キャッチボール
ここは大和町保育園。私は大学卒業以来、ここで保育士として働いている。
今は自由時間だ。園児達は元気いっぱい走り回ったり、砂遊びをしている。
今日も私達保育士は怪我や事故が起こらないように目を光らせている。園児達が遊びに誘うこともあるが、見る目は離さない。
木登りに挑戦する園児達がいた。木と言ってもほんの細木なのだが、子供にとっては大木だ。私は補助をしてあげながらも、怪我をしないように細心の注意を払う。
ふと、ある園児が声をあげる。
『鬼ごっこしよーぜ!』
『いいねいいね』
『やろー』
園児達はみんな走り去ってしまった。全く、子供の気は変わりやすいものだ。
私は立ち去ろうとすると、ふと一人の男の子がいることに気付く。服についたワッペンからして、ぶどう組のようだ。でもぶどう組にこんな子はいただろうか?
「ねぇ、どうしてみんなと鬼ごっこしないの?」
「うまれつきのぜんそくがあるから、お医者さんははしっちゃダメっていうんだ」
「そっかぁ…じゃあ、砂遊びしよっか」
「すなあそびはもうあきたよ」
男の子はそう言うと、鬼ごっこをしているグループを見ていた。
(この子は体を動かす遊びをしたいんだな
)
私はそう思い、ポケットの中からゴムボールを取り出した。
「なにするの?」
「キャッチボール。これなら息は上がらないし、楽しいスポーツだよ」
「やるやる~!」
そう言うと私達は10mほど離れてキャッチボールを始めた。男の子は元気いっぱいにボールを投げている。
20分ほど経つと自由時間が終わった。もう園児室に入らなければいけないが、それでも男の子は満足した表情だ。
「きょうはたのしかったよ!せんせい!」
「私も楽しかったよ。このボールはあなたにあげるから、お父さんやお母さんと一緒にやるのよ。」
「はーい」
男の子はそう言うと、園児室に入っていった。
3時を過ぎると、園児達は続々と家に帰っていく。私は自分の組の園児を全員帰らせると、掃除を終えて職員室に入った。
職員室に入ると、ぶどう組担当の保育士が日誌をつけていた。彼女はかれこれ20年ほどこの保育園で働いているので、私の良き先輩でもある。
今日のぶどう組の男の子について彼女に話すと、急に涙ぐみ始めた。
「先生、どうしたんですか?」
「その子は直人くんよ。15年前この保育園にいたけど、入園中に呼吸器障害で亡くなってしまったの。大和町保育園のみんなは彼の死を忌んで、中庭に苗木を植えた。子供達が木登りをしていたのがその木よ。まさかあの子の霊に会えるなんて…」
私ははっとして、中庭に出た。陽は暮れかけていて空気は冷たかった。
その細木に来てみると、今日あの子にあげたボールがてっぺんに乗っかっていた。
私はそれを見つけると合掌をして、その場を後にした。