表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

01. 月の砂漠

「ねぇ、貴方は何をそんなに祈っているの?」

 

 突然背後から投げかけられた軽やかな声に、俺はゆっくりと傾けていた頭を元に戻した。

 正面にはうっすら微笑みの表情をした女神の像がこちらに手を差し伸べている。

 神殿の床に膝をつき、祈りの形に組んでいた手を崩して後ろを振り返る。


 そこには月明かりの中、ひっそりと佇む少女の姿があった。

 おそらく十代であろうその少女はひらひらとしたワンピーズを着ていて、この場所にいるにはひどく薄着だ。

 小柄な少女は膝をついたままの俺とあまり目線が変わらない。


「やぁ、今晩は」

 少女の質問にはすぐに答えず挨拶をする。


「今晩は。良い月夜ね」

「あぁ」


 たしかに今日は満月なのか、月明かりがいつも以上に明るい。

 最低限の灯りしかないこの神殿の中にあっても、窓から差し込む光のおかげでお互いの顔貌はくっきりと見えた。


「急にごめんなさい。お邪魔をしてしまって。先ほどから貴方を見ていたら、あまりにも長いこと真剣に祈ってるもんだから気になっちゃって」


 そのまま固まっちゃったのかと思った、と冗談めかして笑う少女に、こちらも口端に笑みを浮かべつつゆっくりと立ち上る。

 しばらく同じ姿勢のままでいたせいか、身体の節や筋肉に軋みを感じる。


「いや、せっかく立ち寄ったんでね。日々の感謝とこの先の旅の安全を願っていただけだ」

「ふぅん、なるほど」


 この神殿に祀られているのは月と水の女神。

 辺り一面砂ばかりのこの土地では水は大変貴重なものだとあって、近くを通る旅人はしばしばこの神殿に立ち寄り、旅の安全を願って女神へ祈りを捧げる。

 日中は旅人の出入りが激しい神殿も、夜も深まった今は人気もなくひっそりとしている。


「あんなに熱心に祈るなんてずいぶん信心深いのね」

「…普段はそんなにでもないが。今夜はたまたま、だな」

「たまたま、ね」


 こちらの答えに満足したのか、少女はふわりと笑みを浮かべる。


「君は何故ここに?」


 見たところ連れもいないような少女に尋ねる。少女が一人きりで来る場所でも時間でもないはずだ。

 そして「いつからここに?」という疑問をぶつけたくなるのをためらう。

 職業柄人の気配には敏感な俺が、しばらく背後に立たれていて気配に気づかないなんてな…。


「私もたまたま、よ」

「へぇ…そうかい」


 先ほどの自分の答えをそのまま返される。

 しかし、少女の楽しげな表情に悪い気はしない。


「長々と占領していて悪かったな。代わるよ」


 自分ではそんなに長い時間居座っていたつもりはないが、確かに時は過ぎていたらしい。

 窓の外の月も神殿に入った頃からは少し角度を変えている。


 場所を譲る為、少女とすれ違う。

 動いた空気は少女が身に纏うものだろうか、涼しげな花の香りを運んできた。

 髪を揺らし、女神の像の前へと歩む少女を見送る。


「ねぇ、私の用事はすぐに済むと思うの。良かったらそこで待っていてくれないかしら?入り口の扉は私が閉めるには重たすぎると思うのよね」

「…確かにな」


 細工の凝らされた神殿の扉は、少女の背丈の二倍ほどはありそうだ。

 俺にしてみれば開閉するのに何ともない重さも少女には重労働になるだろう。


「わかった。待っておいてやるから、ゆっくり女神との対話を楽しんでくれ」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」


 実際、白い顔をした女神はこちらにはけして語りかけてくれはしない。

 だが、目の前で女神像の前に立ち、その細い両腕を差し出したまま動かない少女の後ろ姿を見ていると、本当に対話をしているかのように感じられた。

 


 やがて少女はゆっくりと上げていた腕を下ろすと、ふぅ、と一息ついて、こちらを振り返り軽やかに歩いてきた。


「女神との話は弾んだかい?」

 妙にニコニコとした表情でこちらに近づいてきた少女に、からかい混じりに尋ねた。


「えぇ、私の願いを叶えてくれるそうよ」

「へぇー、そいつは良かった」


「ねぇ、貴方って旅の傭兵なの?」

「…確かにそうだが、どうしてそれを?」


 今の服装も装備も一目見ただけでは、それと分かるヒントにはならないはずなのに、急に当てられて驚きを隠せない。


「彼女がそう言ってたの」

 少女の示す視線には女神の像。


 ……まさか、な。


 すると俺の左手に少女の暖かな指が触れた。

 そのままキュッと握りしめられる。


「私、彼女に言われてたの。今夜ここで出会う人と一緒に砂漠を出なさいって。さっき彼女に確かめたらやっぱり貴方ですって」

「……」


「だから、よろしくね」

 俺の数十センチ下からニコリと表情で見上げてくる少女の顔は、女神のソレと瓜二つだった。


 …なるほど。

 女神の思し召しならば、従わないと仕方ないだろう。


「じゃあ、行くか」

「うん!」

 繋がれた手はそのままに神殿の外へと歩き出す。



 神殿の扉を閉じる前にチラリと見た女神の顔は、月光に照らされて、何故だかニコリと笑っているように感じられた…。




<Fin>

月の砂漠:サボテン科の一種


※【創作お題】 http://shindanmaker.com/181661 からのお題:神殿が舞台の話。台詞は「ねぇ、」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ