敵防空陣地直上へ到達する。目標を捕捉しだい各個に攻撃、これを撃破せよ』
防空管制からの無線を受けて、翼を振ってバンクし僚機への合図を送る。
彼らが意図を理解したのを確認すると、操縦桿を引き起こし急上昇。作戦通りに敵防空陣地の直上へと躍り出た……はずだった。
「何だ……こりゃ一体」
眼下に広がるのは狭い湖と、そこに整然と並べられた見慣れない形の灰色の構造物。
我が軍の防空陣地とは似ても似つかないその光景に、一瞬座標を間違えたのかと訝しんだが構造物に備え付けられた装備を見て我に返る。
数は少ないが高射砲らしき大口径の大砲に、回転式の機関砲。それらが一斉にこちらを捉えるべく旋回していた。
「マズい。こいつは軍艦だ!」
敵の正体を看破したとき、機体に備えられたレーダー警報装置が一斉にけたたましい警報音を鳴り響かせた。火器管制レーダーの照射を受けているのだ。
「無線封鎖解除。ジェラーヴリク隊、全機突撃せよ!」
僚機に向けて無線にがなり立てると、操縦桿を倒して機体を反転させて一気に急降下を開始。パイロンに吊った大量の爆弾とロケット弾を敵艦の軸線に向けるべく機体を操る。
この動きにただちにジェラーヴリク隊が追従。一個飛行小隊4機の編隊が敵艦へと目掛けて殺到した。
あの夜に受けた屈辱を注ぐ時は今しかない。大尉の機体が俺の身代わりとなって、ミサイルをその身に引き受けて墜ちたあの夜。
あの忌々しい夜以降の空は憧れや羨望の場所から、悲しみと復讐心の渦巻く場所へと変貌してしまったのだ。
「大尉と仲間たちの仇だ! 皆殺しにしてやる!」
あの美しい空を取り戻す為に、奴らはここで倒さねばならない。平和の敵を打ち破る事こそが俺達、軍隊に課せられた使命なのだから。
2023年12月9日 pm5:45 護衛艦むらさめ CIC (稲垣一佐視点)
敵大編隊による航空攻撃を発端として始まった防空戦は、控えめに言って最悪の様相を呈していた。
陸自部隊への空襲を排除するべく始まった戦闘だったが、大量の対レーダーミサイルを撃ち込まれてからは一気に劣勢に転じ、海自ご自慢のイージス艦による艦隊防空も既に飽和し機能していなかった。
「目標、9時方向20マイル。真っ直ぐ突っ込んでくる」
「第2目標接近。同方向22マイル。急速接近」
電測員からの報告は先程から切迫したものへと変貌して久しい。みょうこうが射程の長いSM-2を用いて遠方での迎撃を試みているが、撃ち漏らした目標が増えているようだ。
「シースパロー攻撃始め。第2目標、主砲にて対処。撃ちぃ方始めぇ!」
砲雷長のよく通る声がヘッドセット越しに響く。彼の指揮は的確なもので、迫りくるミサイルに次から次へと迎撃の指示を出している。
「了解。ESSM攻撃始め」
「第2目標、主砲射程内に侵入。主砲、撃ちぃ方始め」
号令から間もなくして、轟音と共に船体が揺れた。短距離防空ミサイルの発展型シースパローが発射されたのだろう。
それから間髪開けずにドォンドォンという腹に響く砲声が連続して艦内に轟く。本艦に搭載された76mm単装速射砲は、他の護衛艦が搭載する127mm砲よりも発射速度が高い。
その発射速度は驚異の分間60発にも及ぶのだから驚きだ。第二次大戦時代の戦車砲弾と変わらないサイズの砲弾を、機関砲並の速度で発射できると言えばその凄さが分かると思う。
「目標、全弾迎撃。残存目標はみょうこうが対処中」
本艦が対処した目標は全弾迎撃に成功したらしい。それでも依然として多数の目標が健在だったが、残存目標は同時対処能力に優れたみょうこうが、搭載されたイージスシステムを存分に発揮して対処している。
伊達に艦隊防空艦として開発されただけはある。数多の目標を迎撃すべく、VLSからは引っ切り無しに迎撃ミサイルが撃ち出されている。
しかし、そのイージスシステムの力をもってしても、往々にして次々と迫る攻撃を捌き切れない場合がある。
「敵ミサイル、みょうこう主砲防空圏突破。直撃コースです!」
「なんだと!」
電測員の焦ったような声に、砲雷長が思わず振り返る。かつて、ソ連が米機動部隊の堅い防空網を突破すべく編み出した技。即ち飽和攻撃である。
「みょうこう、CIWS・チャフ発射。ミサイル近態勢」
室内に緊張が走った。ここまで接近されてしまっては、主砲やシースパローでの迎撃は最早間に合わず、援護は不可能だった。
誰もが迎撃の成功と、みょうこうの無事を祈ることしかできない。食い入るようにレーダースクリーンを覗き込む電測員の背に、皆の視線が自ずと集まった。
「ターゲットキル。迎撃成功です!」
電測員の若干裏返った報告を受けて、CICの面々から歓声とも安堵ともつかない溜息が溢れた。
「今のは危なかったな」
思わずそんな言葉が口を突いて出た。指揮官たるもの動揺を表に出してはならないことは、よく理解してはいるが、流石に今のは肝が冷えた。
「今ので敵誘導弾は最後です。際どいところでしたが何とか防ぎきりました」
俺の呟きが聞こえたのか、砲雷長が静かに語った。見れば彼の額にも、緊張の為か汗が滴っている。
緊張とは無縁だと思っていた砲雷長が表情をこわばらせているのを見て、改めてどれほど危険な状況だったかを認識させられる。
だが、それも迎撃の成功により当面の危機は脱した……はずだった。
『CIC、艦橋。みょうこうが緊急出港します。発光信号及び警笛にて確認』
突然もたらされた報告は、まさに青天の霹靂だった。
「なに? 間違いないのか?」
思わず無電池電話のマイクを手に取って自ら確認を試みていた。現在、艦隊は狭い湖内で艦隊運動を取ることによる事故を防止するため、投錨して対空戦闘を行っている。
それが破られるということは、みょうこうに何らかのトラブルが発生した可能性が考えられた。
『間違いありません。先程の迎撃により発生したチャフにより、SPYレーダーにトラブルが発生した模様。艦を動かすことで機能の回復を試みるようです』
果たして自艦の放ったチャフだけで、SPYレーダーにトラブルなど起こるものだろうか?
いや、今は原因を探っている余裕はない。それよりもよほど大きな問題がある。
「ただでさえ艦艇が密集しすぎている湖のなかで、対空戦闘中に出港作業を行っているのだ。見張り員はみょうこうの動向に注意を払い、接触事故防止に努めよ」
艦艇の入出港は確認しなければならない作業が多く、事故が起こりやすい。対空戦闘中だからといって、敵機のみを警戒して味方艦に追突されでもしたらば目も当てられない。
「新たな目標を探知。本艦左舷270度方向より対レーダーミサイル、2発接近」
敵の残存機が放ったミサイルだろうか? イージス艦があの様子では残念ながらエリア防空は期待できないが、2発程度の亜音速目標であれば本艦でも充分に対処できる。
「よし、本艦が対処する。シースパロー発射始め!」
「後部VLS開放。シースパロー発射始め」
瞬間、爆発的な轟音と共に艦が動揺する。ロケットに点火した2発の対空ミサイルは垂直に打ち上がり、艦隊上空で推力変更ノズルの力でもって敵ミサイルの方向へと向きを変える。
後は終末誘導まで慣性飛行に任せることが出来る。
「艦長、空自のE-2C早期警戒機より緊急電。本艦後方6時方向より急速接近する目標を探知した模様」
「何だと! 数は!?」
通信士が青ざめた表情で告げた報告は、CICにつめる全ての乗組員を震撼させるには充分過ぎるものだった。
迎撃の要となる対空ミサイルは既に別目標を目指して、空中を超音速で飛行している。タイミングとしてはこれ以上ないほど最悪だった。
「敵数4、超低空で接近。間もなく艦隊上空へ到達」
「艦長、シースパローは……」
「分かっている。主砲とCIWSで迎撃を試みるほかあるまい」
既に本艦は対空戦でなけなしのシースパローを使用しており、残弾に余裕はない。それに終末誘導用のイルミネーターレーダーの関係上、現在誘導中の2発のシースパローが命中するまでは新たなシースパローを撃つことはできないのだ。
極めて不利な状況だが、こうなった以上は最善を尽くすほかない。
「みょうこう、移動開始。速度5ノットで前進中」
折しもこのタイミングでみょうこうが動き出したことにより、他の艦艇は回避運動を取ることは不可能になってしまった。
主砲で狙えない艦の後方から迫る相手に対して、頼れるのは各艦のCIWSのみだ。
「CIWS、AAWモード。目標を捕捉しだい攻撃開始」
「見張り員、艦尾方向への対空見張りを厳となせ」
砲雷長が血相を変えて、指示を飛ばす。しかし、全ては遅きに失していた。
「目標探知、本艦後方2マイルにて急上昇。間もなく攻撃位置に到達する」
「CIWS、コントロールオープン。攻撃始めぇ!」
CIWSに搭載された自立式の火器管制レーダーが目標を捕捉。瞬間、各艦に搭載された後部CIWSが一斉に火を噴いた。
しかし、敵機は襲い掛かる20ミリ機関砲の弾雨をものともせず、高度を位置エネルギーに変換して急降下。本艦を含めた数隻の艦艇へと狙いを定めて真っ直ぐ突っ込んでくる。
「ダメだ。間に合わない!」
電測員から悲鳴が上がる。もはや迎撃が間に合わないことは誰の目にも明らかだった。
「見張り員、退避! 総員、衝撃に備え!」
咄嗟にマイクを取って叫ぶと共に、目の前のディスプレイを支えにして耐衝撃姿勢をとる。
そして、雷鳴のような爆発音と共に吹っ飛ばされるような衝撃が艦内を襲った。
用例解説
対レーダーミサイル…レーダーサイトや無線通信施設などから発信されるレーダー送信波や通信信号を受信し、その発信源に指向して、これを破壊するミサイル。
マイル…距離表す単位の一つ。1マイルはおよそ1.6km。




