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しょっぱい人生の楽しみ方

作者: 人人
掲載日:2013/04/19

 「あなたの人生は塩味ですね。」

 ついさっき、変な占い師に言われた言葉を思い出し、俺はため息をつく。

 「これまでのあなたの人生は非常につらい思いをした事もなければとても充実した日々を送っていたわけでもない。ましてや、特別なイベントなど何一つ起こっていない。苦くもなければ甘酸っぱいわけでも、反吐が出るほど甘いわけでもない。そんな中途半端なあなたの人生には塩味という表現が似合っていると思いませんか?」

 占い師は反論しようとした俺をそんな言葉で制した。……全て図星だった。

 確かに俺の人生は相当薄っぺらい二十年間だった。

 普通の家庭に生まれ、普通に高校まで出て、現在は何となくで選んだ大学に通っている。

 特別な事など何一つない日常の繰り返しだった。

 しいて人と違う所を上げるとするならば、実年齢よりも十歳は老けている顔ぐらいだろうか……笑い話にもならない。

 「はぁ……」

 いくら頭でわかっているとはいえ、見ず知らずの占い師にそんな現実を突きつけられたらさすがにへこむ。

 もうとっくに陽は暮れていて、俺はふらふらした足取りで闇夜の寂れた商店街を歩いていた。

 この商店街も昔は栄えていたらしいが、近くに大型スーパーが出来てからは衰退の一途を辿り、現在では店は全てつぶれて普通の人は滅多に寄り付かないらしい。俺自身、普段はこんな場所には来ないのだが今は暗い場所にいたい気分だった。

 「……ん?」

 視界の端っこに何か丸っこいものが入った。

 俺は立ち止まるその方向に目を向ける。

 人間、恐らく高校生くらいの少女が体育座りをして膝に顔をうずめていた。

 寂れた商店街に少女が一人。何か、絵にでもなりそうだなと思う。

 しかし、こんな時間に少女がこんな所にいるのはどうなんだろうか。何となくこのまま放っておいたらヤンキーとかに絡まれてしまうのではないかと不安になる。

 そこでふと、俺の中にある考えが頭をよぎった。

 もしかするとこれは、塩味の人生を送ってきた俺に神様がくれた「特別な出来事」なのかもしれない。……いや、例えそうじゃないとしてもこれは塩味の人生を脱却するための大チャンス。これを逃す手はない!

 俺は意を決すると、少女に近づいていき、ぽんぽんと肩を叩いた。

 少女がゆっくりと顔を上げる。予想していたより大分幼い顔立ちでもあったが、予想していたよりずっと顔には暗い影が落ちていた。

 よく見ると髪も制服もぼろぼろで幼いながらに整っている顔にも泥がついていた。

 少女の纏っている雰囲気と幼い顔立ちのギャップに俺は少したじろいでしまう。

 そんな俺の顔をみて少女は暗く、不気味な笑みを浮かべてこう言った。

 「おじさん、何歳?」

 「……えっと、一応まだ大学生何だけどな」

 予想外の質問に一瞬反応が遅れてしまうが何とか受け答えをする。

 彼女は冷めた顔でを浮かべてため息をついていた。

 「そのギャグ、つまんないよ」

 冷たい、というよりは感情が全く乗っていない声だった。

 「いや、そんな嘘つかないって。」

 「じゃあ、しょーこみせてよ、しょーこ」

 彼女が右手を前に出し、証拠をよこせと言ってくる。

 おれはポケットをまさぐり、通っている大学の学生証を探しあてると彼女に差し出した。

 「むー」

 少女は食い入るように学生証を見ていた。非常に微妙な空気が辺りを包む。

 「あ、あの」

 「ぷっ……あはははははははははは!」

 突如、俺の声を遮り少女は笑い出した。

 「おじさ、じゃなかったお兄さん、ほんとに大学生だったんだね。そんなに老けてるのに……ぷっ、あははははははは」

 頭のねじが外れたように彼女は笑い続ける。しかし、その笑顔も見た目相応のものではなく、どこか暗いものが混じっているように感じた。

 数分後ようやく笑いがおさまったようで、彼女はお腹を押さえるのをやめ、こちらに向き直った。

 「いや~、あんなに笑ったのは久しぶりだったよ。お兄さん。久々に楽しかった。」

 「そりゃどうも……」

 おれは若干、ぐったりしながら答える。

 ……これは、まずい奴と関わってしまったのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。いや、塩味の人生を変えるにはこれくらいのスパイスが必要なんだうん!

 俺は何とか、気持ちを上向かせ、少女に話しかる。

 「で、何で君はこんな時間にこんな所にいるの?」

 「いやぁ、わりと人生どうでもよくなっちゃいまして、適当にこの辺にいれば誰かが話しかけてくるんじゃないかな~と思って待ってました。」

 やはり少女の声には感情が乗っていなかった。

 「……は?」

 「いや、何ていうかねぇ、色々めんどくさくなっちゃたんですよ。」

 少女はそう言ってにたにたと笑う。背筋に冷たいものが走る。しかし、ここで引くわけにはいかない。

 「どうしてそうなった?」

 体全体が汗ばんでいくのを感じながら、俺は少女に尋ねる。

 「ん~お兄さんはいい人そうだし、話しても良いかな。……私はね、自分で言うのもなんだけど勉強も運動も学年で一番出来た。もちろん、ある程度努力はしてたよ。その上での一番だった。最初は嬉しかった。友達だって、親だってみんなちやほやしてくれた。でも、徐々にそれは変わっていった。友達は私が何でもできると勘違いして私が目立つのに嫉妬して仲間はずれにしてくる。……別に目立ちたいわけじゃないんだけどね。親は私の気も知らないで『お前なら何をやっても大丈夫だ』『貴女みたいな出来た子が娘で私は本当に幸せ』って言ってくる。……私、疲れたの。人間関係とか、嫉妬とか、親の勝手な期待とか要望とかそういうのはもうこりごり。だから、家を出てきてここらへんを放浪してるの。そのうち白馬に乗った王子様か変態なおじさんのどっちかが来ると思って。別にどっちが来ても良かったんだけど、結局来たのは変なお兄さんだったね。」

 そういうと少女は両手をあげてやれやれのポーズをしながら力なく笑った。

 俺は、少女に何と言ってやればいいのだろうか。少女は別に非常に特殊な環境に置かれているわけではない。数こそ多くないだろうがそういう経験をしてきた人間はいるだろう。しかし俺はそうではない。塩味のしょっぱい人生を送ってきた俺には少女の気持ちは1ミリも理解できない。久しぶりに自分の無力さに腹が立って、むなしくなった。

 「あ、あと頑張っていれば誰かが認めてくれるとか、周りの言う事なんか気にするなとかそういう風に説教するのはやめてね。正直イライラが募るだけだから。聞いてくれるだけでいいのさお兄さんは。」

 爪をいじくりながら少女はどうでも良さそうに告げる。

 聞くだけで良い。本当にそうなのだろうか。

 少女は間違いなく苦しんでいる。それは恐らく聞くだけでは解決しない悩みだろう。それなのに聞くだけ聞いて去っていっていいのだろうか。……だめだ。それはしてはいけない事だ。

 俺はそれを知っている。特別な事など何もない、しょっぱい塩味の人生の中で俺はそれを学んだのだ。困っている人には手を差し伸べなさい。と。

 「あのさぁ、ふと思ったんだけど」

 俺は声を絞り出す。助けられるかは分からない。ただ、限界まで手を伸ばしてやろう。

 「別に3位でもいいんじゃないか?」

 ……ちょっと待て、俺は何を言っているのだろうか。少女も口をぽかーんと開けている。

 「……どういう意味?」

 「い、いや今のなし!ノーカン!」

 俺は慌てて取り繕う。しかし少女は俺のその言葉を無視して俺の方へとずいっと顔を近づけてくる。ほんの少しだけお菓子の甘い匂いがした

 「お兄さん。私はどういう意味かきいてるんだけど?」

 怖い笑顔を至近距離で浮かべられ俺は屈してしまう。

 「いや、何ていうかその、ね。親もクラスメイトもお前が1位だから勝手に期待したり嫉妬したりするんだろ?だったら無理に1位取らなくても両方3位くらいにすれば丸く収まるんじゃないかな~って……すいません。」

 最後の方は涙目になりながら俺は彼女に謝った。……ああ、こういう所で決められないから今までしょっぱい人生を送ってきたのか。ようやくわかった。

 俺はそのままがっくりと床にうなだれる。

 「……そっか、そうすれば良かったんだ。」

 その時、少女の明るい声が上から響いた。

 「確かにそうすれば高校からはいじめられないかも……最高の案だね、お兄さん!」

 こちらとのあまりのギャップに思わず上を向くと、そこには年相応の太陽のような笑みを浮かべた少女がいた。

 「中学にいる間は無理だけど知り合いがいない高校に行けば問題ないし、親には高校でレベルが上がったって言えばいいんだもんね。いや~何で気付かなかったんだろう?よく考えてみたら別に1位じゃなくてもいいんだもんね。」

 「……お前、中学生だったの?」

 予想外過ぎる展開に動揺してしまい思わず、ずれた質問をしてしまう。

 「うん。中学三年生だよ。しかしすごいねお兄さん。もしかして天才なんじゃない?」

 いや、天才はお前だ。恐らく頭のネジが何本かぶっ飛んでるタイプの。

 その時、ぐ~と可愛らしい音が少女のお腹から聞こえてきた。

 「何かおなか減ってきちゃったな。……そろそろ帰ろうかな。」

 そう言う少女の顔には「おじさん、何歳?」と聞いて来た時の不気味さは全くなかった。……どうやら俺は、彼女を助けられたらしい。まったく自分の意図せぬ形で。

 「じゃあ、私帰るね。ありがと~お兄さん! もし今度、お兄さんが悩んでいたら私が助けてあげるよ!」

 結局少女は俺が立ちあがるのを待つ事なく笑顔で手を振って去っていった。

 でも、そんな少女の年相応の笑顔を見ていると、幸せな物語を最後まで読み終わったようなほっこりした気持ちになるのだった。

 「良かったですね。彼女が笑顔になって。」

 少女が見えなくなり、ようやく立ち上がった俺の背後から不気味な声が聞こえた。

 「何故、ここにいる?」

 俺は苦笑いを浮かべながら、後ろを振り返る。そこには予想通り、俺の人生を塩味だと言った占い師がいた。

 「いや、今日はもう帰ろうとしたらこの現場に遭遇したもので。何か大円団になったみたいでよかったです。案外塩味の人生も悪くないのかもしれませんね。」

 占い師はほんの少しだけ顔を崩して微笑んだ。

 「なぁ」

 占い師の言葉にピンと来るものがあったので俺は占い師に尋ねる。

 「あの子の人生は何味なんだ?」

 答えは何となくわかっていた。少しの間をおいて占い師は微笑みを崩さず静かに告げた。

 「少しすっぱいトマト味……ですかね。」

 胸の中のほっこりした気持ちが体全体に広がっていくのを感じる。

 「なるほど。確かに塩味の人生も悪くないかもしれないな。」


読んで下さった方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 少女のやたら悟った感じと主人公のしょっぱさ。その2つが重なって、少しだけ少年のしょっぱさが癒される…とても読んでいて主人公に共感できたとともに、勇気付けられました。文章力もよく、読んでいて…
2018/03/05 22:30 退会済み
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