第7話 模擬訓練
2023年8月16日am10:00 紅魔館 庭 (山本一曹視点)
「始め」
開始の合図と共に俺は咲夜めがけてゴムのナイフを横に振った。ナイフを横に振ることによって相手の体勢を崩すことができるため、木島三尉や佐藤などとこの手の訓練をするときによく使う技だった。
まぁいつもはその後に手痛い反撃を喰らうか、距離を置かれて仕切りなおされるのが落ちなのだけど……
「おりゃあ!」
少々迫力に欠ける掛け声と共に振り出されたナイフは見事に空を切った。ここまでは想定通りなのだがここから先がいつもと違った。
ナイフを振ればほとんどの人は後ろに下がるかしゃがんで避けたりしているのに対し(特戦群時代に身に着けたであろうディスアームを使ってくる木島三尉は例外だが)咲夜の場合は完全に視界から消えてしまったのだ。
「馬鹿なっ、どこに消えた!?」
唖然として動けなくなった時、後ろから突然細い手が伸び俺を拘束しゴムのナイフを突きつけた。
「勝負ありですね」
何が起こっているのかわからずとっさに木島三尉の顔を見た。
だが肝心な三尉は何が起こったのか全て理解しているという風な様子でポーカーフェイスを装っているが、明らかにやっちまった、ヤバい、どうしようという顔になっていた。
何故、三尉がこんなにも慌てているのか?
いかに負け方が特殊だったとはいえ俺が負けることなんて想定内だったはずだ。極めて遺憾ながら俺は近接格闘においては第2小隊最弱と言われるほどである。いや、ホントにこればっかりは上達できる気がしない。
さて、俺が負けること以外に三尉が慌てているとしたら何が理由だろうか……
少し考えただけで答えが出た。ルールに相手の特殊能力を制限する項目が入っていなかったのだ。
これでは誰がやっても負けるに決まっている。何せ彼女は時間を止めることが出来るのだから……
全てを理解してから三尉をもう一度見た。そこには迷いや動揺は無く、ある種の覚悟がそこにはあった。
「いや強いですね。いくら第2小隊最弱の山本が相手とはいえ凄いものです」
「負け惜しみは結構ですよ。もしよければ貴方もお相手しましょうか?」
どさくさに紛れてこき下ろされたような気がしたが事実だから反論の仕様がない。流石に悲しくなってきた。
「是非よろしくお願いします。勿論その能力は使って構いませんよ」
「咲夜も舐められたものね。ただの人間が能力を使った咲夜に勝とうだなんて」
「レミリアさん、そこまで言うなら私が勝った場合も相互防衛の義務を負うということにしていただいても大丈夫ですよね? これだけ優秀な部下を持つ『お嬢様』がこんな簡単な条件も呑めない程、器が小さいなんてことはないですよね」
「私は寛大だからその程度の条件いくらでも呑めるわよ! 咲夜! あんな生意気な奴コテンパンにしちゃいなさい!」
「かしこまりました」
おっと、どうやら三尉はレミリアさんを挑発しすぎたようだ。そもそも三尉は時間を止めて襲ってくるようなチートキャラとしか言いようのない人物を倒せるのだろうか?
いくら陸自最強の特戦群を古巣とする三尉であっても常識的に考えたら無理だろう……
ふと三尉の顔を見ると先ほどとは一転してしてやったりといった感じの顔になっていた。何か秘策でもあるのだろうか?
「始め!」
佐藤の合図で模擬戦が開始される。だが、互いに攻撃を仕掛ける気配はなく相手の見方を伺うような形になっていた。
一分程たっただろうか、咲夜がしびれを切らし三尉に向けてナイフを投げた。
唯一の武器であるナイフを投げるなどという非常識な攻撃を三尉は超人的な反射神経で易々とかわした。しかし、体勢を立て直し反撃に転じようにも咲夜は時間を止めどこかに消えてしまう。
突如現れてはナイフを投げ攻撃する一撃離脱戦法にだんだんと三尉は追い込まれていく。
こんな無茶苦茶な戦術だが、相手の動揺を誘うだけでなく相手に自分との圧倒的な戦力差を見せつけるためにも効果的なんだろう。
木島三尉の疲れを感じ取ったのか、今度は三尉の真後ろに突然現れ俺の時と同じようにナイフを突き刺そうとした。
この時点で俺には勝敗が分かった。なぜなら……
三尉は待ってましたといわんばかりに相手のみぞおちに肘打ちを叩き込み、衝撃で咲夜の手からナイフが落ちたのを見逃さずナイフを踏みつけ、咲夜の首もとにゴムのナイフを突きつけた。
「勝負ありですね」
そう言い放った三尉は獰猛な笑みを浮かべていた。いかに特殊能力を持っていたとしても10代の少女相手にこの構図は大人げない気もする。
「一つ聞いてもいいかしら」
対する咲夜さんは何があったか分かっていないのか目を白黒させていた。が、すぐに気を取り直したのか心底不思議そうな表情で三尉に尋ねる。
「何でもどうぞ」
「序盤の絶え間のない連続攻撃であなたは疲労していた。そのはずなのに私が背後に回った時の反応は素早さ過ぎた。この理由を聞かせてもらっても?」
「簡単な話です。貴方は私が疲労していたと言いましたがあれは貴方を誘い込むための演技です。後方への対応が早かったのは私がチェック・シックス……即ち6時方向への警戒を怠らなかったからでしょうか。人間の目ん玉では自分の真後ろは死角になります。ですから、この方向からの攻撃には常に警戒する必要があるのです」
「チェック・シックスですか……覚えておきましょう」
「戦闘の基本ですからね。覚えておかないと不意打ちで死にますよ」
三尉はそういうや否や咲夜さんに手を差し出す。咲夜さんもその手を掴み起き上がり三尉と向かい合う。
「何の能力も持たない普通の人間が私を倒したのは貴方が初めてかもしれません。また、お手合わせを願いたいものです」
「私は御免ですね。次は是非仲間として共に戦えることを祈りたいところです」
咲夜さんは三尉の言葉に応えることは無くただ、ニコリと微笑むとレミリアさんの元へと戻っていった。
「お嬢様、申し訳ございません。負けてしまいました」
「面白いものが見れたし今回は不問とするわ。次は負けないように努力なさい」
「はっ。仰せのままに」
従者と主の会話が終るとレミリアさんは目線を三尉に向けた。
「木島三尉、約束通り条件は呑むわ。私達が積極的に貴方達に危害を加えるようなことは無い。吸血鬼の名誉に誓って宣言しましょう」
「ありがとうございます。では司令部に事の顛末を報告しますので少々お待ちください」
三尉が無線を持ってくるように指示した時、紅魔館から爆発音と共に黒煙が上がった。一瞬、テロ攻撃でも受けたのかと思ったが答えは直ぐにレミリアが教えてくれた。
「まさか、フランが暴走したんじゃ!」
「お嬢様、私が妹様のお部屋を確認してきます」
「ダメよ、それより咲夜は外来人を安全なところまで退避させて頂戴」
「かしこまりました」
レミリアと咲夜の話にしびれを切らした木島三尉が話を遮った。
「緊急事態であることは何となくわかりますが状況の説明をお願いします。事態の推移、如何では我々は撤退せねばなりません」
説明しようとした咲夜を制止しレミリア自身が説明を始めた。
「フランって言うのは私の妹で本名はフランドール スカーレット。長いからみんなフランって呼んでるのよ。ただあの子の能力は危険だから数年前まで幽閉してたのよ。けど、外に出してから暴走することもなくなって普通になったと思ったのに、なぜ今ごろ暴走したのかしら……」
「危険な能力ってどんな能力ですか」
幽閉という不穏な言葉と彼女たちの様子から、我々が非常に厄介なものに巻き込まれそうになっていることを察した。
「あの子の能力は〝ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〟なの」
「そんなのと戦闘なんて冗談じゃないぞ」
三尉のつぶやきと同時に紅魔館の扉が吹き飛んだ。そして中からレミリアと服装が似ている少女が現れた。
用例解説
フランドール スカーレット…紅魔館の主レミリア スカーレットの妹。保有する能力があまりにも危険なため紅魔館の地下室に閉じ込められていた経緯がある。過去にも自分の持つ力を制御できずに暴走したことがある。
ディスアーム…武器を取り上げるテクニック。




