第97話 赤五光星作戦
2023年12月9日pm5:05 みょうこう CIC (田中一佐視点)
レーダースクリーンから漏れ出る蒼白い光が、薄暗いCICを淡く照らす。設置された数多の電子機器に最高のパフォーマンスを発揮させるため、室内は空調によって常に一定の温度が保たれている。
それでも俺は背筋に走る悪寒を抑えることが出来なかった。
「敵機、依然として増加中。複数の集団を形成しつつあり」
レーダースクリーンを通して見る空は、今まさに敵機によって支配されようとしていた。次々と離陸する敵機の数は、今や1個飛行隊規模に達している。
それらの敵は3個の集団に分かれて、編隊を組もうとしているようだ。大規模な航空攻撃が近いことはもはや誰の目にも明らかだった。
「空自より報告。敵航空脅威増大の為、前方展開中の早期警戒機を艦隊後方へ離脱させるとの通達あり」
「陸自高射部隊が対空戦闘態勢への移行を完了。87式自走高射機関砲が前線陣地防護のため前進を開始した模様です」
各隊が来るべき対空戦闘に備えているが、敵の数はあまりに膨大だ。これに対する切り札足りえるのは、イージスシステムを搭載した本艦以外にあり得ない。
「艦長、古賀司令官より防空指揮の統一を目的とした統合任務部隊の編成が下令されました」
ヘッドセットを首に下げた砲雷長から報告があった。本艦における対空戦闘の指揮は、実質的に彼が執ることになる。
「指揮官は誰だ」
「古賀司令が兼任します。以降は陸空自衛隊の高射部隊が海自の指揮下に入ります」
少ない防空リソースを一人の指揮官の下で、統合運用することで効率化を目指すということだ。弾道ミサイル防衛でも航空総隊司令官を指揮官とした統合任務部隊が編成されるから、これは別に珍しいことではない。
「わかった。JTF司令部は敵の意図について何か言っていたか?」
「それについては陸自の2科から、敵情分析をまとめた資料が送られてきています。陸自は我の防御陣地を爆撃することでこれを制圧し、彼の機甲部隊による突破を容易とする近接航空支援の一環であると推測しているようです」
なるほど。それならば陸自の普通科中隊が展開する防御陣地が、猛烈な砲撃を受けている事にも説明がつく。しかし、近接航空支援の為にだけに、これだけの航空戦力を動員するだろうか?
「それだけか?」
「いえ、空自側からも航空作戦の見地に立った推測が共有されています。敵が航空機を数個の集団に分けた点について、戦爆連合の編成を疑っているようです。敵が航空優勢確保を意図していた場合、我の防空レーダーや発射機等を標的とした攻撃が行われるものと考えられます」
やはりその点を疑うべきだろう。過去を振り返れば湾岸戦争もイラク戦争も、地上侵攻の前に徹底した空爆で航空優勢を確保している。その効果は絶大で、後の戦闘の推移すらも決定的なものにしてしまう。
敵航空網制圧は現代戦において、最も重要な作戦と言っても過言ではないだろう。
もし敵が敵航空網制圧作戦を採用しようとしているとすれば、標的となる発射機等には当然ながら本艦も含まれることになる。
高性能な防空レーダーを搭載し、多数の対空ミサイルを格納するVLSを装備するイージス艦はそれ自体が移動式の防空陣地に他ならない。敵が真っ先にここを狙ってくるだろうことは容易に想像がつく。
「砲雷長はどう考える?」
「私も敵の主目的は敵航空網制圧にあると思います。近接航空支援程度の任務にこれほど多くの航空機を投入することは、やはり考えにくいかと」
やはり砲雷長も敵航空網制圧を警戒しているようだ。現状、本艦にとって最もリスクが高いのは敵がこれを選択した場合なのだから当然と言える。
となれば、敵に本艦の距離を掴ませない事が重要になってくる。陸自には悪いがこの際、高射部隊を囮としてしまうことで、これを目指して接近する敵機の横っ腹を奇襲したい。
「艦長、統合任務部隊司令部より作戦目標が下達されました。必成目標は陸自前衛中隊への航空攻撃阻止。望成目標として敵航空部隊の撃滅、次いで敵地上部隊の接近阻止を求めています」
だが、そんな思惑は船務長からの報告と共に消し飛んだ。
古賀司令は艦隊の保全よりも、敵機甲部隊の拘束に当たっている陸自前衛部隊の掩護を取ったということか。
「……これで本艦は、敵航空部隊と正面切っての殴り合いをすることになりましたね」
「仕方がない。航空優勢確保は喫緊の課題ではあるが、地上部隊が突破されれば湖の中で満足に機動できない艦隊などデカいだけの良い的でしかなくなる。古賀司令は間違っちゃいないさ」
しかし、砲雷長の言う通りで正面からの殴り合いを余儀なくされたのも事実だ。敵が準備を終える前に対策を立てねば、甚大な被害を被るのはこちらだ。
「目標群、3個集団に分離。以降、この目標をアルファ・ブラボー・チャーリーと呼称」
レーダー探知と同時にイージス艦に搭載された高性能コンピュータが、航空脅威に対して自動的にトラックナンバーを割り当ていく。
「空自AEWより報告。スカーレット編隊、テイクオフ。タイムアット08。これより敵機甲部隊への航空攻撃へ向かう模様」
事前に連絡は受けていたが、防空の一翼を担うはずだった空自の戦闘機は、陸自からの要請でその大半は爆装していたらしい。航空攻撃を前にした今となっては、それが防空能力を落とす一因となってしまっている。
「目標群アルファ、南進を開始。推定目標は防御陣地」
遂に敵が動いた。CICが一気に緊張した空気に支配され、隊員達の視線がレーダースクリーンに釘付けになる。
「目標群アルファさらに増速。まもなく本艦のスタンダードミサイルの射程に入ります」
「陸自、全部隊に赤警報を発令。航空攻撃に備えます」
もはや一刻の猶予もない。イージスシステムがその威力を発揮する機会が遂にやってきたのだ。
「艦長、目標群アルファは脅威度の高い目標です。迎撃優先を具申します」
「分かった。攻撃を許可する」
砲雷長はしっかりと頷くと、素早くヘッドセットを装着した。
「左対空戦闘、CIC指示の目標。SM-2攻撃始め」
「垂直式誘導弾発射装置開放、誘導電波照射装置スタンバイ」
射撃管制員が高性能コンピューターの支援を受けながら、優先的に迎撃すべき標的を設定していく。艦内カメラに映し出された上甲板では、前後両甲板にVLSのハッチがゆっくりと開放されていくのが確認できた。
「SM-2発射用意よし!」
「発射よーい、撃て!」
砲雷長が力強く叫ぶ。
「発射命令発令! 撃てぇ!」
射撃を警告するアラーム音から遅れて数秒後、VLSから轟音と共に複数発の対空ミサイルが連続して放たれた。
『CIC、艦橋。SM-2発射確認。正常飛行』
VLSから飛び出したミサイルはロケットエンジンに点火し、標的に向かい進路を定めて高速で飛翔する。ここから先はレーダースクリーンでしかその姿を追うことはできない。
「目標群アルファ、回避機動をとります。半数以上が高度を上げ北西方向へ転進する模様」
ミサイルの接近に気づいた利口な敵は回避機動に移行したようだが、もう半分はレーダー探知を逃れようと高度を落として増速しながら突っ込んでくる。
任務完遂の為に危険をいとわない姿勢は勇敢だが、この場合はいくらなんでも蛮勇が過ぎる。
「迎撃5秒前……スタンバイ……マークインターセプト!」
電測員からの報告と同時にレーダースクリーンから多数のブリップが消失する。
「トラックナンバー1867から1910撃墜」
「トラックナンバー1892・1911、降下しつつ増速中。前進陣地へ急接近」
対空ミサイルの弾幕を前に、敵機はなすすべもなく叩き落されていく。だが、それでも彼らは攻撃を止めはしなかった。
ある者は急降下を続けてミサイルを振り切り、またある者はチャフを豪快にバラマキながら攻撃目標として定められたであろう陸自の防御陣地を目指して真っ直ぐ突っ込んでくる。
「むらさめ、ESSM発射。1892・1911へ誘導中。インターセプト10秒前」
撃ち漏らした目標に向けて、僚艦が直ちに短距離対空ミサイルを発射する。本艦が装備するSM-2中距離対空ミサイルに比べて、【むらさめ】が装備するESSMは射程が短い代わりに推力偏向装置を搭載しており、より高機動な目標にも対処可能だった。
「マークインターセプト。トラックナンバー1892・1911撃墜」
「目標群アルファ、残存機が編隊の再編を完了した模様。攻撃態勢に入ります」
第一波の部隊が全滅してもなお、敵は諦めない。着々と編隊を整える様には、まさしく味方の屍を踏み越えて迫ると言う言葉がピッタリと当てはまった。
「目標群ブラボー、本艦隊へ向け転進。高速で艦隊へ接近中」
動きがあったのは突然のことだった。今まで編隊を組んだ状態で大人しくしていた目標群ブラボーが、突如として本艦隊へ向けて増速しつつ迫ってきたのだ。
「艦長、目標群ブラボーは本艦隊への重大な脅威となる可能性があります。迎撃優先を具申します」
レーダースクリーンに噛り付いていた電測員からの報告を受けて、砲雷長が目線だけこちらに向けながら緊迫した声音で意見を述べる。
「許可する」
「了解。SM-2攻撃用意」
砲雷長の号令を受けて射撃管制員が、目標群ブラボーを最優先の迎撃目標として再設定する。イージス艦に搭載された高性能コンピュータは、自動で迎撃優先度の高い目標を計算して振り分けてくれるから急な標的変更でも射撃管制員の負担は最小限で済む。
「目標群ブラボーより小型目標分離。高速で本艦へ近づく」
しかし、主導権を取るべく行動したのは敵の方が上手だったようだ。目標群アルファの迎撃に対応リソースを割いていた為に対応が遅れたのだ。
「ESM目標探知、目標は対レーダーミサイル。間違いなし」
本艦に照射されたミサイルの誘導波を、マストに設置された電波探知装置が捕捉したのだ。接近する目標の種類によって対処方法が変わってくるから、これは極めて重要な情報だ。
「目標は対レーダーミサイルです。SPYレーダーを切りますか?」
「ダメだ。SPYレーダーは防空の要だ。危険だが、任務達成の為にもこれを切る訳にはいかない」
対レーダーミサイルというやつは非常に厄介な性質を持つ兵器だ。こちらが出す防空レーダーの電波を探知し、それを目印にして突っ込んで監視の目であるレーダーを破壊してしまう。
本艦のような防空艦にとってはまさに天敵ともいえるような兵器だが、対処方法は砲雷長が言う通り意外にもシンプルだ。
電波を目指して突っ込んでくるのだから、つまるところレーダーの電源を落としてしまえばよいのだ。但し、それができれば苦労はしないというのが大方の状況なのである。
「了解。対レーダーミサイルを最優先迎撃目標に指定。SM-2攻撃始め! 電子妨害攻撃始め!」
砲雷長の号令のもと、迎撃目標は目標群ブラボーが放った置き土産へとシフトする。ミサイルを用いたハードキルと電子戦によるソフトキルの併用だ。
「発射命令発令、一斉射撃!」
VLSが開放され、格納されていた対空ミサイルが矢継ぎ早に放たれていく。同時にマストに設置された電子妨害装置より強力な妨害電波を標的に向けて放出する。
同時多目標の迎撃。これはソ連艦隊からの飽和攻撃から艦隊を防護すべく開発されたイージスシステムにとって、その本領が発揮される事態だった。
「トラックナンバー2104から2112撃墜」
ミサイルと妨害電波の迎撃を受けて、敵ミサイルは櫛の歯が欠けるように撃墜されていく。しかし、対空ミサイルの全力射撃をもってしても、これら全てを一度に撃墜することは叶わない。
数発のミサイルが尚も接近を続け、遂にミサイル防空圏を突破した。
「トラックナンバー2115、2117スタンダード防空圏を突破。急速接近中」
「左対空戦闘、CIC指示の目標。主砲、撃ちぃ方ぁ始めぇ!」
砲雷長の号令を受けて、射撃管制員がピストル型の発射装置のトリガーを引く。時を同じくして、上甲板でFCSの支援の下で既に照準を終えた主砲、イタリア製のオート・メラーラ127mm単装速射砲が火を噴いた。
ドォン、ドォンという腹に響く砲声が、何重にも張り巡らされた隔壁を貫通してここCICにも聞こえてくる。
射撃を続ける速射砲は先の大戦の頃から見れば、信じられないほどの命中精度と射撃速度でもって、迫りくる敵ミサイルを撃墜せんと砲弾を吐き出し続ける。
「目標一発撃墜。もう一発がさらに突っ込んでくる!」
しかし、その濃密な弾幕をもかいくぐってミサイルはさらに接近する。
「近接防御火器システム、AAWオート! チャフ発射はじめっ!」
対空戦の指揮を執る砲雷長が、その表情を凍らせたのが分かった。CIWSは艦を守る最後の砦だ。これが突破されればもう後は無いのだ。
脅威度の高い目標の接近を捉えたCIWSは、自動で照準を合わせて弾幕射撃を開始する。毎分3000発以上の連射速度を誇る機関砲から、唸り声をあげて20mmのタングステン弾がミサイルに向けて集中する。
「見張り員、退避! 衝撃に備え!」
この段階になってしまえば、とれる策は無いにも等しい。左舷に迫るミサイルが命中した場合に
備える必要があった。
俺の命令を受けて、CICに詰めるクルー達が対衝撃姿勢をとる。皆が祈るような気持ちで、レーダースクリーンに映る敵ミサイルを見つめていた。
ズドンという衝撃が艦を襲ったのは、それから僅か数秒後の出来事だった。すわ被弾したかと思ったが、それにしては衝撃が小さいように思う。
「目標撃墜!」
電測員からの報告は一拍遅れてやってきた。どうやらCIWSとチャフによる妨害が功を奏したようで、敵ミサイルは遂に本艦を捉えることなく空中に散ったらしい。
しかし、衝撃は本艦を捉えたようで船体が大きく揺れる。
「被害報告!」
『艦橋、爆破閃光視認。左舷見張り員、飛来物により負傷』
見張り員の退避は間に合わなかったようだ。飛来物による負傷と言うことは、ミサイルは本艦から極めて至近で爆発したということになる。
「ESM故障。SPYホワイトアウト!」
「何っ!? 復旧作業急げ!」
電測員からの報告に、俺は血の気が引いていくのが分かった。航空脅威が依然として存在する中で、艦隊の『目』を失うことは余りにも致命的だった。
「空自、早期警戒機より警告。艦隊後方より近づく目標あり」
「マズいぞ、これは……」
SPYレーダーは依然としてその機能を喪失しており、警告を受けた機体の接近を捕捉することが出来ない。捕捉できなければ対空ミサイルも主砲も役に立たない以上、本艦に与えられた艦隊防空能力はそのほとんどを喪失したことになる。
「CIWSはどうなっている!?」
砲雷長が勢いよく射撃管制員へ問いかける。艦載兵器の中で、CIWSだけは唯一独立したレーダーと射撃管制装置が搭載されている。
現状ではそれが唯一の防空兵器であり、最後の希望だった。
「ダメです。チャフの影響でホワイトアウト中。SPYも同様です」
電測員の声は焦りを帯びて、僅かに上ずっていた。敵のミサイルを欺瞞する為のチャフが、結果的に本艦の防空能力を奪っていたのだから焦るのは無理もない。
本来ならば有り得ないことだが、その原因には直ぐに思い至った。普段ならば艦の後方に着水するはずのチャフが、いまだに本艦の周辺を漂っていた。
通常、艦が戦闘行動を取るときは常に機動しながら行うのが原則だ。しかし、今回は湖という非常に陰られたエリアしかなく投錨したまま対空戦闘を行っていた。
結果、本来行われるはずだった回避運動は実施されず、射出されたチャフが本艦の周囲を包み込むような形でレーダーを欺瞞してしまったのだろう。
「なんてことだ……」
チャフの効果が持続している限り、本艦は航空脅威に対しての対抗手段を全て喪失してしまう。
全てを理解したとき、俺が取れる行動はたった一つだけだった。
「錨を上げ! 機関始動、両舷前進強速!」
「っ了解! 1分隊、第1甲板へ」
とにかく、艦にまとわりつくチャフを振り切る。間に合うかどうかは賭けだったが、取れる手段はこれしかない。
敵機が艦隊を捕捉する前に出港しなければ、本艦は無抵抗のままに蜂の巣にされてしまう。
「錨、水面切った!」
「よし、僚艦に警告。警笛鳴らせ!」
ボォーという重低音が響き渡る。衝突回避の為に出す警告と同時に、発光信号を用いた通信も並行して行う。
「第1甲板、分隊員退避完了!」
「両舷前進強速!」
艦が動き出す。驚異的なスピードで進んだ出港準備だったが、それでも敵機はそれを上回る速度で艦隊に迫っている可能性が高い。
俺は祈るような気持ちで、レーダースクリーンを見つめていた。




